【禍話リライト】死相の鏡

『鏡の家』と呼称される家があった。

由来がどういったものか定かではないが、昔そこには祈祷するための場所があった。いまだにそういった風習が続いている地方もあるらしいが拝み屋である女性が独自にやっていたところで、短くも一代で終わってしまった。
その拝み屋がどうやら死ぬ前に何人かいるうちの内弟子の1人に変なことを言っていたという。死相というものがわからなかったけれどようやくわかった。いま私の顔に出ているものが最たる死相だから、有事の際にスケッチかなにかで映してほしいと。どうやら死因は病気によるものだったが、早めに病院に行っておけば治るような初期のものを自分の力で治すと言って悪化させたらしい。己を過信したがゆえの、なんとも残念な亡くなり方だった。
生前の遺言に従って一番弟子が拝み屋の死に顔を詳細に描き起こし、死相の手本として丁寧に保存した。そしてそのまま一番弟子が師匠の跡を継いで続けていくのかと思いきや、どうしてかその一番弟子が道場とされる場所で拝み屋の死相を描き移した和紙をバラバラに引き裂いて自殺してしまったのである。
理由などまるでわからないが、そんなことがあってしまっては拝み屋としてはもはや立ち行かない。その家は取り壊されて更地になったものの、如何せん立地が良い。なにせわざわざ客が来やすいように選んだ場所だ。いつしか何事もなかったように整地されて新しい住宅が建ち、そこの土地で起こった事をなにも知らない家族がそこに引っ越してきた。
なんの変哲もない両親と娘の3人家族。父親が出張が多い仕事に就いていたようで母親と娘でそこに暮らして1か月後、母親が娘を殺して自殺してしまった。いわゆる無理心中だった。
家族仲も良く理由がまったく見当がつかなかったが、母親が遺書めいた日記を握りしめて死んでいた。内容を見ると、奥の部屋に置いてある三面鏡になにかが映っていると書かれている。しかし、なにがそこに映っているのかは書かれてはいなかった。普通ならば詳細まで書いても良いはずなのに。
旦那に言っても信じてくれない、子どもに見せてみても目の前にいるのに見えないと嘘をつく、最後にいたっては『映ってる映ってる映ってる』と3ページに渡って殴り書きされていたという。それを見て警察はノイローゼによるものだろうとしか判断出来ず、1人残された父親は泣くに泣けずその家から出ていった。
誰も知る由もないが、その三面鏡が置いてあった部屋はかつて拝み屋の弟子が自死した道場と同じ場所だった。

その家はなぜかいまだ取り壊されることなく存在している。周辺の住民は揃って全員いなくなってしまい、そこの区画だけゴーストタウンのようになってしまってるという。強烈な出来事が立て続けに起こってしまえば無理もないだろう。
友人たちとそこに肝試しに行くことなって、霊感があるという彼女のお姉さんにその家について尋ねてみると「鏡を見ちゃ駄目だよ」と言う。絶対映るし良くないものだが鏡さえ見なければ霊感がないような人たちは大丈夫だと思う、と。見える人に助言を貰ったしこれはお墨付きだと、喜び勇んで『鏡の家』へ向かうことになった。
外観はいたって普通の住宅だ。けれど噂通りその周りだけ明かりひとつない。懐中電灯がないと視界が覚束ない真っ暗な中、静かに佇む家はそれだけで一種の迫力がある。おそるおそる中に入ってみるとどうやら警備会社に入っている様子もない。無理心中が起きたのだろうその部屋だけいくつもの鍵やチェーンを使って厳重に封鎖されているが、他の部屋はどこも容易に見て回ることが出来た。
家具は片付けられているが綺麗に整えられていて、定期的に不動産屋が手入れしているようだった。こういった心霊スポットにありがちな落書きもない。しかしだんだんと奥へ進んでいくにつれ所々埃が積もり、椅子は倒れて鞄も乱雑に床に転がっていて。まるでそこだけ切り取ったかのように当時のまま残されている様子は意味がわからなくも怖気が走るもので、怖い怖いと仲間と言い合いながら探索していった。
そうこうしているうちに1階はすべて見終わって、2階はなにもないけどとりあえず確認するだけするかという話になった。どうせここまで来たんだから色々見て回るのも武勇伝が増えて良いだろう。階段を上っていくも1階と同じでやはり家具もなにもない。事件が起きた真上の部屋は入れるみたいだと1人がドアノブに手を掛けて、すぐに閉じてしまった。
「おいどうしたんだよ。言いだしっぺがそんなことやるとかめちゃくちゃ怖いんだけど」
「……三面鏡、ありますね」
「え、……マジで?他の部屋には家具ないのに?」
「なんにもないがらんとした部屋の中に三面鏡だけあるんですよ……」
おそるおそる開けてみれば言った通り、すぐそこに三面鏡が置いてある。見てみるとずいぶん年季の入ったものだった。鏡面が見えないように閉じられていたのがせめてもの救いだが、他の家財道具は残っていないのにどうしてこんなところに置いてあるのか。
「……開けてみるぅ?」
「いやここでどうしてそんな流れになるんだよ!」
「えー、大丈夫だと思うけどなあ」
「あ、じゃあさ!俺らが映らないように三面鏡側に立って後ろから開けてみよっか。誰も見ずに済むようにさ」
なんでそこまでしてとは思うもののその発想自体はおもしろい。映らなければ大丈夫だと思うと言われていたし、とひとつ頷いて三面鏡を見ないように開けてみると。

