ぼくのかんがえたさいきょうの哲学・宗教・文学bot のテキストデータ③


カフカ

私個人といたしましては、昔も今も自由など望みません。ついでにひとこと申しておきましょう。人間はあまりにしばしば自由に幻惑されてはいないでしょうか。自由をめぐる幻想があるからには、幻想に対する錯覚もまたおびただしい。
(カフカ『ある学会報告』)

自由などほしくありません。出口さえあればいいのです。右であれ左であれ、どこに向けてであれですね、ただこれひとつを願いました。
それが錯覚であろうともかまわない、要求がささやかならば錯覚もまたささやかなものであるはずです。木箱の壁に押しつけられて、ひたすら膝をかかえているなど、まっぴら! どこかへ、どこかへ出て行く!
(カフカ『ある学会報告』)

ロビンソン・クルーソーが島の中のもっとも高い一点、より正確には、もっとも見晴らしのきく一点にとどまりつづけていたとしたら──慰めから、恐怖から、無知から、憧れから、その理由はともかくも──そのとき彼はいち早く、くたばっていただろう。
ロビンソン・クルーソーは沖合いを通りかかるかもしれない船や、性能の悪い望遠鏡のことは考えず、島の調査にとりかかり、またそれをたのしんだ。そのため、いのちを永らえたし、理性的に当然の結果として、その身を発見されたのである。
(カフカ)

ここの住人は皆こうだ。到底できもしないことを医者に求める。信心は捨てた。司祭一人教会にとり残されてミサの衣をけば立たせている。何事も医者がメス捌きよろしくやってのけなくてはならない。酷い話だ、聖務に等しいことまでやれという。なす術がない。どうしろというのだ。
(カフカ『田舎医者』)

生きることは、たえずわき道にそれていくことだ。本当はどこに向かうはずだったのか、振り返ってみることさえ許されない。
(カフカ 断片)

人間の根本的な弱さは、勝利を手にできないことではなく、せっかく手にした勝利を、活用しきれないことである。
(カフカ 断片)

いつだったか足を骨折したことがある。生涯でもっとも美しい体験であった。
(カフカ 断片)

ぼくは今、結核に助けを借りています。たとえば子供が母親のスカートをつかむように、大きな支えを。
(カフカ フェリーツェへの手紙)

ぼくは本当は他の人たちと同じように泳げる。ただ、他の人たちよりも過去の記憶が鮮明で、かつて泳げなかったという事実が、どうしても忘れられない。そのため、今は泳げるという事実すら、ぼくにとってはなんの足しにもならず、ぼくはどうしても泳ぐことができないのだ。
(カフカ 断片)

彼はなまけ者なのだ、と言う人がいる。彼は仕事を怖れているのだ、と言う人もいる。後者のほうが、彼を正しく評価している。彼は仕事を怖れているのだ。仕事に行こうとすると、故郷を去らねばならない人のような悲しさにおそわれる。
好ましい故郷ではないにしても、住みなれ、知りぬいた、安心できる場所を出て行くのだ。都会の路地をひきずられていく、生まれて間もない臆病な仔犬と、かわりない。仕事のあとは、疲れきって、また故郷へ戻る。灰色のおぞましい故郷へ、よろめきながら戻って行くしかないのだ。
(カフカ 断片)

真実の道は、一本の綱の上を通っているのだが、その綱は高いところにではなく、地面すれすれに張られている。それは人々がその上を歩いて行くためというより、むしろ人々を躓かせるためにつくられているようだ。
(カフカ 自撰アフォリズム 1)

避けようとして後ずさりする、しかめっ面に、それでも照りつける光、それこそが真実だ。ほかにはない。
(カフカ 自撰アフォリズム 63)

ただ〈ここ〉でのみ、苦しみは苦しみである。ここで苦しむ人々が、他の場所でこの苦しみのゆえに高められるはずだ、などというのではなくて、この世界で苦しみと呼ばれるものが他の世界で、そっくりそのまま、ただ単にその対立物から解放されて〈至福〉に変ずる、ということである。
(カフカ)

悪いことはなにもない。閾を越えれば、すべてがよくなる。もう一つの世界、だがお前はそれを語ってはならない。
(カフカ 日記 1922.1.19)

君の言うことを、ワラジムシにまんまと理解させてみるがいい。ワラジムシにその仕事の目的を尋ねて、その意味をうまく呑み込ませてしまったとき、君はワラジムシの一族を根絶してしまっている。
(カフカ)

「自分に合った食べものを見つけることができなかった。もし見つけていれば、こんな見世物をすることもなく、みなさん方と同じように、たらふく食べていたでしょうね」
(カフカ『断食芸人』)

わたしが愛するものを与えてください。わたしは愛し、この愛するということもあなたが与えられるのであるから。まことに、「あなたの子らによき贈りものを与えることを知っておられる父よ」、与えてください。
(アウグスティヌス『告白』第11巻22章)

アレクサンドロス大王が青年のころ赫々たる戦果にもかかわらず、また自分が育てあげたとびきりの軍隊にもかかわらず、ヘレスポントスの手前でとまったきり、ついにそこを渡らなかったことはあり得ることなのだ。しかも怖れや、不決断や、弱気のせいではなく、おのれのからだの重さのせいで。
(カフカ)

彼は本当に不思議な人でした。あるとき彼が、自分には願望がある、と言うのです。自分の書いたもので、まだ刊行されていないものを全て燃やしてしまいたい、と。「だとすると」と私は尋ねました、「そもそも君はどうして、ものを書いたり刊行したりするの?」「よくわからない」とカフカは答えました。
「心に浮かぶものを書き残せと、なにかが僕を突き動かすんだ、全てを差し置いてね……」。そして実際そののち、彼は自分の書いたものをほとんど燃やしてしまったのでした。残念です。この世からそれらが消え去ってしまったのは、本当に借しいことでした。
(ゲオルグ・ランガーによるカフカの思い出)

午後に少し昼寝をして、ふと目をさますと、まだ夢うつつの状態だったが、母が何気なく、バルコニーから下に向かって、「何をしているの?」と尋ねるのが聞こえた。誰か女性が庭から見えた。「緑の中で、おやつを食べているの」
このときぼくは驚嘆した。人々が生きるすべを心得ている、そのあぶなげのなさに。
(カフカ マックス・ブロートへの手紙 1904.8.29)

ぼくが仕事を辞められずにいるうちは、本当の自分というものがまったく失われている。それがぼくにはいやというほどよくわかる。仕事をしているぼくはまるで、溺れないように頭をできるだけ長い間あげているようだ。それはなんと難しいことだろう。なんと力が奪われていくことだろう。
(カフカ 日記)

またいろんな人たちとムダな晩を過ごした。ぼくは彼らの話を聞くために努力した。しかし、いくら努力しても、ぼくはそこにいなかった。他のところにもいなかった。ひょっとするとぼくはこの二時間生きていなかったのだろうか。
(カフカ 日記)

僕は多くの人間の中の一人の人間として敬意を表されるだろう。単なる外交辞令以上のものを受けるだろう。僕は俳優たちのテーブルに座り、外面的には、社会的にH博士とほとんど同格になるだろう、──だが僕は、僕が生存しえないひとつの世界の中に失墜することになるだろう。
(カフカ 日記 1922.1.29)

ぼくはじつを言うと、物語ることができない。それどころか、ほとんどものを言うこともできない。物語るときはたいてい、初めて立ち上がって歩こうとする幼児のような気持ちになる。
(カフカ 日記)

まだ生れてもいないのに、もう街を歩きまわり、人びとと話をさせられる破目になること。
(カフカ 日記 1922.3.15)

日記をつけることの一つの利点は、ひとが気を落着けるほどはっきりと絶えず自己の受けている諸々の変化を意識することであり、又その変化は、一般に自然と信じられ、予感せられ、認められるが、しかしかかる承認から、希望か平和を求めることが問題となると、いつもその変化を無意識に否定するものだ。
ひとが今日、我慢出来ないように思える状態の中でさえ生活し、周囲を見廻し、色々の観察を書きとめたこと、つまりこの右手が、今日の様に動いたということ、又今日、われわれは無論、その当時の状態の見通しが出来るので、さらに賢明になるものの、しかしその為め益々、
われわれの当時の、それでもなお全くの無知で保たれている努力の、びくともしない点を承認しなければならないという事の、色々の証拠が日記の中に見られる。
(カフカ 日記 1911.12.23)

ゲーテは、その作品の力によって、ドイツ語の発展を多分阻止しているのだろう。 散文は、その間、屡々かれから遠ざかるにしても、結局やはり、丁度現在と同じ様に、あこがれを強め、かれのところへ戻って来て、
そしてゲーテに見られる、しかしその他にかれと関係のない、古い言い回しを身につけ、その限りない依存の、まとまった光景を見て楽しんだのだ。
(カフカ 日記 1911.12.25)

ゲーテはドイツ人によって必要とされなかった、だからまたドイツ人は彼を使うことを心得ていなかった。われわれの一流の政治家や芸術家たちをその点から観察してみるがよい、彼らはみなゲーテを教育者にもたなかった──いや、持つことができなかった。
(ニーチェ『人間的、あまりに人間的2』第2部107)

完成することのむずかしさは、それが一寸した文章にしても、われわれの感情が、作品に結末をつけるために、実際の今までの内容が、それ自身の中から生み出せなかった情熱を求めるという点にある。むしろ、そのむずかしさは、どんなに一寸した文章にしても、
作者から一種の自己満足と自己喪失を求めるところから生ずるもので、そういう中から平常の空気にふれるには、強い決意と外部の刺激がないとむずかしいもので、その結果、文章を書き終えて、黙ってその場をはずすより早く、先に不安に追い立てられて逃げ出すが、
そのとき外部から正しく仕事をするばかりでなく、又しっかりしがみつくほどの両手で、結末がつけられねばならない。
(カフカ 日記 1911.12.29)

下手な俳優の本質は、その俳優の模倣の仕方が不徹底だという点になく、むしろ必ず、かれが自己の教養、経験、素質の不足のために、間違った手本を模倣することにある。ところで、かれの本質的な欠点は、かれが常に演技の限界を守らず、模倣しすぎることだ。かれが舞台の要求を漠然と考えていることが、
かれをそういうところへ追いやるのだ。 どの俳優もえこじにぶらぶらして、ポケットの縁で指先をもてあそんだり、無作法に両手を腰に当てたり、プロンプターに耳を傾けたりして、時代がすっかり変るにしても、どうしても小心な真面目さを守るから下手なのだと、たとえ観客が思っているにしても、
やはり又、このどこからともなく、舞台へ降って来た俳優は、これを自分の意見でだけするにしても、模倣しすぎるという理由だけで下手なのだ。かれは丁度、自分の能力がその様に限られているので、とても全部はやれないのを恐れている。
かれの能力が、全く分けられないほど小さいということではないにしても、かれはやはり、都合によっては、又かれの意志を含めて、かれの技術全部ほど、かれの意のままになり得ないということを、ほのめかそうとはしない。
(カフカ 日記 1911.12.30-31)

己を完全に知ること。それは、丁度小さなボールを捕える様に、自分の能力の限界を捉えることが出来、どんな大きな没落をも、何か既知のものとして受取り、こうしてその没落の中に、弾力的になお止まることだ。
もっと多くを解決するもっと深い眠りへの要求。形而上の要求は、死への要求にすぎない。
(カフカ 日記 1912.4.8)

人類を手がかりとして自己を検証せよ。疑念をもつものに人類は疑念をもたせ、信仰をもつものに信仰をもたせる。
(カフカ 自撰アフォリズム 75)

駄目だ、駄目だ。ぼくは、何時間ぐらい、この些かな本の出版に潰すことか。又発表を考えて古いものを読む場合、なんと有害な、馬鹿げた自意識が生ずることであろう。このことだけが、ぼくの書くことを邪魔しているのだ。しかもぼくは、実際、何一つ達成していない。その邪魔がこの事の最もよい証拠だ。
何れにしても、ぼくは今、この本を出版した後、指先だけ真実に突込むことに満足しようとは思わないなら、もっとずっと雑誌や批評を差控えなければならぬであろう。
ぼくの体は、又なんと不活撥になったことだろう。以前は、咄嗟の方向に何か言葉を言っただけで、もうぼくは、それと反対側へ飛んだものだ。今は、自分を眺めるばかりで、これからも今と変らないであろう。
(カフカ 日記 1912.8.11)

活発な自己観察に対する憎悪。さまざまな〈心の解釈〉──たとえば、きのう自分はこうだったが、それはしかじかだったからで、きょう自分がこうなのは、しかじかだから。それが本当でないのは、しかじかではなく、またしかじかではないからで、だからまたこうこうではない、等々。
早まらずに自分に耐えること、かくあるべく生きること、犬のように自分の尻尾を追っかけてまわらぬこと。
(カフカ 日記 1912.12.9)

文学に関係ないものはすべて、ぼくは嫌いだ。ぼくは人と話をするのが退屈だ (話が文学に関係する場合ですら)。ぼくは人を訪ねるのが退屈だ。ぼくの身内のものたちの苦楽は、心からぼくを退屈させる。人との話は、ぼくの考えるすべてのことから、重要性と真面目と真実を奪う。
(カフカ 日記 1913.7.21)

ユダヤ人気質における物事を識別する、立派なしっかりした方法。自分が根を下ろすことだ。自分についてもっとよく覚り、自分をもっと正しく判断することだ。
(カフカ 日記 1913.12.17)

ぼくとユダヤ人は何が共通だろう? ぼくはほとんどぼく自身となにも共通なものをもたない。ぼくはただ呼吸ができるというだけで満足して、こっそり片隅に立っているべきだろう。
(カフカ 日記 1914.1.8)

チュクチェン〔シベリア東北端の原住民〕はどうしてあの怖ろしい生国から外へ移住しないのだろう。どこへ行ったって、今の生活に比べればずっとよい生活ができるだろうに。だが、彼らにはできない。可能なことはすべて、実際に起こる。可能なのはただ実際に起こることだけだ。
(カフカ 日記 1914.1.5)

ぼくが自分のなかに発見するのは、ただ卑小さ、不決断、そして戦う人びと──ぼくはあらゆる悪が彼らに振りかかることを熱心に願っている──に対する嫉妬と憎悪だけだ。
(カフカ 日記 1914.8.6)

ぼくの手紙は譲歩していないように見える。しかしそれはただ、ぼくが、譲歩することを恥じ、無責任だと思い、怖れたからで、譲歩したくなかったからでは決してない。それどころか、譲歩することしか望んでいなかった。
(カフカ 日記 1914.10.15)

帰途マックスに言った。ぼくは臨終の床で、苦痛がさほどひどくなければ、非常に満足していられるだろう、と。それにつけ加えることを忘れ、あとでは故意にいわなかったのだが、ぼくが書いた最良のものは、ぼくが満足して死ぬことができるという可能性の中にその根拠を持っている。
およそこのように立派な、強い確信にみちた語句にたいして、常に問題になることがある。人はだれでも死ぬ、それはかれにとって非常につらいもので、そこに各人にとっての不当さ、少なくとも無常というものが存在する、そして少なくともぼくの考えでは、それが読者に訴えるのだ、ということである。
しかし、臨終の床で満足していられると信じているぼくにとっては、こういう叙述は、密かにいうが、ひとつの遊戯である。実際ぼくは、瀕死の状態の中でも死ぬことをよろこび、それゆえ意識的に、死へ集中された読者の注意を利用する。
ぼくは、臨終の床で嘆くであろう人よりも、はるかに明晰な意識のもとにいる。しかもそれゆえにこそ、ぼくの嘆きはおよぶかぎり完全なものだといえる。現象する嘆きのように、なにか突然途切れてしまうのでなく、美しく澄みきって流れていくものなのだ。
(カフカ 日記 1914.12.13)

ドストエフスキーへのマックスの異論。かれがあまりに多くの精神的疾患者の介入を許している、というのだ。完全な誤まりだ。かれらの精神は患ってはいない。かれらの疾患は、ただかれらの性格を特徴づける方法にしかすぎない。しかも、非常に繊細かつ効果的な方法だ。
たとえばある一人物に、かれが単純な心の持主で、白痴的であることを、たえず執拗にくりかえすことだけが必要なのだ、そうすれば、その人物にドストエフスキー的な性向があるならば、かれはしかるべくその最高点にまで達するだろう。
この点で、ドストエフスキーの性格描写は、友だち同士の間での雑言と、どこかおなじ意味合いをもっている。かれらがたがいに、「お前はまぬけだ」と言いあうとしても、かれらは他人を本当にまぬけだとも、また一方この友情によって自分の面目を失ったとも思うわけではない。
(カフカ 日記 1914.12.20)

いいかい、必要な本とは、苦しくてつらい不幸のように、誰よりも愛している人の死のように、すべての人から引き離されて森に追放されたように、自殺のように、ぼくらに作用する本のことだ。本とは、ぼくらの内の氷結した海を砕く斧でなければならない。
(カフカ オスカー・ポラックへの手紙 1904.1.27)

ディルタイの《ゲーテ》を走り読み。大ざっぱな印象はみんな一緒くたに消えてなくなる。どうして人は自分自身に火をつけて、火のなかで滅びることができないのだろう。あるいはまた、神の声が聞こえなくとも神の命に従う、ということができないのだろう。
(カフカ 日記 1914.2.11)

今日ぼくは万事において、従ってまた当然文学の仕事においても、ぼくの限界がどんなに狭いかがよくわかったように思う。己れの限界ぎりぎりに認知したとき、ひとは木葉微塵にならなければならない。
(カフカ 日記 1915.1.17)

ぼくが人びとと話すとき感じる、他の人には信じられないような困難は、次のようなことの裡に原因がある。ぼくの思考或いはむしろ意識内容が全く曖昧模糊としていること、ぼくがそういうものの中に、ぼく一個に関する限り、誰にもかき回されず、時には自己満足さえ覚えて止まっていること、
ところが人間同士の話し合いは、尖鋭化や固形化や持続的な連繋、すなわちぼくの中に存在しない事どもを要求すること。誰もこの曖昧な霧の中にぼくと一緒にいようとはしない、
たとえ彼がそうしようとしたとしても、ぼくは霧を頭から追い出すことはできず、二人の人間の間では、霧は霧散して何物でもなくなってしまう。
(カフカ 日記 1915.1.24)

自己認識のある状態、並びにその他自己観察に好都合な事情が伴う状態にあっては、自らを厭うべきものとみなすようなことが常に起るにちがいない。善を測ろうとすれば、──それについての見解がまだ区々であるにもせよ──いかなる規範もあまりに大きすぎると思えるであろう。
人はこれが哀れな自己欺瞞の鼠穴にほかならぬことを悟るであろう。いかにささやかな行為といえども、この自己欺瞞を免れていることはないであろう。この自己欺瞞はいとも穢わしいものであって、人はこれを自己観察のさ中において、一度たりと究極まで考えぬくことはないであろう。
むしろ遠くから眺めることに甘んずるであろう。問題は、この自己欺瞞においては、単に利己性ではないであろう。 利己性は逆に善と美の理想であるかの如くに見えるであろう。人が見出すであろう汚穢は、それ自身を理由として存在するであろう。
人は己れがこの重荷にまみれて生れ、そのために人目にふれず、でなければあまりに人目に誇りつつふたたび去り行くであろうことを認めるであろう。この汚穢は人の見る最も深い地底であろう。最も深い地底は熔岩ならぬ汚穢を孕んでいるであろう。それは最底部であり、最上部であるだろう。
そして自己観察なる懐疑すら、やがては全く微弱となり、はては糞尿にまろぶ豚のように自己満悦するに至るであろう。
(カフカ 日記 1915.2.7)

なぜ問うことが無意味なのか? 愁訴とは、問いを設けて答がくるまで待つことだ。生れた瞬間に答を与えられていないような問いには、永遠に答を与えられることはない。問うものと答えるものとの間には、克服すべき何のへだたりもない。それゆえ問うことも待つことも無意味だ。
(カフカ 日記 1915.9.28)

以前のわたしは、自分の問いかけになぜ答えが返ってこないのか、不思議だった。
今のわたしは、なぜ問いかけることができると信じていたのか、不思議だ。
いや、信じてなんかいなかった。ただ、問いかけてみただけだ。
(カフカ 八つ折り判ノートG)

一緒に生活することの苦しみ。疎外感、同情、肉欲、臆病、虚栄心が、そういう生活を強いるのだ。そしてただ、奥深い底のところに、愛と呼ばれるに値する、浅く細い川がおそらく流れていて、探し求めても近づくことはできず、いつかあるとき、一瞬の刹那にきらめくだけなのだ。
(カフカ 日記 1916.7.5)

虚栄心は人を醜悪にする。
だから、ほんとうは虚栄心を押し殺さなければならないだろう。
だが、虚栄心は押し殺されることはなく、傷つくだけだ。
そして、「傷ついた虚栄心」となる。
(カフカ 八つ折り判ノートG)

さあ奮いたて。向上し、小役人根性から足を洗い、何になるかを計算するかわりに、現に自分がどんな人間かを見ることをはじめるのだ。いちばん手取り早い課題は絶対だ、曰く兵隊になること。ついでにフローベールやキェルケゴールやグリルパルツァーと似ているふりをするような、
愚にもつかない錯覚も捨ててしまえ。なんとも児戯に類している。計算のつながりの一環として、たしかに役に立つか、あるいはむしろあらゆる計算に役に立たないお手本なのである。もっとも一人ひとりをとって引き較べてみれば、このお手本たちは最初から役に立たない。
フローベールとキェルケゴールはみずからの立場のいかなるものかを正確にわきまえていた。ひたむきな意志の人であった。それは計算であるどころか、行為であった。ところが、お前の場合は、計算の永久の連続だ。
(カフカ 日記 1916.8.27)

例えばぼくが不幸の真只中で、おそらくはまだ不幸に燃えるような頭を抱えながら、机に坐って「ぼくは不幸だ」とだれかに手紙を書けるといったような工合に、およそものを書くことのできる人間ならほとんどだれにも、苦悩のさなかで苦悩を客観化できるということが、ぼくにはいまだに納得できない。
さよう、ぼくはこの文句以上のところまでいける。そして不幸とはなんの関係もなさそうに見える才能のたまものであるさまざまの美辞麗句を連ねながら、単純な仕方や対位法や、あるいはまた初めからしまいまで連想の伴奏つきで、この主題について即興演奏を演じることもできる。
それは決して嘘ではないが、それでは苦悩をしずめることはできない。それは単に、苦悩がその爪先で掻きおこしているぼくの本質の根底まで、ぼくの力を汲みつくした瞬間に、お慈悲のように訪れる力の過剰にすぎないのだ。これはまたなんという過剰だろう?
(カフカ 日記 1917.9.19)

自分の最終目的について自己検討するとき明らかになることは、ぼくはもともと良い人間になろうともしなければ、最高法廷の掟にも従おうともせず、まったく逆に全人間社会・全動物界を概観し、その根本的な偏向、願望、道徳理念を認識し、これを単純な掟に還元し、その方向にそってできるだけ速やかに、
自分がすべての人に気に入られるように、しかもその気に入られ方というのが(ここで飛躍が入る)、 結局、焙り殺しにされない唯一の罪人として、ぼくの内心にひそむ下劣さを、万人の目の前に、愛のすべてを失うことなく、公然とさらけだしてもいいというような仕方で、
自己展開をとげようとしていたということだ。要するにぼくにとって問題なのは、このように人間の法廷だけで、しかもこの法廷を、ぼくは欺瞞を犯すことなく欺瞞しようと思っているのだ。
(カフカ 日記 1917.10.1)

絶えざる新規まきなおしという不幸。一切が発端にすぎず、しかも発端ですらない、ということになんの錯覚ももてないこと。それを知らずに、いつかは「前進し」とげようものと、たとえばフットボールに戯れているものの愚しさ。これは自分の無知を柩の中に葬るように、
自らのうちに埋葬している手合だが、一方、そこにあるのが真物の柩、つまり運搬したり、開けたり、壊したり、とり替えたりできるような柩だと信じこんでいるものの愚しさ。
(カフカ 日記 1921.10.16)

道は無限であり、近道することも、遠回りすることもできない。
それなのに、だれもが無邪気に自分のモノサシをあてる。
「やっぱり、これくらいは進まないと。そうすれば、人も認めてくれる」
(カフカ 八つ折り判ノートG)

ぼくの持って生れた素質がいかにみじめなものであろうと、よしんば「同じ条件のもとで」(特に意志薄弱という点で)地上最悪のものであろうと、それでもぼくはこの素質によってかち得られる最上のものを言葉のぼく流の意味においてすら、もとめようとしなくてはならない。
それによって得られるものはたったひとつしかなく、それゆえこの唯一のものが最上のものでもあり、それがほかでもない絶望だ、というが如きは空疎な詭弁である。
(カフカ 日記 1921.10.16)

瞬時、こんなことを考える。これに甘んじよ、瞬間のうちに安らぎを得る(とにかく、昔はできた)すべを学べ(学べ、四十面下げた男よ)。そうだ、瞬間のうちに、怖ろしい瞬間のうちにさえ。いや、ちっとも怖ろしくはない。未来への慣れだけが、それを怖ろしいと思わせるのだ。
それから後をふり返ること、これもむろんだ。お前はいったい性の贈り物をどうしたというのだ? 失敗だった、と結局はいわれるだろう、それがすべてであるだろう。だが、簡単に成功することもできたかもしれない。
いうまでもなく、とるにも足らぬ小さなことが、しかも他人目にはちょっとわからぬように、失敗と成功の境いを決してしまったのだ。お前はそれをどう思っているのか? 世界史上の大決戦でもいつもこうだった。小さなことが小さなことを決定する。
(カフカ 日記 1922.1.18)

たしかに、恐怖が不幸のもとなのだ。それゆえ、幸福とは、勇気ではなくて、恐怖をもたないことなのだ。実力以上のことをしようとするものであるらしい勇気ではなくて、恐怖をもたぬこと、落着き払い、明視のうちにすべてを耐え忍ぶ不敵さこそが、幸福なのだ。なにものにも束縛されてはならない。
だが、お前がなにものにも束縛されないことや、必要とあらば自分を束縛しなければならないだろうということ、そのことを悲しむな。そして束縛されないからには、たえず物欲しげに、束縛される可能性を追いまわすようなことはしないことだ。
(カフカ 日記 1922.1.18)

