【禍話リライト】記録されていく死

イトウさんには、ある嫌な思い出があった。

それというのも、大学のサークルで飲み会をしている際にオラオラ系の先輩がデスファイルのような実際の死体が映っているような作品を持ってきて見せてくる。皆で楽しく鍋を囲んでいるときにも面白がって見せてくる。昔は現在よりそういった規制も緩く、ネットを漁ればそこかしこに転がっているグロテスクな画像もスプラッターな動画もダウンロードすることが出来たもので、やれテロリストの処刑映像だの麻薬カルテルの拷問画像などを見せられてはやめるよう窘めるも素直に聞いてくれるわけもなく、なんだかんだそんなことが続いていた。
嫌だなあ酷いなあと思いつつも何本もそんなものを見せられれば変に耐性がつくもので、イトウさんは女性ながらもだんだん慣れてしまっていた。死に方にも大体パターンがあって、どんな有様になっていたとしてもその人の人生が反映されている。ただ単に死体だけが映っていたとしてもそれはもはや物言わぬ肉の塊で、言ってしまえばモノと変わらない。それに知り合いだったらまだ違う感情が生まれるものだが、如何せんどこかの国の知らない誰かの死体だ。そうなるまでの物語がなければその人に感情移入もできないし瞬間的なグロさは感じるものの、ああ死んでしまったらこうなってしまうんだなあとしか思わなくなっていった。
回数を重ねればサークル全員そういったものに慣れていって、最初は怖がっていたリアクションも比例して薄くなっていく。そうなれば先輩もムキになってしまったのか今度はストーリーのある作品を持ってくるようになった。たとえば登山家が不慮の事故で亡くなってしまったものや、記録に挑んだものの敢えなく失敗してそのまま死んでしまうといったもの。
ドラマがあるからこそ最初は悲しみながら観るものの、それに伴って有名どころが多くなっていけば当初求めていたはずのグロテスクさは少なくなって結局そこまでで終わる。かといってスナック感覚のアングラなものを見てもかえって冷めてしまう有様だった。

その日もいつものようにサークルのホワイトボードに飲み会だと書かれていたから、またそういう流れになるんだろうなあとぼんやり思っていた。今度はどんな変な動画を見せられるのだろうか。
何とはなしにそんなことを考えながら部室へ向かうも、あれ、と足を止めざるをえなかった。いつもならば集合してから皆で食材を買いにいくのに照明がついていない。
誰もいないということはもう先に買いに行ってしまったのか。もちろん鍵の暗証番号はわかっているのでそのまま入ろうとすれば、そもそも鍵が掛かっていない。金庫もあるのに不用心だなあと呆れながらドアをガチャリと開けると、中には主要メンバーの先輩たちが何人かいて。これにはイトウさんも驚いて、なんのドッキリなのかと文句のひとつも言いたくなった。
なんだって明かりもつけないでいたのか。寝ていたとかにしても鍵くらい掛けてもいいだろう。首を傾げながら入り口近くにあるスイッチを入れながらどうしたんですかと尋ねるも、なぜか先輩たちはどうにもテンションがお通夜状態で。
「……俺ねえ、やっぱりちょっと良くないと思うんだよなあ」
「うん……良くないよなあ……」
自分が入ってきて明かりをつけたことはスルーされながら会話が訥々とされていく。見れば、備え付けのテレビの画面が砂嵐になっていて何かしらの映像を観ていたのだろうということははわかった。またレンタル落ちのスプラッター作品でも鑑賞していたのだろうか。しかし、もはやそちらの方面に関しては鍛えられているような猛者たちがこんなにもへこんでいるなんてどんなものなのだろう。こういうの観るのもうやめよっか、などとも話している。
そうこうしているうちに後輩たちも集まってきて、どうしたのかと尋ねるも同じように返すばかり。もちろん方向転換して健全なサークルになるのは喜ばしいことだし、慣れたとはいえ猟奇ものよりはアニメとか普通の映画を見る方が楽しい。
げんなりするような残酷映像を観なくなるのは良いことだが、どうにも先ほどから先輩たちの反応が引っかかって仕方がない。どうしたんですかと再び問うと、これは見ない方がいいとまるで苦虫を噛み潰したような表情で返ってくる。
「えっ!そんなグロかったんですか?」
「違う。グロいっていうか、ヤバい」
「……は?」
「裏掲示板みたいなところがあってさ。よくわかんないんだけど格安でやべえビデオがあって送ってくれるっていうから、サカイさん?みたいなハンドルネームの人に貰って今日それが来たんだよ」
そう言いながら見せられた封筒には送付先の先輩の名前は書かれているが差出人の名前はない。ただそういって詐欺だったというパターンもあるからどんな映像なのか先に上級生たちで確認していたとのことだった。
けれど駄目だと言われれば人間というものはより惹かれてしまうもので、イトウさんはそれがどんなものなのか気になった。この先輩たちがそこまで強く止めるような作品なんて逆に興味しか湧かない。
「え、ちょっと見てみたいです」
「いや本当やめとけ、イトウ。一生こんなの見なくていいやってなるぞ」
数分に亘ってどうにか食い下がり、見たい人はこれからそのビデオを見て、見たくない人は買出しに行くことになった。上級生たちは全員そのまま出払っていって、十何人いたうちけっきょく残ったのはイトウさんを含めて3人ほどだった。

