【禍話リライト】山の宴

昔お付き合いしていた方が妹さんと個人塾に行った際に、そこの先生から聞いた話。

ようやく仕事も落ち着いてまとまった休みも取れ、久しぶりに帰省しようと列車に乗っていた。鉄オタまではいかないもののもとから列車が好きということに加え、その日は平日の空いている時期だったので、どうせならゆっくり鈍行で帰ろうとローカルな小旅行を満喫していた。

そうしていると、ある駅から偶然にも中学時代の仲の良かった同級生が乗ってきた。なんら変わっていない顔つきに笑いつつ、まさかこんなところで会うなんてなあと肩を叩く。話を聞くとどうやら友人も実家に帰省するところだったらしく、テンションが上がったのに合わせて特急を待っているあいだに駅の構内で酒やつまみを買ったりして久方ぶりの再会を祝った。

あれやこれやと尽きない話の花を咲かせていると、そろそろ地元に近づいてくる。そんな時、友人が「そういえばお前よお、」と思い出したように切り出してきた。
「この辺あれだよ、窓開けちゃいけない区域だよな」
それというのも、とある区間を通る時だけ空気が悪くなるから窓を絶対締めてくださいという趣旨の張り紙がいつだったか列車に掲示されていたのだ。しかもそこを通る際は車掌や駅員が必ず見回りに来て、開いている窓という窓をしっかり締めていくような徹底ぶりだった。
ただ、その周りに工場などはない。入れば耳がキーンとなるような長いトンネルが2、3つあるだけの場所でしかない。だからトンネル内の空気が悪いのかなと思っていた。それだけだったらまあ少しはいいんじゃないかとたまに駅員に反発するように友人たちと騒いでいても、謝りながら半ば強行的に窓を締めていく。
「ああ、そんなこともあったなあ」
すっかり夜も遅く、あの時のように誰かが見回りには来ないだろう。張り紙もないみたいだしもう自分たちは学生でもない。なによりまだ秋に入った時分で気温も高く、酒も入っていたせいでどうにも暑かった。タブーに挑戦という気持ちはないけれど、これくらいは許されるのではと窓を開けて涼しい夜風にあたっていた。

そうこうしているうちに問題の区間に入った。長いトンネルのひとつめに入る。友人とこのトンネル本当に長いんだよなあと文句を言いつつ、列車は変わらない速度で通り抜けていく。トンネルから出ると少しばかり明るくなって、すぐふたつめのトンネルに入る。
「……ん?」
夜も深まった時間帯。それこそ山の中のトンネルで、退避路もわからないほどそこは暗い。それなのに十何人かぐらいの中年男性がまるでそこで会食でもしてるような、上流階級の人間がする「はっはっは」という上品な笑い声が大量に聞こえて、ぞわり、と皮膚が粟立つ寒気が一気に全身に走る。
たとえば工事現場にいるおっさんたちのがさつな笑い声だったのなら、もしかしたら納得はできたのかもしれない。しかしそれはどう聞いてもパーティーでもしているかのような、不思議なほどどこか和やかさを感じるものだった。
自分たちしか乗客がいないような状況で、聞こえるはずのない異様な笑い声に先ほどまでの酔いなど一気に醒めていく。急いで開いていた窓を乱雑に締めるも、理解不能な現象に深まった混乱は簡単に去ってはいかない。
長かったトンネルをやっと抜けるも、自分たちがやばいものに触れてしまったのではないかという懸念は消えない。ほとんど放心状態と言っても過言ではなかった。

(あれは絶対に、まかり間違っても、人間ではない)

