【禍話リライト】とびおりさん

これは良くない話なんですけれどもね。
都市伝説で「とびおりさん」っていうのがあるんですよ。全然面白くない都市伝説で。


俺が読んだ本では広島県って書いてあったんだけど、小学生の子どもたちがその場でジャンプしながら「と~びおりさん、と~びおりさん」ってわらべ歌みたいなものを歌うだけのものなんです。
PTAの親御さんも、これなにが面白いんだろうって思うんです。ただ歌うだけだから。すごい笑顔で歌ってるけどそのあとになにが起こるわけでもない。鬼ごっこみたいな遊びに発展するわけでもない。
なのに俺が読んだ本とかネットで調べたことによると、辺りに高い場所があるわけでもないところで子どもの墜落死体が見つかるみたいなことが書いてある。なので「とびおりさん」は禁止になりました――なんだその話は、と思ったわけですね。ふざけるなと。悪魔でも出てきたのかと。
海外ホラーでもあるまいし、と思いつつところがですよ。ちょっとしたホラーなんですけど、この「とびおりさん」の元になったんじゃないかって話を聞いちゃってね。ただ全然違うからこれじゃないかなって思ったんですけれど。

昔ながらの狭いアパートが連なっているような団地に住んでいた人で、今ではその団地は老朽化して壊されて一軒家がずらっと建っているようなところなんですけれども。
それは彼が高校3年生の頃の話だっていうんです。秋口くらいの時分で、彼は早々に推薦かで私立の受験が受かっていた。こういうとき大分だと暇すぎてこういう時どんどん漢検を取らされるわけですけども。あとは映画とか見てるかね。
なにをしに学校に来てるんだみたいな状況で楽しかったんですけど、寂しいこともあった。というのも団地の取り壊しがもう決まっていた。彼は取り壊しの時期にはもう別の県に行ってしまって大学生活を始めるわけで、この景色を見れるのもこの残り1年間だけだった。
そう思うとなんだか感傷的になって、早めに家に帰って外の景色を眺めることも多くなった。あの公園で遊んだよなあ、と思い出に浸る時間を自分なりに増やしていたんですって。

古いボロボロの団地だから、やはり昔と比べてだんだん人も減っている。そうなると必然的に入居者が居ないゴーストタウンのような棟もあったという。仮にA棟としておきますけど、そこで飛び降り自殺があった。
それは彼とは関係ない女子高に行っているような女の子で、死んだ理由もいまいち判明していなかった。いじめもあったわけでもない。勉強で悩んでいたわけでもない。家族関係も良くて、特に歳の離れた妹さんとすごく仲が良かった。だから死んだ理由は思い至らなかったけれど、まあ繊細な人だし遺書もあったから事件性もないってことで早々に処理されたと。
変な話、そこは入居者もほとんどいない棟だったから困ることもなかった。落下した場所に引かれたチョークの跡も雨で流され、冷たいとは思うんですけどそこで飛び降りがあったことも1か月くらいで忘れ始めていたと。
最後の最後でいわくつきになってしまったと彼は思いながらも、まあA棟に幽霊とかは出ることはなかったんです。複雑な気持ちを抱えながらも、いつものように早く帰って夕暮れの差し迫る団地や公園を炭酸飲料片手にぼうっと眺めていた。