「すべてが素晴らしい。ただ、ぼくにとってだけはそうではない。しかも正当にも」正当にも、とぼくは言って、少なくともこの確信だけはあるのだというところを示す。あるいは、ぼくには実は確信なんぞないのではあるまいか? というのも、ぼくはそもそも「正当さ」のことなど考えておらず、
生は純粋な確信の前にあっては、自らのうちに正不正のための場をもたないからだ。お前が絶望的な死の瞬間に、正不正について思いをめぐらすことができないのと同じように、絶望的な生においてもそれはできない。矢はねらった傷口にぴったり当たれば、それで十分なのだ。
(カフカ 日記 1922.1.20)

役所の若夫婦、老夫婦たちの幸福。僕には手が届かない。たとえ届くとしても、我慢ができない。だが、たった一つ、僕には、この性分を癒してくれるものがある。
生れる前のみじろぎ。転生が存在するとすれば、僕はまだ最低の段階にさえいないのだ。僕の生は、生れる前のみじろぎである。
立場の安定感。僕はなにか特定の仕方で己を展開しようとは思わない。僕の望むのは他の場所であり、実はあの「他の天体に住み替えること」なのだ。それには、自分のすぐ傍に立つだけで十分だろう。僕が現に立っている場所を他の場所として眺められれば、それだけで十分だろう。
(カフカ 日記 1922.1.24)

理由のある悲しみ、この理由にもたれかかっている。たえず危険。出口なし。初めての時はいかに容易だったことだろう、そしていまや、いかに難渋を極めているか。暴君がなんと絶望的に僕をみつめていることだろう。「お前はおれをどこへ連れて行くのだ?」あらゆる手立てを尽してもなお平静は得られず、
午後には、朝の希望は葬り去られている。こんな生活と折合いをつけていくことは不可能だ。そんなことができた人間はいまだかつて存在しなかったはずだ。他の人ならこの限界まで来たら──ここまで来たらしいということが、すでに惨憺たることなのだ──背を返してしまうだろう。僕にはそれができない。
自力でここまで来たのではなく、いたいけな子供の時分、既に追いつめられ、そこに雁字搦めにされていたような気もする。悪運の意識がようやく明けそめてきただけだ。悪運そのものは出来あがっていた。それを見るには、預言者の眼どころか、一瞥の透徹した眼差しで十分だった。
(カフカ 日記 1922.1.24)

書くことの中にある、奇妙な、謎にみちた、おそらくは危険で、おそらくはまた救済をさずける慰安。それは殺害者どもの列からおどり出すこと、行為を観察することだ。この行為の観察は、一段高度の観察、高度なのであって、より鋭利なわけではない観察を、形成することによってなされるのだ。
いよいよ高度になり、「列」から手の届かないところまで達するにしたがって、それはいっそう独立したものとなり、いっそう固有の運動法則にしたがい、いっそう行方の予想しえぬもの、いっそう喜ばしいものとなり、自らの道を上昇していくのである。
(カフカ 日記 1922.1.27)

僕は誰かと交際する能もなく、交際を我慢することもできない。結局、賑やかな団欒にただもう無暗に驚いたり、子供連れの親たちにさえ驚いているのだ。それに、見捨てられているのは、あえてここのみに限らず、「故郷」のプラーグでも同じことであり、それも人間たちに見捨てられているのなら、
まだしも最悪ではないし、生きている限り彼らの後を追いかけることもできようが、人々に関してぼく自身から、人々に関して僕の力から見捨てられている。僕は愛人は欲しいが、愛することはできない。僕はあまりに遠くにいる、拒絶されている。僕とて人間であり、根が養分を求めるからには、
あの下の方(あるいは上の方)に僕の代理人をもっている、哀れな、不器用な道化達、彼らが僕をなんとか甘んじさせているのは、僕の主な養分がもう一つの空中の、もう一つの根からやってくるからにすぎない。この根とても哀れなものだが、それでも生命をつなぐことだけはできる。
(カフカ 日記 1922.1.29)

僕がいつも逢っていた、拒否する女は、「わたしはあなたを愛さない」と言う女ではなくて、「あなたはいくらそうしたく思っても、わたしを愛することができない。不幸にもあなたはわたしへの愛を愛しているのです、そして、このわたしへの愛はあなたを愛しはしないのです」と言う女だった。したがって、
僕が「僕はお前を愛する」という言葉を知っていると言うなら、それは間違いだ。僕が知っているのは、僕の「僕はお前を愛している」によってたえずうち破られるのをじりじり待っている静けさだけなのである。僕の知っているのはそれだけだ。その他のことは何も知らない。
(カフカ 日記 1922.2.12)

なにもかも土台から、自分の手がかかっていないことには気がすまない劇場支配人、彼は俳優まで初手からこしらえなければ承知しない。訪問者はお目通りを許されない。支配人は重大な芝居稽古で手がふさがっているのだ。なんだろう? 彼は未来の俳優のおしめを替えているのだ。
(カフカ 日記 1922.2.18)

死にたいという願望がある。そういうとき、この人生は耐えがたく、別の人生は手が届かないようにみえる。
イヤでたまらない古い独房から、いずれイヤになるに決っている新しい独房へ、なんとか移してほしいと懇願する。
(カフカ 罪・苦痛・希望・及び真実の道についての考察)

征服した国に遁れて、まもなくそのことが耐えられぬ思いになる。遁れる先など、どこにもありはしないからだ。
(カフカ 日記 1922.3.15)

相手が黙っているのに、会話をしていると称し、会話の体裁を保つために、相手の分を代演しようとし、こうして相手の模倣をし、その結果相手をパロディ化し、その結果自分をパロディ化する。
(カフカ 日記 1922.5.8)

二人でいると、彼は一人のときよりも孤独に感じる。誰かと二人でいると、この相手が彼につかみかかり、彼はこの相手になすすべもなく引き渡されている。一人でいると、全人類が彼につかみかかりはするが、差し伸ばされた無数の腕がこんぐらかって、誰も彼には手が届かない。
(カフカ 日記 1922.5.19)

ずいぶん遠くまで歩きました。五時間ほど、ひとりで。それでも孤独さが足りない。まったく人通りのない谷間なのですが、それでもさびしさが足りない。
(カフカ フェリーツェへの手紙)

ミレナ、あなたはそれが分らないと言われる。それを病気と呼んで、分ろうと努めてごらんなさい。それは、精神分析学が、解明したものと信じている多くの病的現象の一つなのです。私はそれを病気とは呼びません、精神分析学の臨床面には救いがたい誤りがあると思っているのです。これらのいわゆる病気は
どんなに痛ましく見えようともすべてそうと信じこまれた上の事実なのであって、窮地に陥った人間が何らかの母なる地盤に錨をおろしていることなのです。ですから精神分析学も、宗教の根源としては、この学問の考え方からいえば個々人の『病気』の原因となっているもの以外の何ものをも認めないのです。
尤も今日のわれわれには、多くの場合宗教上の共同体があるわけではなく、宗派が数限りなく分れ、各個人一人々々の範囲に極限されています。しかしこれは、現代というものに捉えられた眼にだけ、そう映るのかも知れません。
しかしこのように、本当の地盤を捉えようとして錨をおろすそのことは、
人間の勝手に交換できるような個別的な所有物ではなく、人間の本質の中に予め形成されているものなのであって、それが次第にその本質を(肉体をもです)最初の与えられた方向に発展させてゆくのです。それでも治療しようなどと言えましょうか?
(カフカ ミレナへの手紙)

私の知る限りでは、私は彼らの中で最も西ユダヤ的な人間です。というのは、少し誇張していえば、私には一刻たりとも安らかな時間が与えられていないということです。私には何一つとして与えられているものはなく、万事自分で獲得しなければならないのです、現在や未来だけではありません、
過去すらもそうなので、どんな人間でも生れながらに持っていると思われるもの、それすら自分で得なければならないのです、おそらくこれはこの上もない困難な仕事です、地球が右へ回ると──右へ回っているかどうか知りませんが──私は左へ回って、過去を取り戻さなければならないのです。
ところがしかし、こうしたすべての義務を果すのに、力が全然ないといった始末で、世界を肩に担うことなどできはしません、冬の上着さえやっとの思いで肩につけているのですから。とはいってもこの無力はそうそう嘆いてばかりいるにもあたらないのです。
一体どんな力がこの課題を果し得るというのでしょう! 自分自身の力でここを切り抜けようとする試みは、すべて気ちがい沙汰であり、気が狂って終るしかありません。だからこそあなたの書いているように、『それをする』ことは不可能なのです。
私には自力で自分の欲する道を行くことができません、それどころかそんな道を行こうと欲することさえできません、ただ静かにしていることができるだけで、他には何を欲することもできませんし、また事実何を欲してもいません。
(カフカ ミレナへの手紙)

こうして真実を言うというのも、格別大きな功績というわけではありません、それに量から言っても言える真実はほんの少ししかないのです、絶えず、何か伝え得ないことを伝えようとし、説明できないことを説明しようとし、自分の骨の中にあるもの、この骨の中でしか体験され得ないものを
物語ろうとしているのです。結局のところ、これはもう何度も話に出ている例の不安以外の何ものでもなさそうです、ただその不安がありとあらゆるものに及んでいるのであり、最大のものに対しても、最小のものに対しても抱く不安であり、たった一言を口に出すことに対する痙撃的な不安なのです。尤も、
この不安は不安であるばかりでなく、何かに対する憧憬でもあるのですが、その何かが何であるかと言えば、不安を起させるすべてのものより、より大なるものと言いましょう。
『彼は私にあたって砕けた』、これはまるで無意味なことです。罪のあるのは私だけであり、
その罪は私の方で真実を余りにも少ししか言わなかったことにあるのです、いつまで経っても余りにも真実が少なすぎ、いつまで経っても殆んどいつも嘘ばかり、私自身に対する不安と、人間に対する不安から嘘ばかりだったのです! この壺は、泉のほとりに着くずっと前に、もう砕けてしまっていたのです。
そして今は、少しでも真実の側にとどまるために、口をつぐんでいるのです。嘘とは恐ろしいものです、これよりひどい精神的な苦痛はありません。ですからお願いします、今、手紙を書くときも、また、ヴィーンで言葉を交わすときも、私をそっと黙らしておいてください。
(カフカ ミレナへの手紙)

『フランツィ』〔マックス・ブロートの小説〕をお送りしようと思います。でもこの本は、小さな例外は別として、きっとお気に召さないでしょう。これは、存命中の作家というものは彼らの書いた本と生きた関連を持っているのだ、という私の理論から説明できることです。作家たちは、
自分たちのあらわな存在で、その本のために、か或いは、その本に抵抗して闘っているのです。本の本当に独立した生命というものは、作家の死の後に、もっと正しく言えば、死後暫くたってからはじめて始まります。なぜといって、この連中は極めて熱心で、死後も暫くは自分たちの本のために闘うからです。
しかしその後は本も孤立して孤独となり、自分の心臓の鼓動の強さしか頼れなくなるのです。
これを『フランツィ』にあてはめれば、存命中の作家の本はその作家の住居の一番奥にある寝室に外ならず、キスされるためのものだ、ということです。
(カフカ ミレナへの手紙)

私は役所で他の連中ほどうまく嘘がつけないのです。大部分の者がそうですが、彼らの意見によると役所で彼らはしょっちゅう不当な報いを受けているのであり、自分たちは力以上に働いているのだ──この意見さえ持てたなら!
役所は馬鹿な仕組みで動かされている機械と同じで──俺ならもっとずっと
うまくやるのに──、その馬鹿げた管理法のおかげで俺はとんでもない地位をあてがわれている──俺の能力に従えば俺は上の上の歯車だのにこの地位ではただ下の下の歯車として働かなくちゃならん等々です、しかし私にとっては役所は──小学校も高等学校も大学も家族も一切がこれと同じでしたが、
"一人の生きた人間"、私がどこにいようと、無邪気そのものの目玉で、私を見つめている生きた人間なのです、私にとっては今広場を自動車で走っている人達よりもなお縁のうすい人間ではありますが、それでも何らか私とは未知の方法でつながっている一人の生きた人間なのです。
(カフカ ミレナへの手紙)

キルケゴール

絶望者にとっては、絶望が彼を食いつくさないということは、慰めとなるどころではなく、まったくその逆で、この慰めこそまさに苦悩であり、それこそまさに、苛責を生かし、生を苛責のうちに保つものにほかならない。なぜなら、それだからこそ、絶望者は、自己自身を食いつくすことができないことに、
自己自身から脱け出ることができないことに、無になることができないことに、絶望した、というより現に絶望しているのだからである。これが絶望の自乗された公式であり、この自己の病における熱の上昇である。
絶望するものは、"何ごとか"について絶望する。一瞬そう見えるが、しかしそれは
一瞬だけのことである。その同じ瞬間に、真の絶望があらわれる、あるいは、絶望はその真の相をあらわす。 絶望するものは、"何ごとか"について絶望したことによって、じつは"自己自身"について絶望したのであって、そこで自己自身から脱け出ようと欲しているのである。
(キルケゴール『死にいたる病』)

永遠はきみに向かって、そしてこれらの幾百万、幾千万の人間のひとりひとりに向かって、ただ一つ、次のように尋ねるのだ、きみは絶望して生きてきたかどうか、きみはきみが絶望していたことを知らなかったような絶望の仕方をしていたのか、それとも、きみはこの病を、責めさいなむ秘密として、
あたかも罪深い愛の果実をきみの胸のなかに隠すように、きみの心の奥底に隠し持っていたような絶望の仕方をしていたのか、それともまた、きみは、他の人々の恐怖でありながら、実は絶望のうちに荒れ狂っていたというような絶望の仕方をしていたのか、と。
(キルケゴール『死に至る病』)

想像は他のもろもろの能力とならぶ一つの能力なのではなく、──いうならば、すべてに匹敵する能力なのである。一人の人間がどれだけの感情を、どれだけの認識を、どれだけの意志をもっているかということは、つまりは、彼がどれだけの想像をもっているかということに、
すなわち、感情や認識や意志がどれだけ反省されているかということに、つまり、想像に、かかっているのである。
(キルケゴール『死に至る病』)

想像は、いま一つの人生であり、いま一つの世界である。
(リヒテンベルク 控え帖)

信じる者は、自分がいかにして救われるかということ、これをまったく神に委ねる、そして、神にとっては一切が可能であることを彼は信じる。自分の破滅を信じるなどということは不可能だ。人間的にはそれが自分の破滅であることを悟りながら、しかもなお可能性を信じること、これが信じるということだ。
かくてこそ、神もまた彼を助けたもうのであって、おそらくは、怖るべきもののただなかで、はからずも、奇蹟的に、神の救助が表われるという意味で怖るべきものそのものによって、助けたもうのだ。奇蹟的にというのは、人間が奇蹟的に救われたなどというのは1800年前にのみ起こりえたことだとする臆断は
実に奇妙な知ったかぶりでしかないからだ。ひとりの人間が奇蹟的に救われたか否かは、本質的には、救助の不可能なことを、彼が悟性のいかなる情熱をもって悟っていたか、さらに、それにもかかわらず彼を救ってくれた力に対して彼がいかに誠実であるかにかかっている。
(キルケゴール『死にいたる病』)

そこに欠けているものは、じつは、服従する力なのである。すなわち、自分の自己の内にある必然的なもの、これは自己の限界とも呼ばるべきものだが、この必然的なもののもとに頭をさげる力なのである。それゆえ、不幸なことは、そのような自己がこの世でひとかどの者にならなかったということでもない、
そうではなくて、不幸なことは、彼が自己自身に気づくにいたらなかったということ、彼がそれである自己が、まったく特定の或るものであり、したがって必然的なものであるということに、気づくにいたらなかったということなのである。それとは逆に、この自己が可能性のなかで
自己を空想的に反省したがために、彼は自己自身を失ったのである。すでに鏡のなかで自己"自身を"見るためにも、自己自身を知っていなくてはならない。もしそうでなければ、自己"自身を"見ているのではなくて、ただひとりの人間を見ているにすぎないことになるだろう。
(キルケゴール『死にいたる病』)

決定的なことは、神にとっては一切が可能である、ということである。これは永遠に真理であり、したがって、あらゆる瞬間に真理である。ひとはよくそういうことを日常のならわしとして口にするし、また日常のならわしとしてよくそういうことがいわれるが、
しかし、人間がぎりぎりのところまで押しつめられて、人間的にいって、もはやいかなる可能性も存在しなくなるとき、そのときはじめて、その言葉は決定的な意味をもってくるのである。そのとき、神にとっては一切が可能であるということを信じる意志が彼にあるかどうか、
すなわち、彼に信じる意志があるかどうか、ということが問題となる。しかし、これはまったく、悟性(しょうき)を失うことをあらわす公式にほかならない、信じるとは、まさに、神をえるために悟性を失うことをいうのである。
(キルケゴール『死にいたる病』)

宿命論と決定論には、緊張をゆるめやわらげる可能性が、必然性を調節する可能性が、つまり緩和作用としての可能性が欠けており、俗物根性には、無精神性からの覚醒作用としての可能性が欠けている。思うに、俗物根性は、可能性を思いのままに処理できるつもりでいる、この巨大な弾力性を蓋然的なものの
罠ないし癲狂院のなかへおびき入れたつもりでいる、つまり、それをとりこにしたつもりでいる。可能性をとりこにして蓋然性の檻へ入れてひきずりまわし、見せものにして、それで自分が可能性の主人になったものとうぬぼれているが、じつは、かえってそれによって、自分自身がとりこになって、無精神性の
奴隷となり、何よりも一番憐れなものになっていることに気づかない。すなわち、可能性のなかに迷いこむ者は、向う見ずな絶望によって宙にとびあがり、一切が必然と化した者は、絶望におしつぶされて人世の重みにくじけるが、俗物根性は無精神のゆえに勝利を祝うのだ。
(キルケゴール『死にいたる病』)

或る思想家が巨大な殿堂を、体系を、全人世と世界史やその他のものを包括する体系を築き上げている──ところが、その思想家の個人的な生活を見てみると、驚くべきことに、彼自身はこの巨大な、高い丸天井のついた御殿に自分では住まないで、かたわらの物置き小屋か犬小屋か、あるいは、
せいぜい門番小屋に住んでいるという、じつに恐るべくもまた笑うべきことが発見されるのである。たった一言でもこの矛盾に気づかせるようなことをいおうものなら、彼は感情を害することであろう。
なぜかというに、体系さえちゃんと出来上がりさえすれば──それは誤謬のなかにいるおかげでできるわけなのだ──、彼は誤謬のなかにいることなど恐れはしないからである。
(キルケゴール『死にいたる病』)

自分を精神として意識していない、すなわち、神の前で自分を精神として人格的に意識していないあらゆる人間的実存は、そのように透明に神のうちに基礎をもたず漠然と何か抽象的普遍的なもの(国家、国民など)のなかに安住したり溶け込んでいたり、あるいは、
自分の自己について漠然とした意識しかもたぬために、自分の才能をただ活動力と考えるだけで、そのよってきたる深い意味を意識することもなく、自分の自己を、内面的に理解されるべきものであるのに、不可解な何ものかと考えているようなあらゆる人間的実存──すべてこのような実存は、
たとえそれが何を、どのような驚嘆すべきことを、成しとげようとも、たとえそれが何を、よし全人世を、説明しようとも、たとえそれがどれほど強烈に人生を美的に享楽しようとも、そのような実存はいずれもつまりは絶望なのである。
(キルケゴール『死にいたる病』)

あらゆる人間的知恵のつづまるところは、度を越すな、過ぎたるは及ばざるがごとし、というあの「黄金の」知恵である、というよりも、より正確に言うなら、おそらく、金めっきの知恵である。人と人とのあいだでは、これが知恵としてやりとりされ、驚嘆の念をもって尊敬されていて、
その相場はけっして変動することがない、全人類がその価値を保証しているのである。ところが、ときたま、天才があらわれて、ほんの少しばかり度を踏み越す、すると、彼は──賢い人々から──気違いにされてしまうのである。
しかし、キリスト教は、度を越すな、というこの知恵を踏み越えて、背理のなかへ巨大な一歩を踏み入れる。キリスト教は──そしてつまずきは、そこに始まるのである。
(キルケゴール『死に至る病』)

キリスト教界においてキリスト教を弁護することを思いついた最初の男は、事実上ユダ第二号だ、と言って間違いない。彼もまた接吻をもって裏切るものである、ただ彼の裏切りが愚かさの仕業だというだけの違いである。何かを弁護するということは、いつでも、そのものを悪く推薦することである。
むろん、キリスト教を弁護する者は、いまだかつてそれを信じたことのない者である。もし彼が信じているとしたら、そのとき、あるものは、信仰の感激である──弁護などではない、いな、その感激は攻撃であり勝利である、信ずる者は勝利者なのである。
(キルケゴール『死にいたる病』)

神と人間との関係において、「なんじ、なすべし」という唯一の規制的原理が捨て去られて以来、どれほどの混乱が宗教的なもののなかに入りこんできたかは、ほとんど信じられないほどである。この「なんじ、なすべし」は、宗教的なもののあらゆる規定のうちに必ず含まれていなければならないものである。
しかるに、そうする代りに、ひとびとは奇怪なことに、神の観念を、あるいは神についての観念を、人間の自尊心の一要素として、神の面前で自分の重みをつけるために用いてきたのである。ちょうど政治生活において、野党に所属することによって自分を重くし、けっきょく、
自分が反対することのできる何かをもてるために政府の存在を望むように、ひとびとは、けっきょくのところ、神を除き去ることを欲しないのである。──しかしそれは、神と対立していることによってなおいっそう自分自身を重からしめようがためでしかないのである。
(キルケゴール『死にいたる病』)

「汝、信ずべし」、かつては簡潔に、いとも率直に、そう言われた。──だが、こんにちでは、信じえない、ということが天才的なことであり、深みのある人間のしるしなのである。
なんというすばらしい結果であろう、これがキリスト教界のたどり着いた結果なのだ!
(キルケゴール『死に至る病』)

牧師が、「祈るのは有益である」ということを三つの理由から証明するとしたら、祈りの値打は、その信望をほんの少しでもつなぎとめるために三つの理由が必要であるまでに下落したことになる。
(キルケゴール『死に至る病』)

礼儀正しい事物は、礼儀正しい人間と同様、その根拠を手にもってはいない。五指のすべてを開いてみせるのは、下品なことである。まず証明してもらわなければならないものなど、価値が少ない。
まだ権威が良風美俗に属し、ひとが「論証する」のではなく、命令するいたるところでは、弁証家は一種の道化師である。人は彼を笑いものにし、真面目にはとらない。
(ニーチェ『偶像の黄昏』ソクラテスの問題 5)

自然のままの人間、異教徒は、たとえば、こんなふうに考える。「よろしい、私が天上と地上とにあるすべての物事を理解してはいないことを、私は認める。もし啓示というものがあるというなら、天上のことについて我々に解き明かしてもらいたいものだ。しかし、罪が何であるかを解き明かすために
啓示がなければならないなどということは、実に馬鹿げたつじつまの合わない話である。私は自分が完全な人間だなどとは言わない、完全などころじゃありゃしない。しかし私は、自分が完全などころでないことをちゃんと知っているのだ、そればかりか、私はむしろすすんで、私がどれほど完全さからほど遠く
隔たっているかを告白するつもりだ。これでも私は罪が何であるかを知らないというのだろうか?」だが、キリスト教は答える。そうだ。お前が完全さからどれほど隔たっているかということ、また罪が何であるかということ、これこそお前が一番知らずにいることなのだ、と。
(キルケゴール『死に至る病』)

罪は、元来いかなる学問にも決して帰属していない。罪は説教の対象であって、説教では個人が個人として個人に向かって語りかけるのである。われわれの時代においては、学者気どりが牧師たちを翻弄して一種の大学教授の助手に仕立てあげるという時流に迎合して、
目下そのような〔学者気どりに感化された〕牧師たちは、自分たちも学問に奉仕し、学問の権威のもとで説教したいという考え方をもつにいたった。こうした風潮からすると、説教することがきわめて見すぼらしい技術だと見なされるようになるのも、別に不思議ではない。
(キルケゴール『不安の概念』緒論)

そもそもソクラテスがソフィストたちを評して、「彼らはなるほど語ることはできるが、対話することはできない」と、きっぱり区別したことの真意はと言えば、ソフィストたちは万事につき多くを語ることはできるが、しかしそれを真に体得するという精神に欠けているではないか、という点であった。
それゆえ、この真に体得するという精神こそ、対話することの秘訣なのだということである。
(キルケゴール『不安の概念』緒論)

自分がそれを経験したというだけで、理解もしたと思いこむ人間ががたくさんいる。
本当に経験することもできずに、どうして自分がなにかを経験するなどと言えようか。
私たちは毎日のように、経験を解明し、精神を浄化する必要を感じる。
よき人は常に初心者である。
(ゲーテ『箴言と省察』経験と人生)

世間でヘーゲルがもてはやされるようになったとき、われわれとしてはとうの昔にシュライエルマッハーを見捨ててしまった。が、シュライエルマッハーという人こそ、自分の知っていることだけしか語らなかった美しいギリシア的意味での思想家であった。これに対して、ヘーゲルの方はと言えば、
その卓越した特性と並はずれた学識のすべてにもかかわらず、その仕事ぶりを見て思われることは、この人はいかにもドイツ的な意味での大ぶろしきの哲学教授だということであって、要するに「何としてでも」一切を説明せずにはおさまらないのである。
(キルケゴール『不安の概念』緒論)

いかなる学問もその自己が何であるかを単に一般的にしか語ることができない。人間は自分自身が何者であるかを知っているわけであるから、誰でも自分自身のことを注視しさえすれば、いかなる学問も知りえないことを知りうることになる、それこそ人生の驚異すべきところではあるまいか。
そしてこれこそ「汝自身を知れ」の意味の深さである。が、このギリシア語の命題は、もうずいぶん長い間ドイツ方式に、あの純粋自己意識の意味で、空虚な観念論を介して理解されてきた。思うに、今こそ当の命題をギリシア的に理解するよう努むべき時がきたのである。
(キルケゴール『不安の概念』第2章)