デッキに入ったテープをキュルキュルと巻き戻して最初から見始める。どうやらそのビデオは誰かの手によって編集がされているらしい。ザーッという雑音だけの状態から、パッといきなり山道を走っているのだろうワゴンの車内が映し出される。
見るかぎり6、7人ほど乗っているだろうか。どうやら一番後ろの席に座っているカメラ担当の人物が撮っているらしいが、車内の会話はまったくもって弾んでいない。運転手と助手席にいる人とカメラマン以外の人たちは何かが入ったコンビニ袋を持ってずっと真面目にメモを読んでいる。
カメラマンの横に座っている人物がそれずっと撮らなきゃいけないんですか、とカメラマンへ尋ねると助手席にいる人物が「〇〇さんいわく、こういうのは全部記録して残さないといけないんだって」と返す。ああそうなんですねという素直な引き下がりようからすると、どうやら〇〇さんという名前が出ると無条件に納得する雰囲気があった。おそらく教祖かなにかだろう。
なんだろうこれ。変な宗教だろうか。その人たちの着ている服も白衣と患者衣のような白い衣装でひたすらに気味が悪かった。どうやら先ほどのメモには地図が書いてあるらしく、それをカメラマンが顔と一緒に映しながら定期的にぐるぐると車内を周回して撮っていく。そんな映像が数分続いていると。
「Aさん、もうすぐですよ。次に2回目のカーブきたら降りるところですよ」
「あっ、はい。これウーロン茶で飲んだらいいんですよね」
「そうそう、ウーロン茶で一気に飲んで大丈夫だから。全然苦しくないからね」
そんな会話が事も無げにされて、思わずイトウさんは眉を顰めた。これはまさか集団自殺というやつではないだろうか。Aさんが持っていたコンビニ袋に詰まっていたものは、大量の薬だった。
噂では自殺したい人を募る掲示板やらそうしたことを斡旋するような組織があると聞くが、なんにせよ記録のために撮っているという時点でまともなものでもないだろう。
そのあいだにもワゴンは何事もなく走っていく。カーブを1回、そして2回。特に目印も建物もないような変哲のないところで車が停まる。
「じゃあこの辺でお願いします」
「わかりました。ここを曲がってそのまま真っすぐ行って、大きな木があったらその横でいいんですよね?」
そこでお願いします。今までありがとうございました。じゃあ頑張って。そんな日常会話にすら思えるようなどこか和やかなやり取りが交わされて、車を降りたAさんはガードレールを越えて山の中へ分け入って消えていく。
そうしてワゴンに乗っていた人たちが1人また1人と降ろされていく。その誰もかれもがやはり自ら死にに逝くのだろう。持たされている尋常ではない薬の量も、朗らかに別れを告げて去っていくその目つきや表情はまったくもって普通ではない。いったいどういう思いで、境遇で、そこへ至ってしまったのか。
「……本当はどうかわかんないけど、気持ち悪いなあこれ……」
道を外れてしまった人間の静かな狂気をまざまざと目の当たりにして気圧されていると、どうしてか一緒に観ていた1人がガタガタとひどく震えている。明かりもテレビからの光ほどしかないのに顔色が真っ青になっているのすら窺えるほどだった。
「えっ、どうしたの。大丈夫?」
「……女がいるの、気づいてない?」
「は?助手席に座ってる人のこと?」
「違う、……最初のさ、Aさんが降りるとき」
その映像が撮影されている時間帯は夜ではなく昼間から夕方にかけてだったので、途中の山道の様子は鮮明にわかる。確認するために巻き戻しているときですら、言い出した女の子はずっと震えながら見たくないとばかりに下を向いて唸っていて。ピ、と再生ボタンを押すとちょうどAさんがどこで降りるのか尋ねているところだった。
「Aさんの場面にきたけど」
「……2回目のカーブのところ、見て」
問題の地点はなかなかの山道で、ともすれば徒歩などでは到底来れはしないだろう。道路だって車1台が通るくらいほどの広さしかなく、ましてや歩くスペースなどない。その白線ギリギリのところ、山肌に向かって車を背にするように―――女が、立っている。
ぞっ、と。一瞬にして全身に鳥肌がたった。明るいうちとはいえこんな山深い場所に単身で人がいるとは思えない。しかも避けたにしろ狭い道で車に背を向けて立っているなんて、人目を忍んだからこそこんなところに来ているはずのAさんたちがすぐ近くにいるその女の存在に気づいていないなんて、ただただ不気味でしかない。
「うわマジで……。ずっと震えてるけど、これのこと?」
「……いやだからさあ、そのあとのBさんとかCさんも、……『そう』じゃん……」
「え、」
よく見てみると、Bさんのときは原生林の中のガードレールの向こう側でこちらに背を向けて立っている。どう考えても一本道でそこへ先回りなど出来るはずがないのに。しかもCさんのときなどはガードレールを乗り越えていったと思ったらすぐ近くにある電信柱のところに車を背にして佇んでいる。たとえショートカットしたとしても生身の人間では不可能な移動距離だ。しかも気づかなければおかしい近さなのに、誰もなにも言わない。
仕込みにしては道理が合わない。合成にしては出来過ぎている。嫌々ながらもその場面を拡大してみると荒い画像ではあったものの僅かに上下していて、確かにその女は生きて呼吸しているようだった。
たとえばこの集団がカルトまがいだったとして、ちゃんと対象が死んだのか確認するために似たような姿形をした女性を各所に配置していたとしてもそれはそれで恐ろしい。そうだったら誰か1人こちらを見ていても良いはずだし、なにかしら話したりしても問題ないはずで。