がちゃがちゃ。がちゃちゃ。かしゃん。

耳障りな音を立てて割れた鏡面がバラバラと崩れ落ちる。予想外の出来事に驚いて思わず鏡台の正面に回るも、念入りに叩き割られていたのだろう鏡は粉々になって何を映すこともない。見ずに済んだなとどこか安堵した気持ちになるも、1人が訝しんだ声を上げる。
「でも、開けた瞬間バラバラになるっておかしくないですか?いくら閉じてたとはいえこんな細かく粉々になってるのに、破片すら下に落ちてなかったじゃないですか」
「……そうだよ、ねえ」
なんだそれ怖い。気づいてしまえば不審は一気に恐怖に変わり、全員が逃げるように2階から1階へと駆け下りる。閉めたまま割ったにせよ開けたと同時にあんなに綺麗に崩れるなんて、ただの三面鏡ではありえないだろう。大きな面は残るにせよ普通なら破片くらい落ちてもいいはずなのだ。
これが『鏡の家』か。どことなく全員が引きつった雰囲気のまま怖かったなあと言い合って、もういいだろうと廊下へ足を進める。
「じゃあそろそろ帰ろ、―――」
そう言いかけた先輩が口を開けたままぴたりと止まる。最後の最後にドッキリでも仕掛けるつもりなのだろうか。
「先輩もういいですよそういうのやめましょ?」
「いやいやいや、……マジでか……」
どうにも反応がおかしい。真っ青になった先輩の視線の先を追うように見てみると、入ってきた時にはなかったはずのコンパクトが、玄関にぽつんと落ちている。
そもそも入った時点であったのならその場でリアクションしているはずだ。もちろん野郎ばかりのグループでそんなものを持っている心当たりもない。奥の部屋はまだしもここら辺はきちんと片付けられていたし、どこからか落ちてくるなんていうのも考えられない。
怖い。怖いが、あれを跨がないと玄関にも行けない。どうにか全員が壁に張り付くようにしてそろりそろりと歩きながら、コンパクトを避けて最後の1人が靴を履いて出ようかとしていた時。強制してもいないしそんなことをするような性格でもなかったのに、ふとコンパクトを手に取って開いてしまって。
「なにしてんだお前!」
「おいやめろ!見なくていいから!」
上部についている鏡を見ているのだろう。ぐう、と背を丸めるようにしてコンパクトを覗き込んでいる様子に焦った声がいくつも飛び交う。なのにそいつは鏡面をずっとずっと見つめたまま、ガタガタと震えている。まるでなにかに釘付けにされたように。
これはどう考えても尋常ではない。仕方ないと手からコンパクトを叩き落とし、そのまま引っ張って連れて行こうとすると。その瞬間、我慢の糸が切れたようにうわああと叫んで前にいた全員を押しのけて出ていくその狂乱ぶりに誰もかれもが全速力で走って逃げ出した。
ひいひいと呼吸を荒げながら停めてあった車に辿り着くも、運転手はコンパクトを見てしまった当事者だ。このまま発進しても良くないと落ち着かせるために各々で声を掛けるが、過呼吸のように息を詰まらせては手足をバタバタと動かしている。
「落ち着け、大丈夫だから!どうしたんだよ!」
「いやもう、わからない、です。なんで今、自分があれを開けたのかすら、わかってなんですけど、」
「ダメじゃんやばいよ、どっか明るいところ行こう。たくさん人のいるところ」
「いま言わせてください。言わせて、ください。開けたんです。コンパクト開けたんです。開けたら俺と背後にある階段が見えたんですけど、階段を、包丁持ってすごい楽しそうに降りてくる中年女性が見えたんです」
「……え?」
「俺のすぐ近くまで来て、もう駄目だって思ったら〇〇さんが叩き落としてくれて助かったんですけど、あれ女性がこっちに来ていたら、どうなったかわからないです」
そういうことはあの家から遠く離れてから言ってくれ。その場にいた全員が思ったもののどうにかこうにか帰り着き、見てしまった奴もその後は何事もなく過ごしている。
コンパクトに映ったという女性はおそらくそこで無理心中をした母親だろう。けれど、どうしてあの三面鏡は割れてしまっていたのか。誰かが何かを見てしまったのか。母親が映ってると言ったものは、何なのか。そんなことは誰にもわかるはずもなく、その『鏡の家』は今も存在している。



※本記事はフィアー飯によるツイキャス『禍話』シリーズの「震!禍話 第八夜」より一部抜粋し、文字化のため再構成したものです。(1:20:18ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/448055399

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