天才が自由を発見するその度合いに応じて、それと同じ程度に可能性の状態において、当の天才の上にのしかかるのが罪の不安である。ただ責めだけを、天才は恐れるのである。なぜなら、責めだけが彼から自由を奪い取ることのできる唯一のものだからである。自由は、この場合決して傲慢でもなければ、
また有限的な意味での自我中心的〔利己的〕な自由でもないことは、容易に知られよう。
自由と対立をなしているのは責めであって、自由の最高のきわみは、自由がもっぱら自己自身とだけかかわりをもつことである。自由は自らの可能性において責めを予想するのであり、かくして自由は自己自身〔の存立〕
によって責めを措定するわけである。そして責めが現実的に措定される際には、自由は自己自身によって責めを措定するということである。この点によほど留意しないと、ひとは才気にかられ、自由をまったく異質のもの、すなわち「力」と取り違えることになりかねない。
(キルケゴール『不安の概念』第3章)

同情は悩める者の助けになるどころではない、むしろその同情によって当人のエゴイズムを相手のなかで育成する〔庇ってやる〕ようなものである。概してひとは、この種のことについて深い意味で反省しようとはしないで、その同情によって何とか気やすめをしているだけである。逆に同情する者が、
その同情に際して、当面の問題は自分の課せられているのだということを、心底から確信する態度で、悩める者に接してこそ、自分と悩める者とを同一視することができるのであり、かくして問題解決のための努力を自分自身のものとして受けとめ、一切の無思慮やめめしさや卑劣さを排除するときにこそ、
このような場合にはじめて同情は、〔価値あるものとして〕その真の意義を獲得することになる。またこのとき、同情する者は悩める者よりさらに高い位置で悩むという点で、かの悩める者とは区別される以上、ここに同情はその特殊な意味を獲得することになるであろう。
(キルケゴール『不安の概念』第4章)

意識がもちうる最も具体的な内容は、自己自身についての意識、すなわち個体としての自己自身についての意識である。──それは、ただ純粋なだけの自己意識ではなく、むしろあらゆる人間がもつところのきわめて具体的な自己意識を指す。しかしそれは、語彙の豊富を誇り表現力に秀でたいかなる著作家も、
いまだかつてその片鱗さえ描写することはできなかったものなのである。〔あらゆる人間は各自そういう自己意識をもっているが〕かくいうこの自己意識は、「観想」(Contemplation)のごときものではない。それをそう思い込んでいる者は、自己自身のことを理解していないことになる。
というのも、そう思い込む者は自分が同時に生成のなかに介在していて、静観の対象として完結したものとはなりえないことを知るべきであったからである。それゆえ、この自己意識は行為なのであり、そしてこの行為はまた内面性でもある。
(キルケゴール『不安の概念』第4章)

迷信は自己自身に対して不信仰的であり、不信仰は自己自身に対して迷信的である。両者とも、その内容は自己反省である。迷信の安逸・臆病・小心は、その自己反省〔としての迷信〕を捨て去るより、迷信のなかに留まる方がよいと考える。不信仰の強情・高慢・自負は、その自己反省〔としての不信仰〕を
捨てるより、不信仰に留まる方が勇ましいことだと思い込んでいる。こうした自己反省の最も洗練された形態は、自分ではこの状態から脱しようと望みながら、それでいて自己満足的にそこに留まることによって、自己自身にとって興味あるものとなる、という形態である。
(キルケゴール『不安の概念』第4章)

単に有限性によってのみ自分の負い目〔自分が責めあるものであること〕を知る者は、有限性のなかに自己を見失っているのである。それというのも、有限性のなかでは、ある人間が負い目〔責め〕あるものであるか否かは、外面的な、法律的な、きわめて不完全なやり方でしか決定されないからである。
それゆえ、単に警察の判断や高等裁判所の判決とかにたよって、自分の責めを知るにいたるような人間は、自分が責めあるものであることを本来の意味では決して理解していないのである。というのも、仮にある人間が責めあるものであるとすれば、その当人は無限に責めを負っているからである。
それゆえ、有限性によってのみ教化育成されている人間は、警察もしくは世論の判断によって責めあるものと断罪されない場合には、その当人は世にも滑稽で、このうえもなく憐れむべき存在となるであろう。
(キルケゴール『不安の概念』第5章)

ああ、こうして実際は「無」しか教えてもらわず、したがって負うところきわめて多大であるなどと、お世辞のかぎり言った人間がなんとたくさんにいることか! ソクラテスの心を最もよく理解する人とは、自分がソクラテスになにひとつ負っていないことを心得ている人にほかならない。
これこそソクラテスが望んだところであり、またそのように望みえた心境とは、本当にすばらしいものなのだ。そしてソクラテスに負うところ極めて多大であると信じているおめでたい人間には、ソクラテスの方がさっさと負債を免除してくれることは、まず間違いないだろう。
(キルケゴール『哲学的断片』)

私の流儀と言葉におびき寄せられて、
君は私に従うのか、私について来るのか。
君自身に忠実について行くことだ──
そうすれば私に従うことになる──あわてなさんな。
(ニーチェ『愉しい学問』7番)

私は慰戯から慰戯へと手をさしのべてきた。快感を誘うことのできる淫らな興奮に浸りもした。そのあげく倦怠を感じ、心はずたずたに引き裂かれた。私は認識の木の実を味わい、その味のよさを楽しむことが多かった。しかしその歓びはその認識の瞬間だけで、私自身のうちになんら深い痕跡を残さなかった。
私は知恵の盃から飲んだのではなく、その盃のなかへ落ち込んでしまったような気がする。私の見いだしたものは何だったか? 私の『私』ではなかった。ほかでもない、あらぬ道にそれを見つけようとしたからなのだ。まず決断すべきことは、神の国をさがし、それを見つけることだったのだ。
……人は他のなにものを知るより先に自己みずからを知ることを学ばなくてはならぬ。こうしてまず内面的に自己みずからを理解し、そのうえで自己の歩みとそのたどりゆく道を知ったとき、そこではじめて人間の生活は安息と意義を得るのである……。
(キルケゴール ギーレライエの手記 1835.8.1)

ある意味で、私ほどに社交性を持つような人はほとんどいないといってよい。けれども、早い時分から私の持ち前となっていた苦々しい惨めさが、私があらゆる物事を自分自身から遠ざけて非社交的になることを──そうして自分の痛みを隠すことを好み、そしてそうできることを大きな慰めとしたのである。
私が社交への欲求を感じていないということは、この意味で真実なのである。
キリスト教と本当の意味で関係をもつためには、ほとんどの人間はまず苦しみのうちへと身を投じなければならないのだが、このことは昨今ではほとんど気づかれていない。
私の生は早い時分から苦しみであった。「願いごと」などと普通呼ばれているものがある。私にとっての「願いごと」は、痛みを隠すことだった。
(キェルケゴール 日記 1854年)

つまりこういうことだ。ほとんどの人はまったく信仰に到達しないのだ。ほとんどの人は、長いときを直接性のうちで生き、そして最後にいくらかの反省へと進み、そうして死ぬ。例外者はまったく別様に始める。子どものときから弁証法的に。つまり、例外者は、直接性なしに、弁証法によって、
反省によって始め、そうして年々を(他の人々がたんに直接的に生きるのとちょうど同じくらいの長さを)生きるのである。こうして、より成熟した年齢に至って、信仰の可能性が彼らの眼前に開かれる。というのは、信仰とは反省のあとの直接性だからである。
(キェルケゴール 日記 1848.5.11)

保持されねばならないのは、キリスト教ではなくて、キリスト者であることであり、それゆえ同時性の概念であり、それゆえ躓きの可能性なのであり、それゆえ、あらゆる高次の諸概念の頂点に君臨する、信仰の概念なのだということ。このことを私は正しく理解してきたのだ。
(キェルケゴール 日記 1848年)

キリスト教者であって、キリスト者でない。──かくて、これが君たちのキリスト教なのだろう! ──君たちは、結局人間を"怒らせる"ために、「神とその聖徒たち」を讚美する。また、君たちは、人間を"讃美"しようとするときは、
これまた神やその聖徒たちが怒り出さざるをえないほど極端な人間讃美をやるのだ。──つまり君たちには、キリスト者の心情の躾のよい上品さが欠けているのだから、君たちにせめてキリスト者の作法だけでも学んでほしいと思うのだ。
(ニーチェ『人間的、あまりに人間的2』第1部92)

ほとんどの人間は、今、精神性がゼロであり、こうした憐れみについて知るところがなく、だからその罰はまったく下されることがない。彼らは、この生に埋没し、無とも言えるこの生に固執し、何になるということもなく、生を浪費してしまっている。
いくばくかでも精神性を有し、憐れみにかなう人、そうした人の生は、生きることへのどうしようもない嫌悪へと導かれるわけである。けれども、彼らは、それを喜ばず、神に対して不服を唱えたりもする。
憐れみによって嫌悪というこの地点にまで導かれて、神は愛ゆえにそうされたのだと断言することができるような人間、神が愛であるということについての疑念を心の奥に隠し持たない人間、こうした人間だけが、永遠へと向けて成熟したのである。
(キェルケゴール 日記 1855.9.25)

「キリスト教界」に見受けられるものと言えば、ごくわずかのお布施で、神からのお褒めの言葉を求めるわめき声ばかりだ。神はこうしたやり方を好まれない。否、神は天使たちをお気に召すのだ。そして、天使たちの称賛にもまして神がお気に召すのは、人生の終着点で、神が、まったくの無慈悲──
なぜこれほどまで、という無慈悲──へと姿を変えられ、人生への願いをことごとく彼から奪い去るためにあらゆることをなされるとき、それでも、神が愛であることを、神は愛ゆえにこのようなことをなさるのだということを信じ続ける、そのような人間である。
(キェルケゴール 日記 1855.9.25)

驚くべきは、人間は、人間の自由に委ねられていることについて、まるで神がそれをなしてくださったかのように、神に感謝をささげることができるということだ。そして、その感謝の喜びの中で、彼は、幸福感に包まれて、「それを行ったのは自分だ」という声はまったく耳に入らず、
感謝の念をもってすべてを神に帰し、神こそがそれを執り行ってくださったのだとずっと思えるようにと、神に懇願するのである。なぜなら、彼は、自分を信じているのではなく、神を信じているからだ。
(キェルケゴール 日記 1855.9.25)

落胆している時、キリストは病気の苦しみの中で、少なくとも、心理と肉体が弁証法的に触れ合うような最も苦しい苦しみの中では試されなかった、結果として、その点では彼の人生は楽だったかのように思うことがある。しかし、そのとき私は自分に言う。もし自分が完全に健康だったら、
簡単に完璧になれるとでも思っているのか? それどころか、情熱に、プライドに、自己充足に、よりいっそう簡単に負けてしまうのだ。
肉体的にも心理的にも健康な状態で、本当に精神的なな生活を送ることは、まったく不可能なことなのである。自分の幸福感も一緒に逃げてしまう。
もし、一日中苦しんでいるのなら、もし、あまりにも体が弱く、死がすぐ目の前にあるのなら、少しは成功する可能性はあるはずで、自分が神を必要としていると意識することができるはずだ。健康であることは、富や権力や地位よりもはるかに大きな危険である。
(キルケゴール 日記)

信仰によって私は何かを断念するのではない。逆に、信仰によって私はすべてを獲得するのだ。
永遠なるものを得るために時間的なもののすべてを断念するには、純粋に人間的な勇気があればよい。
しかし、その上で不条理なものの力によって時間的なものを捉えようとすれば、逆説的で謙虚な勇気が必要だ。それこそ信仰の勇気なのだ。信仰によってアブラハムはイサクを断念したのではなく、イサクを得たのである。
(キルケゴール『恐れとおののき』)

よしんば信仰の全内容を概念の形式に翻訳することができたにしたところで、だからといって、信仰を把握したということにはならない。どうしてひとが信仰にはいったか、あるいは、どうして信仰がひとにはいってきたかを理解したことになりはしない。
ここなる著者は、けっして哲学者ではない、彼は、詩的な上品ないいかたをすれば、一個のエキストラ作家なので、体系を書くことも、体系の予告を書くこともできないし、体系に誓いをたてることも、体系に身を売ることもない。
彼が書くのは、書くことが彼の余技だからで、 彼の書くものを買って読んでくれる人が少なければ少ないほど、ますます愉快になるし、また余技の余技たるゆえんもいよいよ発揮されてくるからなのだ。
(キルケゴール『おそれとおののき』序言)

ただ賎しい人たちだけが自分自身を忘れて、何か新しいものになるのである。たとえば、蝶はかつて毛虫であったことを忘れている、おそらくまた、自分が蝶であることをすっかり忘れてしまって、魚になることができるかもしれない。
より深い性質の人たちは、けっして自分自身を忘れず、またかつてとは違ったものになることもない。したがって、騎士はすべてを記憶しているであろう。しかしこの記憶はまさしく苦痛である。しかしそれにもかかわらず、彼は無限の諦めにおいて人世と和解している。
(キルケゴール『おそれとおののき』)

したがって、信仰の逆説は、個別者が普遍的なものよりも高くにあるということであり、個別者が絶対的なものに対する彼の関係によって、普遍的なものに対する彼の関係を規定するということであって、普遍的なものに対する彼の関係によって、絶対的なものに対する彼の関係を規定するということではない。
この逆説は、神に対する絶対的義務が存在する、というふうにも言い表わされることができる。なぜなれば、この義務関係においては、個別者は個別者として、絶対者に対し絶対的に関係するからである。
(キルケゴール『おそれとおののき』)

これに反して、信仰の騎士は逆説である、彼は個別者である、一切の係累をも遠い縁者をももたぬまったくの個別者でしかない。これは宗派的な弱虫どもには耐ええられぬ恐ろしいことである。すなわち、この恐ろしさから、自分が偉大なことをおこないえないことを学び知り、そしてそれを率直に白状する
(これがわたし自身のやっていることなのだから、むろんわたしは是認せざるをえないことなのだ)ことをしないで、能のない者は、他の能なしどもの幾人かと協力すれば、偉大なことをなしうるだろう、と思っている。しかしけっしてそうはいかない、精神の世界では、欺瞞はゆるされないのである。
一ダースの宗徒が腕をくみ合って歩く、彼らは信仰の騎士を待っているあの孤独な試誘のことを、大胆に突進するのはなおいっそう恐ろしいことだからといって、信仰の騎士には回避することをゆるされないあの孤独な試誘のことを、少しも知っていはしない。
(キルケゴール『おそれとおののき』)

ショーペンハウアー

そもそも飯の種にまでなりさがった哲学が、どうしてまた詭弁に堕さないでいられようか。これが避けられぬことであり、「世話になった人には味方をする」というきまりが昔から通用していればこそ、古代の人びとのあいだでも哲学で金もうけをすることは詭弁学者(ソフィスト)のしるしであったのである。
──ところがそれどころか、世の中いたるところで平凡さよりほかには期待できず、要求されてもならず、金を出しても手にはいらない以上、哲学においても平凡に甘んじなければならないことになる。だからこそわれわれはドイツじゅうの大学で、独自の方策で、しかも指令どおりの標準と目標にしたがって、
まだまったく現存していない哲学をつくりだそうとするおとなしい凡才の骨折りを見るのである。──まことに見物だ。これをあざ笑うのは残酷な仕うちともいうべきであろう。
(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』第2版 序文)

カントの哲学をわがものにしていない者は、たとえほかに何をやったとしても、いわば無邪気な状態にとどまっている。つまりあの自然的で子供じみた実在論にとらわれたままなのである。この実在論はわれわれすべてが生まれ落ちたときから身につけているもので、およそ可能なものならなんでもする資格を
あたえてくれるが、ただ哲学をする資格だけはあたえてくれないのである。したがってこうした連中がカントの哲学に通じた者に対する関係は、未成年者の成人に対する関係と同じである。この真理はこんにち逆説的にきこえるが、理性批判が出版されたあと最初の三十年間には、そんなことは決してなかった。
そのわけは、それいらいカントをほんとうには知っていない輩が成長してきたからである。それというのも、カントをほんとうに知るためには、粗略で性急な読み方や他人の手を経た報告より以上のものが必要であるからである。
(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』第2版 序文)

しかし他人の解説によってカントの哲学を知ることができると思いこんでいる者も、救いがたい誤謬にとらわれている。むしろわたしはそうした紹介、ことに最近の紹介は避けるよう、真剣に警告しなければならない。それどころか、最近数年のあいだにヘーゲル主義者たちの著作でお目にかかったカント哲学の
解説などは、まったく他愛のない作り話に終わっているのである。新鮮な青年時代にヘーゲル流のナンセンスで頸筋をたがえてとっくに腐った頭など、いまさらカントの深い意味のこもった研究についてゆけるはずがない。早くから彼らは最も空虚な贅言を哲学思想、最もあわれむべき詭弁を明察、
子供じみた駄洒落を弁証法とみなすことに慣れている。彼らの頭脳がめちゃくちゃになったのは、それを手がかりとしてなにか精神が考えようと苦しんでも無駄であり消耗するだけの、うわごとのような言葉の寄せ集めを受け入れたためである。
(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』第2版 序文)

ほんらい真に哲学者である人すべてについてあてはまること、つまり、哲学者が知られるのは彼ら自身の著作にもとづいてのみであり、他人の報告にもとづいてではないということは、カントに最高度にあてはまる。これもカントの独創性のゆえである。
というのも、そうした非凡な精神の持主がいだく思想は、並みの頭脳ではこれを濾過することができないからである。射るように鋭い両眼がその下に輝く円く張り広く秀でた額の後ろで生まれた思想も、
個人的な目的をねらう鈍いまなざしが外をおずおずうかがっている、厚い壁に囲まれ狭く窮屈な頭蓋という狭くるしく天井の低い住まいに移されると、力も生命もいっさい失い、似ても似つかぬものとなる。
(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』第2版 序文)

哲学の思想というものはただその創始者自身から受けとることができるだけである。それゆえ、哲学をしたくてかなわないという気の人は、哲学の不滅の教師たちを、彼らの作品そのものという静かな聖殿のなかにさがし求めなければならない。こうした本物の哲学者ならだれでもよい。その主要な章を読めば、
月並みの頭脳がそれについて作製した冗漫でぼやけた紹介に百倍する洞察が、その学説に関して得られよう。おまけにこの月並みの頭脳はたいてい、深くそのときそのときの流行哲学とか、自分好みの意見とかにとらわれているものである。しかし驚くべきことであるが、読者層というものは、よりによって、
他人の手を経た解説のほうを断固としてとるのである。実際ここでは親和力が働いているらしい。このおかげで平凡な連中も同類のほうへ引かれ、したがって偉大な精神の持主が語ったことですら、好んで自分らの同類から聞きたがるのである。
(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』第2版 序文)

次の真理ほど確実で、ほかのすべての真理から独立し、証明を必要としない真理はない。すなわち、認識に対してそこにあるいっさいのもの、すなわちこの世界の全体は、主観と関係している客観であるにすぎず、直観する者の直観であり、一言でいえば表象である。
当然のことながら、これは現在についても、過去と未来のすべてについても、近いものにも、こよなく遠いものにも妥当する。なぜなら、それは時間と空間そのものに妥当するのであり、いまあげたものはみな時間と空間のなかでのみなされる区別であるからである。
およそ世界に属しているもの、属しうるもののいっさいは、このように主観によって制約されていることを不可避的に負わされており、主観に対してのみそこにある。世界とは表象である。
(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』第1節)

先験哲学とは、自己にもっとも近い直接の対象は事物ではなくて、事物についての人間的意識のみであり、だからこの意識は決して無視没却されてはならないということから出発する哲学のことである。フランス人はこの哲学を、やや不精確に心理的方法と呼んで、これを純粋に論理的な方法に対立させている。
彼らが純粋に論理的な方法と呼ぶのは、無造作に客観から出発する哲学、つまり独断主義のことである。さて合理主義はこの点にたどりつくと、その認識器官が事物の現象を捉えるだけで、事物の究極の本質にはゆきとどかないということを認識するに至る。
(ショーペンハウアー『哲学とその方法について』)

真実と生命は、もともと自分の根っこにある思想にだけ宿る。私たちが本当に完全に理解できるのは、自分の考えだけだからだ。本から読みとった他人の考えは、他人様の食べのこし、見知らぬ客人の脱ぎ捨てた古着のようだ。
(ショーペンハウアー『自分の頭で考える』3)

どんな芸術家でも、ほかの人から影響をうけており、その影響の跡(というもの)を作品のなかに示している。だが私たちが問題にするのは、芸術家その人の人格だけなのだ。ほかの人から受け継いだものは、卵の殻でしかない。
(ヴィトゲンシュタイン 反哲学的断章 1932-34)

シェークスピアは、銀の皿に金の林檎をのせて、我々にさし出してくれる。ところが我々は、彼の作品を研究することによって、なんとか銀の皿は手に入れられる。けれども、そこへのせるのにじゃがいもしか持っていない。これではどうにも恰好がつかないな。
(エッカーマン『ゲーテとの対話』1825.12.25)

読書は自分で考えることの代わりにしかならない。自分の思索の手綱を他人にゆだねることだ。おまけに多くの書物は、いかに多くの誤った道があり、道に迷うと、いかにひどい目にあうか教えてくれるだけだ。
けれども創造的精神に導かれる者、すなわちみずから自発的に正しく考える者は、正しき道を見出す羅針盤をもっている。だから読書は、自分の思索の泉がこんこんと湧き出てこない場合のみ行うべきで、これはきわめてすぐれた頭脳の持ち主にも、しばしば見受けられる。
これに対して根源的な力となる自分の思想を追い払って本を手にするのは、神聖なる精神への冒涜にひとしい。そういう人は広々した大自然から逃げ出して、植物標本に見入ったり、銅版画の美しい風景をながめたりする人に似ている。
(ショーペンハウアー『自分の頭で考える』4)

思索家の奮闘、尽力をいぶかしく思う人がいるかもしれない。問題そのものをよく考えたいなら、ほんの少し自分の頭で考えるだけで、ほどなく目標に達するように思えるからだ。だが、思索は私たちの意志と無関係なので、それは少しばかり違う。
いつでも座って本を読むことはできるが、考えるとなると、そうはいかない。つまり思索は人間のようなものだ。いつでも好きなときに呼びにやれるわけではなく、あちらが来てくれるのをじっと待たねばならない。
(ショーペンハウアー『自分の頭で考える』7)

"意見と魚"。──ひとは、魚の所有者であるのと同じ仕方で、自分の意見の所有者である、──つまり養魚池の所有者であるという意味においてである。ひとは釣にでかけていってうまく釣り上げなければならない、──そうすれば"自分の"魚、"自分の"意見が手に入る。
私がここで言っているのは、生きた意見、生きた魚についてである。別の連中は化石の陳列ケースを所有することに満足する、──つまり自分の頭の中に「信念」を所有することに。
(ニーチェ『人間的、あまりに人間的2』第2部317)

哲学者の思想を研究するかわりに、彼の伝記を知ろうと思っている人は、絵画に眼をそそぐかわりに、その枠に気をとられて、その彫り方の趣味や金箔の値段などをつらつら考えている人のようなものである。
ここまでは、まだよい。
ところが、さらにもう一組、別な連中がいる。彼らの関心もやはり、
素材的個人的な事柄にそそがれているのであるが、彼らは更に一歩をふみ越し、しかもどうにも品のないところまで行きすぎる。
偉大な精神が人類に比類のない贈り物をしたという事実に臨んで、これらの小僧どもは、この天才の道徳的品性を自分たちの審廷にひきだし、そこで彼の行状に何か落ち度がないか
調べる資格があると思っている。たとえば、ゲーテの伝記を調べあげて、彼は青年時代に好き合った何とかいう小娘と結婚するのが本当だったとかいうように、道徳的側面からゲーテの生涯を検討したくだくだしい研究が、無数の著者や雑誌の中に見受けられる
(ショーペンハウアー『知性について』)

まず物書きには二種類ある。テーマがあるから書くタイプと、書くために書くタイプだ。第一のタイプは思想や経験があり、それらは伝えるに値するものだと考えている。
第二のタイプはお金が要るので、お金のために書く。書くために考える。できるかぎり長々と考えをつむぎだし、裏づけのない、
ピントはずれの、わざとらしい、ふらふら不安定な考えをくだくだしく書き、またたいてい、ありもしないものをあるように見せかけるために、ぼかしを好み、文章にきっぱりした明快さが欠けることから、それがわかる。ただ紙を埋めるために書いているのが、すぐばれる。
それに気づいたら、ただちにその本を投げ捨てなさい。なにしろ時間は貴重だ。要するに、書き手が紙を埋めるために書くなら、その時点でただちに、その書き手は読者をあざむいていることになる。つまり、書くのは伝えるべきことがあるからだと偽っている。
(ショーペンハウアー『著述と文体について』1)

報酬と著作権保護のための複製禁止は、根本的に文学を堕落させる。書くべきテーマがあるから書く人だけが、書くに値することを書く。文学のあらゆる分野で、ごく少数の傑出した本だけがあったなら、いかなるお宝にも代えがたいほど、ためになることだろう。しかし書くことで報酬が入るとなると、
事態はちがってくる。まるでお金に呪いがかけられているかのようだ。どんな作家でも、かせぐために書きはじめたとたん、質が下がる。偉大なる人々の最高傑作はいずれも、無報酬か、ごくわずかな報酬で書かねばならなかった時代の作品だ。
(ショーペンハウアー『著述と文体について』1)

できれば原著者、そのテーマの創設者・発見者の書いたものを読みなさい。少なくともその分野で高い評価を得た大家の本を読みなさい。その内容を抜き書きした解説書を買うよりも、そのもとの本を、古書を買いなさい。誰かが発見したことに新しく付け加えるのがたやすいことは、いうまでもない。
だからこそ、じっくり考え抜いた根拠に基づいて新たに付け加えられた事柄に精通してゆかねばならない。ここでも「新しいものがよいものであることは稀だ。よいものが新しいのは、ほんの束の間だから」という原則がおおむねあてはまる。
(ショーペンハウアー『著述と文体について』2)

驚くべきことであるが、読者層というものは、よりによって、他人の手を経た解説の方を断固としてとる。実際ここでは親和力が働いているらしい。このおかげで平凡な連中も同類のほうへ引かれ、したがって偉大な精神の持主が語ったことですら、好んで自分らの同類から聞きたがる。
(ショーペンハウアー)

