【禍話リライト】古新聞の家

昔、田舎の誰も手をつけないような自然のままの小高い山を若い夫婦が買った。その土地の人間ではなく、誰も知らない都会から来た夫婦だった。大工をたくさん呼んで2階建ての家を建てたが、周辺の住民には挨拶ひとつもなかったという。まああんな辺鄙な場所に住もうとしているんだからどこか変な夫婦なのだろうと誰も気にしなかった。
ふ、と。道路を走っている引っ越しトラックの幌が風になびいていたのでなんとはなしに眺めていると、小学生の女の子が使うようなものが見える。あの夫婦には子どもがいるのかと思ったものの、家が完成してそこで暮らし始めた空気があるが小学校にそういった子は来なかった。病気や障害を抱えた子どもなのかもしれないといっても田舎という狭いコミュニティでは施設は限られている。当然思い当たる子はいない。
誰もその家の子どもを1回も見たことはなかった。夫婦はホームセンターなどで会えば頭を下げて挨拶はするが、夫婦からすることはない。汗水たらして仕事したことはないようなインテリ系の人種だと住民は認識していた。
スーパーマーケットでお菓子を買うにしても変なもので、どこか適当に選んでいる。これぐらいは食べるだろうという量をメーカーも気にしない素振りで買い物かごに入れていくのだ。
そのうち児童相談所あたりから話が漏れて、あの家に子どもはいるが個性的な性格だったがゆえに学校でいじめられてしまい、尚且つプライドが高い親に挟まれて精神を病んでしまったのだという。
そうなれば然るべき病院や施設に入れるべきなのだが、両親がなまじっかそういった資格を中途半端に得ていた。親類に専門家に見せるよう進言されても自分たちで治すと言って聞かず、児童相談所も体罰や決定的なことがなければ動くに動けない。その家の子どもは2階にあるのだろう自室でほぼ軟禁状態だった。といっても鎖で繋がれることはされないし食事も満足に与えられていたのだろうが、外界との接触は一切遮断され、両親の言うがまま育っていくのだろうと周囲の住民たちは憐れんでいた。
そんなある夜、その家にパトカーが来た。交番へ通報したのは他でもないそこの娘で、淡々と状況を電話してきて発覚した。両親を殺した、と。
寝ていた両親をめった刺しにして家じゅうの全部明かりをつけて、警察官が到着してもなお憎き父親を「なにがコミュニケーションだ、なにがコミュニケーションだよ」と刺し続けていたという。


「そこに!行きまぁーーーーーーす!」
「えっ……、行きませんよ」
「大丈夫!何年も前の話だから」
「全然言ってることがわかんないし大丈夫だっていう理屈もわかんないし絶対行きませんよ俺らは」
どうやら問題の家というのは取り壊されずまだ存在して、ローンも残っているとのことで親戚筋が管理しているのだという。嫌な予感はしたもののまったくもって最近の話である。
「2階建てらしいから2階部分がこれは怖いぞぉ~!」
「いやいやその後それどうなったんですか」
「知らねえ」
「ええ……知らないの……。ていうかそういう管理されてる家だったら警備会社にも入ってるんじゃないすか」
「あ……っ。だったらそういう警備中とか書いてあったらやめよう、そこは俺ちゃんと良識あるし」
なんでそこは良識あるんだよ。なんともツッコミどころ満載ではあったが、とうとう現場へ行くことになった。街頭もない真っ暗の小山にあるその家の土地は昔々は鎮守の森でなとなんともフラグの立つような話をしながら到着すると、どうやら警備会社のもろもろは見当たらなかった。
1階のドアを試しに開けてみるとなんの抵抗もなく開く。いくら空き家とはいえ廃屋でもないのに施錠くらいはするはずだ。なんだこれとは思うものの、中に入るが家具はない。ただ明かりのない真っ暗な伽藍堂の空間が静かに広がっている。
その独特の雰囲気だけで全員が恐怖を感じていた。怖い怖いと言いながらも周囲に目をやると、少し古い新聞の切れ端があちらこちらに落ちている。引っ越しの際に落ちたのかと思うが触って拾う勇気はない。
そうしていると2階に通じる階段を見つけたものの、どうにも奥まったところある。普通そういった階段は手前側にあるはずなのに、螺旋階段がひっそりと上へ伸びている。
「先輩これ絶対やばいですよ。ラブホテルくらいにしかこんなんないですって……」
「いや俺行ってくるわ」
先輩の額には激安量販店で買ってきたというバンド式のライトが光っている。怖かったら外で待ってていいよという言葉に、本当になんでそこは良識あるのに行くんだろうと疑問が生じるがそこは1つ2つ文句を言うくらいで見送った。
階段を上っていくと「おー」やら「すげー」という声は聞こえるもののどうやら防音がしっかりしているらしく、遠ざかっていくほどに聞こえなくなる。これ絶対帰ってこない系かもしれないと思うものの、腕っ節も強いのでたとえホームレスがいてもどうにかはなるだろう。実際万引き犯を背負い投げで捕まえて表彰されたような人なのだが、なんでこうなっているのか。
そうしていると待っている方は暇で、ある女の子が落ちている新聞を見て「……あれ?」と呟いた。事件現場なのだろう唯一鍵の掛かったキッチン以外そこかしこに無造作に切り散らかされた新聞。それを5枚ほど拾ってじっと見ていた女の子が、みるみる表情を変えていって。
「……っこれヤバい!ヤバいヤバいヤバい!ここ出ようッ!!!」
普段は声を荒げることのないような大人しい子の切迫した様子に全員が焦燥感に包まれた。怖いから理由は聞きたくなかった。とりあえず先輩の言った通り、外に出て待つことにしようと思った瞬間。