そうしてすっかり自殺なんてあったっけとなった頃。そこは小学校のの通学路になっていたけれど、何するわけでもなくまた辺りを眺めていたら「と~びおりさん、と~びおりさん」という声がする。なんだなんだと思っているとその声はどうやらA棟の方からする。
自分の部屋からはA棟が伺えないけれど、明らかにそちらの方からだとわかった。これはあれか、悪趣味な子どもの遊びだろうか。これは駄目だろうと、彼は持前の正義感からそこへ向かうことにしたんです。
そこへ着くと5、6人くらいの女の子が面白おかしそうにはしゃいでいる。なんだなんだ、と様子を見てみるとA棟の、おそらく自殺した人も上ったであろう階段の入り口で騒いでいた。
呆れつつ観察していると、中から同じような小学生の女の子が出てきた。辛そうにぎゅっと唇を引き結んで目に涙を溜めたその子が、一目散に駆けていく。
なんだ?と思いながら家に帰り、「なんか『とびおりさん、とびおりさん』って言っていたけどなんなんだろうね」と言うと、母親がたまたま知っていたらしく「その子、飛び降りた女の子の妹さんなんじゃない?」と。
しかも名字がトミタさんだかトビタさんだかで若干連想させるようなものだったらしい。もしかしていじめにあっているんじゃないかと嫌な気持ちになったものの、あそこは通学路だ。あの子にとっては地獄なんじゃないかと思うと同時に、どうしてその子はお姉さんが飛び降りた場所にわざわざ行ったんだろうという疑問もあったらしいんですね。
それから毎日毎日「と~びおりさん、と~びおりさん」という声がする。どうしても気になってそこへ行くとまた同じ小学生の女の子のグループが悪ノリじみた声音で囃し立て、またA棟からあの子が泣きそうな顔で飛び出してくる。
そんなことが3日も続くととうとう我慢もできなくなり、女の子が出てくる前にそのグループへ注意しに行った。いい加減にしろ、お前がされたらどんな気持ちになると小学生の女の子相手ながらも本気で説教をしたところ「ちぇ、つまんないの」といった感じでみんな帰っていく。
憤懣やるかたないままその小さな背中たちを睨んでいると、おずおずといった感じであの女の子が「おにいちゃん、ありがとう」とお礼を言ってくる。
「君もダメだろ、こんなのは先生に言わないと。でも君も悪いよ。申し訳ないけど、ここでお姉さん死んだんでしょ」
そう言うと女の子はすごい勢いで頷いてくる。なんでここで来るんだよ?と聞くと今日で四十九日だと返ってきたんですって。
ああなるほどなと思いつつどうして毎週のように来ていたのかと重ねて問うと、曰くおばあちゃんやら家族が人は死んでから四十九日はこの世に留まっているという。お姉ちゃんの通っていた女子高や家を見ても、お姉ちゃんはいない。だからここかもしれないと思って来ていたと。その話を聞いていて彼は切ないなあ、辛いなあと思ったんです。
「おねえちゃん、ここにもいなかった」
「うん。ここにはいないと思うよ」
「そうだよねぇ」
「そうだよ」
「私たち、ここからもうすぐ引っ越すんだ」
まあそうだろう。いくら家族とはいえ、親としても子どもが死んだ場所の近くにいたいとは思うまい。お姉ちゃんのことは思い出として別のところでやっていくといいよ、と言うと女の子は「うん、おにいちゃん本当に話を聞いてくれてありがとう」とお礼を言ってくれて。
そして妹さんが帰る間際、何気なく「おねえちゃんはもう私が知っているような場所にはいないんだろうね」と呟いたらしく。それは妹さんが抱いていた幻想を受け入れたとして喜ばしく思えばいいものの、どうしてかえらく怖く感じる。幼い子どもが身内の死によって現実を知るなんて、生きていればいくらでもある。なのに言いようのない、ゾクリと皮膚が粟立つような恐怖を感じていたんですって。

その一週間後の夕方。もういじめもないので晴ればれとした気持ちで過ごしていると、なぜかまた「と~びおりさん、と~びおりさん」と聞こえてくる。あの女の子はとっくに引っ越しているのにどうして、と首を傾げているとひとつの考えに思い至った。
いじめというものはメインがいなくなると、弱いものにターゲットが変わっていく。だからもう関係なくとびおりさんいじめが継続しているのだろう。
止めてやろうと近くまでズンズン歩いていき、A棟の角を曲がってふっと見ると、ぬぐい切れない違和感があった。以前妹さんをいじめていたあのグループが、なぜか誰もいないであろうにずっとそこで声をあげている。階段に向かって今までにないくらいの、絶叫に近いような声量で。
そんな大声だと夕食を作っている時間帯だから「なにやってるんだ!」と周りが注意してもいいくらいなのに、今日に限って誰も出てこない。普通だったらあり得ないことなのに。
恐怖に駆られて少し離れた場所で女の子たちの動向を伺っていると、そのうちの一人が階段を上っていく。どうして、と不思議に思っている間もなくその女の子が階段の二階部分から手すりを越えてそのままドン、と下に落ちる。
その高さからではまあ死にはしない。死にはしないが、怪我は免れない。血が流れる足をおさえて呻く女の子を混乱に固まったまま凝視していると、また違う女の子が階段を上っていく。とびおりさん、と続く声も手拍子も止まらない。
なんだこれは、いったいなんなんだ。そう思う間もなくその女の子がまた二階の階段から落ちて痛みにのたうち回る。
ああこれはやばい。高校生である自分ではどうしようもできない。とにかく大人を呼ぼう。そう思った瞬間、ぎゅうと強く左手を握られて。
反射的にハッとそちらに視線をやると、確かに引っ越したはずの妹さんが立っていて。自分へ向かって喉も張り裂けんばかりの大声で叫んでくる。「とっびおりさん!とっびおりさん!!!」と、がなり立てるように。
恐怖のあまり手を振りほどき、情けない悲鳴をあげて全然違う方向へ逃げる。怖い。怖い。なんなんだあれは。ぐちゃぐちゃになった思考のままふと顔を上げると、さっきまで真っ暗で誰も出てこなかったのに窓という窓からどうした、女の子が飛び降りている、と騒然とした声が沸き起こり、あれよあれよというあいだにてんやわんやの事態となった。
結局女の子は3人飛び降りたが、2階からともあって死にはしなかった。しかし残るような怪我ではあったらしいんですね。

で、彼は言うんですよ。あのとき俺の手を握ったあの子なんだけれど、2つ考えられると。それはあの妹さんの気持ちが出てきたのか、ただお姉ちゃんが妹さんとそっくりだということから、もしかしたらお姉ちゃんだったのかもしれない。まあどっちにしろ俺は怖いけど。と言うんですけどもね、でも彼の体験談からその都市伝説が広まったらしいんです。
まあもうその団地はなくなって、妹さんもどこへ引っ越したかはわからないんですけれど。


※本記事はフィアー飯によるツイキャス『禍話』シリーズの「燈魂百物語 第一夜」より一部抜粋し、文字化のため再構成したものです。(31:41ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/338908429

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