【禍話リライト】どっちでもいいの

就職に失敗にして地元の大分に帰った時の話。

ちょうどよく同級生のツテで仕事を紹介してもらえる流れになり、1ヶ月ばかり待ってくれということだったので貯めていたお金も少しばかりあったし、話がまとまるまで実家でのんびりと過ごすことにした。
しばらくぶりに帰った地元は時間の流れもあって所々様変わりしていて、家に面している大通りなども整備されて綺麗になっていた。九州では有名な量販店も近くに出来ている。道路も四車線になったり歩道橋も新しいものが建てられていたが、それにしても夜中に度々クラクションが鳴るなあと不思議に思ったりしていた。
歩道橋にも1つだけ疑問があった。最近出来た新しい歩道橋のすぐ近くには古い歩道橋があって、老朽化からの建て替えかと思ったけれど特に壊れていたり錆びている様子はない。ここは使わず新しい歩道橋を利用するようにという旨の看板も立っていたが、普通なら「〇〇のため通行禁止」と書かれている理由も見当たらない。
近くに信号もあるし使うこともないだろうけれど、それがどことなく引っ掛かっていて夕飯の時に家族にそれとなく話してみたものの、どうしてか両親も妹も曖昧な相槌を打つくらいの微妙な反応しかしなかった。
そうしているうちに寝るタイミングになり、トイレに行こうと部屋から出ると隣の部屋の妹とばったり出くわした。おお、なんて適当に緩く声を掛けるとなんともいえない表情で「女が出るんだよね」といきなり脈絡もなく切り出してきて。
「なに急に」
「あの歩道橋ね、ヤバい女が出るんだって。最近は出ないらしいんだけど、そういうのが出るから新しいの作ったんだってさ」
「え、そんなヤバい女が出るんなら警察が来ればいいんじゃないの」
「……、そういうことじゃないんだよ」
そういうことってなんなんだ。問いたくても妹はさっさと部屋に戻ってしまって尋ねることもできない。まあ歩道橋を使うこともない自分には関係ないかと納得して数日。就職を斡旋してくれている同級生とそこの上司で酒を飲む機会があり、気さくで人柄の良い性格の上司ともあってかなり杯が進んでしまっていた。
帰るのも2時を過ぎてしまい、気持ちの良い酩酊感のまま帰路についていると、ふと歩道橋を使ってみようかという気持ちになった。どんなものだろうと楽しい気分で新しい歩道橋に歩いていくと、なぜか古い方にあるはずの看板がそこに立っていて。
あれなんでだ、と思ったものの使えないのなら仕方がない。日替わりで使える歩道橋が違うのかなと古い方へ行って中ほどまで歩いていると、酔いで気が大きくなっているはずなのにどうしてか言い知れない焦燥感が全身を駆け抜けていく。
鍵を掛けず家から出てきてしまったような、致命的な失敗をしてしまった時に似た、心臓が大きく跳ねる切迫感。なにもないはずなのにどうしてこんなにも自分はドキドキしているのか。首を傾げながら逸らしていた視線を再び正面に向けると、――そこには女性が立っていて。
もちろん歩道橋なんだから誰がいたっておかしくはない。けれど目の前にいる女性は手すりを右手で握りながら、幅を取ってふらふらと動いてこちらへと歩いてくる。ぶつぶつとなにか聞き取れない呟きをずっと口にしながら。
どうしたってこれはまともではないだろう。ぞわりと湧き上がる恐怖に思わず1歩下がると、追うように女性は速度を上げて近寄ってくる。そうして顔が視認できる近さまできて初めて、女性の両目がぎょろりと左右別々の方向を見ているのが分かって。
ひ、と引き攣れた声が喉に重く絡む。これはヤバい。これは絶対に駄目な類のものだ。強く警告する本能に従って酔いに縺れる足を必死に動かして来た方へ逃げる。怖い。怖い。なんだあれは。無我夢中で走るあいだにもすぐ後ろ、息がかかるような近さで声が聞こえる。それでもなにを言っているのかまったくもって聞き取れない。
針の筵で刺されるような恐怖に泣き叫びだしたくなるのをどうにか抑えて死にもの狂いで階段を駆け下りる。息を切らせてどうにかこうにか一番下まで降りてふと気づくと、背後にいたはずの女性がいない。歩道橋を見上げてみるも周りにだってどこにも隠れる場所なんてない。
誰かが面白半分でいたずらでもしたのか。やばい方はこっちだったじゃねえか。縮みあがった心臓が痛くて悔しくてしょうがなくて、けれど目の前にあの看板があって。
「……は、?」
確かに新しい方で見たはずなのに。だからこちらの古い方を使ったのに。急いで新しい歩道橋へ走っていくとやはり看板がない。誰かがこっそり入れ替えるタイミングなんてなかったはずだ。混乱する思考はまったく状況に追いつかず、意味がわからない現象を飲み込むことなんてできない。
じゃあもう酔っぱらっても今度は看板があっても騙されずにこちらの新しい方を使えばいいことだ。それならもう安全だろう。そう自棄になって考えているとふと視線を感じてそちらを見上げれば、あの女性が新しい歩道橋の中ほどに立っていて。どこかに隠れていたはずもない。古い歩道橋から走ってきたとは距離からして到底思えない。
絡むことのないはず視線。なのに女性はじっと合わない両目でこちらを見つめて、ゆっくりと口を開いた。それはなんとも楽しそうな声音で。


「 ほ ん と は ね 、 ど っ ち で も い い の 」 




※本記事はフィアー飯によるツイキャス『禍話』シリーズの「震!禍話 十六夜 佐藤復活祭」より一部抜粋し、文字化のため再構成したものです。(58:57ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/467355250

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