【短編】宇宙

「どうしたの、急に呼び出して。」

カウンターに座りながらギムレットを頼む彼に、私は尋ねた。多少察している部分もあったが。

「大事な話があるんだ。」

彼がそう言いながらこちらを見る。あぁ、やっぱり。私の胸は大きく波打ちだした。

彼は私のことが好きだ。いや、正確には彼の想いを推察した私の思い込みに過ぎないかもしれないが。ただ一緒にいる時間が積み重なるにつれ、彼の言動に、私に対する愛を感じることが増えていった。そして私も、彼に恋をしている。

彼にギムレットが差し出された。

彼との出会いはこのバーだった。初めはカウンターで席を2つ空けたところに座っていただけ。少し酔いの回った彼が、私に話しかけてきたのが始まりだった。何を話したのかはあまり覚えていないが、彼のもつ、私がこれまでに出会ったことの無いような不思議な魅力に惹かれ、彼もまた私を、「これまでに出会ったことの無いような女性だ。」と言ってくれたことで、すぐに打ち解けた。それから幾度かこのバーで会い、連絡先を交換し、月に2日は共にお酒を嗜む仲になった。あの出会いから1年と7ヶ月が経つ。

私を見つめる彼の瞳は、黒。ぽっかりと穴が空いたような真っ黒に、このバーの様々が映り込む。ネオン、グラス、ギムレット、そして私―。それは無数にに輝く星々のよう。彼の瞳は宇宙であり、私は星であった。

「なに?話って。」

「実は――。」

更に胸が波打つ。


「―もう会えないんだ。」

「――――え?」

先程まで高揚していた私の心臓は、握り潰されたかのように静かになっていた。

「会えないって、なぜ?」

「僕は帰らなくちゃいけないんだ。」

「帰るって、地元?あなたどこの出身なの?」

「…」

彼は何も答えない。

「地元に帰るくらいで、もう会えないなんて大袈裟よ。改まって言うから、びっくりしたじゃない。」

私は安堵していた。

彼はギムレットを口元に運び、呟いた。

「違うんだ。」

「違うって?」

「僕が帰るのは――――、星なんだ。」

―何を言っているの?

「これは真剣な話だ。僕は自分の星に帰らなくちゃいけないんだ。」

彼は、宇宙の瞳で私を見据える。全身を貫くように、彼は真っ直ぐ、私を見据える。

「この惑星から生命体反応があった時、僕は調査のために自分の星からやって来た。約1年と7ヶ月の調査。驚いたよ。この惑星の住人は、僕の星の住人と何ら変わらない生活をしているんだもの。」

「姿は、最新の科学技術で君たちと同じに見えるようにしているんだ。この惑星にはまだない技術でね。」

「つまり僕は、君たちがUFOと呼ぶ宇宙船に乗ってこの惑星にやって来た――、宇宙人なんだ。」


言葉が出なかった。あまりに突拍子もないことを並べる彼を、信じたわけではなかったが、どうしてか、納得してしまうような、彼の言葉はそんな雰囲気を帯びていた。

「―どうして私にそれを?」

やっとの思いで声にする。

「それは―、僕が君に恋をしたからだ。」

「え?」

「君と出会って、恋をしたんだよ、僕は。でも帰らなくちゃ。だから君にだけ、本当のことを言いたかった。」

「――もう、会えないの?」

震えた声だった。
いつの間にか、私は泣いていた。

「―僕がこの惑星に来ることは、もうないだろう。何せ僕の星とこの惑星は、はるか銀河の端と端にあるからね。そう簡単には来られない。」

「そんな…。」

「今日はお別れを言いに来たんだ。これまでありがとう。僕にとって、幸福な時間だった。」

「私もよ!私もあなたに恋をしているわ!」

急に大きな声を出した私を、周りの客たちは一瞥し、またそれぞれの空間に意識を戻した。

「―ありがとう。」

もう1度、彼は私に感謝の言葉を口にし、席を立った。

「あなたの星は…なんて名前なの?」

「……ここに似ているよ。大半を水に囲まれた緑の美しい星さ。君にもいつか見せてあげたい。」

彼は微笑みながら言った。



「僕の星の名は――。」





「―地球。」

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