怖くて仕方がないがここまで来ればもはや最後まで見るしかない。人がワゴン車から降りていくたびに、その女が画面のどこかに現れる。ずっと後ろを向いたまま気づかれないで立っている。そうして確認するのもだんだん嫌になって早送りしていると、とうとう運転手と助手席の女性とカメラマンだけになった。終わりましたね、じゃあ次は半年後ですかねと事務的に話したあと車はそのまま山道を下って走っていく。
そのあいだ車内はずっと無言だった。降りていった人たちへの感慨に耽る会話もないのは、何度もそれを繰り返していてもはや何も感じなくなっているからか。こいつらは、こんなことを何度もしているのか。そんななんの変化のない空間でもなぜかカメラは回り続けている。
しばらくすると、カメラマンがなんの関係もない誰も降りなかったところで「あ、ちょっと停めてもらってもいいですか」と声を上げた。運転手も助手席の女性もカメラマンがトイレにでも行きたいのかと思ったらしく二つ返事で車を停める。
そのままカメラを持ったまま車を降りてガードレールを乗り越え、ちょっとした拓けた場所へ歩いていくも一向に用を足す素振りを見せない。ぐるりと辺りを見回すようにゆっくり動いたかと思えば「……あれ?」と呟く。
「あれ、俺なんで車から降りたんだっけ。あれ?」
自分から言いだしたくせにどうしてかその目的すらわからなくなったらしい。まあいいか、と言いながら来た道を戻ってようやくガードレールが見えたとき。ふと視線をやると、両手をべったりと窓ガラスにつけて、知らない女が後部座席から自分たちの車を覗き込んでいる。
不審者にそんなことをされていれば運転手やら助手席の人やらが何かしらのリアクションをしてもいいはずなのに、じっと静かにワゴンは停まっている。カメラマンはそこでようやく初めて女の存在に気づいたのだろう。うわ、と怯えた声を上げて慌てて「なにしてるんだあんた!」と駆け寄っていくも、女は窓につけていた右手をぎゅっと握り、コンコンと窓を数回ノックして。
普通ならそんな不審人物に対して運転手たちが窓を開けることなんてないだろう。それなのになんの返事もなく抵抗もなく機械音をたてて開いた窓へ上半身を乗り出すようにして、女がぶつぶつとなにか呟く。
そうしているうちに運転手と助手席の女性が笑い声を上げる。まるで女が面白い冗談でも言っているかのようにケラケラと楽しそうに。言葉ひとつ聞き取れないような小声なのに。カメラマンはそんな異常な状況にひどく怯えきって、震えながらも2人に向かって必死に呼び掛けている。なにしているんですか、どうしたんですか、と。
しかしカメラマンの声を無視するかのように車のドアがガチャリと開いて、女が後部座席に乗り込んだと思った瞬間すごい勢いで走り出していく。思いがけない展開にカメラマンが運転手と助手席の女性の名前を何度も何度も叫びながら追いかけていくところでブツッと映像が途切れてしまった。

