【禍話リライト】井戸を潰した家

大学に在学期間ギリギリでやっと卒業できた先輩がいて、所属していた体育会系のサークルでお祝いとして賑やかに酒盛りをしていた。
その先輩というのが話は面白いし人好きのする性格で飲み会などの集まりには必ずと言っていいほど来てくれるが、自分の家に絶対に人を呼ばないという1つの謎があった。そういった集まりがあればなんやかんや理由をつけたりして他人の家でやるようにしていた。
性格からして潔癖症というわけでもないし、1人暮らしと聞いていたので誰に気兼ねするわけでもないだろう。逆に男の1人暮らしで気にしなさ過ぎて部屋の中がゴミだらけなのではと、それとなく全員がそう思っていた。
呑んでいる最中になにかの話になって、「とうとう俺、先輩ん家1回も見なかったっすね」という話題になっていた。
「近くまで寄ったことあるんすけどぉ、なんか3階建てぐらいの家でしたよね」
「ああそうそう、変な感じなんだよねえ」
「俺、先輩ん家行ってみたかったなぁ~」
酔いに任せた会話の流れでそれが本心かどうかなんてわからないが、特に先輩は気分を害した様子もなく管を巻いた後輩の話を聞いてやっている。卒業と同時にその家を引っ越すということで、もう荷物は簡単な荷物以外まとめてしまっているという。明日の朝に大家である親戚に鍵を返したら終わりでもう部屋の中にはなにもないんだよ、と。
「そうなんですかあ。でもなんで家に呼んでくれなかったんですか?」
「ああ、やばい家なんだよねえ。だから俺あんまり家にいなくて大学とかサークルの部室にいたのはそういうところがあったからなんだよねえ。ただ親戚だってこともあって安かったからさ」
「えっ、どういうやばい家なんですか?」
先輩曰く、その家は井戸を潰して建てた家でそれがもうやばかった。土で井戸を潰してしまうとそこにいる神様が窒息してしまい、『五行』における相剋の関係となって土地としての縁起が良くない。普通ならその井戸の分だけ空間を空けて家を建てるべきものを、そうしなかった。
出来てから借家のようにして人に貸していたものの、3人続けて不幸があった。2人が地元へ帰り、1人が死んだ。そこにきてどうしようかということになって、しょうがないので井戸の上だけ空気穴のような管を3部屋ぶち抜いて作り、井戸に対して配慮はしたものの、その後もちょくちょく良くないことが起こる。
野良猫が死ぬときはだいたいその家の前だったり、見通しが悪くないのにトラックが少し擦ったこともあった。ホラー映画であるようなカラスがぶつかって死んでいたり、雀が巣ごと落ちて死んでいたこともあるという。
先輩自体にはその家に長く居なかったこともあって特段実害はなかったが、少しだけ怖いことがあるのだという。部室に入り浸ったり友人の家を転々としているが仕方なく荷物を取りに戻るとき、深夜の1時や2時ぐらいになると女がすすり泣くような声がする。
風がその通気管を吹き抜ける音かもしれないとは思うもののそのわりにずっとは聞こえてこないし、深夜になると必ずといっていいほどか細いすすり泣きが聞こえる。それが妙に怖くてあっちこっち行ってたなあ、と感慨深げに先輩は酒の入ったグラスに口をつけた。俺がこんなに留年し続けたのもそれのせいかなあ、というあっけらかんとしたボケにはそれは違いますよと鋭いツッコミを入れて。
「でもそんなすすり泣くような声とかしたら、怖いですよね……」
「うん怖い。まあでも、もう俺が出て行って誰も住人がいなくなるから取り壊すらしいからね」
「へえ。じゃあもうその部屋で肝試しできるの今夜が最後じゃないですか」
酔っぱらったテンションというのは実に良くない。絶対にやめた方がいいはずなのに酒を飲んだ勢いで、じゃあ最後だし行ってみようかという流れになった。時計を見ればちょうど1時を回った時分。もしやばかったらすぐに逃げればいい。
先輩自身も皆で聞けば問題の音が風のものなのかどうなのかもわかるだろうし、もし万が一駄目なものだったとしてもどうせ明日になれば出ていくし家自体も取り壊されるから大丈夫だろうと長年の因縁を解決できるこの流れに乗り気だった。