「うわああああ!おい!なにするんだこの野郎!!!」

防音をものともしない2階から先輩の叫び声と争うような大きな音が聞こえて、全員脇目も振らずそこから脱兎のごとく逃げ出した。必死に走って走って最後尾の女の子のために怖いながらもドアを開けていると、間髪入れず先輩も階段から死にもの狂いでジャンプしながら降りてくる。
「乗れ乗れ!やべえ!いたいたいた!!!」
いた、とはどういうことだろう。気にかかるが今はそれどころではない。
「俺ちょっと、肋骨やられて刺されたかもしんねえから、っお前運転して!」
先輩以外の男連中は誰も免許を持っていないので女の子が運転することになったものの、先輩の大柄な体格に合わせられたシートを調節し直すにも時間が掛かって。半ばパニックに陥りながらもどうにかこうにか車を発進させて明かりがあるところに逃げきることが出来た。ふう、と詰まっていた呼吸を深く長く吐く。
「先輩、大丈夫ですか……?」
「ああよかったよかった、痣だけか……」
そこで2人から詳しい話を聞くことになった。女の子曰く、切り抜かれた古新聞の記事が全部あの事件のものだったという。地方新聞の詳細が載っていないようなその記事と、葬式のお知らせ。それがあの家に何枚も何枚もあったのだ。
「切り抜いたってことは、誰かが事件のあと、家の中で切り抜いてるってことじゃん……?」
警察に捕まった犯人であるその子がどうなったか。当時小学生で未成年、女の子。今まだ生きているのなら当然釈放されている。そのあとその子が、どこに行くとなれば。
「いたよ」
先輩が口を開く。2階を探索してて特に面白いものはなかったという。防音で窓に軽く鉄格子がついてて、ひどいなあと思っていると押し入れだけが閉まっている。他は全部開いているのに。
好奇心は猫をも殺すとはよく言ったもので、さあなにがあるのかなと開いた瞬間、中から40~50代の人間が勢いよく飛び出してきた。
持っていた鋏でめった刺しにされたものの、どうにか払いのけて火事場の馬鹿力で階段を降りてきたのだという先輩の身体には確かに突かれたような赤い痣がたくさん残っていた。
「でもよく助かりましたね」
「……先が丸いさぁ、子ども用の鋏だったから助かったんだわ俺……」
これが人と繋がること、とか言ってきて襲ってきたから多分そいつだと先輩は言う。おそらく親戚はその家で自然死するのを待っているのだと思う。それもこちらの想像に過ぎないが。もはや誰もその家には行くことなどないし、その人がどうなったかは誰も知ることはない。



※本記事はフィアー飯によるツイキャス『禍話』シリーズの「震!禍話 第一夜」より一部抜粋し、文字化のため再構成したものです。(1:07:38ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/432060426

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