怖い。なにこれ。こんなところで終わってしまうのかと思われたが、どうやら編集されていたらしくしばらくするとカメラマンがぼやきながら明かりのない夕暮れの山道を歩いている場面が映し出された。おそらくもう何kmも歩いたのだろう、疲れきっているのかカメラはすっかり下ろされてブラブラと揺れながら地面が映っている。
「これもう記録とかいいんじゃねえかなぁ……。てかあの人なんなの、冗談じゃねえし。俺も〇〇さんに試されてるってこと?マジ意味わかんねえ」
今までこんなこと1回もなかったのに、とカメラマンが呟いた瞬間「△△くん」と右側から声がした。バッと勢いよく映像が地面から再び鬱蒼とした山中になる。どうやらそれは助手席にいた女性の声ではあるが、聞こえてきたのはガードレールの向こう側からで。
カメラに付いていたのだろう灯りで辺りを照らすも誰もいない。けれど確実に声はすぐ近くからした。困惑しながらも道を分け入っていくと奥の雑木林に横切る影がある。
「あっ!××さん!××さんも下ろされたんですか!」
叫びながらどんどん斜面を走って下っていく。けれどそこにはやはり人はいない。間違いなくさっきの声は××さんのだったのに、どうしたんですか、どうしたんですか、とぐるぐると見て回ると少し先の木々のあいだから足が見えていて。急いで寄っていくとそこには探していた助手席の女性がいた。木にだらりと背を預けて、死んでいた。
「――ぇ、えっ、××さんはそういうことをする役割じゃないでしょ?!なんで、××さんが死ぬのはおかしいって!」
周りには予備だったのだろう薬が散乱していて、空になったペットボトルも落ちている。明らかにこれは自死だろう。ひたすらに動揺するカメラマンの問いに答える声などなく、そこから逃げるように道路へ走って戻っていく。
どうして。なんで今日に限って。××さんが死ぬのはおかしい。とりあえず連絡しなきゃ。ぜえぜえと荒い呼吸を飲み込みながらカメラマンが前方を見ると自分たちが乗っていたワゴンが停まっている。見れば運転席にはちゃんと人がいる。
縺れそうになる足をどうにか動かし駆け寄ってガンガンと窓を強く叩くと、駆動音とともに窓が開いて「どうしたの」と運転手がいたって普通に顔を覗かせる。けろりとした表情はこの状況ではなんとも言えず奇妙に映る。
「どうしたのじゃないですよ!××さんが死んでるじゃないですか!」
「死んでる?なんで?」
「なっ?!なんでって、持ってきてた薬飲んで死んでるんですよ!たしか××さんはナビゲーターみたいな役割だって聞いてたはずなのに!おかしいですよ!なにがあったんですか!?」
「え、嘘だあ。そんなことないよ」
「なに言ってるんですか!現に××さん車降りてるじゃ、―――」
助手席にまったく知らない女が座っている。なぜかカメラに顔を背けるように窓の方を向いていて、後頭部が見える。ああ、さっきのあの女が、すぐそこにいる。
「……ちょ、ちょっと……その人、だれなんですか……」
「あ、この人?なんか道に迷ったんだってさ。困ったときはお互い様だし、こうやって乗せてるんだけど」
「……その女を乗せたのは、まあ今はいいですよ。でも××さんは?××さんをいつ降ろしたとか記憶はないんですか……?」
「は?なに言ってるんだお前。おかしくなっちまったのか?お前が記録係なんだろうが」
「……?」