最近語られた言葉は常に正しく、後から書かれたものはみな、以前書かれたものを改良したものであり、いかなる変更も進歩であると信じることほど大きな過ちはない。真の思索家タイプや正しい判断の持ち主、あるテーマに真剣に取り組む人々は例外にすぎず、世界中いたるところでクズどもは、例外的人物の
十分に熟考した言説をいじくり回して、せっせと自己流に改悪する。だからあるテーマを研究しようとしたら、学問はたえず進歩しており、最新の本には過去の知見が反映されているという誤った前提のもとに、最新刊にそそくさと手を出すのはひかえるべきだ。たしかに過去の知見が反映されている。
だがどのように反映されているかが問題だ。しばしば新刊書の著者は、先人をきちんと理解していないくせに、先人の言葉をそのまま引用しようとはせず、先人固有の血の通った知識から書かれた、すぐれた明快な言説に手を加えて改悪し、台無しにしてしまう。
(ショーペンハウアー『著述と文体について』2)

ある本が有名な時には素材のためか、形式のためかをよく区別すべきである。全く普通の凡庸な人々でも、その材料のおかげで、非常に重要な著書を公けにすることができる。そういう材料に迫ることができるのは、全く彼らだけだからである。
たとえば遠い国々や自然現象についての記述、実験を試みてその結果をまとめた記述、目撃した出来事の記述、あるいは史料の調査研究に努力と時間を費やした上でまとめた歴史的事件の記述などは重要な意味をもつ。これに反して、素材が誰にでも親しみやすく、誰にでもわかりきったものであるため、
形式に重大さがかかり、そのためただこの素材について何を考えるかということだけが、著作に価値を与え得る場合には、ただすぐれた頭脳の持ち主のみが読むに値するものを世に送ることができる。
(ショーペンハウアー『著述と文体について』3)

評論雑誌は、現代の無責任な三文文士の書き殴りや、なおますます大量に出回る無用の悪書に対して清廉潔白、公正かつ厳正な態度で判断を下して、その防波堤になるべきだ。書く力も資格もない者が書いた冗文や、からっぽ財布を満たそうと、からっぽ脳みそがひねり出した駄作は、書籍全体の九割にのぼる。
評論雑誌は当然、それらを容赦なくこらしめ、書きたい気持ちにまかせてペンを走らせる詐欺まがいの売文行為を阻止しなければならない。
たいてい書き手は薄給・薄謝で、お金が要るので書きまくる教授や文士だ。かれらは目的が同じなので、利害関係も一致し、団結して支え合い、互いに相手の肩をもつ。
悪書をほめそやす記事はみな、ここに由来する。そうした書評から評論雑誌は成り立っており、そのモットーは「共存共栄」だ(そのうえ一般読者はおめでたくも良書より、新刊書を読みたがる)。
(ショーペンハウアー『著述と文体について』10)

今や、ほとんどの本は悪書で、書かなければよかったのにと思われるものばかりだ。したがってめったなことで褒めてはいけない。ちょうど現代では対人関係を気づかい、金言「お仲間になって褒めたたえなさい。そうすれば、君がその場にいなくても褒めてもらえる」(ホラティウス『風刺詩』)に感化されて、
めったなことでけなさないように。社会では、いたるところにうごめく頭の鈍い能無しに対して寛容でなければならないが、この寛容の精神を文筆の世界にも持ち込むのは、あやまりだ。というのも文筆の世界において、かれらはあつかましい侵入者であり、悪をそしるのは、善に対する義務だからだ。
そもそも、おつきあいの産物である社交辞令は、文筆の世界では異分子で、しばしばきわめて有害な要素となる。社交辞令は悪を善と言いくるめることを求め、そのために学問や芸術の目的が阻まれるからだ。
(ショーペンハウアー『著述と文体について』10)

文体は書き手の顔だ。精神の相貌が刻まれている。それは肉体の顔よりも見まちがいようがない。他人の文体をまねるとは、仮面をつけることだ。仮面はどんなに美しくても、生気がないために悪趣味で耐えがたいものになる。醜くても生きた顔のほうがいい。
(ショーペンハウアー『著述と文体について』11)

自分のスタイル(文体)にまずい点があったとしても、引き受けるしかない。自分の顔がまずいときだって、そうだろうが。
(ヴィトゲンシュタイン 反哲学的断章 1948.1.23)

ものを書こうとして作文技術にばかりこだわる連中のやり方は、ある種の金属匠のやり口に近い。すなわち、金は比類のない金属で、永遠にその代用品を作り出すことが不可能なのに、さまざまの合金を沢山つくって何とか代用品にしたてようとする試みに近い。だが筆を執る者はむしろそれとは全く逆の態度に
でるべきであろう。彼が最も心すべきは、自分に備わっている以上の精神を示そうとして、見えすいた努力をしないことであろう。そういう努力を試みればかえって、精神がほとんど零なのではないかという疑惑を、読者の胸によびさますだけだからである。
(ショーペンハウアー『著述と文体について』12)

ものを書く技法とは、その背後で心が自分の顔を好きなように切り整える、一種の仮面である。
真の謙虚さとは、一つの宗教的問題である。
(ウィトゲンシュタイン 哲学宗教日記 1930.10.18)

凡庸な著者にかぎってだれでも、自分に特有な自然の文体に偽装を施そうとする。そのためまず第一に、素朴さ、素直さをすべて放棄しなければならないことになる。その結果、文章作成上のこの美徳は、常に、卓越した精神の持ち主、平生自分の値打ちを自覚して、自信に満ちている人間だけに許される。
つまり凡庸な頭脳の持ち主たちには考えるとおりに書くという決心が、全くつかないのである。それというのも、そういう調子で書けば、書き上がったものが全くつまらないものになりかねない、という予感におびえるからである。しかしそれでも、それはそれなりにものになっている場合もあるはずである。
彼らが誠実な態度で仕事に着手し、彼らが実際考えたわずかなことや平凡なことを考えた通りに伝えようとすれば、でき上がったものも結構読めるであろうし、彼らにふさわしい専門の領域では有益なものも書き上げるであろう。しかし実情はこれと逆である。
(ショーペンハウアー『著述と文体について』12)

一番長続きするのは、「不可解」という仮面だ。これはドイツだけだ。この仮面はフィヒテが導入し、シェリングが磨きをかけ、ついにヘーゲルでその絶頂をむかえた。つねにこのうえない大成功をおさめている。しかしながら、誰にも理解できないように書くことほどたやすいことはなく、
これに対して重要な思想を誰にでも理解できるように言い表すことほど、むずかしいことはない。「不可解」は「暗愚」に通じるものがある。ともかく背後に深遠な意味があるかのように煙にまくと、はかり知れずもっともらしく響く。
(ショーペンハウアー『著述と文体について』12)

似非思想家のように、思想を文体で美々しく飾り立てるのではなく、思想が文体に美をさずけるのだ。
すぐれた文体であるための第一規則、それだけで十分といえそうな規則は、「主張すべきものがある」ということだ。
(ショーペンハウアー『著述と文体について』12)

「散文を書くには、何か言うべきことをもっていなければならない。しかし、何ももっていない者でも、詩句や韻ならつくれるよ。詩の場合には、言葉が言葉を呼んで、最後に何かしら出来上がるものさ。それが何でもなくても、何か曰くがありそうに見えるのだ」
(エッカーマン『ゲーテとの対話』1827.1.29)

小説は一つの主観的な叙事詩である。その中で著者は、世界を自分の流儀で取扱う許可を求める。問題はただ、一つの流儀を持っているかどうかという点にある。その他のことはおのずと発見される。
(ゲーテ『格言と反省』)

人間は、理性に駆られて、自分たちが生れぬ前にも時間はあったとか、自分たちが死んだ後にも時間はあるだろうとか、疑問を懐いている。カントは、この問いに答えて、時間は、物自体に属せず、単に、現象のみに属すということを、教えてくれたのである。しかるに、世人は、このことを理解しなかった。
時間は、ただ、根拠の原理の最も単純な形相に過ぎず、根拠の原理全体といっても、単に、もろもろの現象に対して、あてはまるにとどまり、物自体には、あてはまらない、すなわち、客体には適用されるが、主体には適用されないものである・と。
(ショーペンハウアー『自殺について』)

へぼ文士はならず者や愚か者を描くとき、筆運びがぎこちなく、わざとらしいために、いわばどの登場人物の背後にも作者がいて、登場人物の考え方や台詞をたえず否認し、「こいつはならず者だ。こいつは愚か者だ。こいつの言うことを真に受けるな」と警告の叫び声をあげているのが見える。これに対して
大自然の成すわざは、シェークスピアやゲーテのようだ。作中のどの人物も、たとえ悪魔でも、そこに立って語っている間は、あくまで正しい。どの登場人物もたいそう客観的に把握されているので、私たちはそれぞれの人物の利害に引き込まれ、共感せざるを得ない。
(ショーペンハウアー『幸福について』)

ヴァイニンガー

誰も自分自身を理解することはできない。そのためには自分の外に出なければならないから。宇宙を把握するためには、宇宙の外に立つ必要があるが、そのような立場は思考不可能である。自分を理解する人は世界を理解する。
(ヴァイニンガー『性と性格』)

誰も自分について客観的に書くことはできない。そうするためには必ず何らかの動機が必要とされる。そして、その動機は書いているうちに複雑に変化していく。「客観的」であろうと思えば思うほど、さまざまな動機が入り込んでくることに気づく。
(OKブースマ『WITTGENSTEIN Conversations』1950.11.28)

我々の時代は最もユダヤ的であるばかりでなく、最も女性的である。芸術が塗りつぶしで満足し、動物的スポーツにインスピレーションを求める時代、正義と国家を感じない表面的な無政府の時代、最も愚かな歴史観である唯物論的歴史解釈・共産主義的倫理観の時代、資本主義とマルクス主義の時代、
歴史・人生・科学が政治経済と技術指導にすぎない時代、天才が狂気の一形態とされる時代、偉大な芸術家も偉大な哲学者もいない時代、独創性のない時代、しかし独創性に対する最も愚かな渇望がある時代、聖母崇拝が処女崇拝に取って代わられた時代である。
(ヴァイニンガー『性と性格』)

ゲーテは、自分自身について、「自分自身の中にその傾向をたどることのできないような、完全に理解できないような悪徳や犯罪は存在しない」と言ったとされている。したがって、天才とは、より複雑で、より豊かな、より多様な人間である。
そして、人間は、自分の人格の中により多くの人間を抱え、これらの他者をより真に、より強く内包しているほど、天才に近づくことができる。芸術的天才の理想は、すべての人の中に生き、すべての人の中に自分を失い、多くの人の中に自分を現すことである。
(ヴァイニンガー『性と性格』)

泥棒を知るには泥棒の心が必要であり、無垢な人間だけが他の無垢な人間を理解することができる。虚勢を張る者は、他の虚勢を張る者しか理解できず、他人の行為には虚勢しか張らない。人を理解するということは、本当にその人になるということだ。
(ヴァイニンガー『性と性格』)

パスカルやニュートンのような人物を、一方では最高の天才とみなし、他方では、今の世代の我々がとっくに克服した偏見の塊によって制限されていると考えるのは、正しいことではない。電鉄と経験的心理学を持つ現代は、このような以前の時代よりもはるかに高いのだろうか。
もし文化に本当の価値があるとすれば、それは、常に社会的で決して個人的ではなく、公共の図書館や研究所の数によって測られる科学と比較されるべきものなのだろうか。文化は人間の外にあり、必ずしも人間の中にあるのではないとでもいうのだろうか。
(ヴァイニンガー『性と性格』)

ゲーテの言葉を借りれば、真に偉大な人は、自分が解放されたばかりの誤りに対して、他人がまだそれを保持しているのを見ると、非常に厳格で厳しい態度をとるかもしれないが、それでも、自分の過去の行いや不作為に対して決して微笑んだり、自分の以前の考え方や生き方を決して嘲ったりはしない。
自分がかつて信じていたこと、そしてその「乗り越えた」ことを他人に全て話し、笑い飛ばす人々は、過去についてそうであったように、現在についてもほとんど真剣に考えていない。彼らが「乗り越えた」すべてのステージは、彼らの本質の深いところに基づくものではない。
(ヴァイニンガー『性と性格』)

偉大な人間はみな、何かを創造した途端に自分が偉大であると感じる。彼の虚栄心と野心は、実際、常に自分を過大評価するほど大きい。ショーペンハウアーは自分はカントより偉大であると信じていた。ニーチェは『ツァラトゥストラ』を世界で最も偉大な書物だと宣言した。
(ヴァイニンガー『性と性格』)

自分自身を知らず、自分自身を理解していなければいないほど、どんなに偉大な才能に恵まれていようと、その人は偉大ではなくなる。それゆえ、我々の学者や科学者は偉大ではない。フロイト、シュペングラー、クラウス、アインシュタインは偉大ではない。
(ヴィトゲンシュタイン 反哲学的断章 1945.8.1)

時間と変化に優るこの「認識の中心」とは何だろうか。
それは、人間を(感覚の世界の一部としての)自分より上に引き上げ、理性だけが把握できる物事の秩序に結びつけ、感覚の世界全体を足元に置くものにほかならないだろう。それは人格にほかならない。
世界で最も崇高な書物である『実践理性批判』は、道徳を、あらゆる経験的意識とは異なる知的自我に言及した。私は今、私の主題のその側面に目を向けなければならない。
(ヴァイニンガー『性と性格』)

なぜなら、心理学の目的は、派生しないものを派生させること、つまり、すべての人に自分の本当の性質と本質が何であるかを証明すること、これらを推論することだからである。しかし、それらを推論する可能性があるということは、人間が自由でないことを意味することになる。
個々の人間の行動、行為、本質が科学的に決定されうることが認められるや否や、人間には自由意志がないことが証明されるであろう。カントやショーペンハウアーはこのことを十分に理解していたし、他方、近代心理学の創始者であるヒュームやヘルバルトは、自由意志を信じてはいなかった。
あらゆる基本的な問題に対する現代心理学の哀れな関係の原因は、このジレンマにあるのだ。意志を心理的要因、すなわち知覚や感情から導き出そうとする乱暴な努力が繰り返されているが、それ自体が、意志を経験的要因として捉えることができない証拠となっている。
(ヴァイニンガー『性と性格』)

バークリー

なるほど言葉にはすぐれた使い道がある。あらゆる時代や民族において探究心旺盛な人たちがこぞって努力した末に得られた知識の在庫すべてが、言葉のおかげでたった一人の人間の視野におさまり所有されうるからである。
しかしそれと同時に、大部分の知識が言葉の誤用によって、そしてそうした知識を伝えるための一般的な話し方のせいで、奇妙なまでに紛糾し曖昧になってきたことも認めねばならない。したがって、言葉は知性を欺きがちだから、
私はいかなる観念を考察するにせよ、長年の絶えざる使用によってこの観念と固く結びついてきた名前をできるだけ私の思考から剥ぎとって、ありのままの裸の姿でこの観念を見つめることにしよう。
(バークリー『人知原理論』21)

近年、言葉の誤用から生じる不合理な意見や無意味な論争に非常に敏感になる人たちが増えてきた。そしてこれらの悪弊を矯正するために彼らは、観念を表示する言葉に目を向けず、表示されている観念に注目するようもっともらしく忠告する。しかし、彼らが他人に与えたこの忠告がどれほど適切であっても、
彼ら自身はこれにしかるべき敬意を払えなかったのは明白である。それというのも彼らは、言葉の唯一の直接的な使い道は観念を表示することであり、どの普通名詞も“確定した抽象的な観念”を直接に表示していると考えたからである。
(バークリー『人知原理論』序論23)

自分は個別的観念しかもっていないということを知っている人は、名前に結びつく〔とされる〕抽象的観念を見つけて理解しようと頭をしぼる無駄なことなどしなくなるだろう。名前はつねに観念を代表するわけではないということを知っている人は、見つかりもしない観念を探す徒労をやめにすることだろう。
したがって、考察すべき観念から言葉の衣装と重荷を剥ぎとって、その観念を明晰に見てとるよう最大限の努力を傾けるのが望ましい。言葉こそ、判断を曇らせ注意を散漫にする主因だからである。天界に視野を広げても、大地の内部を覗き込んでも無駄である。
識者の著作に助言を仰いでも、古人の曖昧な足跡をたどっても無駄である。われわれは言葉の覆いを取りはずして、きわめて見事な知識の木を見さえすればいい。この木の素晴らしい果実はわれわれの手の届くところにある。
(バークリー『人知原理論』序論24)

真理のなかには、きわめて身近で明白であるがゆえに、目を開きさえすれば見てとれるものがある。次の重要な真理はそうしたものであろう。つまり、天界の聖歌隊や地上の備品のすべて、約言するなら、世界という巨大な構築物を構成しているすべての物体は精神のそとでは自存できず、
それらが存在するというのは知覚されるあるいは知られるということであり、したがって、それらが私によってじっさいに知覚されないかぎりは、あるいは、私の精神のなかに存在しないかぎりは、もしくは私以外の何らかの被造的存在者の精神のなかに存在しないかぎりは、
それらはそもそもまったく存在しないか、それとも、何らかの永遠の存在者の精神のなかで存続するにちがいない。こうした物体のどれかひとつの部分が精神から独立に存在すると考えることは、まったく理解不可能で、抽象にまつわるすべての不合理を抱え込むからである。
(バークリー『人知原理論』6)

大きいや小さい、速いや遅いは、精神の外のどこにも存在しないと認められている。それというのも、これらは全く相対的だから、つまり、感覚器官の構造や位置が変化するのに応じて変わるからだ。従って、精神のもとに存在する延長は大きくも小さくもないし、精神の外に存在する運動は速くも遅くもない、
すなわちそれらは全く何ものでもない。しかしあなたがたは、それらは延長一般、運動一般なのだと言う。こうしてわれわれは、延長した運動する実体が精神の外に存在するという主張がどれほどあの抽象的観念という奇妙な学説に依存しているのかを見てとることになる。
(バークリー『人知原理論』11)

外的物体が存在すると我々が全力を挙げて考えている間じゅう、我々は我々自身の観念のことを思い巡らせているだけなのだ。しかし、精神が自分自身を注視しないときには思い違いをして、物体は考えられずに存在する、あるいは精神の外に存在すると考えることができると思ってしまうし、実際
そう考えていると思い込む。しかし、精神がそのように考えているときは、それと同時にそれらの物体は精神自身によって把握されている、あるいは精神自身の中に存在している。ほんの僅かでも注意してみれば、ここで言われていることが明白であることは誰にも分かるだろう
(バークリー『人知原理論』23)

感覚可能な対象がそれ自体で絶対的に存在する、すなわち精神の外に存在するという言い方で意味されていることを理解できるかどうかを知るためには、我々自身の頭の中をほんの僅かでも調べてみればいい。これらの言葉は明らかに、全くの矛盾を指すか、さもなければ何も意味していないかのどちらかだ。
そして他の人たちにこのことを確信させるためには、彼らが落ち着いて彼ら自身の思考に注意してみるよう請うよりも手っ取り早く適正な手段はないと思う。そして、もしこの注意によってこうした表現の空虚さや矛盾が明らかになるなら、彼らを説得するためにこれ以上のことは全く不要である。したがって、
私が力説したいのはまさにこの点、つまり、思考しない事物の絶対的存在というのは意味のない言葉であるか、さもなければ矛盾を含む言葉であるということである。これこそ私が繰り返し説き続け、注意深く考える読者に心から推奨していることなのである。
(バークリー『人知原理論』24)

われわれがその存在を否定する唯一のものは、哲学者たちが物質とか物体的実体と呼ぶものだけである。そして、このように否定するからといって、哲学者たち以外の人びとが損害をこうむるわけではない。そうした人びとは、あえて言わせてもらえば、物質などなくてもいっこうに困らないからである。
じっさい〔損害をこうむるのは無神論者と哲学者だけであって〕、無神論者は自分の不敬虔を支えるために〔物質という〕空虚な名前を口実にできなくなるだろうし、哲学者たちもおそらく、無駄口や論争のための大きな手がかりを失ったことに気づくだろう。
(バークリー『人知原理論』35)

言葉が何の意味もないままに使われるとき、あなたがたは好きなようにそうした言葉を組み合わせていいし、そうすることで矛盾に陥る危険を冒すわけでもない。たとえば、「二の二倍は七に等しい」と言ってもかまわない。
ただし、こう言ってかまわないのは、あなたがたがこの命題に含まれているそれらの言葉をその普通の意味において用いるのではなく、自分たちですら何であるか分からないものを表わす印とみなしていると公言するかぎりでのことであって、これと同じ前提においてであれば、
あなたがたは「偶有性のない不活発で思考しない実体が存在し、これがわれわれの観念の機会になっている」と言ってもかまわない。そしてわれわれは、この後者の命題に納得できるのであれば、前者の命題にもまったく同じくらい納得できることになろう。
(バークリー『人知原理論』79)

我々の知識がはなはだ曖昧で混乱したものになり、極めて危険な誤謬に誘い込まれたのは、感官の対象は二様に存在すると想定されたからである。つまり、一方は“理解可能な存在”すなわち精神の中に存在するということであり、他方は精神の外に“ほんとうに存在する”ということである。
この想定によれば、思考しない事物はそれ自身の自然的自存を、つまり心によって知覚されるということから区別される自存をもつと考えられている。もし私の間違いでなければ、極めて無根拠で不合理な考えであると指摘されてきたこの想定こそが、まさに“懐疑主義”の根源である。それというのも人々は、
ほんとうに存在する事物が精神の外に自存していて、これについての知識が“事物に的中する”のは、それが“ほんとうに存在する事物”に一致しうる限りでのことだ、と考えてしまったものだから、自分がそもそも事物に的中した知識をもつとは確信できなかったからである。
(バークリー『人知原理論』86)

思考しない事物は知覚されることから区別されてほんとうに存在すると考えてしまうと、我々は〈ほんとうに存在する思考しないもの〉の本性を明白に知りえないだけでなく、それが存在することすら知ることができなくなる。だからこそ、我々が見てとるように、哲学者たちは自分たちの感官を信用せず、
天と地の存在を、自分たちが見たり触ったりするものすべての存在を、はては自分たち自身の身体の存在さえも疑ってしまう。そして、彼らはさんざん苦労して考えたあげく、感覚可能な事物の存在について何ら自明な知識にも論証的知識にも到達できないと認めざるをえなくなる。
しかし、もし我々が言葉を有意味に使用し、何であるか分からないものを表示する「絶対的」「外的」「存在する」等という術語に惑わされないようにするなら、精神をこれほどに迷わせ混乱させ、哲学を世間の物笑いの種にしているこうした疑惑はすべて消え去ってしまう。
(バークリー『人知原理論』88)

時間、場所そして運動は、個別的につまり具体的に受けとられるなら、誰もが知っているものである。しかし、形而上学者たちの手に渡ってしまうと、あまりに抽象的で精妙になってしまうものだから、常識をそなえた人びとには理解できなくなってしまう。
あなたがたの召使にしかじかの時間にしかじかの場所であなたがたに会うよう言いつけてみたまえ。すると彼は、これらの言葉で何が意味されているのか、立ちすくんで考え込むことなどないだろう。この個別的な時間や場所、彼がそこへ行くための運動のことを考えるにあたって、彼は何の困難も覚えない。
しかし、もしも時間が、一日を多様に分割する個別的な行為や観念のすべてを排除して、抽象的に存在の連続つまり持続としてのみ受けとられるなら、おそらく哲学者ですらこれを理解するのに当惑するだろう。
(バークリー『人知原理論』97)

我々の能力を見くびり、人類を無知で下等なものに見せるために彼ら〔懐疑主義者〕が繰り出し備蓄している議論はもっぱら、我々は事物の真のほんとうの本性に関して克服しがたい無知の状態にあるという主張から引き出されている。この主張を彼らは誇張し、これについて延々と述べたがる。
彼らに言わせれば、我々は惨めにも感官によって欺かれ、事物の外面や外見に惑わされているだけである。どれほど卑しい対象であっても、それらすべての実在的本質、内的性質そして内的構造は、我々の視界から隠されている。つまり、一滴の水のどれにも、一粒の砂のどれにも、人間的知性の力では
見抜くことも把握することもできない何かがある。しかし、これまで指摘してきたところから明らかなように、この不平不満には全く何の根拠もないし、我々は誤った原理に災いされて感官を信用しなくなり、完全に把握している事物について何も知らないと思い込んでいる。
(バークリー『人知原理論』101)

数に関する抽象的真理や法則とみなされているものが対象にしているのは、実は数えられうる個別的な事物だけである。
数詞や数字はもともと、人々が数える必要のあったあらゆる個別的な事物の記号であることによって、つまりその個物を適切に代理できるという理由によってのみ考察されるようになった。
ここからも分かるように、それ自身を目的にして記号を研究するのが愚かで不毛であるのは、言語の真の用法を無視して、つまりもともとの意図や有用性を無視して、言葉にかんする場違いな批評、あるいはたんに言葉の上だけの推論や論争に時間を費やすのと同断である。
(バークリー『人知原理論』122)

とりわけ精神的な事物に関わる学問を複雑で曖昧なものにするのに、抽象的観念の学説が少なからず与かってきた。このことを付記しておくのは的外れではあるまい。人々は精神の力や作用の抽象的概念を形成できると想像してきた、つまりそうした力や作用をそれぞれの対象や結果から隔離されたものとして、
さらには精神や心そのものからも隔離されたものとして考えることができると思い込んできた。こうして、抽象的概念を表わすと思われてきた大量の暗愚で曖昧な術語が形而上学と道徳に持ち込まれ、これらの術語から識者たちの間で数えきれない混乱と論争が繁茂してきた。
(バークリー『人知原理論』143)

ここから明らかように、神はわれわれから区別される他の精神あるいは心と同じくらい確実かつ即座に知られる。それどころか、神の存在は人間たちの存在よりもはるかに明白に知覚されるとさえ言っていい。なぜなら、自然の結果は人間的作用者に帰される結果よりも無限に多くかつ重要だからである。
人間を示唆するどの印も、あるいは人間によって生みだされるどの結果も、自然の創造者たる精神の存在をもっと強力に明示する。
(バークリー『人知原理論』147)

「もし君が神を信じていることに気がついたら、君は神を信じたことでしょう。しかし君はまだ自分が神を信じていることに気がついていないのだから、君は神を信じていないのです」スタヴローギンはにやりと笑った。
(ドストエフスキー『悪霊』)

いささかでも熟慮できる人にとっては、神の存在以上に明白なものがないのは明らかである。神とは、たえずわれわれのもとに運ばれてくる多種多様な観念あるいは感覚をわれわれの精神の中に生みだすことよってわれわれの精神に親密に現前する精神、そしてわれわれが絶対的かつ全面的に依存している精神、
つまりは、われわれがその中で生き、動きそして存在している精神だからである。われわれの精神にこれほど身近でこれほど明らかなこの偉大な真理がきわめて少数の人たちの理性によってしか見いだされないというのは、人間たちの愚かさと不注意の悲しい事例である。
(バークリー『人知原理論』149)

