【禍話リライト】就寝の家

ある日、新しく引っ越したからと大学の友人Aに誘われて、Aの家へ何人かで遊びに行くことになった。住宅が密集した道を抜けA宅を訪ねてみると、まるでお金持ちが住むような立派な家に迎えられた。
そこは近くに大型の商業施設があって、家を建てるにも抽選待ちやら順番待ちがあると噂に聞いていた。人気からしてまさに一等地と言っても過言ではない。そこにこんな良い居を構える、というのは並々ならぬ金が必要だったことだろう。まさかAがこんな家に引っ越していたとは思わず、興奮しつつAの自室を見回していた。
「すげえなあ。高かったでしょ、ここ」
「それがちょっと安かったんだなぁ。親父とお袋が喜んでたわ」
「え、どういうこと?」
詳しく聞いてみると、なんでも不動産屋にちょっといいですかと言われて紹介されたという。そんな漫画やドラマで見たことあるようなきな臭い展開に、一同は大いに盛り上がった。なんといっても若さゆえの向こう見ずな思考と好奇心の塊のような年頃だ。
なんだそれ女の子が手毬ついてんだろ、やら、こんにちはとか言うんだろと半ば冗談めかして喋っていると、Aが平然と「隣がね」と返してきて。至って当たり前のことを口にしたというそのトーンに、茶化していた周りも素に戻るしかなかった。
「……なに、隣が事故物件なの?」
「隣が事故物件なんだわ」
事故物件といわれるその家は一番角にあり、A宅の隣だった。そのぶん相場より安いのだという。しかも事故物件となぜか異様に隣接していて、2階部分にある友人の部屋のカーテンを開ければすぐに隣家の窓がある。ともすれば互いが行き来できるような近さで。
住宅がひしめき合う立地とはいえ、瑕疵がある場所と聞けば謎と不気味さが浮き彫りになる。それでもAは訥々と話を続けていく。
「1階の台所、ちょうど隣の家と合うところに窓がなかったろ。1階部分は窓ないんだよ。隣の家が見えないようにしてる。でも2階はあるんだよ、窓。意味ねえよな。2階は大丈夫っていう理屈がわかんねえ」
「ちなみにどんな事件があったんだよ」
「全然知らなかったよな。自殺だとニュースになんねえからな。一家心中なんだよ」
曰く、どうやら隣家は父親、母親、娘という家族構成だったらしい。両親は1階で、娘は2階で寝ているという良くある部屋の割り振りパターン。近所の人間やら友人やらが証言するには前日まで言動はまったく普通だったという。
突発的に死ぬ人というのはそういった傾向があるらしいが、一家にはまったくもって死ぬ理由が見当たらなかった。父親も半年以内に昇進していたし、母親も至って普通。娘は高校2年生だったらしいが交友関係も順調で、勉学や部活動でも伸び悩みなどなかった。
なのに次の日には家族それぞれが布団の中で死んでいた。死因は不明だが、3人とも白い布を被って死んでいたから睡眠薬かなにかでかと推察されていた。
もちろん施錠もしっかりしていたし、調べても一家以外の指紋も検出されない。侵入された形跡もない。だから心中ということになったと。
「でも手掛かりとかなかったの?」
「それぞれの枕元に白い封筒があってさ。遺書とは書いてなかったみたいなんだけど」
「ああじゃあ、それなりに理由はあったんだね」
「いやそれがさ。なぜか紙にその日の出来事が全部びっしりと書いてあるだけだったんだって。それぞれが1日あったことをズラッと細かく、起床から何時になにをしたとか。で、最後に『〇時〇分 就寝』ってだけ書いてある。そこで終わり」
誰のものを確認してみてもなんらトラブルなんて起きてなさそうな3枚のそれは遺書というよりは、ただの日記のようで。しかし意味不明の書置きをどうして枕元に置いて死んだのか誰も思い至るわけもなく、それからはそこはいつのまにか「就寝の家」と呼ばれるようになったという。
「ただ、俺も窓から見えるところにカーテンしてるけどさ。近いから聞こえるんだよ。夜に誰か歩いてるんだよ。近いからわかるんだ。両親の寝室は違う方向にあるから気づかないんだけど。そりゃあ多少は軋んだり家鳴りとかするとは思うんだけど、あれは絶対に、歩いてる」