ふ、と。自分のことしか考えていなかった思考がどうにか落ち着き、それから目の前にいた友人が心配になった。視線を上げて友人を見ると、まるで風邪でもひいたかのように青ざめてぶるぶると震えている。思わず大丈夫かと声を掛けながら触れると、触ってわかるほどに熱がある。
「なんだお前、どうした!」
「わ、わからない、急に……」
血の気が引いた真っ青な顔色なのにだらだらと汗をかく友人をタオルで拭いてやるも限界があった。まるで急病人の様相だった。
「お前、大丈夫か?降りるか?」
「……いや、俺あと3つくらい行ったら降りる駅だから……」
「ああそうか、もうそれくらいか」
しかしながら、友人より自分の降りる駅の方が近い。こんな状態の友人を置いていくのも憚られたが、ハッと車掌がいることを思い出した。なので友人に断りを入れ自分の駅で降りた際に特急の通過待ちで時間があった隙を狙い、車掌へ具合の悪い友人が乗っていることと次の駅で降りるので申し訳ないが見てやっててほしい、と頼んだ。
車掌は快く承諾してくれ、次の駅にも連絡してくれるとも約束してくれた。ほっとして礼を言いつつ友人を激励するも、もはや頷けないほどに衰弱していた。
心配しながらもどうにか帰路に着き、電話番号は知っていたものの時間帯も遅いし友人には朝に連絡しようと思ってその日は布団に入った。
あの笑い声も頭の隅に無理やり押し込んで眠っていると、なにやら音がする。訝しみながら目を開けるもやはり真っ暗で、どうやら布団の周りで音がすることに気づいた。


ずりずり。ずるずる。


そちらへ視線を向けようとした瞬間、身体が動かなくなった。金縛りほどではないがしっかり力を入れないと動かないようなギリギリの束縛。過ぎ去っていたはずの恐怖がピリピリと背筋を這っていく。
何が怖いって、壁にぴったりと布団をつけて寝ていたはずなのに、不可解な音が”周囲をぐるぐると巡っている”のだ。その音というのも変なもので、物を引きずっているようなものでもない独特のものだった。
火事場の馬鹿力というものはあるもので、怖いながらもどうにか頑張って身体を動かした。その勢い余ったままやっとのことで視線をやると、畳に敷いた布団の四隅に知らない4人の男が居た。白い足袋を履いて、摺り足でずりずりと布団の周りを回っていた。自分をじいっと見つめながら。

理解を超えるそんな状況に、秒もかからず失神した。ハッと次に起きたときには布団は自分の涎や粗相をしたもので凄惨たるものだったものの、気を失う前に見たものを思い出して身震いせざるを得なかった。
服装などの細かい部分は抜けているものの、とりあえず4人の男が足袋を履いて自分の周りを摺り足で歩いていたのは忘れていない。あれはやばい。あれは、間違いなくトンネルに居たやつだ。あいつは大丈夫だろうか。
逸る気持ちを抑えつつ友人に電話するものの、留守電になってしまって家の電話に出ない。当時は携帯電話なんてガラケーが出るか出ないかの時だったから連絡がつくものなんて限られていた。
困ったな、と頭を巡らせて次に友人の職場へ電話した。これまた出ない。夕方にも電話したが出ない。もとから電話に出ない奴ではあったからもう1日待つかと思っていると、次の日に友人の母親から電話が来た。
どうしたのかと尋ねてみると、息子が行方不明になったという。おかしい。いくらなんでも昨日今日で早すぎるのではないか。重ねて聞こうとするも警察まで来てくれと呼ばれて向かうと、警察官が「あなたが最後に見た方ですか」と訊いてくる。
よくよく聞いてみると次の駅に着いた際に車掌が様子を見に行った時には、もう友人は座席にいなかったらしい。しかしそこには肩掛け鞄がそっくりそのまま置いてある。財布や携帯も置いて、持ち主は電車から居なくなってしまった。

考えられる話としては、前の駅で降りたとしか思えない。けれど防犯カメラには当然映っていない。もうひとつ考えられるのは列車から飛び降りることだったが、飛び降りたところであんなに具合が悪そうだった上にメリットはなにもない。じゃあそいつはどうなったんだと問うと、ただ「行方不明」と返ってくる。そうしてそのまま友人は帰ってくることはなく、とうとう失踪届も受理された。あの笑い声も、男たちのことも、なにもわからないまま。

そんな路線が、トンネルが、まだ日本の何処かにある。



※本記事はフィアー飯によるツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第六夜(1)」より一部抜粋し、文字化のため再構成したものです。(7:20ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/312785078

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