我々はどうしたわけか、神がきわめて親しく我々に心を寄せていると信じるのを嫌がる。「神は我々ひとりひとりから遠く離れておいでになるのではない(使徒行伝 17:27)」にも関わらず、我々は神が遠くに離れていると思い、彼の代わりに盲目の思考しない代理を据えたがる。
(バークリー『人知原理論』150)

したがって我々は、以下の重要なことがらを真剣に考慮し堅持して、いかなるためらいもなしに確信できるようにすべきである──すなわち、
「主の目はどこにでもあって、悪人と善人とを見張っている。神は我々とともにいまし、我々が行くすべての場所で我々を守り、……食べるパンと着る衣服を賜う」、神は我々のもっとも内奥の思考に現前し、それを知っている、そして、我々はきわめて絶対的かつ直接に神に依存している──
これらの偉大な真理を明白に見てとるなら、我々の心は畏敬すべき深慮と聖なるおののきによって満たされざるをえず、この深慮とおののきこそ徳へのもっとも強力な誘因であり、悪徳にたいする最良の防壁である。
(バークリー『人知原理論』155)

Wジェイムズ

何はともあれ、結局、私たちは宇宙にまったく依存しているのである。ある種の犠牲と諦めは熟慮の上で決意されるものであるのに、それがあたかも私たちの唯一の永遠なる安息の状態であるかのように、私たちはそこへ引き入れられ、駆りたてられるのである。ところが、まだ宗教にまで達しないそのような
精神状態にあっては、諦めは必然的運命の重荷を背負うものとして甘受され、犠牲もせいぜい不平をこぼさずに堪え忍ばれているにすぎない。これに反して、宗教的生活においては、諦めと犠牲は積極的に信奉される。幸福が増すようにと、その必要のないものまでがいろいろと諦められてゆく。
かくして、宗教は、どのみち必要なものを、容易にし、よろこんで行なわせるのである。そして、もし宗教がこの結果を成就しうる唯一の原動力であるとすれば、宗教が人間の能力としてきわめて重要なものであることは、論議をまたずして証明されたことになる。
(Wジェイムズ『宗教的経験の諸相』)

「神のほかにはなにものも存在しない。私は神によって創造され、絶対に神に依存している。私が用いることができるように、精神が私に与えられている。
そして、私がその精神を肉体の正しい活動の考慮に向かわせれば向かわせるだけ、それだけ私は、私の無知、恐怖、過去の経験への隷属から解き放たれるのであろう。」
(Wジェイムズ『宗教的経験の諸相』)

知性のすぐれたカトリック信者にとっては、教会が奨励する古臭い信条や儀式の多くは、プロテスタントたちにとってと同じく、子供っぽいものである。しかしそれらの信条や儀式は「子供らしい」という好ましい意味で子供っぽいのであって──無邪気で、愛らしく、
愛すべき民衆の知性がまだ十分に発達していない状態であることを考慮すれば、むしろ微笑ましいものである。ところがプロテスタントにとっては、反対に、そういう信条や儀式はばかばかしい嘘いつわりであるという意味で子供っぽいのである。
(Wジェイムズ『宗教的経験の諸相』)

宗教の命をつないでいるものは、抽象的な定義や論理的につなぎ合わされた形容詞の体系などとは違ったものであり、神学の諸分科やその教授たちとは別のものである。すべてこれらのものは、多くの具体的な宗教的経験の余波であり、派生的な添加物であって、
心貧しい個人個人の生活のなかで永久によみがえってくる感情や行動と結びついただけのものである。
『神』という言葉の意味するものは、諸君自身の生活におけるそのような受動的また能動的な経験にほかならない。
(Wジェイムズ「哲学的概念と実際的効果」)

個人の宗教は自己中心的であるかもしれないし、そのような宗教の関わる私的な実在はいかにも狭いものであるかもしれない。しかしそういう宗教のほうが、私的なものは一切考慮しないことを誇りにする科学などよりも、常に無限に内容が充実しており、具体的である。
(Wジェイムズ『宗教的経験の諸相』)

競技者というものは、……あるとき突然に競技の妙味を理解して、その競技を本当に楽しめるようになることがある。ちょうど、回心者が宗教の真価を突然に感得するにいたるのと同じである。競技者がスポーツをつづけてやっていれば──なにか大きな勝負に夢中になっているとき──突然ゲームが彼を通して
ひとりでに行われるようになる日がいつかは来るであろう。それと同じように、音楽家も、音楽の技術を楽しむ心が全くなくなる瞬間に突然に達し、そして霊感のある瞬間に、自分が楽器になりきり、その彼を通して音楽が自然に流れ出るようになることがあろう。
(Wジェイムズ『宗教的経験の諸相』)

神秘的経験の最も単純な階梯は、ある格言や文章の深い意味が、何かのはずみにいっそう深い意味を帯びて突然ひらめく、という場合であるのが普通である。「そのことを私は年がら年中、耳にしてきたのに、今の今までその十分な意味を実感したことがなかった」と。
(Wジェイムズ『宗教的経験の諸相』)

フロイト

そもそも人々が愛の対象を選ぶとき、多くの場合、その対象は自分には到達できない自我理想の代役をしていることが多い。たとえばファンのスターに対する熱狂もその一つである。つまり、その対象が愛されるのは、本来は自分が得たいと求めている完全さ、すばらしさを相手に見出すためである。
この過大評価とほれこみがさらに進むと、直接の性的な満足などは棚上げされて、もっと献身的なものになる。それは、若者の熱狂的な愛にしばしば見られる。この場合、自我はますます無欲で、つつましくなり、対象はますます立派に、高貴なものになる。
(小此木啓吾『フロイト思想のキーワード』)

大人になってからの自分の日々の営みをあの子どものころの遊びと同じものに見立てるときがある。そのとき、彼は人生のあまりにも重い圧迫をかなぐり捨て、ユーモアという高級な快楽を手に入れる。
(フロイト)

男の成熟、それは子供の頃に遊びのうちで示した真剣さを取り戻したということだ。
(ニーチェ『善悪の彼岸』94)

ほれこみという現象について、最初からフロイトの注意をひいたのは、新しい対象への過大評価、文豪スタンダールの言う愛の結晶作用という現象であった。つまりそれは、愛の対象に対して批判力を失って、その対象のすべてを、
愛していない人物に比べて、あるいはその対象を愛していなかった時期に比べて、より高く評価するという心理である。
この場合、判断を誤らせるのは「理想化」である。「そのとき、愛の対象をまるで自分と同じように扱う自己愛が大量に対象に注がれる」。
(小此木啓吾『フロイト思想のキーワード』)

心的な産物〈空想〉も一種の現実性(リアリティ)を持っている。患者がこのような空想を生み出したこと、それは、あくまでも一つの事実である。そしてこの事実には、神経症にとっては、患者がこれらの空想の内容を実際に体験した場合とほとんど同じ意味がある。
この空想は、〈物的な〉リアリティではなく、〈心的な〉リアリティを持っているが、神経症の世界では、心的リアリティこそ決定的なものである。
(フロイト『精神分析入門』)

この戦争で味わった我々の悩みや悲痛な幻滅は、そもそも我々が抱いていた誤った幻想=知性に対する理想化にとらわれていたための幻滅である。何も急に世界の市民たちが堕落したわけではない。彼らは、もともと我々が信じ込んでいたほど立派ではなかったのだから。
(フロイト『戦争と死に関する時評』)

今、先の大戦の悲惨さを強調することが流行っている。私はそれほど恐ろしいとは思わなかった。私たちが見る目さえあれば、今日でも同じように恐ろしいことが起こっている。
(ドゥルーリー ウィトゲンシュタインとの会話 1938年)

現在知り得ることを越え出ない分別、その限界を越え出て思考の全能を夢みる越権への戒め、いかなる既成の価値観に対しても確固たる自己を保つ目ざめた批判精神……。このような消極的な批判的態度にたえられない人々は自由に幻想を持ち、その為に身をかけるがよい。
……イデオロギーや世界観に対する人間の要求は感情的なものであり、幻想つまり(本能的)願望興奮とみなしてさしつかえない。
(フロイト)

何かを熟考している人はある種の批判力を行使している。その批判力によって、その人は自分のほうに立ち上ってくる思いつきを、知覚はしたものの一部は排除し、また他の一部は中途で絶ち切るということをやってのけている。そのようにして彼はその思いつきが開いたかもしれない思路を辿らずに済ませ、
また別の想念に対しては、彼はそれがそもそも意識されないように、すなわちおのれの知覚に来る前に抑え込まれてしまうように振る舞ったりもできるのである。それに対して、自己観察者が執っている労はと言えば、逆にこうした批判力を抑え込むことだけである。
(フロイト『夢解釈』)

パスカル

雑。
ある論述のなかで言葉の繰り返しがあるのを見つけ、それを訂正しようとすれば、それがあまりに適切であるためにかえってその論述をそこなうおそれがある場合には、それをそのままにしておかなければいけない。これこそそうすべきだという合図なのだ。
訂正しようという気持のほうは、目が見えないいちずな欲望であって、その繰り返しがその箇所ではまちがいではないということを知らないのである。なぜなら、そこには一般的基準などというものはないからである。
(パスカル『パンセ』48)

服従。
疑わなければならないところで疑い、断定しなければならないところで断定し、従わなければならないところで従わなければならない。そのようにしない者は、理性の力を理解していないのである。これらの三つの原理に反するものがあって、証明が何であるかをよく知らないために、
すべてのことを証明できるものとして断定したり、どこで従わなければならないかを知らないために、すべてのことを疑ったり、どこで判断しなければならないかを知らないために、すべてのことについて従ったりする。
(パスカル『パンセ』268)

信仰は神よりの賜物である。われわれがそれを推理の賜物であると言っているなどとは思わないでほしい。他の諸宗教は、彼らの信仰についてそうは言わない。それらの宗教は、信仰に達するためにただ推理しか提供していないが、それなのに、推理は信仰に導いてくれないのである。
(パスカル『パンセ』279)

私〔ドゥルーリー〕はウィトゲンシュタインに、『哲学的神学』という本を読んでいることを告げた。
W:そのようなタイトルは卑猥に聞こえる
D:テナントは、バトラーの格言「確率は人生の指針である」が好きなんです
W:聖アウグスティヌスが神の存在を「高確率」だと言ったことを想像できるだろうか!?

世の中で最も不合理なことが、人間がどうかしているために、最も合理的なこととなる。一国を治めるために、王妃の長男を選ぶというほど合理性に乏しいものがあろうか。人は、船の舵をとるために、船客のなかでいちばん家柄のいい者を選んだりはしない。そんな法律は、笑うべきであり、不正であろう。
ところが、人間は笑うべきであり、不正であり、しかも常にそうであろうから、その法律が合理的となり、公正となるのである。なぜなら、いったいだれを選ぼうというのか。最も有徳で、最も有能な者をであろうか。そうすれば、各人が、自分こそその最も有徳で有能な者だと主張して、たちまち戦いになる。
だから、もっと疑う余地のないものにその資格を結びつけよう。彼は王の長男だ。それははっきりしていて、争う余地がない。理性もそれ以上よくはできない。なぜなら、内乱こそ最大の災いであるからである。
(パスカル『パンセ』320-2)

デカルト

汚物の中にはまってしまったら、できることはたった一つしかない、前に向かって歩くことだ。 苦労のあまり倒れて死んだとしても、嘆きながらくたばるよりましだ。
霊よ、我を見捨て給うな! すなわち、わが精神のか弱き霊的炎よ、消えることなかれ!
(ウィトゲンシュタイン 哲学宗教日記 1931.11.7)

わたしの二つ目の原則は、できるだけ自分の行動について断固として決意をもって臨み、怪しげな意見であっても、いったんそれを採用したならば、それがもっとも確実な見解だった場合と同じようにふるまうということだった。森の中で道に迷った旅人は、あちこちふらふらしたりすべきではなく、
まして一ヶ所にじっとしているべきではなく、同じ方向に向かってできるだけまっすぐに進み続けて、ちょっとやそっとでは方向を変えたりしないことだ。なぜならこうすれば、希望の地点に辿りつくことはないにしても、どこか森のど真ん中よりはましなところに出るはずだからだ。
(デカルト『方法序説』)

私の根拠の連結と聯関とを理解することに意を用いないで、多くの人々にとって慣わしであるように、ただ個々の語句に拘泥して、お喋りをすることに熱心な人々についていえば、彼等はこの書物を読むことから大きな利益を収めないであろう。
(デカルト『省察』読者への序言)

賢明な人は、本を読むにあたって、言語にかんする文法的注記よりもむしろ意味をしっかりと考えてそれを利用するだろう。これと同様に、自然の書物を熟読するにあたって、個別的な現象のおのおのを一般的規則に引き戻し、
その現象がこうした規則からいかにして生じるのかを示すのにもっぱら気を遣うというのは、精神の品位に悖るように思われる。
(バークリー『人知原理論』109)

ルソー

あらゆる部分的な社会は、その範囲が狭く、固く団結している場合、大きな社会から離れていく。愛国者はみな外国人に対して苛酷である。外国人はたんなる人間にすぎない。愛国者から見れば、彼らは何者でもない(だから共和国の間の戦争は君主国の間の戦争よりも残酷である。しかし、王たちの戦争は
激しくないとしても、恐ろしいのは彼らの平和である。だから、彼らの臣下になるよりはむしろ敵になったほうがいい)。これはさけがたい不都合だが、たいしたことではない。肝心なことは一緒に暮らしている人々に親切にすることだ。スパルタ人は、外に対しては野心家で、けちんぼで、不正な人間だった。
しかし、彼らの都市の中では、公平無私、一致協力の精神が支配していた。書物の中で遺大な義務を説きながら、身のまわりにいる人に対する義務を怠るような世界主義者を警戒するがいい。そういう哲学者は、ダッタン人を愛して、隣人を愛する義務を免れようとしているのだ。
(ルソー『エミール』第1編)

学院(コレージュ)と呼ばれる笑うべき施設を私は公共教育の機関とはみなさない。世間の教育も考慮にいれない。世間の教育は二つの相反する目的を追求して、どちらの目的も達することができない。それは、いつも他人のことを考えているように見せかけながら、自分以外のことは決して考えない二重の人間を
つくるほかに能がない。ところが、そういう見せかけは、すべての人に共通のものだから、誰もだませない。すべてはむだな心づかいということになる。
この矛盾から、たえず私たちが心のなかに感じている矛盾が生まれる。自然と人間とによって相反する道にひきずられ、その相異なる衝動にひきさかれて、
私たちはどちらの目標にもつれていかない中途半端な道をたどる。そうして一生の間、こづきまわされ、ふらふらしている私たちは、一貫した意志をもつことができず、自分にとっても他人にとってもなんの役にもたたなかった人間として、人生を終えることになる。
(ルソー『エミール』第1編)

人は子供の身を守ることばかり考えるのでは十分でない。大人になったとき、自分の身を守ることを、運命の打撃に耐え、富も貧困も意にかいせず、必要とあればアイスランドの氷の中でもマルタ島のやけつく岩の上でも生活することを学ばせなければならない。あなたがたは子供が死ぬことにならないようにと
用心するが、子供はいずれ死ぬ。そしてそういう用心をするのはまずいやり方だ。死をふせぐことよりも、生きさせることが必要なのだ。生きること、それは呼吸することではない。活動することだ。私たちの器官、感官、能力を、私たちに存在感をあたえる体のあらゆる部分をもちいることだ。
もっとも長生きした人とは、もっとも多くの歳月を生きた人ではなく、もっともよく人生を体験した人だ。百歳で葬られる人が、生まれてすぐ死んだのと同じようなこともある。そんな人は、若いうちに墓場に行ったほうがましだった。せめてその時まで生きることができたならば。
(ルソー『エミール』第1編)

子供と議論すること、これはロックの重要な格率だった。これは今日では非常に流行しているが、私には、人といろいろ議論をしてきた子供くらい愚かしい者はないようにみえる。人間のあらゆる能力の中で、あらゆる能力を複合したものに他ならない理性は、最も困難な道を通って最も遅く発達するものだが、
人はそれを用いて他の能力を発達させようとしている。優れた教育の傑作は理性的な人間をつくりあげることだが、人は理性によって子供を教育しようとしている。
人は子供がごく幼い時から、彼らの理解しない言葉を語ることによって何事も言葉ですませる習慣をつけさせ、人が言うことをすべて検討させ、
自分を先生と同じように賢い人間と考えさせ、議論ずきな反抗児になるようにしつけている。そして、合理的な動機によって子供にもとめようとしていることはすベて、そこに必ず結びつけなければならない羨望の念、恐怖心、あるいは虚栄心という動機によってしか得られない。
(ルソー『エミール』第2編)

生徒には絶対に何も命令してはいけない。どんなことでも絶対にいけない。あなたがたは彼に対して何らかの権威をもつと思っていることを子供に考えさせてもいけない。生徒にはただ、彼が弱い者であること、そしてあなたがたが強い者であることをわからせるがいい。彼の状態とあなたがたの状態とによって
彼が必然的にあなたがたに依存していることをわからせるがいい。それを知らせ、それを教え、それをわからせるがいい。彼の頭上には、自然が人間にくわえる厳しい束縛が、必然の重い軛が課せられていること、あらゆる有限な存在はそれに頭をたれなければならないことを、はやくから悟らせるがいい。
その必然を事物のうちに見出させるがいい。決して人間の気まぐれのうちに見させてはならない。彼をおしとどめるブレーキは力であって、権威であってはならない。してはならないことを禁じてはいけない。なんの説明もしないで、議論もしないで、それをするのを妨げるがいい。
(ルソー『エミール』第2編)

あなたがた自身の過ちを他人のせいにするのはやめるがいい。子供が目にする悪いことは、あなたがたが教える悪いことほど子供を堕落させることはない。たえず説教したり、道学者めいたことを言ったり、学者ぶったりしていると、よいことだと思って子供にあたえる一つの観念に対して、同時に二十もの別の
よくない観念をあたえることになる。あなたがたの頭の中にあることばかり考えていて、子供の頭に生みだされる結果がわからないことになる。たえず子供たちを悩ましているあなたがたの長ったらしいおしゃべりの中に、子供がまちがえてつかんでいる言葉は一つもないとあなたがたは考えているのだろうか。
子供は自分の流儀であなたがたのらちもない説明を解釈しているのではないか、そこから自分の能力にふさわしい体系をつくる材料をみつけだし、それでなにかの機会にあなたがたに反対することになるのではないか、というようなことをあなたがたは考えているのだろうか。
(ルソー『エミール』第2編)

子どもにとってなにもあらわしていない記号の表をかれらの頭につめこんでもなんの役にたとう。事物を学ぶときにかれらは記号も学ぶのではないか。なぜ二度学ばせるようなむだ骨折りをさせるのか。
しかも人は、子どもにとってなんの意味もないことばを、それが学問であるかのように考えさせることによって、はかりしれない有害な偏見をかれらの頭に植えつけようとしているのではないか。子どもがことばだけで満足することになると、自分ではそれが役にたつかどうかも知らずに、
他人のことばを信用して事物を学ぶことになると、たちまち子どもの判断力は失われる。その子は長いあいだばか者どもの目にすばらしい光彩を放つことになるだろうが、その後にいたってようやく、そうした損失のつぐないをすることになる。
(ルソー『エミール』第2編)

人間が行う最初の自然の動きは、周囲にあるすべてのものと自分を較べてみること、彼が認める一つ一つのものについて自分に関係のありそうなあらゆる感覚的な性質を試してみることだから、彼が最初に研究することは自己保存に関連した一種の実験物理学なのだ。ところが人間はこの世における自分の地位を
知るまえに、その研究から遠ざけられ、理論的な研究をさせられる。繊細で柔軟な器官を、それがはたらきかけるべき物体に適合させることができるとき、まだ純粋な感覚が幻想からまぬがれているとき、そのときにこそ、その固有の機能をはたすことができるようにそれらを訓練しなければならないのだ。
そのときにこそ、事物が私たちにたいしてもっている感覚的な関係を知ることを学ばなければならないのだ。人間の悟性に入ってくるすべてのものは、感覚を通って入ってくるのだから、人間の最初の理性は感覚的な理性だ。それが知的な理性の基礎になっているのだ。私たちがついて学ぶ最初の哲学の先生は、
私たちの足、私たちの手、私たちの目なのだ。そういうもののかわりに書物をもってくるのは、私たちに推論を教えることにはならない。それは他人の理性をもちいることを教える。たくさんのことを信じさせるが、いつまでたっても、なに一つ知ることを教えない。
(ルソー『エミール』第2編)

この初期の教育の大きな不都合は、それが聡明な人にしかわからないということ、これほど苦労して育てた子供も凡俗な人の目には腕白小僧としか映らないということだ。教師というものは弟子の利害よりも自分の利害を考えている。彼は時間を無駄にしてはいないこと、与えられる金を正当に儲けていることを
証明しようと努力する。彼はすぐに並べたてることができる知識を、いつでも人にひけらかすことができる知識を弟子に与える。それが役に立つかはどうでもいい。容易に人の目に見えさえすればいいのだ。彼はやたらに見境なく多くのくだらないことを生徒の記憶につめこむ。子供を試験してみる段になると、
そういうしろものをにひろげさせる。子供はそれを並べてみせると、人は満足する。それから子供は荷物をしまって、むこうへいく。私の生徒はそんな物持ちではない。彼にはひろげてみせる荷物はない。自分自身のほかには人に示してみせるものを何一つもたない。
(ルソー『エミール』第2編)

私の教育の精神は子どもにたくさんのことを教えることではなく、正確で明瞭な観念のほかには何一つ彼の頭脳に入りこませないことにある、ということをいつも忘れないでいただきたい。たとえ彼が何一つ知らなくても、私はかまわない。ただ彼が間違ったことを覚えるようなことさえしなければそれでいい。
そして私が彼の頭のなかに真理をおいてやるのは、ただ、真理のかわりに覚えこむかもしれない誤謬から彼をまもってやるためなのだ。理性、判断力はゆっくりと歩いてくるが、偏見は群れをなして走ってくる。そういう偏見から彼をまもってやる必要があるのだ。ところが、学問そのものを目的とするならば、
あなたがたは底しれぬ、果てしない海、暗礁だらけの海に入っていくことになり、そこから抜けだすことができなくなる。知識への愛に捉えられ、その魅力に心を誘われて、あれもこれも追っかけ回してとどまることを知らない人を見るとき、私は、海辺で貝殻を拾い集め、まずそれでポケットをいっぱいにし、
ついで、また見つけた貝殻に気持ちをそそられ、投げ捨ててはまた拾い、しまいには、あんまりたくさんあるのでやりきれなくなり、どれをとっておいたらいいかわからなくなって、とうとうみんな捨てて、手ぶらで家へ帰って行く、そんな子供を見ているような気がする。
(ルソー『エミール』第3編)

彼のほうから質問してきたら、好奇心を十分にみたしてやるのではなく、それをはぐくむのに必要な程度の返事をしたらいい。ことに、何か知ろうとして質問するのではなく、いきあたりばったりにくだらない質問をしてあなたがたを困らせようとしていることがわかったら、返事するのをすぐにやめることだ。
その場合には、彼はもう事物には関心をもたないで、ただ自分の質問に答えさせようとしているにすぎないことはたしかだ。彼が発する言葉よりもむしろ彼に話をさせる動機に気をつけなければならない。こういう注意は、子供が議論をするようになるとこのうえない重要性をもつ。
(ルソー『エミール』第3編)

私達の周りには知ることのできない神秘がある。この神秘は感覚の領域を超えたところにある。それを突き破るため私達は知性を持っていると信じているが、私達が持っているのは想像力だけだ。人は皆その想像の世界を通って正しいと思われる道を切り開いていく。自分の道が目的地に行く道であるかどうかは
誰にもわからない。しかも私達は、あらゆることを理解し、あらゆることを知りたいと思う。私達はただ一つのことを知らない、何を私達は知りえないのか知らない。私達は、誰一人として存在するものを知ることはできないと認めるより、行きあたりばったりに存在しないものを信じることを好む。私達には
限界がわからない一つの大きな全体、この全体をつくった者はそれについて私達にばからしい議論をさせておくのだが、その一部分である私達は、生意気にも、この全体はそれ自体どういうものであるかを決定し、それに対して私達はどういうものであるかを決定しようとしている。
(ルソー『エミール』第4編)

こうした考察からわたしがひきだした最初の結果は、わたしの探究を直接わたしに利害のあることに限ること、そのほかのことについてはいつも深い無知の状態に安んじていること、そして、たとえ疑わしいことがあっても、わたしに知る必要のあること以外何も気にしないこと、こういうことを学んだことだ。
さらにわたしは、哲学者たちはわたしを無益な疑いから解放してくれるどころではなく、わたしを苦しめていた疑いを深めるばかりで、それを一つも解決してはくれないことを知った。そこでわたしは、ほかの指導者をもとめることにして、こう考えた。内面の光りに教えを乞うことにしよう。
それは哲学者たちが迷わせるほどにはわたしを迷わせはしないだろう。迷わせたとしても、とにかく、わたしの誤りはわたし自身の誤りということになるし、わたし自身の幻想を追っていったほうが哲学者たちにひきずりまわされているよりは堕落することも少ないだろう。
(ルソー『エミール』第4編)

私は哲学を論じるつもりはない。ただ、自分の心に聞いてみることであなたを助けてあげたいのだ。私が間違っていることを全ての哲学者が証明するとしても、私が正しいことをあなたが感じるならそれでいい。
ただ、私達の獲得した観念と、生まれながらに持っている感情とをあなたに区別させることだけが
必要なのだ。私達は知る前に感じているのだ。そして私達は幸福を欲したり不幸を避けたりすることを学ぶのではなく、そういう意志を自然から受けているのだが、同じように、よいことに対する愛、悪いことに対する憎しみは、自分に対する愛と同じように、生まれながらに私達にあるのだ。
良心のあらわれは判断ではなく、感情だ。私達の観念はすべて外界からくるのだが、その観念を評価する感情は私達自身のうちにあるのであって、この感情によってのみ私達は、私達と、求めるか避けるかしなければならない事物との間に存在する調和あるいは不調和を知るのだ。
(ルソー『エミール』第4編)

