『石鹸』#90

それ自体のことだけを書こうというものではない。主題は「漢字」であるとも言える。わたしは一度だけ、この「鹸」の字を書けるようになりたいと思って練習(と言っても、名称が出た時に漢字で毎回書くようにした、という慣らし程度)をして覚えた。覚える必要があったかと言えば、無い。書く機会も少ないし、常用漢字でもないし。ただ、「薔薇」についても言えるが、書けるとかっこいいからって理由で覚えた。漢字自体もかっこいいからそれも理由にある。歳を重ねるうちの成長過程に引っかかった、と言える。
そういうことが、私より10以上若い世代にはあるのだろうか、ということ。そしてこの「せっけん」に関しては大人になるうちに「せっけんそれ自体」に触れる機会、使う機会がほとんど無い。それは随所でハンドソープに代わり、シャンプーに代わり、ボディソープに代わり、洗顔フォームに代わり、種々の洗剤に代わり、姿を消した。少なくとも私の実家には無い。小学生の頃には廊下や校庭の水道の蛇口に、ネットにくるまれてぶら下がった固形石鹸があった。白いやつか、うすい橙色のやつ。いまの小学校ではどうなのだろう。いつか、なにがしかの理由で未だに石けんを使っていると見聞きした記憶がうっすらとある。あるけれど、中学生・高校生くらいの歳になればもう各種液体ソープが手元に並ぶでしょう。
そのころ、「せっけん」という単語は「各種液体ソープなどをひっくるめて、とりあえず総称してくれるもの」として使われるのみで、本来的な「アルカリ性の洗浄力のある固形」、語源としてある「灰を濾して固めた、石のように硬い鹸」という意味表象も失っている。語感と語源を直接的に整合できずに使う単語になっていて、これは未だにこのiPhone、スマートフォンを「ケータイ」と呼び続ける私の言語感覚にもつながっている気がする。いやスマートフォンにしたって携帯電話と言って差し支えはないのだけれど。いや、この文字を打ち込んでいる「あ」から「、。?!」の記号が配された「キーボード」なんてまさにその象徴だろう。諸説起源の前後があるようだが、キーボードについては、いまならピアノがわかりやすいが、箱内で弦を叩く鍵状のハンマーを動かすための指板を並べたもの、日本で言う鍵盤をkeyboardと呼んだ。それから、楽器の打鍵機構をタイプライターの機構に応用して、ワープロ、コンピュータに引き続き使われて現在までkeyboardと呼ばれるようになる。だから、このスマートフォンにあるキーボードは鍵状の打鍵装置を使うこともなくて、鍵盤だなんてまず言うことはない。キーボードとは呼ぶが。
こういう骨抜き構造が石けんにも言えて、洗浄力のあるソープを「せっけん」と発語できるのは会話上便利である一方で、活字化するときには「せっけん」は「ハンドソープ」「シャンプー」「ボディーソープ」「洗顔フォーム」、そして「石けん」に分類される。常用漢字で無い以上、「石鹸」と書かれたものを目にする機会は多くない。パッケージングの方法として使われる用途に依るのみか。
こうして、書き出しの憂いだけで千文字書いてしまったので「石けん」については機会を改めようと思う。

#石鹸 #180318

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