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たいせつなひと

彼と旅に出た。

本当は。
ひとりで日帰りの予定だった。

だって。
彼と別れていたときに立てた計画だったから。

だけど彼が。
「ひとりで行くつもりじゃないよね?僕と一緒に行こ?」
と言ってくれた。

それで。

家族にも周囲にも「日帰りの予定だったけど一泊に変更しようと思う。どうかなぁ?」と聞いてみた。

誰ひとりとして反対する人はいなかった。

誰にも反対されないということは。
その道が進むべき道だということだ。

わたしは、そう、感じた。

それで。
彼とふたりで、旅に出た。


久しぶりに。
彼と長い時間を過ごした。

一泊二日。
約40時間。

ひとつも。
嫌なことが無かった。
なにひとつ。

そうして。

ずっと、ふたりで、笑い合っていた。

とんでもなく幸せな時間だった。


久しぶりに過ごす、ふたりの夜。

布団に潜り込んで。
おやすみって言い合って。
手を繋いだまま眠った。

ふと目が覚めると。
彼が隣にいた。

すやすやと眠っていた。

ものすごく尊い顔をして眠っていた。
ものすごく綺麗な顔をして眠っていた。

こんなに綺麗なオトコの寝顔を。
私は、今までに、見たことがない。

それで。
彼について色々と考えた。

この人は、いつも一生懸命で。
悪意はないけど、ちょっと空回りしちゃって。
それが誤解を生むこともある。
だから、うまく行かないこともある。

けれど。

この人は、本当に。
綺麗な心の持ち主なんだよな。
子どもみたいに、素直で健やかで…。

そう思ったら、なんだか泣けてきた。

私が守りたい。
この綺麗な寝顔を。

そう思って、また、彼の隣で、眠った。


そうして。
真夜中。

ふと気が付くと。

彼が私を抱き寄せて。
あたまを撫でてくれていた。

「さくら…。」

そう、呟きながら。
愛おしそうに。

私のあたまを撫で続けていた。

そういえば彼が言っていたな。
「さくらのことが娘のように愛おしくて大切なんだよ。」
と。

彼は、もしかしたら。
私が彼に感じた気持ちと同じように。

私という存在を守りたいと。
そう思ってくれたのかもしれない。

それで、ずっと。
私を抱えて頭を撫でてくれているのかもしれない。

あまりの幸せに。
こぼれそうになる涙をこらえて。

わたしは、寝たふりを続けた。


うとうと眠って。
朝がきて。

薄明るくなった部屋で。
彼が私をぎゅうぎゅう抱き締めた。

「目が覚めて、隣にさくらがいて、幸せ。」
同じ言葉を彼に返す。
「目が覚めて、しんちゃんがいてくれて、幸せ」

ふふふ。
と、ふたりで笑い合う。

「こんなに好きで、こんなに大切な相手なのに、僕たち、どうして別れようなんて考えたんだろうね。ふたりとも、馬鹿だったねぇ」
と、彼が言う。

本当に。

この。
こんなに。
大切で愛おしい相手と。

本気で離れられると思ってた私は。
なんて馬鹿だったんだろう。

「まあさ。離れられないことがわかったんだから、あれもまた、良かったんじゃない?」と。
少し、ふざけて言ってみる私。

ちょっとむっとした様子で、彼は少し強い口調で言った。
「わかったんなら、もう、離れようなんて考えないで!」

彼が続ける言葉を聞く。

「僕はさくらと最後の恋をしている。さくらがいなくなって、僕の、この人生においての恋は、もう終わったって思った。次の人を探そうとも思わなかったし、このまま恋をしないで生きようと思った。」

黙って彼の言葉を聞く。

「いままではね。お付き合いしていた誰かと別れたら、次の相手を探してきた。僕は恋をしているのが好きだからね。だけど。さくらがいなくなって思ったんだ。さくら以外のひとと一緒にいるぐらいなら、ひとりでいる方がマシだ。って。」

胸が詰まって言葉が出ない。

「だからもう、どこにもいかないで。ここにいて。」

うんうん。
と。
頷きながら涙を流す私を。
彼はぎゅっと抱きしめて、頭を撫でてくれた。


彼と離れてみて。
わかったことが、ある。

どんな理由を並べてみても。
どんなに別れを正当化してみても。

心が。
私の、心が。

彼と一緒にいたい!!!

と。
叫ぶのを、やめてくれないのだ。

正しいか、正しくないか。
それは、とりあえず、横においておこう。

私の心が叫んでいる限り。
彼と一緒にいることにする。

だって。
それが。

私の幸せ、だから。