わたしはまた、聖書の崇高さはわたしを感嘆させ、福音の尊さはわたしの心に訴える、と言っておこう。大げさなことをならべたてた哲学者たちの書物を見るがいい。福音書にくらべてみるとき、それはなんとけちくさいものになることだろう。あんなに崇高で、しかもあんなに素朴な書物が人間の手で書かれた
というようなことがありえようか。福音書がつたえている物語の主人公がたんなる人間にすぎないというようなことがありえようか。ここに感じられるのは一人の熱狂的人間、あるいは野心的宗教家だろうか。その人の行ないのなんというやさしみ、なんという清らかさ。その教えのなんという感動的な美しさ。
その格率のなんという高さ。そのことばに感じられる深い知恵。その答えにみられる才気、繊細さ、正確さ。自分の情念にたいするなんという大きな支配力! 弱さも、見栄も示すことなく、行動し、悩み、死んでいくことを知っている人はどこにいるのか。
(ルソー『エミール』第4編)

しかしイエスは、かれひとりが教え、手本を示したあの高く清らか倫理を同国人の誰から学んだのか。このうえなく激しい狂信のなかからこのうえなく広い知恵の声が聞こえてきたのだ。そして、もっとも英雄的な素朴な徳が、あらゆる国民のなかでもっともいやしい国民の名誉になったのだ。友人たちと静かに
哲学を論じながら死んでいったソクラテスの死は、このうえなく望ましい、なごやかな死だ。苦しみのうちに、国民ぜんたいからそしられ、あざけられ、呪われて息たえたイエスの死は、このうえなく恐ろしい死だ。毒杯をうけとるソクラテスは、杯をかれのまえにさしだして涙を流している者を祝福する、
むごい処刑をうけつつも、イエスは憎悪に燃えた処刑人のために祈る。そうだ、ソクラテスの生涯とその死は賢者の生涯と死だが、イエスの生涯と死は神の生と死だ。福音書に書いてある物語は勝手気ままに創作されたというべきだろうか。友よ、創作とはああいうものではない。
(ルソー『エミール』第4編)

学識を誤って用いると不信仰を生みだす。学者というものは一般人の考え方を軽蔑する。それぞれ独自の考えを持とうとする。盲目的な信心は狂信に導くが、傲慢な哲学は反宗教に導く。こういう極端をさけることだ。真理への道、あなたの心を素直にして考えるときそう思われる道にいつも踏み留まるがいい。
虚栄心や弱さのためにそこから遠ざかるようなことがあってはなるまい。哲学者たちのところでは大胆に神をみとめ、不寛容な人々にむかっては大胆に人間愛を説くのだ。おそらくあなたの味方になる者は一人もいまい。しかしあなたは、人々の証言を求めなくても済むようにしてくれる証言をあなた自身の内に
持つことになる。人々があなたを愛してくれようと憎もうと、あなたの書いたものを読もうと軽蔑しようと、それはどうでもいいことだ。ほんとうのことを言い、よいことをするのだ。人間にとって大切なことはこの地上における自分の義務をはたすことだ。
(ルソー『エミール』第4編)

説教を無益にしていることの一つは、誰にでもかまわず説教することだ。様々な素質をもち、精神、気分、年齢、性、身分、意見が違う多数の聴衆に同じ説教が適当だとはどうして考えられよう。全ての人に向かって述べていることがぴったりあてはまる人は二人といないだろう。また私たちの感情はいつまでも
変わらないでいることはほとんどないから、同じ話が同じ印象をあたえる時はそれぞれの人の生涯に二度とないだろう。燃えあがった官能が悟性を失わせ、意志を押さえつけているとき、それは重々しい知恵の教訓に耳を傾けるときかどうか考えてみるがいい。だから、まず理性を聞きわける状態に青年を
おいてからでなければ決して彼らに道理を説いてはならない。話をしても無駄になるのは、弟子が悪いからではなく、先生が悪いからだ。衒学者も教師もほぼ同じことを述べる。ただ、それを、衒学者はあらゆる機会に述べる。教師はその効果が確実と思われるときにだけ述べる。
(ルソー『エミール』第4編)

人間は、いくら骨を折っても、模倣によらなければ美しいものをなにひとつつくりだせない。趣味の正しい手本はすべて自然のうちにある。この巨匠から離れるだけ私たちの絵は歪んだものになる。思いつきと権威によって決まる気まぐれの美は、芸術家、貴族、金持ちの気に入るもの以外のなにものでもない。
そういう人たち自身を導いているのは彼らの利益か虚栄心なのだ。虚栄心の強い人たちは富をみせびらかそうとして、利益をもとめる人たちはその恩恵にあずかろうとして、きそって金をつかい、つかわせる新しい方法をさがしている。そこで大がかりなぜいたくが支配権を確立し、手に入れることの困難な、
高価なものを好ませる。そうなると、いわゆる美しいものは、自然を模写するどころではなく、自然に反することによってのみ美しいとされる。こんなわけで、ぜいたくと悪趣味は必ず結びついているのだ。趣味に金がかかる場合には、それはいつもまちがった趣味なのだ。
(ルソー『エミール』第4編)

ひどく醜い女も嫌悪を感じさせないということなら、わたしはすばらしい美人よりもむしろそのほうをとりたい。すこしたてば夫にとってはどちらもなんでもなくなり、美しさは困りもの、醜さはありがたいものになるからだ。
しかし嫌悪を感じさせる醜さはこのうえなく大きな不幸だ。その感じは、消えうせるどころか、たえず大きくなって、憎悪に変わっていく。そういう結婚は地獄の苦しみだ。そんな結婚をするくらいなら死んだほうがましだ。
(ルソー『エミール』第5編)

女は女として優れており、男と考えれば劣っている。女の権利を利用していれば、いつも女は有利な立場にある。男の権利を奪おうとすれば、女は男よりもかならず低いところにとどまる。人は例外的なことでしかこの一般的な真理を反駁できない。それは女性の味方をする紳士諸君がいつももちだす論法だ。
女性に男性の美点となることを学ばせ、女性に固有のものをなおざりにさせるのは、明らかに女性の不利になるようにすることだ。
私たちの有利な立場を手に入れようとしながら、自分のものを捨てようとはしない、そういうことをしていると、どちらも完全に手に入れることができず、女性は自分の地位より
低いところにとどまって、しかも私たち男性の地位に身をおくこともできず、こうして自分のねうちを半ば失ってしまう。思慮ふかい母親よ、あなたのお嬢さんをりっぱな男にしてはならない。りっぱな女にするのだ。そうすればお嬢さん自身にも男性にもねうちのあるものになる。
(ルソー『エミール』第5編)

私は、男女いずれに対しても、本当に区別されるべき階級は二つしか認めない。一つは考える人々の階級で、もう一つは考えない人々の階級だが、この違いが生じるのはもっぱら教育によるものといっていい。この二つの階級の第一のものに属する男性は、第二の階級に属する女性と縁組みをすべきではない。
妻をもちながら自分一人で考えなければならなくなるとき、人と人との交わりの最大の魅力がその人には欠けていることになるからだ。生きるために働くことで一生すごす人々は、彼らの労働、利害についての観念以外はなんの観念ももっていないし、彼らの精神のすべては彼らの腕の末端にあるようにみえる。
やはり真実なことは、教養のある精神だけが交際を快いものにするということだ。そして家庭にありながらも自分自身のうちに閉じこもっていなければないというのは、家庭で誰にも理解してもらえないというのは、家庭にあることを好む一家の父親にとってまことに悲しいことだ。
(ルソー『エミール』第5編)

ヘーゲル

カントの批判は真理の探究を拒否した。……しかし、もし人が現象や、日常のうちでたんなる表象にたいして生じるものにとどまるならば、それは概念や哲学を棄てることを意味する。
(ヘーゲル『論理学』第3巻第3編)

哲学のはたすべき義務は、[好奇心を満たすことではなく]誤解のために生まれた幻影を取りのぞくことにあるのである。それによって人々から称賛され、愛好されている幻想が崩壊したとしても、それはやむをえないことだろう。
(カント『純粋理性批判』R07)

レーニン

ここでヘーゲルはカントにたいして根本においでまったく正しい。思考が具体的なものから抽象的なものへと上昇するとき、もしその思考が正しいものであれば(そしてカントにしても、すべての哲学者と同じく、正しい思考について語っているのである)真理から遠ざかるのではなく、真理へ近づくのである。
物質という抽象、自然法則という抽象、価値という抽象など、すべて科学的な(正しい、まともな、無意味でない)抽象は、自然をより深く、より正しく、より完全に反映する。生き生きとした直観から抽象的思考へ、そしてこれから実践へ──これが真理の認識の、すなわち、客観実在の認識の、
弁証法的な道すじである。カントは知識をかろんじて信仰に席をあける。ヘーゲルは知識を重んじて、知識は神についての知識であると言う。唯物論者は物質や自然にかんする知識を重んじて、神や神を弁護する哲学者連中を掃きだめへなげこむ。
(レーニン『哲学ノート』)

フォイエルバッハ

ライプニッツは半キリスト教徒である。すなわち、かれは有神論者あるいはキリスト教徒でありかつ自然主義者である。あれは神の慈悲と力を知慧によって、すなわち理性によって制限している。ところでこの理性とは、博物標本室以外のものではなく、自然の連関、世界の全体の表象にすぎないのだから、
かれはその有神論を自然主義によって制限しているのである。つまりかれは、有神論をほりくずすものによって有神論を弁護しているのである……
(フォイエルバッハ『ライプニッツ哲学の叙述、展開、および批判』)

スピノザ

賢者を幸福にするには少しのもので足りるが、何ものも愚者を満足させることはできない。ほとんどの人間がみじめなのは、それゆえである。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

金銭の本当の価値を知る者は、富の限界を必要のうちにおき、わずかなもので満足して生活する。
(スピノザ『エチカ』第4部 付録29)

最上のひとは、すべてをすてても一つをえらぶ。不朽のほまれをとって、死滅すべきものをすてる。しかし大多数の者どもは、さながら家畜の如くに飽食するだけですんでいる。
(ヘラクレイトス 断片 29)

雨が降っている。それで私は、貧しい人々のことを思う。彼らは今、心配事をたくさん抱え、それを隠すたしなみも知らず、身を寄せ合っている。誰しも他人を苦しめては、あさましい種類の快感を味わいたいと無邪気に願っている。──これこそが貧しい人々の貧しさなのだ。
(ニーチェ『愉しい学問』206番)

ヒューム

すべての学は多かれ少なかれ人間本性に関係があり、外見はいかに遠く離れているように見えても、いずれかの経路を通って人間本性へ帰ってくるのは明らかだ。数学・自然学・自然宗教すらある程度まで『人間』学に依存する。
そのわけは、これらの学が人間の認識の下にあって、人間の能力と機能によって真偽を判定されるからである。
(ヒューム『人間本性論』序論)

ヤコービ

ヤコービは、自分とフィヒテとの相違点を次のように述べた。
「私たち二人は、すなわち同じような真剣さと熱意で、あらゆる学においてただひとつのもの……知識の学が完全になるよう望んでいます。ただあなたと私には違いがあります。
あなたが、あらゆる真理の根拠が知識の学の内にあることを示そうとするのに対して、私はこの根拠である真なるものそれ自体が、必然的に学の外にあることを明らかにしようとするのです。なぜなら、私は真理(Wahrheit)と真なるもの(das Wahre)とを区別するからです。
(ヤコービ フィヒテ宛て公開書簡)」

フッサール

現代の真の闘い、ただ一つ意味のある闘いは、すでに崩壊した人間性と、まだ大地に足をつけている人間性、というよりはむしろ、足をつけるべき大地や新しい大地を得ようと苦闘しつつある人間性との闘いである。ヨーロッパ的人間性そのものの本来の精神的闘いは、諸哲学の闘いとして演じられる。
すなわち懐疑的哲学──あるいは哲学という言葉だけは保持しているが、哲学の課題はもたない非哲学──と、まだ生きている真の哲学との闘いである。その〈生きている〉ということは、その哲学がその真正で真実な意味を得ようとし、それによって真正な人間性の意味を得ようと苦闘している点に見られる。
潜在的な理性をそれのもつ可能性の自己理解に到達させようとし、それとともに、形而上学の可能性を真の可能性として洞察させようとすること──これこそが形而上学ないし普遍的哲学を労苦に満ちた歩みによって実現する唯一の道である。
(フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』第6節)

ドゥルーズ

同一性は最初のものではないということ、同一性はなるほど原理として存在するが、ただし二次的な原理として、生成した原理として存在するということ、要するに同一性は《異なるもの》の回りをまわっているということ、
これこそが、差異にそれ本来の概念の可能性を開いてやるコペルニクス的転回の本性なのであって、この転回からすれば、差異は、あらかじめ同一的なものとして定立された概念一般の支配下にとどまっているわけがないのである。
(ドゥルーズ『差異と反復』上、財津理訳、河出文庫、2007年、121-122頁)

マルクス・アウレリウス

外よりおまえの身にふりかかることが、おまえを正道から逸脱させるとでもいうのか。何か善きことを習得しその知識を増すべき閑暇をおまえ自身に生み出し、徒に世俗のなかに右往左往するのをやめよ。
(マルクス・アウレリウス『自省録』2巻7)

おまえが何か自分の外にあるものゆえに苦しむ場合、おまえを悩ますのはその外なるものではなく、それについての判断である。
おまえの心の性向のなかにあるものがおまえを苦しめるなら、おまえの原則を匤すのを妨げる者がいったい誰であるというのか。同様にまた、
これこれの行為が健全とおまえに思われるのにそれを実行せずにいるといって悩むなら、なぜ悩むよりむしろ実行しないのか。
「そうは言っても、自分の力に余るものが阻んでいるのです」──それなら悩まぬことだ。実行されぬ原因はおまえの側にないのだから。
(マルクス・アウレリウス『自省録』8巻47)

おまえがある者の無恥に怒りを覚えるときには、直ちにおまえ自身に尋ねよ、「いったいこの宇宙に無恥な者どもが存在しないことができるか」と。できないことを求めぬことだ。彼もまた、この宇宙に存在せずには済まぬかの無恥なる者どもの一人であるから。
(マルクス・アウレリウス『自省録』9巻42)

アウグスティヌス

わたしは、仲間のものが自分の醜行を誇り、恥ずべきことが少ないのをかえって恥じるのであった。わたしは、行為そのもののみではなく、賞賛をも楽しもうとして、かえってそのような醜行をあえてした。しかし、罪のほかにとがめられるべきものがあろうか。わたしはそしられないために、
かえって罪を重ねた。そしてそれを犯すことによって、堕落した仲間のものにひけをとらなくなるような罪がないときには、じっさいに犯さない罪を犯したと偽った。それはわたしが無垢なだけ軽んじられ、純潔なだけさげすまれないためであった。
(アウグスティヌス『告白』第2巻3章)

神のみことばのうちに、おまえの住家を定め、おまえがみことばから受けたすべてをみことばにゆだねよ、わたしの魂よ、おまえはほんとうに欺瞞に疲れはてている。真理から与えられたすべてのものを真理にゆだねよ。そうすれば、おまえは何も失わないであろう。
(アウグスティヌス『告白』第4巻11章)

何のために、お前たちの苦しい道を、いまもなお辿りつづけるのか。お前らが休息を求めるところに休息はない。お前らが求めるものを求めよ。しかしお前らが求めるところに休息はない。お前らは、死の国に、幸福な生活を求める。幸福な生活はそこにない。
(アウグスティヌス『告白』第4巻12章)

宗教的な思いに関して言えば、私は、平安への渇望は宗教的な思いである、とは考えない。私の考えでは、宗教的な人は、平安や平和を天からの贈り物と見なし、人が捜し求めるべきものとは見なさない。
(ウィトゲンシュタイン ドゥルーリーへの手紙 1938.2)

万物が仕えるあなたによりすがることによって、全世界の富を所有し、何も持たぬようでありながら、万物を所有する信仰に生きる人は、北斗星の軌道をさえ知らなくても、
天空を測り、星を数え、元素の量をはかりながら、しかも万物を度量と数と重さとにおいてとらえられたあなたを省みない者よりも、たしかにまさっているのであって、それを疑う者は愚者のみなのである。
(アウグスティヌス『告白』第5巻4章)

かれらは自己に満足しているために、あなたを大いに不快にする。かれらは善でないものを善であるかのように喜ぶのみではなく、あなたの善をも自分の善であるかのように喜び、
あるいはまたたといあなたの善として喜んでも、それを受けることを自分の功績によるものと考え、あるいはまたたといあなたの恩寵によるものとして喜んでも、それを共有のものと考えずに、他人がそれにあずかることを妬むのである。
(アウグスティヌス『告白』第10巻39章)

しばしば虚栄を蔑むことを、いっそうはなはだしい虚栄をもってすることがある。しかしそのようなときには、虚栄を蔑むことを誇るのではない。虚栄を誇るときには、それを蔑んでいないからである。
(アウグスティヌス『告白』第10巻38章)

私たちは時間について語るとき、それを理解しているのであり、また、他人が時間について語るのを聞くときにもそれを理解している。それでは、時間とは何であるか。誰も私に問わなければ私は知っている。しかし、誰か問うものに説明しようとすると私は知らない。
(アウグスティヌス『告白』第11巻14章)

なぜに「今」はいつも依然として「今」であるのか? という永遠に解答の与えられぬ疑問は、もともと、私たちが、時間というものを私たちの生存から独立しているものと見なし、私たちは時間のなかに投げこまれたものだと考えるところから、生じてきた問いである。
(ショーペンハウアー『自殺について』)

パルメニデス

私は汝に告げよう、汝この言葉を聞いてよく受けいれよ──
探求の道として考えられるものは ただこれらあるのみぞ。
すなわちその一つとは「"ある"」そして「"あらぬ"ことは不可能」という道、これは説得の女神の道である(真理に従うがゆえに)。
他の一つとは「"あらぬ"」そして「"あらぬ"ことが必然という道」、この道はまったくたずねえざる道であることを私は汝に告げる。
なぜならば汝は"あらぬ"ものを知ることもできなければ、語ることもできないから。
なぜならば思惟することと"ある"こととは同じであるから。
(パルメニデス 断片 2,3)

〈ある〉ものが〈ある〉と語りかつ考えねばならぬ。なぜなら それが〈ある〉ことは可能であるが 無が〈ある〉ことは不可能だから。このことをとくと考えるよう 私は汝に命ずる。
探求の道として 私が汝を遠ざけ禁ずるのは まずこの道〔無の道〕、
しかし次には 死すべき人間どもが何ひとつ知ることなしに 頭を二つもちながら さまよい歩く道を汝に禁ずる。すなわち彼ら死すべき者どもの胸の中では 困惑がその迷い心をみちびき、彼らは聾(みみしい)にしてまた盲(めしい)、ただ呆然と もの識り分かちえぬ群衆となって引きまわされる。
彼らは〈ある〉と〈あらぬ〉が〈同じ〉であり かつ同じでないとみなす。
彼らには あらゆるものについて逆向きの道がある。
(パルメニデス 断片 6)

語られるべき道としてなおのこされているのはただひとつ──すなわち〔"ある"ものは〕"ある"ということ。この道には非常に多くのしるしがある。
すなわちいわく "ある"ものは不生にして不滅であること。なぜならば、それは完全にして揺がず また終りなきものであるから。
またそれは"あった"ことなく ある"だろう"こともない。今"ある"のである──一挙にすべて、一つのもの、つながり合うものとして。それのいかなる生まれを 汝は求めるのか? どこからどのようにして生長したというのか? "あらぬ"ものから、と言うことも 考えることも 私は汝に許さぬであろう。
なぜなら"あらぬ"ということは語ることも考えることもできぬゆえ。
かくしてそれは 全く"ある"か 全く"あらぬ"かのどちらかでなければならぬ。それにまた "ある"もののほかに何かが 無から生じて来るなどとは 確証の力がけっしてこれを許さぬであろう。
(パルメニデス 断片 8)

思惟することと、思惟がそのためにあるところのものとは同じである。なぜならば、思惟がそこにおいて表現を得るところのあるものがなければ、汝は思惟することを見出さないであろうから。まことに"ある"もののほかには何ものも現にありもせずこれからあることもないだろう。運命が"ある"ものを縛しめて
それを完全にして不動のものたらしめているから。このゆえに死すべき者どもが真実と信じて定めたすべてのものは名目にすぎぬであろう──生じるということも滅びるということも、"あり"かつ"あらぬ"ということも、場所を変えるということも、明るい色をとりかえるということも。
(パルメニデス 断片 8)

メリッソス

また、いかなる空虚も存在しない。空虚は"あらぬ"ものだから。"あらぬ"ものは"あり"えない。またそれは動かない。なぜなら、それはどこへも退いていくことができず、充実したものだから。空虚があるなら、それは空虚へと退いていくだろう。だが空虚は"あらぬ"ものだから、退いていくところをもたない。
またそれは濃密でも希薄でもありえない。なぜなら、希薄なものは、濃密なものと同じ程度に充実してあることは不可能であり、希薄なものは、すでに、濃密なものよりもいっそう空虚なものとして生じているから。
充実したものと充実していないものを区別する基準は以下のものでなければならない。もし、
何ものかが退いて(場所を)あけたり、受け入れたりするなら、それは充実したものではない。他方、もし退いてあけることも受け入れることもないなら、充実したものである。
もし空虚がないなら、それは充実したものでなければならない。それが充実しているなら、それは動かない。
(メリッソス 断片 7)

ヘラクレイトス

つまり自分で考える人は、まず自説を立てて、あとから権威筋・文献で学ぶわけだが、それは自説を強化し補強するためにすぎない。しかし博覧強記の愛書家は文献から出発し、本から拾い集めた他人の意見を用いて、全体を構成する。
(ショーペンハウアー『自分の頭で考える』4)

博覧強記の愛書家は、この人はこう言った、あの人はこういう意見だ、それに対して他の人がこう反論した、などと比較検討し、批判し、真相をつきとめようとする。たとえば、ライプニッツは一時期スピノザ主義者だったのだろうか、という類の研究をする。
(ショーペンハウアー『自分の頭で考える』7)

ムネサルコスの子ピュタゴラスは、学問にかけては世の何人にもひけをとらない、一番の勉強家だった。そしてその方面の書物を拾い集めて、自己自身の智慧をつくった。それは博学の詐術だ。
(ヘラクレイトス 断片 129)

プラトン

メノン:それで、ソクラテス、あなたはどんなふうに、それが何であるか自分でもまったく知らないような「当のもの」を探究するのでしょうか? というのもあなたは、自分が知らないもののなかで、どんなところに目標をおいて、探究するつもりでしょうか?
あるいはまた、たとえその当のものに、望みどおり、ずばり行き当たったとして、どのようにしてあなたは、これこそ自分がこれまで知らなかった「あの当のもの」であると、知ることができるでしょうか?
ソクラテス:きみが何を言おうとしているのか、わたしにはわかるよ、メノン。例の、もっぱら相手との論争のために使われるような言論を自分が紡ぎ出そうとしていることが、きみにはわかっているのだろうね? つまり、
「人間には、知っていることも知らないことも、探究することはできない。
 知っていることであれば、人は探究しないだろう。その人はそのことを、もう知っているので、このような人には探究など必要ないから。
また、知らないことも人は探究できない。何をこれから探究するかさえ、その人は知らないからである」
メノン:その言論は見事につくられているように、あなたには思えないのですか、ソクラテス?
ソクラテス:そうとも。
(プラトン『メノン』第2章 探究のパラドクスと、「想起」に訴える回答)

たとえて言えば、いまここにある人が、われわれが彫像に色を塗ってているところへやって来て、像の最も美しい部分に最も美しい色の絵具を塗っていないのはけしからんと言って、われわれを非難したとする。つまり、目は最も美しい部分であるのに、深紅色ではなく黒で色づけされているではないか、
というわけだ。その場合われわれは、その人に向かって次のように言えば、適切に弁明したことになると思われる。
『驚いたね君、どうかわれわれが、目をもはや目であるとさえ見えないほど美しく塗らなければならぬなどとは、考えないでくれたまえ。その他の部分にしても同じことだ。
どうか、われわれがそれぞれの部分に適した色を与えて、全体を美しいものに仕上げているかどうかということを、しらべてくれたまえ』とね。
(プラトン『国家』第4巻 420C-D)

実情はといえば、哲学を志して、若いときに教養の仕上げのつもりでそれに触れたうえで足を洗うということをせずに、必要以上に長いあいだ哲学に時を過した人たちは、その大多数が、よしまったくの碌でなしとまでは言わぬとしても、正常な人間からほど遠い者になってしまう。
最も優秀だと思われていた人たちでさえも、あなたが賞揚するこの仕事のおかげで、国家社会に役立たない人間となってしまうことだけはたしかなのだ。
(プラトン『国家』第6巻 487C-D)

「まったく正反対のやり方でなければならない。若者や子供のころには、若い年ごろにふさわしい教養と哲学を手がけるべきだし、身体が成長して大人になりつつあるあいだは、身体のことにとくによく配慮して、哲学に奉仕するだけの基礎をつくらなければならない。
年齢が長じて、魂の発育が完成期に入りはじめたならば、こんどは、そのほうの知的訓練を強化すべきである。そして、やがて体力が衰えて、政治や兵役の義務から解放されたならば、そのときこそはじめて、聖域に草食む羊たちのように自由の身となり、
片手間の慰みごとをのぞいては他の一切を投げうって、哲学に専心しなければならない。そうしてこそ人は幸せに生きることになり、死んでのちはあの世において、自分の生きてきた生のうえに、それにふさわしい運命をつけ加えることになるだろう」
(プラトン『国家』第6巻 498B-C)

しかし、あなたが規定したいと思っておられる区別はよくわかります。つまり、実在し知られるものでは、問答(対話)の知識によって観得されるものは、いわゆる『学術』によって考察されるものよりも、明確であるということですね。
後者にとっては、さまざまの仮設がそのまま始原にほかならないのであって、考察にたずさわる人々は、感覚ではなく思考を用いて対象を考察しなければならないけれども、しかし彼らは始原にまでさかのぼって考究するのではなく、仮設から出発して考察するがゆえに、あなたの見るところでは、
対象についてほんとうの〈知〉をもつに至らないのです──ただしそれらの対象は、ひとたび始原と関係づけられるならば、それとともに知性による把握のもとにおかれるものではあるけれども。そして私には、あなたは幾何やそれに類する学術にたずさわる人々のこうした心のあり方を、
〈悟性的思考〉(間接知)と呼んで、〈知性的思惟〉(直接知)とは区別しておられるように思われます──ちょうど〈思わく〉と〈知性〉との何か中間的なところに、そのような〈思考〉が位置づけられるという見方のもとに」
(プラトン『国家』第6巻 511C-D)

