『軽い』#229

物体の鉛直方向の速さは、垂直落下するときには重い方が加速度が大きくなり、早くに速くなる。それはそうと。
F-1などカーレースや、ぐっとスケールを小さくしたミニ四駆などのボビーにおいて、速さと軽さの関係はかなり密接なものとして思われた。思われていた。子供の頃の話。小学生くらいの頃、ミニ四駆とそれを題材にした漫画が流行った。その後も形を変えて、モーターで走るマシンは次々に出ていた。流行ったあのころ、「肉抜き」という言葉も合わさって流行っていた。夢中だった。肉抜きに夢中になった結果、私のマシンはカーブを曲がりきれず飛び出すようになった。
ミニ四駆は、大まかには2つの部位でできている。一つは、モーターや電池のエンジン部分を乗せたシャーシと、エンジン部分を連結させた駆動部分、下側の部分。もう一つは、駆動部分に被せるようにセットするカバー、マシンの見た目を9割がた支配するボディ部分、上側の部分。この二つが合わさってできている。走る機能を果たすのは駆動部分で、見た目のかっこよさを左右するのがボディ部分。子供のあのころには、別に駆動部分がなんであってもよくて、どんなボディを持っているか、マグナムなのかソニックなのか、トライダガーなのか、どんな着彩やシールを貼ってアレンジしてあるのか、関心の9割が見た目だった。その、見た目への関心の高さに、食い込んできたのが、漫画や、現実に大人が夢中になっているレースでの速さを競うムードで、そこでは駆動部分のモーターの種類で直線が速いとかコーナリングに優れているとか、タイヤの径と幅でもって回転数とか前進距離とか摩擦軽減とか、いかに速く走れるマシンを作るかの熱があって、一つのテクニックに「肉抜き」があった。上側のボディは基本的にプラスチックで全面的に成形されていて、例えばフロントガラスの部分とか、前輪の泥除けとか、面である必要がない部分を切り取って“贅肉をとる”手術がされる。それはマシンを軽くすることと、モーターの過熱による効率低下を避ける狙いがあったそうだが、子供の心には、熱の話はピンとこない。それよりも、「軽い→速い」の単純な図式が「すっげぇ」と迎えられる。そのときだった。「軽い方が速い」という概念、単純化されすぎた法則、図式が備わったのは。軽く軽くと肉を抜いていって骨ばったボディを作った結果、カーブを曲がりきれずひっくり返って飛び出してコースアウトするマシンが生まれた。苦い思い出だ。
その図式の正しい流れを知るまでには中学の理科で「運動とエネルギー」を学ぶまで時間を要し、それまで概念は手付かずで残されていた。
この話は、先日、中学生に対して理科の「運動とエネルギー」を教えたときにじわじわと思い出されてきたことに由来する。
ある一定の速さで物体を動かすとき、物体が軽いほど、初動に必要なエネルギーは小さい。また、物体を加速させるためのエネルギーは物体が軽いほど小さくて済む。だから、軽い方が速い、ということではなく、軽い方がモーターの決まったエネルギーのロスを少なくできてそのぶん速く、そして長く走ることができる、ということになる。
中学生には、肉抜きもミニ四駆もまったく通じず、「物体が軽い方が、持ち上げるエネルギーが小さくて済む」、単純で概念的な話でしか伝えられず、少しさみしい思いをした。

#軽い #180804

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