【禍話リライト】イイエ

1970年代の心霊ブームに漏れず、その学校でもこっくりさんが流行った。教師がやめろと注意してもやめず、照明がついているとバレるのでこっそり残って夜の校舎で行うことも多かったという。熱心が過ぎるともはや遊びというよりは儀式やサバトにも近い。その日も仲が良い女子4人組が帰宅するはずの踵を返し、ほとんど人がいなくなった校舎へと戻っていった。

電灯の消えた真っ暗な廊下を歩き、手探り状態で教室へと入る。まさか教師たちもこうまでしてこっくりさんをしているとは思わないのか、1週間ほど続けてもバレる気配は一向になかった。しかも今日はどこかの部が出場する大きな大会があったおかげで早い時間でも残っている人も少ない。隣の教室でバスケ部か野球部の体格の良い男子が疲れていたのかぐっすりと寝ていたが問題はないだろうと、タブーを破っている背徳感に高揚しながら4人はこっくりさんの準備をしていった。
「こっくりさん、こっくりさん。野球部の〇〇くんと〇〇ちゃんは付き合えますか?」
普段なら結構早い段階でこっくりさんは来てくれる。しかし今日はまったく10円玉は動こうとしない。いつも通り喚び召したところまでは良かったのに、いくら質問すれども応えはない。はいかいいえで示せないような質問をしても、10円玉が動くことはなかった。
この前はふざけた質問をしても応えてくれたのに今日は調子悪いのかな、と全員が首を傾げていると1人が気付いたように声を上げる。隣から声がする、と。

え、と思いつつ試しに注意深く耳を澄ませながら「明日は晴れますか?」と当たり障りのない質問を投げかける。すると隣の教室から小さく「ハイ」と女の子の声が返ってきて。
隣の教室で寝ていたのは間違いなく男子だった。まさかあんな女子のような声が出せるとは到底思えない。始める前にここにいる全員が確認したはずだけれど、今さら怖くて見に行くことなんてできない。今日のところは帰ってもらう他ないだろうと1つ息を吸い込んで、終わりの常套句を口に出す。
「こっくりさん、こっくりさん、お帰りください」
「イイエ」
また女の子の声がする。その声はどこか機械音声のような平坦さと無機質さで、とても人間のものとは思えない。しかも先ほどよりも距離が明らかに近づいている。もし例えば、自分たちがこっくりさんをしている最中に少しずつ少しずつ近づいてきていたのだとしたら。
「あ、あの、お帰りください、ありがとうございます、お帰りください」
「イイエ」
廊下から声がした。ああこれはまずい。どう考えても良くはない。だが、逃げたいけれどルールも破ることもできない。今ですらこんな状況なのに、ルールを守ることができなかったらどんなことが起きるのか想像もつかないのだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、本当に、もう2度とこんなことはしないです!ごめんなさい!おばけとか馬鹿にしたりくだらない質問したりしてすみませんでした!お願いですからお帰りください!」
「イイエ」
次に聞こえた声は女の子のものではなく、男のものだった。ぎょっとして声のした方へ目を向けると、開いた扉のところに隣の教室で寝ていた男子が立っている。目を瞑ったまま「イイエ」と単調に言い続けている。もう質問も何もしていないのに。何度も、何度も。
もはや平身低頭に謝罪をするしかなかった。4人全員が言いようのない恐怖に縛りつけられて、机に額が強く当たるのも構わず頭を下げて許しを乞い続ける。お帰りください。お願いします。ごめんなさい。許してください。どうかお帰りください、と。


「   い  い  え   」


4人が囲んでいた机のすぐ近く。おそらくその男子のいつもの声音でそう言われた瞬間、ギリギリまで我慢していた理性が一気に吹き飛んだ。怖い。怖い。限界を超えた恐ろしさに甲高い悲鳴を上げながら、誰もかれもがてんでバラバラに逃げ出して走る。もはやルールなんて知ったことか。とにかく目の前の怪異からどうにか逃げ出すことしか考えられなかった。
ひたすら真っ暗な廊下を全速力で駆け下りて、なんとか4人全員が昇降口へと辿り着いた。ああ良かったとすぐ目先にある出口に喜びながらも、不可解な現象に混乱する思考はそう簡単に恐怖を忘れてはくれない。今日喚んでしまったアレは、絶対に良くないモノだ。何回もこっくりさんをやっていて初めてのことだった。
「なんであんなことになったんだろう……」
「わかんない。わかんない。もうこっくりさんなんてやめよう」
「うん……。けどルール破っちゃったから大丈夫かなあ」
「どうなんだろ……。でもさ、全然関係ない男子だから明日とかになったらケロリとした顔してんじゃないの」
そんな発言が出たのは逃げおおせた気の緩みからか、理解できない状況から少しでも逃げたいがためか。しかし。背後で。すぐ近くで。

声が、した。


「        い   い   え       」




※本記事はフィアー飯によるツイキャス『禍話』シリーズの「真・禍話/祝50回スペシャル」より一部抜粋し、文字化のため再構成したものです。(1:47:54ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/405739348

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