「もし君が、支配者となるべき人たちのために、支配者であることよりももっと善い生活を見つけてやることができるならば、善い政治の行なわれる国家は、君にとって実現可能となる。なぜなら、ただそのような国家においてのみ、真の意味での富者が支配することになろうから。真の意味での富者とは
すなわち、黄金に富む者のことではなくて、幸福な人がもたねばならぬ富──思慮あるすぐれた生──を豊かに所有する者のことだ。
これに反して、自分自身の善きものを欠いている飢えて貧しい人々が、善きものを公の場から引ったくって来なければならぬという下心のもとに公共の仕事に赴くならば、
善い政治の行なわれる国家は実現不可能となる。なぜならその場合、支配の地位が人々の闘争の的となるため、この種の争いが内部から生じて固有の禍いとなり、彼ら自身のみならず、その他の国民同胞をも滅ぼしてしまうからだ」
(プラトン『国家』第7巻 520E-521A)

アリストテレス

仮りに人がある属性を諸々の属性から独立したものとして仮定し、それについて、それがそのようなものとしてある限りにおいて、なんらかの考察をなすとしても、それによって誤謬を犯すことにはならないであろう。それは地上に線を引き、一つの足の長さでないものを一つの足の長さであるという場合にも
誤りでないのと同様である。けだしその前提の中には誤謬は存しないからである。
おのおののものはかくのごとくすることにより、すなわち人が独立してあらざるものを独立してあるものとして仮定する場合、最もよく考察せられ得る。これは例えば算術学者や幾何学者のなす所である。
人間は人間としてある限りにおいては一にして不可分なるものである。しかし算術学者は不可分なる一を仮定し、しかる後不可分なるものとしてある限りにおける人間に或るものの属するかどうかを考察する。
(アリストテレス『形而上学』第13巻3章)

旧約聖書

あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。
(出エジプト記 20:3-5)

あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。
あなたは殺してはならない。
あなたは姦淫してはならない。
あなたは盗んではならない。
あなたは隣人について、偽証してはならない。
あなたは隣人の家をむさぼってはならない。
隣人の妻、しもべ、はしため、牛、ろば、またすべて隣人のものをむさぼってはならない」。
(出エジプト記 20:12-17)

あなたは隣人を虐げてはならない。奪い取ってはならない。雇い人の労賃の支払いを翌朝まで延ばしてはならない。耳の聞こえぬ者を悪く言ったり、目の見えぬ者の前に障害物を置いてはならない。あなたの神を畏れなさい。わたしは主である。
あなたたちは不正な裁判をしてはならない。あなたは弱い者を偏ってかばったり、力ある者におもねってはならない。同胞を正しく裁きなさい。民の間で中傷をしたり、隣人の生命にかかわる偽証をしてはならない。わたしは主である。
心の中で兄弟を憎んではならない。同胞を率直に戒めなさい。そうすれば彼の罪を負うことはない。復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。
(レビ記 19:13-18)

モーセは、民がどの家族もそれぞれの天幕の入り口で泣き言を言っているのを聞いた。主が激しく憤られたので、モーセは苦しんだ。モーセは主に言った。「あなたは、なぜ、僕を苦しめられるのですか。なぜわたしはあなたの恵みを得ることなく、この民すべてを重荷として負わされねばならないのですか。
わたしがこの民すべてをはらみ、わたしが彼らを生んだのでしょうか。あなたはわたしに、乳母が乳飲み子を抱くように彼らを胸に抱き、あなたが先祖に誓われた土地に連れて行けと言われます。この民すべてに食べさせる肉をどこで見つければよいのでしょうか。彼らはわたしに泣き言を言い、
肉を食べさせよと言うのです。わたし一人では、とてもこの民すべてを負うことはできません。わたしには重すぎます。どうしてもこのようになさりたいなら、どうかむしろ、殺してください。あなたの恵みを得ているのであれば、どうかわたしを苦しみに遭わせないでください。」
(民数記 11:10-15)

イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない。きょう、わたしがあなたに命じるこれらの言葉をあなたの心に留め、努めてこれをあなたの子らに教え、
あなたが家に座している時も、道を歩く時も、寝る時も、起きる時も、これについて語らなければならない。またあなたはこれをあなたの手につけてしるしとし、あなたの目の間に置いて覚えとし、またあなたの家の入口の柱と、あなたの門とに書きしるさなければならない。
(申命記 6:4-9)

サタンは主に答えて言った、「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。あなたは彼とその家およびすべての所有物のまわりにくまなく、まがきを設けられたではありませんか。あなたは彼の勤労を祝福されたので、その家畜は地にふえたのです。
しかし今あなたの手を伸べて、彼のすべての所有物を撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」。
(ヨブ記 1:9-11)

サタンは主の前から出て行って、ヨブを撃ち、その足の裏から頭の頂まで、いやな腫物をもって彼を悩ました。ヨブは陶器の破片を取り、それで自分の身をかき、灰の中にすわった。時にその妻は彼に言った、「あなたはなおも堅く保って、自分を全うするのですか。神をのろって死になさい」。
しかしヨブは彼女に言った、「あなたの語ることは愚かな女の語るのと同じだ。われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」。すべてこの事においてヨブはそのくちびるをもって罪を犯さなかった。
(ヨブ記 2:7-10)

神は苦しむ者をその苦しみによって救い、彼らの耳を逆境によって開かれる。神はまたあなたを悩みから、束縛のない広い所に誘い出された。そしてあなたの食卓に置かれた物はすべて肥えた物であった。
しかしあなたは悪人のうくべきさばきをおのれに満たし、さばきと公義はあなたを捕えている。あなたは怒りに誘われて、あざけりに陥らぬように心せよ。あがないしろの大いなるがために、おのれを誤るな。
(ヨブ記 36:15-18)

あなたのみ手は私を造り、
私を形造りました。
私に知恵を与えて、
あなたの戒めを学ばせてください。
あなたを恐れる者は私を見て喜ぶでしょう。
私はみ言葉によって望みをいだいたからです。
主よ、私はあなたのさばきの正しく、
また、あなたが真実をもって
私を苦しめられたことを知っています。
あなたがしもべに告げられた約束にしたがって、
あなたのいつくしみをわが慰めとしてください。
あなたのあわれみを私に臨ませ、
私を生かしてください。あなたのおきてはわが喜びだからです。
高ぶる者に恥をこうむらせてください。
彼らは偽りをもって、私をくつがえしたからです。
しかし私はあなたのさとしを深く思います。
あなたをおそれる者と、
あなたのあかしを知る者とを
私に帰らせてください。私の心を全くして、
あなたの定めを守らせてください。
そうすれば私は恥をこうむることがありません。
(詩篇 119:73-80)

主は言われる、「イスラエルよ、もし、あなたが帰るならば、わたしのもとに帰らなければならない。もし、あなたが憎むべき者をわたしの前から取り除いて、ためらうことなく、また真実と正義と正直とをもって、『主は生きておられる』と誓うならば、万国の民は彼によって祝福を受け、彼によって誇る」。
主はユダの人々とエルサレムに住む人々にこう言われる、「あなたがたの新田を耕せ、いばらの中に種をまくな。ユダの人々とエルサレムに住む人々よ、あなたがたは自ら割礼を行って、主に属するものとなり、自分の心の前の皮を取り去れ。
さもないと、あなたがたの悪しき行いのためにわたしの怒りが火のように発して燃え、これを消す者はない」。
(エレミヤ書 4:1-4)

主はこう言われる、「異邦の人の道に習ってはならない。また異邦の人が天に現れるしるしを恐れても、あなたがたはそれを恐れてはならない。異邦の民のならわしはむなしいからだ。彼らの崇拝するものは、林から切りだした木で、木工の手で、斧をもって造ったものだ。人々は銀や金をもってそれを飾り、
くぎと鎚をもって動かないようにそれをとめる。その偶像は、きゅうり畑のかかしのようで、ものを言うことができない。歩くこともできないから、人に運んでもらわなければならない。それを恐れるに及ばない。それは災をくだすことができず、また幸をくだす力もないからだ」。
(エレミヤ書 10:2-5)

それゆえ、人の子よ、イスラエルの家に言え、あなたがたはこう言った、『われわれのとがと、罪はわれわれの上にある。われわれはその中にあって衰えはてる。どうして生きることができようか』と。
あなたは彼らに言え、主なる神は言われる、わたしは生きている。わたしは悪人の死を喜ばない。むしろ悪人が、その道を離れて生きるのを喜ぶ。あなたがたは心を翻せ、心を翻してその悪しき道を離れよ。イスラエルの家よ、あなたはどうして死んでよかろうか。
(エゼキエル書 33:10-11)

人の子よ、あなたの民の人々に言え、義人の義は、彼が罪を犯す時には、彼を救わない。悪人の悪は、彼がその悪を離れる時、その悪のために倒れることはない。義人は彼が罪を犯す時、その義のために生きることはできない。
わたしが義人に、彼は必ず生きると言っても、もし彼が自分の義をたのんで、罪を犯すなら、彼のすべての義は覚えられない。彼はみずから犯した罪のために死ぬ。また、わたしが悪人に『あなたは必ず死ぬ』と言っても、もし彼がその罪を離れ、公道と正義とを行うならば、
すなわちその悪人が質物を返し、奪った物をもどし、命の定めに歩み、悪を行わないならば、彼は必ず生きる。決して死なない。彼の犯したすべての罪は彼に対して覚えられない。彼は公道と正義とを行ったのであるから、必ず生きる。
(エゼキエル書 33:12-16)

新約聖書

あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。また、あかりをつけて、
それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。
(マタイ福音書 5:13-16)

わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである。よく言っておく。天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされる。それだから、これらの最も小さいいましめの一つでも破り、またそうするように人に
教えたりする者は、天国で最も小さい者と呼ばれるであろう。しかし、これをおこないまたそう教える者は、天国で大いなる者と呼ばれるであろう。わたしは言っておく。あなたがたの義が律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、決して天国に、はいることはできない。
(マタイ福音書 5:17-20)

だから、祭壇に供え物をささげようとする場合、兄弟が自分に対して何かうらみをいだいていることを、そこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に残しておき、まず行ってその兄弟と和解し、それから帰ってきて、供え物をささげることにしなさい。あなたを訴える者と一緒に道を行く時には、
その途中で早く仲直りをしなさい。そうしないと、その訴える者はあなたを裁判官にわたし、裁判官は下役にわたし、そして、あなたは獄に入れられるであろう。よくあなたに言っておく。最後の一コドラントを支払ってしまうまでは、決してそこから出てくることはできない。
(マタイ福音書 5:23-26)

『姦淫するな』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。
もしあなたの右の目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。
五体の一部を失っても、全身が地獄に投げ入れられない方が、あなたにとって益である。
もしあなたの右の手が罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に落ち込まない方が、あなたにとって益である。
(マタイ福音書 5:27-30)

また昔の人々に『いつわり誓うな、誓ったことは、すべて主に対して果せ』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
しかし、わたしはあなたがたに言う。いっさい誓ってはならない。天をさして誓うな。そこは神の御座であるから。
また地をさして誓うな。そこは神の足台であるから。またエルサレムをさして誓うな。それは『大王の都』であるから。また、自分の頭をさして誓うな。あなたは髪の毛一すじさえ、白くも黒くもすることができない。
あなたがたの言葉は、ただ、しかり、しかり、否、否、であるべきだ。それ以上に出ることは、悪から来るのである。
(マタイ福音書 5:33-37)

『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。あなたを訴えて、下着を取ろうとする者には、上着をも与えなさい。
もし、だれかが、あなたをしいて一マイル行かせようとするなら、その人と共に二マイル行きなさい。求める者には与え、借りようとする者を断るな。
(マタイ福音書 5:38-42)

『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためである。
天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。あなたがたが自分を愛する者を愛したからとて、なんの報いがあろうか。そのようなことは取税人でもするではないか。
兄弟だけにあいさつをしたからとて、なんのすぐれた事をしているだろうか。そのようなことは異邦人でもしているではないか。
それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。
(マタイ福音書 5:43-48)

だから、施しをする時には、偽善者たちが人にほめられるため会堂や町の中でするように、自分の前でラッパを吹きならすな。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな。それは、あなたのする施しが隠れているためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。
(マタイ福音書 6:2-4)

また祈る時には、偽善者たちのようにするな。彼らは人に見せようとして、会堂や大通りのつじに立って祈ることを好む。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。
(マタイ福音書 6:5-6)

また、祈る場合、異邦人のように、くどくどと祈るな。彼らは言葉かずが多ければ、聞きいれられるものと思っている。
だから、彼らのまねをするな。あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである。
(マタイ福音書 6:7-8)

だから、あなたがたはこう祈りなさい、
天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください。
わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、わたしたちの負債をもおゆるしください。わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。
もしも、あなたがたが、人々のあやまちをゆるすならば、あなたがたの天の父も、あなたがたをゆるして下さるであろう。
(マタイ福音書 6:9-14)

また断食をする時には、偽善者がするように、陰気な顔つきをするな。彼らは断食をしていることを人に見せようとして、自分の顔を見苦しくするのである。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
あなたがたは断食をする時には、自分の頭に油を塗り、顔を洗いなさい。
それは断食をしていることが人に知れないで、隠れた所においでになるあなたの父に知られるためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いて下さるであろう。
(マタイ福音書 6:16-18)

それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。
それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
(マタイ福音書 6:25-27)

空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。
(マタイ福音書 6:26-31)

だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。
まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。
(マタイ福音書 6:31-34)

人をさばくな。自分がさばかれないためである。あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。
(マタイ福音書 7:1-5)

哲学者は、キリストのように、「裁くなかれ!」と言うべきである。そして哲学的頭脳と他の頭脳との間の窮極的な相違は、前者は"公正であらん"ことを欲し、後者は"審判者たらん"ことを欲するという点に存在することになろう。
(ニーチェ『人間的、あまりに人間的2』第1部33)

聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
(マタイ福音書 7:6-7)

狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。
命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。
(マタイ福音書 7:13-14)

にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない。良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれる。このように、あなたがたはその実によって彼らを見わけるのである。
(マタイ福音書 7:15-20)

わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。
また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』。
(マタイ福音書 7:21-23)

百卒長は答えて言った、「主よ、わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、わたしにはございません。ただ、お言葉を下さい。そうすれば僕はなおります。わたしも権威の下にある者ですが、わたしの下にも兵卒がいまして、ひとりの者に『行け』と言えば行き、ほかの者に『こい』と言えばきますし、
また、僕に『これをせよ』と言えば、してくれるのです」。イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた人々に言われた、「よく聞きなさい。イスラエル人の中にも、これほどの信仰を見たことがない。なお、あなたがたに言うが、多くの人が東から西からきて、天国で、
アブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席につくが、この国の子らは外のやみに追い出され、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう」。それからイエスは百卒長に「行け、あなたの信じたとおりになるように」と言われた。すると、ちょうどその時に、僕はいやされた。
(マタイ福音書 8:8-13)

そのとき、ヨハネの弟子たちがイエスのところにきて言った、「わたしたちとパリサイ人たちとが断食をしているのに、あなたの弟子たちは、なぜ断食をしないのですか」。するとイエスは言われた、「婚礼の客は、花婿が一緒にいる間は、悲しんでおられようか。
しかし、花婿が奪い去られる日が来る。その時には断食をするであろう。だれも、真新しい布ぎれで、古い着物につぎを当てはしない。そのつぎきれは着物を引き破り、そして、破れがもっとひどくなるから。だれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。
もしそんなことをしたら、その皮袋は張り裂け、酒は流れ出るし、皮袋もむだになる。だから、新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである。そうすれば両方とも長もちがするであろう」。
(マタイ福音書 9:14-17)

わたしがあなたがたをつかわすのは、羊を狼の中に送るようなものである。だから、へびのように賢く、はとのように素直であれ。人々に注意しなさい。彼らはあなたがたを衆議所に引き渡し、会堂でむち打つであろう。またあなたがたは、わたしのために長官たちや王たちの前に引き出されるであろう。
それは、彼らと異邦人とに対してあかしをするためである。彼らがあなたがたを引き渡したとき、何をどう言おうかと心配しないがよい。言うべきことは、その時に授けられるからである。語る者は、あなたがたではなく、あなたがたの中にあって語る父の霊である。
(マタイ福音書 10:16-20)

わたしが暗やみであなたがたに話すことを、明るみで言え。耳にささやかれたことを、屋根の上で言いひろめよ。また、からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい。
二羽のすずめは一アサリオンで売られているではないか。しかもあなたがたの父の許しがなければ、その一羽も地に落ちることはない。またあなたがたの頭の毛までも、みな数えられている。それだから、恐れることはない。あなたがたは多くのすずめよりも、まさった者である。
(マタイ福音書 10:27-31)

地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。そして家の者が、その人の敵となるであろう。わたしよりも父または母を愛する者は、
わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない。自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう。
(マタイ福音書 10:34-39)

疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。
(マタイ福音書 11:28-30)

賢者にとって人生は、愚者に困難に感じられるときには容易に、愚者に容易と思えるときには困難に感じられる。
(ゲーテ『箴言と省察』経験と人生)

木が良ければ、その実も良いとし、木が悪ければ、その実も悪いとせよ。木はその実でわかるからである。まむしの子らよ。あなたがたは悪い者であるのに、どうして良いことを語ることができようか。おおよそ、心からあふれることを、口が語るものである。善人はよい倉から良い物を取り出し、
悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。あなたがたに言うが、審判の日には、人はその語る無益な言葉に対して、言い開きをしなければならないであろう。あなたは、自分の言葉によって正しいとされ、また自分の言葉によって罪ありとされるからである。
(マタイ福音書 12:33-37)

イエスがまだ群衆に話しておられるとき、その母と兄弟たちとが、イエスに話そうと思って外に立っていた。それで、ある人がイエスに言った、「ごらんなさい。あなたの母上と兄弟がたが、あなたに話そうと思って、外に立っておられます」。イエスは知らせてくれた者に答えて言われた、「わたしの母とは、
だれのことか。わたしの兄弟とは、だれのことか」。そして、弟子たちの方に手をさし伸べて言われた、「ごらんなさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。天にいますわたしの父のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである」。
(マタイ福音書 12:46-50)

それから、弟子たちがイエスに近寄ってきて言った、「なぜ、彼らに譬でお話しになるのですか」。そこでイエスは答えて言われた、「あなたがたには、天国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていない。
おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。だから、彼らには譬で語るのである。それは彼らが、見ても見ず、聞いても聞かず、また悟らないからである。こうしてイザヤの言った預言が、彼らの上に成就したのである。
『あなたがたは聞くには聞くが、決して悟らない。見るには見るが、決して認めない。この民の心は鈍くなり、その耳は聞えにくく、その目は閉じている。それは、彼らが目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、悔い改めていやされることがないためである』。
(マタイ福音書 13:10-15)

それからイエスは群衆を呼び寄せて言われた、「聞いて悟るがよい。口にはいるものは人を汚すことはない。かえって、口から出るものが人を汚すのである」。そのとき、弟子たちが近寄ってきてイエスに言った、「パリサイ人たちが御言を聞いてつまずいたことを、ご存じですか」。
イエスは答えて言われた、「わたしの天の父がお植えにならなかったものは、みな抜き取られるであろう。彼らをそのままにしておけ。彼らは盲人を手引きする盲人である。もし盲人が盲人を手引きするなら、ふたりとも穴に落ち込むであろう」。
(マタイ福音書 15:10-14)

イエスは言われた、「あなたがたも、まだわからないのか。口にはいってくるものは、みな腹の中にはいり、そして、外に出て行くことを知らないのか。しかし、口から出て行くものは、心の中から出てくるのであって、それが人を汚すのである。
というのは、悪い思い、すなわち、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、誹りは、心の中から出てくるのであって、これらのものが人を汚すのである。しかし、洗わない手で食事することは、人を汚すのではない」。
(マタイ福音書 15:16-20)

そこへ、その地方出のカナンの女が出てきて「主よ、ダビデの子よ、わたしをあわれんでください。娘が悪霊にとりつかれて苦しんでいます」と言って叫びつづけた。しかしイエスはひと言もお答えにならなかった。そこで弟子たちが言った、「この女を追い払ってください。叫びながらついてきていますから」
するとイエスは答えて言われた、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外の者には、つかわされていない」。しかし、女は近寄りイエスを拝して言った、「主よ、わたしをお助けください」。イエスは答えて言われた、「子供たちのパンを取って小犬に投げてやるのは、よろしくない」。
すると女は言った、「主よ、お言葉どおりです。でも、小犬もその主人の食卓から落ちるパンくずは、いただきます」。そこでイエスは答えて言われた、「女よ、あなたの信仰は見あげたものである。あなたの願いどおりになるように」。その時に、娘はいやされた。
(マタイ福音書 15:22-28)

この時から、イエス・キリストは、自分が必ずエルサレムに行き、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえるべきことを、弟子たちに示しはじめられた。すると、ペテロはイエスをわきへ引き寄せて、いさめはじめ、「主よ、とんでもないことです。そんなことが
あるはずはございません」と言った。イエスは振り向いてペテロに言われた、「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者だ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」それからイエスは弟子たちに言われた、「誰でもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、
わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。
(マタイ福音書 16:21-26)

彼らはイエスに言った、「それでは、なぜモーセは、妻を出す場合には離縁状を渡せ、と定めたのですか」。イエスが言われた、「モーセはあなたがたの心が、かたくななので、妻を出すことを許したのだが、初めからそうではなかった。そこでわたしはあなたがたに言う。不品行のゆえでなくて、
自分の妻を出して他の女をめとる者は、姦淫を行うのである」。弟子たちは言った、「もし妻に対する夫の立場がそうだとすれば、結婚しない方がましです」。するとイエスは彼らに言われた、「その言葉を受けいれることができるのはすべての人ではなく、ただそれを授けられている人々だけである。
というのは、母の胎内から独身者に生れついているものがあり、また他から独身者にされたものもあり、また天国のために、みずから進んで独身者となったものもある。この言葉を受けられる者は、受けいれるがよい」。
(マタイ福音書 19:7-12)

すると、ひとりの人がイエスに近寄ってきて言った、「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」。イエスは言われた、「なぜよい事についてわたしに尋ねるのか。よいかたはただひとりだけである。もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」。彼は言った、
「どのいましめですか」。イエスは言われた、「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。父と母とを敬え』。また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」。この青年はイエスに言った、「それはみな守ってきました。ほかに何が足りないのでしょう」。イエスは彼に言われた、
「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。この言葉を聞いて、青年は悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。
(マタイ福音書 19:16-22)

ファリサイ派の人々は出て行って、どのようにしてイエスの言葉じりをとらえて、罠にかけようかと相談した。そしてその弟子たちをヘロデ派の人々と一緒にイエスのところに遣わして尋ねさせた。「先生、わたしたちは、あなたが真実な方で、真理に基づいて神の道を教え、誰をもはばからない方であることを
知っています。人々を分け隔てなさらないからです。ところで、お教えください。皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。」イエスは彼らの悪意に気づいて言われた。「偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか。税金に納めるお金を見せなさい。」彼らが
デナリオン銀貨を持って来ると、イエスは、「これは、だれの肖像と銘か」と言われた。彼らは、「皇帝のものです」と言った。すると、イエスは言われた。「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」彼らはこれを聞いて驚き、イエスをその場に残して立ち去った。
(マタイ福音書 22:15-22)

律法学者とパリサイ人とは、モーセの座にすわっている。だから、彼らがあなたがたに言うことは、みな守って実行しなさい。しかし、彼らのすることには、ならうな。彼らは言うだけで実行しないから。また、重い荷物をくくって人々の肩にのせるが、それを動かすために自分では指一本も貸そうとはしない。
そのすることは、すべて人に見せるためである。すなわち、彼らは経札を幅広くつくり、その衣のふさを大きくし、また、宴会の上座、会堂の上席を好み、広場であいさつされることや、人々から先生と呼ばれることを好んでいる。しかし、あなたがたは先生と呼ばれてはならない。あなたがたの先生は、
ただひとりであって、あなたがたはみな兄弟なのだから。また、地上のだれをも、父と呼んではならない。あなたがたの父はただひとり、すなわち、天にいます父である。また、あなたがたは教師と呼ばれてはならない。あなたがたの教師はただひとり、すなわち、キリストである。
(マタイ福音書 23:2-10)

偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは、天国を閉ざして人々をはいらせない。自分もはいらないし、はいろうとする人をはいらせもしない。偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは、やもめたちの家を食い倒し、
見えのために長い祈をする。だから、もっと厳しいさばきを受けるに違いない。偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたはひとりの改宗者をつくるために、海と陸とを巡り歩く。そしてつくったなら、彼を自分より倍もひどい地獄の子にする。
(マタイ福音書 23:13-15)

また、あなたがたは言う、『祭壇をさして誓うなら、そのままでよいが、その上の供え物をさして誓うなら、果す責任がある』と。盲目な人たちよ。供え物と供え物を神聖にする祭壇とどちらが大事なのか。
祭壇をさして誓う者は、祭壇と、その上にあるすべての物とをさして誓うのである。神殿をさして誓う者は、神殿とその中に住んでおられるかたとをさして誓うのである。また、天をさして誓う者は、神の御座とその上にすわっておられるかたとをさして誓うのである。
(マタイ福音書 23:18-22)

偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。杯と皿との外側はきよめるが、内側は貪欲と放縦とで満ちている。盲目なパリサイ人よ。まず、杯の内側をきよめるがよい。そうすれば、外側も清くなるであろう。
偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは白く塗った墓に似ている。外側は美しく見えるが、内側は死人の骨や、あらゆる不潔なものでいっぱいである。このようにあなたがたも、外側は人に正しく見えるが、内側は偽善と不法とでいっぱいである。
あなたがたは預言者の墓を建て、義人の碑を飾り立てて、こう言っている、『もしわたしたちが先祖の時代に生きていたなら、預言者の血を流すことに加わってはいなかっただろう』と。このようにして、あなたがたは預言者を殺した者の子孫であることを、自分で証明している。
(マタイ福音書 23:25-31)

