【禍話リライト】清酒の家

交通事故で一家全員が亡くなった家がある。


その家は新築の綺麗なものなのだが売りにも更地にもされることもなく、逆に行くとマズいとされていた。といっても事故現場はその周辺でもない。幽霊と呼ばれるものは大概にして残留思念やその瞬間の思念がその場に焼きついてしまったもので、多くは死んだ場所に縛られてしまう。それなのに自宅に”出る”とされていたのは、その家族の思いが一番執着していた場所だったがゆえなのだろう。
その家がなぜそこまでいわくつきかと言うと、不動産屋か家主かが玄関前に清酒を2、3日おきに置いていくのだという。清酒の味が変わったらそこに入ってはいけないなんて都市伝説もあるが、そんなものを堂々と周辺にアピールしている時点で察するものがある。
そこでは1年に1回は神主の恰好をした人を見かけるのだという。しかしそんな頻度で清酒を取り替えないといけないほどに、その家の浄化はまったく進んでいないのだ。
そんなガチガチの心霊スポットともなると、もちろん肝試しに訪れるような命知らずで暇な人間だっている。これ見よがしに置いてある清酒を飲んでは味が変わったと騒いだりするのだが、大抵は雰囲気に呑まれていたりそもそも清酒を飲んだことがないというお粗末な結果に終わっていた。

ある時、清酒の瓶を空っぽにして代わりに尿を入れようとした馬鹿な奴がいた。人目につけば完全に逮捕される案件なので夜の3時か4時くらいに行ったのだが、その時間ともなれば辺りはまったくもって静かで人の気配はない。
ようし、今のうちにやろうかな。そう思って瓶に手を掛けて掴んだ瞬間に後頭部に直接生温かい吐息がかかった。そうして男か女かもわからないような中性的な声で「そんなことをしなくても、充分穢れたものになっていますよ」と楽しげな声音で言われて。驚きのあまり掴んでいた瓶を取り落としてしまい、中身が地面に零れる――しかし。どぷり。ごぼり。粘度の高い水音とともに撒き散らされたそれは、短い日にちではありえないほど固形物が混じった泥のようになっていた。
異常な状況に慌てて逃げ帰るも吐息を吹きかけられた後頭部の血流が悪くなってしまい瘤が出来てしまった上に病院で手術の際に麻酔かなにかに不手際があったらしく、身体のどこかを引きずる程度の後遺症が残ってしまった。
その家の逸話はそれだけではない。いつもそこに清酒が置いてあるという謎は子どもたちの興味を大いに惹いてしまったらしく、団地の子ども新聞に掲載するといって取材にいってしまったという。
普段ならばそういった話題には一切答えない家主のおじいさんも相手が子どもということで口が軽くなったのだろう。なんのために置いてあるのかという質問にたった一言、「気休めだよ」と。しかしその新聞もけっきょく発刊されなかった。
それというのも、子どもたちとおじいさんで笑顔で写真を撮ったもののどうしてか全員顔がぐちゃぐちゃになってしまっていて写真屋から現像できないと言われた上に、その写真フィルムを持って行ったと同時に子ども全員が39度近くの発熱を起こし、感染症を疑われ保健所まで出てきた騒ぎになってしまったのである。

そんな話が本当であるか定かではないが、確かに障害を持ってしまったり熱が出てしまったことは事実で。そんなひどく忌まわしい場所の近くに住む輪をかけて馬鹿な奴が知り合いにいた。
その人が家に遊びに来たら片手に酒を持っているので「お金ないのに酒なんかあるんですね」と見ると、いわくつきの家にいつも供えられているあの酒と同じもので。パクってきた、とあっけらかんと言ったそいつに鍋を囲んでいた5人は思わず食べかけの具を取り落とした。
あの家といえば近所でも有名なヤバい場所なのになにやってるんだ。さすがに先輩相手でも口は正直になってしまうもので非難囂々の嵐になった。どうだ、と言われても家主もコップも出したがらないほどだった。
せめてウチのコップじゃなくてそこにある紙コップ使ってください。そんな家主の声にわかったわかったと答えて先輩は清酒を注いで飲んでいく。いけるなあ、美味いなあ、なんて呑気に感心しながらどんどん四号瓶を飲み干していよいよ空になろうとした時。
―――ドンッ!!!!
マンションになにかが思いきり衝突する大きな音がした。おそらく車や重機の類であろうその重い音は、これは人が死んだだろうと予想できるほどだった。その部屋やマンション中の全員がどうしたどうしたと外へ出たものの、なにもない。あきらかにマンションに向かってぶつかった音がしたはずなのに。
そこにいた全員がぽかんとした顔をせざるをえなかった。しかし住宅密集地のここであれだけの音がしたのに、周囲の住民は誰も出てきていない。いったいなんなのかと首を傾げていると、思い出したように1人がそろりそろりと口を開く。
「俺が聞いた噂じゃさあ、その亡くなった一家って車のハンドル切り損ねてマンションだかアパートの壁に正面衝突したらしくてさ。前の部分とかグッシャグシャになったらしいんだけど。……まあ、そういうことだよね……」
一家の死因とマンション全員が聞いたあの音。どう考えても関連がないわけがない。とりあえず部屋に戻ろうと踵を返すと、ゾッと背筋に寒気が走った。飲み干して空になった瓶が誰もいないはず部屋、その玄関先で粉々に叩き割られていて。
そこにいた誰もかれもが真っ青になりながら飛び散った破片を片付けてその日は終わった。さすがに馬鹿な先輩も後日同じメーカーの清酒を買い直してその家へ謝りに行ったらしい。


「……で、許してもらえたんですか?」
「特に死ぬとかはなかったんですけど。霊感っていうんじゃないんですけど、ただ取り憑かれてはいるとは思うんです」
詳しく聞いてみると、その日以来食事をしていると必ず途中から味が変わるようになったという。飯を食べていると泥を食っているようになる。水を飲んでいると泥水のようになる。そんな時、周囲を見回すと知らない子どもが視界をちらついたり背中をつつかれる。外食をしても同じで、店先のガラス窓から覗き込まれながら高速でノックされる。家でポテトチップスを食べていてもカラカラになって、気づいたら家の中でも1枚挟んだドアの向こうに子どもが立っている。そうなれば食欲もなくなって、すっかり痩せてしまうのは時間の問題だった。
お祓いに行っても駄目で今度親元に返して由緒正しいところに連れていかれるとのことだったが、どうも事故があった時に一番酷い様になったのが助手席に乗っていた子どもだったらしい。そんなことが今も続いている。そんな家が、噂ではどこかにあるのだ。



※本記事はフィアー飯によるツイキャス『禍話』シリーズの「真・禍話 フォーススペシャル」より一部抜粋し、文字化のため再構成したものです。(1:14:34ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/426325636

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