そうしてその井戸を潰した家へ全員で行くことになった。見ると階段の構造などどこか変則的な間取りで、先輩の部屋は3階にある。問題の通気管が1番奥の部屋にあるということでぞろぞろとついていくと、まるで焼却炉のような鉄製の蓋があって『触ってはいけません』と申し訳程度の張り紙がされていて。そんな注意書きをしているのにどうしてか鍵はされておらず、ガチャリと開ければ天井まで突き抜けた管が目の前にあった。これでは冬はかなり寒いに違いない。
まだ先輩の言う女のすすり泣く声は聞こえない。一旦蓋を閉めてこのまま座って丑三つ時まで待つことにした。照明の電球も外されていれば明かりと呼べるものはスマホの光くらいしかない。することも限られた薄暗い中、各々LINEやらツイッターをしたりして暇をつぶしていた。
このグループに幽霊や怪奇現象をまったく信じていないAくんがいた。家についてきたのも付き合いというだけで、興味もないし他の連中のことを物好きだと呆れてさえすらいた。そんな音はただの風の音に決まっているし馬鹿馬鹿しいと内心思いながらも、顔に出さず一緒に座っていた。
しかし待てど暮らせどそんな声はしないしまだまだ誰も帰ろうと言い出さない。暗い場所で酒も入っていればやはり眠くなってくるもので、とろとろとした眠気がやってくる。まあ特になにも起こっていないしいいか。そのまま少しばかり寝てしまおうとなけなしの意識を手放したと同時に、Aくんは一瞬のうちに夢を見た。
見知らぬ寺社の本堂で自分が土下座している。すいませんすいませんと冷たい床板に額をつけて必死になにかに謝っているのだ。どうして俺はこんなに謝っているんだろう、と思いかけてふと目が覚めると。起きたと同時に聞き間違いというレベルではない女の嗚咽が配管の下から聞こえてくる。耳を澄ませるまでもなく、それはどう聞いても人の声だ。待っていた全員が配管へと近寄って本当に起きた怪奇現象に盛り上がっていると、先輩もここまではっきり聞こえたことはないと言う。
「でもここまでしっかり聞こえるとか誰か下に閉じ込められてるとかないですかね?」
「うーん、そうかなあ……」
「だってこれ配管の中っていうか、ちょっとこれやばくないですか」
1人に言われて先輩が蓋を開けてスマホの光で照らしてみるも、やはり人がいる気配はない。うっうっ、と声を詰まらせて泣く声だけが暗闇の奥から聞こえるだけだ。管自体も細いものだし人間が入れるわけもない。他の連中も代わるがわる見てみるも同じで、もしかして動物の鳴き声なのではという声が上がるもののどこをどう聞いても人のものだ。
「Aくん以外見たんだけどAくんも一応そこ見てみてくれる?」
「あ、わかりました」
どうせ声がするだけだし俺が見てもなにもないだろうと二つ返事でスマホの明かりを頼りに下を覗いた瞬間、息を呑んだ。配管に抱きつくようにしてこちらを見上げながら、ぼろぼろと号泣している女がいた。うう、うう、と途切れ途切れに声を上げて。
「――人がいるじゃないですか!管の横に抱きついて!いるじゃないですか!?」
驚愕と恐怖のまま勢いよく振り返って他の全員に訴える。なのにどうしてか怯えることも驚く様子もなく、逆に胸倉を掴んで大声で怒鳴ってくる。なんで女がいるって言うんだ、お前がいるって言ったからだぞ、なんでいるって言っちまうんだよ、と。
わけがわからなかった。今のこの状況はいったいなんなんだ。誰もかれもが血相を変えて罵声を浴びせてくるあいだにも、すすり泣く声がゆっくりと上がってくる。配管を伝ってこちらへ上ってきているのだろう。もしあの女がここへ来てしまったら良くない。そう周りにどうにか伝えるも聞く耳を持たず、非難囂々の嵐は変わらない。
逃げなくてはいけないのに胸倉を掴まれては動くこともできず、そのあいだにもどんどん声は上がってくる。もうすぐ2階を越えようかとしているそのすすり泣きがようやく近づいて初めて、それが笑う声であることに気がついた。うふ、うふふ、という喉を鳴らすような密やかな笑いは遠くだからこそすすり泣きに聞こえただけで。
まずい。まずい。これは駄目だ。言い知れない焦燥感と恐怖がAくんを駆り立てる。近づいてくるそれがどんなモノであるのかわかりはしないが、絶対にここにいてはいけない。
「逃げましょう?!ねえ、早くここから逃げないと女が、」
「――逃げましょう、だとォ?」
どうにかして動こうとするもギロリと睨みつけられて。他のメンバーに無理やりに引っ張られて髪を強く掴まれて。
「お前もう1回ちゃんと見てみろよ!!!!」
ぐいと開いた蓋へ顔を押し込まれたと同時に女の顔が目と鼻の先にぬうっと現れた。ひ、と呼吸が詰まる。怖い。なんなんだこれは。それはどこにでもいるような、没個性的な女だった。そうして泣き笑いをした奇妙な表情でゆっくりと口を開く。


「          自分だけは助かると思ってない?         」

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気がつくといつのまにか朝になっていた。驚くことにそこにいた全員がそれぞれ家の周辺で倒れていて、Aくんがどういうことなのか尋ねるも誰もなにも覚えていない。行こうと盛り上がって鍵を開けた瞬間からまったく記憶がないのだという。その後、家は計画通り取り壊されて代わりに祠を建てて人が入れないようにしてしまった。
女を見てしまったAくんは体調が悪化し深刻な内臓の病気に掛かってしまったが、死んでしまうことはなく2年留年しながらもどうにか大学を卒業したという。

そんな井戸を潰した家が、確かにあった。



※本記事はフィアー飯によるツイキャス『禍話』シリーズの「震!禍話 第七夜」より一部抜粋し、文字化のため再構成したものです。(1:41:59ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/445880655

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