それからしばらくして普通に大学生活を送っていると、朝にAが深刻そうな顔をしてやってくる。差し迫った表情をしているのでどうしたのかと尋ねてみると、なんでも今日家に1人でいないといけなくなったという。母親は町内の温泉旅行で父親は出張。その家で初めての留守番は、この前の話を聞いていればなるほど怖い。
頼むから誰か泊まってくれないか。食べ物なら親が3日分として金も置いて行ってくれたからピザとか寿司を注文しても良い。お願いだから来てくれ、と切羽詰まった様子で懇願されれば困っている友人を見捨てられるはずもない。皆で泊まって騒いでいればAの気も紛れるだろうと友人らを伴って酒盛りをすることにした。
しかし時間が過ぎていざ夜になると、やはり怖い。せっかく美味いものを食って酒を飲んで盛り上がっていたのに、そんな時に限ってBがぽつりと余計なことを言うのだから堪ったものではない。お隣さんもさあ、隣の家がこんなに盛り上がってるの初めてなんじゃないの、と。
Bにも隣家について軽く説明していたから怖かったのかもしれない。しかし流石に今の冗談はここに住んでいるA自身にとっては酷でしかない。おいやめろよとBを窘めていると、唐突に怯えた声が上がった。
「おいおいおい、マジかよ……」
それは窓際に座っていたCのものだった。カーテンの隙間を覗いて固まっている。なんだなんだと全員で確認してみると、なんと隣家の2階の窓が全開に開いている。誰もいないはずの真っ暗な空き家の窓が。
Aに慌てて尋ねるといやそんなの知らないし1回も確認したことないよと僅かな緊張感を帯びて返ってくる。
何故と考えても恐ろしいばかりで、もともと少し開いていた窓が風の影響かなにかで全開になったんだと結論づけた。
だが、これはやばくないかという話にもなった。なにせ乗り込めるのではというほどに互いの窓が近いのだ。ともすれば酒に酔った勢いでこちらが無理やり開けたのではないかとも疑われかねない。空き家とはいえ管理している会社もあるだろう。
誰が閉めに行くかでジャンケンになりかけたが、最初にお隣さん喜んでるとかふざけて茶化したBが閉めてこいという声が多かった。そうなれば売り言葉に買い言葉とは言ったもので、ずっと黙っていたBが逆に語気を強めて胸を張る。
「ハッ、お前ら怖いのかよ。俺は法事で死んだばあちゃんと過ごしたことあるし。こんなの全ッ然怖くねえ。行ってやるよ」
ああこれは駄目なパターンのテンプレだ。しかし変にテンションが振り切れているらしいBはなんなら1周して見てきてやるから窓が開いた原因も解明してやるよと息巻いている。大学から帰ってきてからずっと飲酒しているし、酩酊した思考はまともに働いていないのだろう。加えて探索中にふらつけば階段などで転んでしまう危険性もある。どうにか止めようとするも、大丈夫だからとBは懐中電灯を持って隣家へと向かってしまった。
失礼しまあすという声が外から聞こえて数分。やはり当然帰ってこない。見えていたはずの懐中電灯の明かりもない。まさか本当に怪我をしてしまったのか、あるいは酔いで寝てしまっているのか。今度はきちんとジャンケンしてAともう1人で行くことになった。
「おおい、おおい、なあどうだった!解明できた?」
鍵は開いている。気丈に振る舞いつつ声を掛けながら明かりのついていない隣家へ入ると、1階の書斎のような部屋からカチカチという音がする。なんだろうと思いつつ向かうと、Bが床に座り込んで携帯を神経質そうにいじっている。先ほどの音はどうやら爪がキーに当たる音だったらしい。
それよりも問題だったのは、空いてる右手にどこから持ってきたのかわからない裁縫で使うような大きな裁ちバサミが握られていたことだ。その先端はやけに鋭く、凶器のような禍々しさすらあった。
自分たちが来てもBは一向に携帯から目を離そうとしない。メールでも打っているのかとそろそろと背後から画面を覗き込めば、その日の行動を事細かく入力し続けている。まるでここに住んでいた家族が、死ぬ前にそうしたように。
状況がまったく理解できないが、これはやばい事態ではないか。普通に考えても良くはない。このまま携帯に入力し終えてしまったら、Bはいったいどうなってしまうのか。その大きな裁ちバサミを、どうするつもりなのか。
どうにかしてBから裁ちバサミを奪おうとするもそのたびに強く弾かれてしまい、怪我を恐れて手出しできない。なにより恐ろしいのはBは右利きのはずなのに左手で携帯をいじっていることで。
どうにも手出しできないでいると、Bが最後の行でぴたりと止まって困ったような素振りを見せた。ああ、とそこにいた2人は気付く。B自身には隣の家で人が死んだということしか伝えておらず、『就寝』のくだりは話していない。
よくわからないが”何か”が発動するのは『就寝』というワードなのではないか。知らないきっかけは教えられなければわかりようがない。だからBは終わりに相応しい文言が何なのか考えあぐねているのかと、2人が同時に思った瞬間。


「「「 『 就 寝 』 だ よ 、『 就 寝 』 ! 」」」


確かに自分たちしかいないはずのこの家から3人分の声がした。1階から男女の、2階から上の階段部分から、女の子の声が。楽しそうな声が。
ここにいては駄目だ。あれは駄目だ。逃げなければ、取り返しのつかないことになる。限界を振り切った恐怖に駆られて叫びながら、座っていたBを殴りながら強引に連れ出す。裁ちバサミなんて構うものか。
幸い、玄関はちゃんと開いていたのでどうにかこうにか出ていくと、A宅で待機していたはずの全員が軒先に来ていた。大丈夫か、と駆け寄って声を掛けてくる友人たちに先ほどまでの恐慌が僅かに薄まってホッと胸を撫で下ろす。
「待っててくれたのか、ありがとうな」
しかし友人たちは全員首を横に振る。その表情は異様に硬い。え、と困惑する中、1人が重々しく口を開いた。
「2人が出て行ってからそのあとすぐに窓が閉まって、中から女の子の笑い声みたいなのが聞こえるからやべえと思ってずっとここで待機してたんだ。なにかあったらすぐに駆けつけられるように。ずうっと女の子がケラケラ笑ってたんだぞ、『就寝、就寝、就寝だあ』って言いながら。わかんない奴はなんのことだあれってなるし、知ってる奴は怖くなってよ」

結局、Bは隣家に行った後の記憶はないという。そんな家の話。



※本記事はフィアー飯によるツイキャス『禍話』シリーズの「真・禍話/激闘編 第11夜」より一部抜粋し、文字化のため再構成したものです。(1:17:18ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/402058551

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