【禍話リライト】いる

九州にある大学の、とあるサークルであった話。


そのサークルには、いわゆる霊感少女がいた。といってもそっちの方向のサークルではなく、楽しく酒を呑んだりするがメインの健全な集まりだ。
ゲームやら音楽やら昨日見たバラエティ番組の話を皆で賑やかに話していても、その子はいつだって唐突にそういった話題を出してきた。普通だったらなんだこいつと面倒くさがられてハブられるものの、問題はその子の容姿がなかなか可愛いということだった。
なので下心丸出しの先輩が同意したり聞き返したりと構えば構うほど助長していき、仲良くなった女の子に幸福になれるとかいう怪しげな数珠を買ってきたり、どこだかの神社のありがたい塩とかいうものも渡したりしていた。外見が良いというのはそれだけで得なものだと思う。

その呑みサークルには部員だけでなく、時々遊びに来たりする外部の人間も出入りしていた。仮にA君としておく。A君はその霊感少女のことを苦々しく感じていた。それというのもA君は幼い頃から神社にお参りに行ったりするような信心深い性根で、彼女がおばあちゃんの霊が見えるやら適当なことを喋っていたり、カラフルなブレスレット紛いの数珠を勧めていることに内心憤慨していたのである。
ある時、サークルの誰かがその子に心霊写真はないのかと聞いてしまったという。その日はないですと喋っていたものの、まあ簡単には撮れないかあというそいつの返しに気にするところがあったのだろう。次の日から霊感少女はあちこちで心霊写真を撮ろうと奮戦し始めた。
最近交通事故で死人が出た場所に赴いてシャッターを切ってるけど霊とお話ができないんです、と言っていた時には、こいつ馬鹿かと本気で怒りが込み上げていた。遺族の気持ちも考えられないのかとか、そもそも心霊写真なんて狙って撮りにいくものでもないだろうと。自分がそのサークルに属していない外様であるからこそ、こいつは頭おかしいんのではないのかと日に日に感じるようになっていた。

何日か経った後。サークルへ遊びに行くと、なにやらその子を中心に人だかりができている。おー、とか、すごいねえという声が度々上がっている。
「なに、どうしたの」
「いやあえらいもんでさ。撮れたんだよ、心霊写真」
「は?撮れたの?」
思わず詰め寄ると、輪の中心にいる霊感少女も「そうなんですよぉ」とまるで敵将打ち取ったりというような満足げな表情で写真を周りに見せている。しかしどうしてか心霊写真が撮れたわりには、周りの反応がぬるい。普通だったらもうちょっと興奮していいものではないかと思うものの、全員がほとんど感心のような微妙な声を漏らすばかりで、あまりトーンが盛り上がっていないのだ。
逆にいったいどういう写真を撮ったのだろう。まあどうせたいしたものではないのだろうと、馬鹿にした声音を隠すことなく彼女に声を掛ける。
「なに、どこの事故現場で撮ったの?」
「それが灯台下暗しというか、私の家なんですよぉ」
いや、それは灯台下暗しにも程があるのではなかろうか。
「……へえ。どんなの?」
「んっとまあ、試し撮りとかしてたんです」
曰く、その日も事故物件や廃墟を巡っていたけれどそれらしいものは撮れなかった。それじゃあついでに携帯のカメラ機能を色々試そうと、自宅であるマンションの4階部分を撮っていたらしい。1枚目を見せてもらうと普通にベランダをズームして映してるものだった。2枚目を見せてもらうと、なるほどベランダ付近の空中に光の玉が浮かんでいる。ドッジボールで使うボールくらいの、言ってしまうとあれだが生首ほどの大きさのそれは確かに光の反射やらオーブと間違われるような埃ではないだろう。
しかし、それだけだ。顔やら手やらが映っているのだったらまだしも光の玉なら心霊写真というよりは不思議写真でしかない。そんなものでも調子の良い先輩がそういう風にも映るのかなと空気を読んだコメントをするだけでサークル内はわいわいと盛り上がっていく。

正直呆れでいっぱいだった。理屈はわからないがそんな光の玉なんて何かの偶然が重なった反射かもしれないし、そもそも家で幽霊が出るのなら最初からそこで撮ればよかったのだ。霊感があると自称しているくせにそれがわからないあたりで察するものがある。
しかしよくよく彼女の様子を見ていると、なにやら少しばかり違和感があった。浮かれて騒いではいるものの、どこか心ここにあらずという印象が否めない。変だなと思うことはもうひとつあった。その子はいつもなら夕方には帰ってしまうはずなのに、なぜか20時くらいまで居たのだ。
することもないのにお茶ばかり飲んで一向に帰ろうとしない。予定ではスプラッターな洋ゲーがしたかったが、女の子の手前ではプレイするのも憚られる。門限とかないの?と聞いてもはぐらかされて帰らない。
そうしてお茶ばかり飲んでいるとトイレに立つ機会も当然増える。そうなると部屋には霊感少女とまあまあ仲の良い元気系の女の子と自分の2人だけになってしまった。もう他の奴はさっさと帰ってしまっている。
「お茶飲みすぎだろあいつ。家に帰りたくないのかな」
「いやあ、オバケでちゃったからじゃないですかね~」
「オバケっていっても光の玉だろ。あんなんじゃビビんねえだろ普通は」
「そうですよねぇ」
そんな会話をだらだらとしていると、霊感少女がスマホを置いていっていることに気づいた。ロックはされておらず画面にはあの光の玉の写真が表示されている。皆に見せて回ってそのままにしていたのだろう。
気心が知れている仲間内とはいえ、ロックしていないのはさすがに不用心だろう。親切心から電源を落としてやるかと思えどもいまだガラケーしかもっていない慣れてなさが裏目に出て、指が画面に当たってスワイプされてしまって。しくったなあと思いつつ見れば、そこには次の写真が映っていた。
同じようなベランダの写真。けれど見せられていたものとは違い、彼女の家であるそこにはえらく背の高い人が映っている。天井に頭がついてしまうような高さの、光っている人型。人というのはわかるけれど、どうにかシルエットでわかるだけのもの。
え、と思わず息を呑む。あんな光の玉なんかよりもやばいんじゃないのか。次があるか見てみようとスワイプすると、あった。しかしそれはもう光ってなんていなかった。


女だった。ベランダの天井部分につくほどに背の高い女が、撮影しているだろう彼女を指差している。笑いながら。


怖気に固まるよりも先にガチャリとドアの音が聞こえて、慌てて元の画面に戻して平静を装う。どうにかバレなかったようでトイレから戻ってきた霊感少女は「それじゃあ、」と帰っていったが、それから元気系女子とは先ほどの写真の話題で持ち切りになった。
もし仕込みだったとすれば最初からあの写真を出せばいい。4枚目のものは洒落にならないくらいゾッとするものだった。真っ当な人間とは到底思えないような、まるで寸尺が合っていない『それ』が映った写真を、どうして彼女は見せなかったのだろう。そう考えていると沈痛な面持ちをした女の子が、ぽつりと呟いた。本当に映っちゃったからじゃないですかね、と。

その霊感少女はそれ以来、サークルに1回も来ることはなかった。



※本記事はフィアー飯によるツイキャス『禍話』シリーズの「燈魂百物語 第一夜」より一部抜粋し、文字化のため再構成したものです。(18:55ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/338908429

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?