「だからお前が記録係なんだから最後まで撮らないといけないだろうがッ!!!」


意味のわからない怒号。一際大きなエンジン音が鋭く空気を裂く。そうしていきなり車が急発進して猛スピードで近くの木に衝突するまで、数秒もなかった。
いきなりの凶行に呆然と立ちつくすしかなかったカメラマンが、え、え、と言葉もなく近づくも勢いよくぶつかった運転席は無惨にも潰れて赤く染まっていて。なのに助手席には影も形もない。誰かあ、と耐え切れなくなったのだろう叫ぶ声のあとにもう一度映像が途切れて。
次に再開するとカメラマンが近くに座り込んでいて、どうやら警察を待っているところだった。遠くから救急車やパトカーのサイレンの音が聞こえる。よかった、助かった、そんな切実な呟きが聞こえて。救助が来たんですいません、とそこで初めてカメラマンの顔がそこで映る。同じ年嵩の若い男だった。
「じゃあ、これでちょっと、撮影を終えようと思います」
プツン。そこで映像は終わった。けれどイトウさんは気づいてしまった。いやいやいや、と思わず声が出る。これはない。これだけはない。
「……今のみんな見た?最後のところ」
「見たよ。パトカーとか救急車が、」
「いやいやいや、ちょ、ちょっともう、見ろ!」
テープを巻き戻して先ほどの場面を再生する。カメラマンが自分の顔を映して喋っているところ。日が暮れて見えづらいが確かにカメラマンの後ろに、背を向けた女が立っている。すぐ真後ろに。
ぴったりと背後にいたから絶対にどこかしら身体が当たっているはずで。そこでこの映像が終わってしまったけれど、起こっていた『何か』が円満に終わったとは到底思えない。
そこにいた全員はもはや騒然だった。後味が悪いなんてものではない。とにかく気味が悪い。合成かヤラセではないかと考えるも、ワゴン車が木にぶつかっていったあの勢いは本物だった。
そうしていると鍋の買出しに行っていた先輩たちがどやどやと騒ぎながら戻ってきて「お疲れ~怖かった?」と聞いてくる。好奇心に駆られて見たいと言ってしまった自分が今となっては憎らしい。
「怖いですよッ!え、これ嘘でしょ?そのサカイさんってだかがスタントマンとか使って作ったんじゃないんですか?」
一瞬の沈黙。まるで自分がおかしなことを言ってしまったかのような微妙な空気に困惑していると、先輩の1人が言いづらそうに口を開いた。
「あー、その、カメラマンな」
「え?」
「最後に映るじゃん、顔」
「ああ、最後の最後に映りますね」
「ウチのサークル出身者なんだよね。なんか変な宗教みたいなのに入っちゃってて行方わかってないんだけど。……それの最後に、そいつが映っててさ」
思考が止まった。あのカメラマンがここのサークルのOBで、カルト集団に入信してしまって、消息がわかっていない。いきなり情報が過多すぎやしないだろうか。
「行方不明、なんですか?」
「さっき見て俺らもびっくりしてさ、知り合いとかにあいつどうなってんのって聞いてもやっぱりわかんないって。その宗教だかも解散したとか言われてたし」
「そのサカイって人は、なんで先輩にこれを送ってきたんですかね……?」
「……いや、たぶんなんだけど。このカメラマンのやつは履歴書に学歴とか全部書くようなタイプだったのよ。俺も裏掲示板で会話しているときにたまたまちょっと特定されちゃうこと言っちゃってさ、そのときサカイは『ああ、知り合いなんだな』って思って俺に送ってきたんじゃないかなって。でももういい、やばいから真偽とかは確かめない」

そうしてサークルはこれ以降、猟奇ものや心霊映像の類は一切触れることはなくなったという。



※本記事はフィアー飯によるツイキャス『禍話』シリーズの「THE禍話 第12夜」より一部抜粋し、文字化のため再構成したものです。(55:50ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/571508182

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