一タラントを渡された者も進み出て言った、『ご主人様、わたしはあなたが、まかない所から刈り、散らさない所から集める酷な人であることを承知していました。そこで恐ろしさのあまり、行って、あなたのタラントを地の中に隠しておきました。ごらんください。ここにあなたのお金がございます』。
すると、主人は彼に答えて言った、『悪い怠惰な僕よ、あなたはわたしが、まかない所から刈り、散らさない所から集めることを知っているのか。それなら、わたしの金を銀行に預けておくべきであった。そうしたら、わたしは帰ってきて、利子と一緒にわたしの金を返してもらえたであろうに。
さあ、そのタラントをこの者から取りあげて、十タラントを持っている者にやりなさい。おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。
(マタイ福音書 25:24-29)

そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに着せ、
病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。そのとき、正しい者たちは答えて言うであろう、『主よ、いつ、わたしたちは、あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ、かわいているのを見て飲ませましたか。いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せましたか。
また、いつあなたが病気をし、獄にいるのを見て、あなたの所に参りましたか』。すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』。
(マタイ福音書 25:34-40)

イエスは彼らと一緒に、ゲツセマネという所へ行かれた。そして弟子たちに言われた、「私が向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい」。そしてペテロとゼベダイの子二人を連れて行かれたが、悲しみを催しまた悩み始められた。そのとき、彼らに言われた、「私は悲しみのあまり死ぬほどである。
ここに待っていて、私と一緒に目をさましていなさい」。そして少し進んで行き、うつぶせになり、祈って言われた、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯を私から過ぎ去らせてください。しかし、私の思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。
(マタイ福音書 26:36-39)

パリサイ派の律法学者たちは、イエスが罪人や取税人たちと食事を共にしておられるのを見て、弟子たちに言った、「なぜ、彼は取税人や罪人などと食事を共にするのか」。
イエスはこれを聞いて言われた、「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。
(マルコ福音書 2:16-17)

ある安息日に、イエスは麦畑の中をとおって行かれた。そのとき弟子たちが、歩きながら穂をつみはじめた。すると、パリサイ人たちがイエスに言った、「いったい、彼らはなぜ、安息日にしてはならぬことをするのですか」。
そこで彼らに言われた、「あなたがたは、ダビデとその供の者たちとが食物がなくて飢えたとき、ダビデが何をしたか、まだ読んだことがないのか。すなわち、大祭司アビアタルの時、神の家にはいって、祭司たちのほか食べてはならぬ供えのパンを、自分も食べ、また供の者たちにも与えたではないか」。
また彼らに言われた、「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない。それだから、人の子は、安息日にもまた主なのである」。
(マルコ福音書 2:23-28)

また言われた、「神の国は、ある人が地に種をまくようなものである。夜昼、寝起きしている間に、種は芽を出して育って行くが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。
地はおのずから実を結ばせるもので、初めに芽、つぎに穂、つぎに穂の中に豊かな実ができる。実がいると、すぐにかまを入れる。刈入れ時がきたからである」。また言われた、「神の国を何に比べようか。また、どんな譬で言いあらわそうか。
それは一粒のからし種のようなものである。地にまかれる時には、地上のどんな種よりも小さいが、まかれると、成長してどんな野菜よりも大きくなり、大きな枝を張り、その陰に空の鳥が宿るほどになる」 イエスはこのような多くの譬で、人々の聞く力にしたがって御言を語られた。
(マルコ福音書 4:26-33)

もともと、パリサイ人をはじめユダヤ人はみな、昔の人の言伝えをかたく守って、念入りに手を洗ってからでないと、食事をしない。また市場から帰ったときには、身を清めてからでないと食事をせず、なおそのほかにも、杯、鉢、銅器を洗うことなど、昔から受けついでかたく守っている事がたくさんあった。
そこで、パリサイ人と律法学者たちとは、イエスに尋ねた、「なぜ、あなたの弟子たちは、昔の人の言伝えに従って歩まないで、不浄な手でパンを食べるのですか」。イエスは言われた、「イザヤは、あなたがた偽善者について、こう書いているが、それは適切な預言である、
『この民は、口さきではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。人間のいましめを教として教え、無意味にわたしを拝んでいる』。あなたがたは、神のいましめをさしおいて、人間の言伝えを固執している」。
(マルコ福音書 7:3-8)

弟子たちはパンを持って来るのを忘れていたので、舟の中にはパン一つしか持ち合わせがなかった。そのとき、イエスは彼らを戒めて、「パリサイ人のパン種とヘロデのパン種とを、よくよく警戒せよ」と言われた。弟子たちは、これは自分たちがパンを持っていないためであろうと、互に論じ合った。
イエスはそれと知って、彼らに言われた、「なぜ、パンがないからだと論じ合っているのか。まだわからないのか、悟らないのか。あなたがたの心は鈍くなっているのか。目があっても見えないのか。耳があっても聞えないのか。まだ思い出さないのか。五つのパンをさいて五千人に分けたとき、
拾い集めたパンくずは、幾つのかごになったか」。弟子たちは答えた、「十二かごです」。「七つのパンを四千人に分けたときには、パンくずを幾つのかごに拾い集めたか」。「七かごです」と答えた。そこでイエスは彼らに言われた、「まだ悟らないのか」。
(マルコ福音書 8:14-21)

それから彼らはカペナウムにきた。そして家におられるとき、イエスは弟子たちに尋ねられた、「あなたがたは途中で何を論じていたのか」。彼らは黙っていた。それは途中で、だれが一ばん偉いかと、互に論じ合っていたからである。
そこで、イエスはすわって十二弟子を呼び、そして言われた、「だれでも一ばん先になろうと思うならば、一ばんあとになり、みんなに仕える者とならねばならない」。そして、ひとりの幼な子をとりあげて、彼らのまん中に立たせ、それを抱いて言われた。
「だれでも、このような幼な子のひとりを、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。そして、わたしを受けいれる者は、わたしを受けいれるのではなく、わたしをおつかわしになったかたを受けいれるのである」。
(マルコ福音書 9:33-37)

イエスは更に言われた、「子たちよ、神の国にはいるのは、なんと難しいことだろう。富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。すると彼らはますます驚いて、互に言った、「それでは、だれが救われることができるのだろう」。イエスは彼らを見つめて言われた、
「人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである」。ペテロがイエスに言い出した、「ごらんなさい、わたしたちはいっさいを捨てて、あなたに従って参りました」。イエスは言われた、「よく聞いておくがよい。だれでもわたしのために、また福音のために、
家、兄弟、姉妹、母、父、子、もしくは畑を捨てた者は、必ずその百倍を受ける。すなわち、今この時代では家、兄弟、姉妹、母、子および畑を迫害と共に受け、また、きたるべき世では永遠の生命を受ける。しかし、多くの先の者はあとになり、あとの者は先になるであろう」。
(マルコ福音書 10:24-31)

テマイの子、バルテマイという盲人のこじきが、道ばたにすわっていた。
ところが、ナザレのイエスだと聞いて、彼は「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんでください」と叫び出した。
多くの人々は彼をしかって黙らせようとしたが、彼はますます激しく叫びつづけた、
「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんでください」。
イエスは立ちどまって「彼を呼べ」と命じられた。そこで、人々はその盲人を呼んで言った、「喜べ、立て、おまえを呼んでおられる」。
そこで彼は上着を脱ぎ捨て、踊りあがってイエスのもとにきた。
イエスは彼にむかって言われた、「わたしに何をしてほしいのか」。その盲人は言った、「先生、見えるようになることです」。
そこでイエスは言われた、「行け、あなたの信仰があなたを救った」。すると彼は、たちまち見えるようになり、イエスに従って行った。
(マルコ福音書 10:46-52)

第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、私たちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はない。
(マルコ福音書 12:29-31)

イエスはその教の中で言われた、「律法学者に気をつけなさい。彼らは長い衣を着て歩くことや、広場であいさつされることや、また会堂の上席、宴会の上座を好んでいる。また、やもめたちの家を食い倒し、見えのために長い祈をする。彼らはもっときびしいさばきを受けるであろう」。
イエスは、さいせん箱にむかってすわり、群衆がその箱に金を投げ入れる様子を見ておられた。多くの金持は、たくさんの金を投げ入れていた。ところが、ひとりの貧しいやもめがきて、レプタ二つを入れた。それは一コドラントに当る。そこで、イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた、
「よく聞きなさい。あの貧しいやもめは、さいせん箱に投げ入れている人たちの中で、だれよりもたくさん入れたのだ。みんなの者はありあまる中から投げ入れたが、あの婦人はその乏しい中から、あらゆる持ち物、その生活費全部を入れたからである」。
(マルコ福音書 12:38-44)

さて、一同はゲツセマネという所にきた。そしてイエスは弟子たちに言われた、「わたしが祈っている間、ここにすわっていなさい」。そしてペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れて行かれたが、恐れおののき、また悩みはじめて、彼らに言われた、
「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、目をさましていなさい」。そして少し進んで行き、地にひれ伏し、もしできることなら、この時を過ぎ去らせてくださるようにと祈りつづけ、そして言われた、
「アバ、父よ、あなたには、できないことはありません。どうか、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころのままになさってください」。
(マルコ福音書 14:32-36)

あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。不妊の女といわれていたのに、はや六か月になっています。神には、なんでもできないことはありません」。そこでマリヤが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。
マリヤは立って、大急ぎで山里へむかいユダの町に行き、ザカリヤの家にはいってエリサベツにあいさつした。エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、その子が胎内でおどった。エリサベツは聖霊に満たされ、声高く叫んで言った「あなたは女の中で祝福されたかた、あなたの胎の実も祝福されています。
主の母上がわたしのところにきてくださるとは、なんという光栄でしょう。ごらんなさい。あなたのあいさつの声がわたしの耳にはいったとき、子供が胎内で喜びおどりました。主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう」
(ルカ福音書 1:36-45)

するとマリヤは言った、
「わたしの魂は主をあがめ、
わたしの霊は救主なる神をたたえます。
この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。
今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう、
力あるかたが、わたしに大きな事をしてくださったからです。
そのみ名はきよく、
そのあわれみは、代々限りなく
主をかしこみ恐れる者に及びます。
主はみ腕をもって力をふるい、
心の思いのおごり高ぶる者を追い散らし、
権力ある者を王座から引きおろし、
卑しい者を引き上げ、
飢えている者を良いもので飽かせ、
富んでいる者を空腹のまま帰らせなさいます。
主は、あわれみをお忘れにならず、
その僕イスラエルを助けてくださいました、
わたしたちの父祖アブラハムとその子孫とを
とこしえにあわれむと約束なさったとおりに」。
(ルカ福音書 1:46-55)

そこで群衆が彼に、「それでは、わたしたちは何をすればよいのですか」と尋ねた。彼は答えて言った、「下着を二枚もっている者は、持たない者に分けてやりなさい。食物を持っている者も同様にしなさい」。取税人もバプテスマを受けにきて、彼に言った、「先生、わたしたちは何をすればよいのですか」
彼らに言った、「きまっているもの以上に取り立ててはいけない」。兵卒たちもたずねて言った、「では、わたしたちは何をすればよいのですか」。彼は言った、「人をおどかしたり、だまし取ったりしてはいけない。自分の給与で満足していなさい」。
(ルカ福音書 3:10-14)

イエスが言われた、「ある金貸しに金をかりた人がふたりいたが、ひとりは五百デナリ、もうひとりは五十デナリを借りていた。ところが、返すことができなかったので、彼はふたり共ゆるしてやった。このふたりのうちで、どちらが彼を多く愛するだろうか」。
シモンが答えて言った、「多くゆるしてもらったほうだと思います」。イエスが言われた、「あなたの判断は正しい」。それから女の方に振り向いて、シモンに言われた、「この女を見ないか。わたしがあなたの家にはいってきた時に、あなたは足を洗う水をくれなかった。
ところが、この女は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でふいてくれた。あなたはわたしに接吻をしてくれなかったが、彼女はわたしが家にはいった時から、わたしの足に接吻をしてやまなかった。あなたはわたしの頭に油を塗ってくれなかったが、彼女はわたしの足に香油を塗ってくれた。
それであなたに言うが、この女は多く愛したから、その多くの罪はゆるされているのである。少しだけゆるされた者は、少しだけしか愛さない」。そして女に、「あなたの罪はゆるされた」と言われた。
(ルカ福音書 7:41-48)

一同が旅を続けているうちに、イエスがある村へはいられた。するとマルタという名の女がイエスを家に迎え入れた。この女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、御言に聞き入っていた。ところが、マルタは接待のことで忙がしくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、
「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」。
主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。
しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである」。
(ルカ福音書 10:38-42)

イエスが語っておられた時、あるパリサイ人が、自分の家で食事をしていただきたいと申し出たので、はいって食卓につかれた。ところが、食前にまず洗うことをなさらなかったのを見て、そのパリサイ人が不思議に思った。
そこで主は彼に言われた、「いったい、あなたがたパリサイ人は、
杯や盆の外側をきよめるが、あなたがたの内側は強欲と邪悪とで満ちている。愚かな者たちよ、外側を造ったかたは、また内側も造られたではないか。ただ、内側にあるものをきよめなさい。そうすれば、いっさいがあなたがたにとって、清いものとなる。
(ルカ福音書 11:37-41)

「あなた自身を改善するのがいい。それが世界をよりよくするためにあなたができる唯一のことなのですよ。」
(レイ・モンク『ウィトゲンシュタイン1』)

主人が、召使たちの上に立てて、時に応じて定めの食事をそなえさせる忠実な思慮深い家令は、いったいだれであろう。主人が帰ってきたとき、そのようにつとめているのを見られる僕は、さいわいである。よく言っておくが、主人はその僕を立てて自分の全財産を管理させるであろう。
しかし、もしその僕が、主人の帰りがおそいと心の中で思い、男女の召使たちを打ちたたき、そして食べたり、飲んだりして酔いはじめるならば、その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰って来るであろう。そして、彼を厳罰に処して、不忠実なものたちと同じ目にあわせるであろう。
主人のこころを知っていながら、それに従って用意もせず勤めもしなかった僕は、多くむち打たれるであろう。しかし、知らずに打たれるようなことをした者は、打たれ方が少ないだろう。多く与えられた者からは多く求められ、多く任せられた者からは更に多く要求されるのである。
(ルカ福音書 12:42-48)

イエスはまた群衆に対しても言われた、「あなたがたは、雲が西に起るのを見るとすぐ、にわか雨がやって来る、と言う。果してそのとおりになる。それから南風が吹くと、暑つくなるだろう、と言う。果してそのとおりになる。
偽善者よ、あなたがたは天地の模様を見分けることを知りながら、どうして今の時代を見分けることができないのか。また、あなたがたは、なぜ正しいことを自分で判断しないのか。たとえば、あなたを訴える人と一緒に役人のところへ行くときには、途中でその人と和解するように努めるがよい。
そうしないと、その人はあなたを裁判官のところへひっぱって行き、裁判官はあなたを獄吏に引き渡し、獄吏はあなたを獄に投げ込むであろう。わたしは言って置く、最後の一レプタまでも支払ってしまうまでは、決してそこから出て来ることはできない」。
(ルカ福音書 12:54-59)

小事に忠実な人は、大事にも忠実である。そして、小事に不忠実な人は大事にも不忠実である。だから、もしあなたがたが不正の富について忠実でなかったら、だれが真の富を任せるだろうか。また、もしほかの人のものについて忠実でなかったら、だれがあなたがたのものを与えてくれようか。
どの僕でも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。
(ルカ福音書 16:10-13)

自分を義人だと自任して他人を見下げている人たちに対して、イエスはまたこの譬をお話しになった。「ふたりの人が祈るために宮に上った。そのひとりはパリサイ人であり、もうひとりは取税人であった。パリサイ人は立って、ひとりでこう祈った、
『神よ、わたしはほかの人たちのような貪欲な者、不正な者、姦淫をする者ではなく、また、この取税人のような人間でもないことを感謝します。わたしは一週に二度断食しており、全収入の十分の一をささげています』。ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天にむけようともしないで、
胸を打ちながら言った、『神様、罪人のわたしをおゆるしください』と。あなたがたに言っておく。神に義とされて自分の家に帰ったのは、この取税人であって、あのパリサイ人ではなかった。おおよそ、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」。
(ルカ福音書 18:9-14)

それから、もうひとりの者がきて言った、『ご主人様、さあ、ここにあなたの一ミナがあります。私はそれをふくさに包んで、しまっておきました。あなたはきびしい方で、おあずけにならなかったものを取りたて、おまきにならなかったものを刈る人なので、おそろしかったのです』。彼に言った、
『悪い僕よ、私はあなたの言ったその言葉であなたをさばこう。私がきびしくて、あずけなかったものを取りたて、まかなかったものを刈る人間だと知っているのか。では、なぜ私の金を銀行に入れなかったのか。そうすれば、その金を利子と一緒に引き出したであろうに』。そして、そばに立っていた人々に、
『その一ミナを彼から取り上げて、十ミナを持っている者に与えなさい』と言った。彼らは言った、『ご主人様、あの人は既に十ミナを持っています』。『あなたがたに言うが、おおよそ持っている人には与えられ、持っていない人からは持っているものまでも取り上げられるであろう。
(ルカ福音書 19:20-26)

「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました。モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」。彼らがそう言ったのは、イエスをためして、訴える口実を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に何か書いておられた。
彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。そしてまた身をかがめて、地面に物を書きつづけられた。これを聞くと、彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、
女は中にいたまま残された。そこでイエスは身を起して女に言われた、「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」。女は言った、「主よ、誰もございません」。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」
(ヨハネ福音書 8:4-11)

よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。
自分の命を愛する者はそれを失い、この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至るであろう。
(ヨハネ福音書 12:24-25)

信仰の弱い者を受けいれなさい。ただ、意見を批評するためであってはならない。ある人は、何を食べてもさしつかえないと信じているが、弱い人は野菜だけを食べる。食べる者は食べない者を軽んじてはならず、食べない者も食べる者をさばいてはならない。神は彼を受けいれて下さったのであるから。
他人の僕をさばくあなたは、いったい、何者であるか。彼が立つのも倒れるのも、その主人によるのである。しかし、彼は立つようになる。主は彼を立たせることができるからである。また、ある人は、この日がかの日よりも大事であると考え、ほかの人はどの日も同じだと考える。
各自はそれぞれ心の中で、確信を持っておるべきである。日を重んじる者は、主のために重んじる。また食べる者も主のために食べる。神に感謝して食べるからである。食べない者も主のために食べない。そして、神に感謝する。
すなわち、わたしたちのうち、だれひとり自分のために生きる者はなく、だれひとり自分のために死ぬ者はない。わたしたちは、生きるのも主のために生き、死ぬのも主のために死ぬ。だから、生きるにしても死ぬにしても、わたしたちは主のものなのである。
(ローマ人への手紙 14:1-8)

それだのに、あなたは、なぜ兄弟をさばくのか。あなたは、なぜ兄弟を軽んじるのか。わたしたちはみな、神のさばきの座の前に立つのである。すなわち、「主が言われる。わたしは生きている。すべてのひざは、わたしに対してかがみ、すべての舌は、神にさんびをささげるであろう」と書いてある。
だから、わたしたちひとりびとりは、神に対して自分の言いひらきをすべきである。それゆえ、今後わたしたちは、互にさばき合うことをやめよう。むしろ、あなたがたは、妨げとなる物や、つまずきとなる物を兄弟の前に置かないことに、決めるがよい。
わたしは、主イエスにあって知りかつ確信している。それ自体、汚れているものは一つもない。ただ、それが汚れていると考える人にだけ、汚れているのである。
(ローマ人への手紙 14:10-14)

あなたの持っている信仰を、神のみまえに、自分自身に持っていなさい。自ら良いと定めたことについて、やましいと思わない人は、さいわいである。しかし、疑いながら食べる者は、信仰によらないから、罪に定められる。すべて信仰によらないことは、罪である。
(ローマ人への手紙 14:22-23)

私たちは、またもや、自己推薦をし始めているのだろうか。それとも、ある人々のように、あなたがたにあてた、あるいは、あなたがたからの推薦状が必要なのだろうか。私たちの推薦状は、あなたがたなのである。それは、私たちの心にしるされていて、すべての人に知られ、かつ読まれている。
そして、あなたがたは自分自身が、私たちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものであることを、はっきりとあらわしている。こうした確信を、私たちはキリストにより神に対していだいている。
もちろん、自分自身で事を定める力が自分にあると言うのではない。私たちのこうした力は、神からきている。神は私たちに力を与えて、新しい契約に仕える者とされたのである。それは、文字に仕える者ではなく、霊に仕える者である。文字は人を殺し、霊は人を生かす。
(コリント人への第二の手紙 3:1-6)

汝、黄金の板たるべし──
されば事物は 汝が上に
黄金の文字もて録されん。
(ニーチェ 詩集 ディオニュソス讃歌のための断片85)

わたしはあなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく熱くもない。むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであってほしい。熱くも冷たくもなく、なまぬるいので、わたしはあなたを口から吐き出そうとしている。
(ヨハネの黙示録 3:15-16)

トルストイ

「われわれのほうにはこんな諺がある」と彼は通訳に言った。「犬がろばに肉を食わせ、ろばが犬に乾草を振る舞った、そして両方が飢えてしまった」こう言って彼は微笑した。「どの国民にも自分の習慣がけっこうです」
(トルストイ『ハジ・ムラート』)

血をすすることがいかにすばらしいかを、鹿にわからせようとする虎。
(ゲーテ『箴言と省察』経験と人生)

もっともよく耳にすることは、評判の高い芸術作品について、それは非常に優秀なのだが、理解が非常に困難だ、という言葉である。われわれは、そうした説に馴れっこになってしまっているが、
そのじつ、「すぐれた芸術作品であるが、わからない」ということは、ある食物について、「それは非常においしいのだが、人々には食べられない」というのと同じことである。
──邪道の芸術は人々に理解されないこともあるが、すぐれた芸術はかならず万人に理解される。
(トルストイ『芸術とはなにか』)

芸術が非常に優れていると、ただそれだけの理由で大衆には理解されないのだ、と現代の芸術家たちはよく言うが、そんなはずはない。むしろ、大衆にとって芸術が理解されないのは、その芸術が非常に拙劣なものであるか、あるいはまったく芸術でないかのいずれかである。
(トルストイ『芸術とはなにか』)

君の書くものは理解しにくいから、君はまずい哲学者というわけだ。もしも、ましな人間なら、むずかしいものを理解しやすく書くだろう。──ところで、そういうことができると言っているのは、誰だ?! 〔トルストイ〕
(ヴィトゲンシュタイン 反哲学的断章 1948.12.16)

チェーホフ

実をいうと、私はロシアの作者をそれほど好まない。二、三の古い作者のものをのぞけば、私は現代の文学全体が、実は文学ではなくて、いわば単に奨励されるために存在してはいるが、だれもその製品をよろこんで利用したがらない手工業のようなものだと思っている。
(チェーホフ『たいくつな話』)

ロシアの本格的な評論、たとえば社会学とか芸術などにかんする評論はどうかといえば、私は単なる臓病から、そういうものはいっさい読まない。
無類の尊大さ、かさにかかって相手を揶揄するような調子、外国の著者にたいするなれなれしい態度、どんな無意味なことでももったいぶってやる能力──
これらのことはみな私にとっては不可解でもあり、恐ろしくもある。
しかもこれは評論だけにかぎったことではない。ロシアの有識者諸君によってなされた、あるいは編集された翻訳を読むときも、私は一種の圧迫を感ずるのである。高慢な、好意の押売りをするような序文の調子、
本文に注意を集中するのを妨げるおびただしい数の訳者注、原著ないし原論文のなかへ訳者がふんだんにまきちらすかっこ入りの疑問符や符号、これらはいずれも原著者の個性にたいする、また私の読者としての自主性にたいする一種の冒涜であると私は思っている。
(チェーホフ『たいくつな話』)

かりに私が名声雷のごとくにとどろいた、祖国が誇りとするような英雄的人物であるとしよう。なるほど、私の病気についての記事はあらゆる新聞に載っており、同僚や学生や一般の人たちから見舞いの手紙がもう来はじめている。しかしこういうことはすべて、
私が他人の寝台のうえで、たったひとりさびしく死んで行くことをどうすることもできないだろう……もちろんこれはだれのせいでもない。だが私という罪深い男は、世間に通った自分の名前がうらめしいのである。私は、まるでこの名前にだまされたような気がするのである。
(チェーホフ『たいくつな話』)

人が死ぬと、その人の人生は宥和の光で眺められる。その一生が靄に包まれて、まるみを帯びて見えるのだ。だが本人にとっては、まるみなど帯びておらず、ギザギザで不完全なものだった。本人には宥和などなかった。その人生は、むき出しで惨めなものだった。
(ヴィトゲンシュタイン 反哲学的断章 1945)

二に二を掛ければ四だ。石はすなわち石だ。明日は決闘がある。それは愚かで不合理なことだとか、決闘はもう時代遅れだとか、決闘は一見貴族趣味ではあるが、本質的には酔漢が居酒屋でやるけんかとなんら異なるところはないとか、まあそんなことを君と僕がここでいくら気焔をあげたところで、やっぱり
僕らは思い止まらんだろう、出かけて行って闘るだろう。すなわち我々の推論よりも力強いある力が存在する。我々は常々声を大にして、戦争は追剥だ、蛮行だ、戦慄だ、兄弟殺しだと叫ぶ。我々は失神せずして血を見ることはできない。しかしフランスやドイツが一度でも我々を凌辱したら最後、我々の士気は
たちまち揚がり、心底からウラーの叫びを上げて敵陣に突進するのだ。偽善はよしたまえ、その力に向って腹の中で舌を出すのはやめたまえ、『愚劣だ、時代遅れだ、聖書に悖ったことだ!』などとぶすくさ言うのはやめたまえ。その力を直視して、その合理的な正当さを認めたまえ。
(チェーホフ『決闘』)

今までに、恋について言われた争いがたい真理はたったひとつしかありませんよ。《こは偉大なる神秘なり》というのがそれです。これ以外に、ひとが恋について言ったり書いたりしてきたことは、どれもこれも、問題を解決したのではなくて、単に提起したにすぎない。
だから問題そのものは、依然として未解決のまま残っているわけです。或る特定の場合に或る解釈が成り立つように思われるとしても、その解釈はほかの十の場合にはもう応用ができない。
そこでひとつひとつの場合をべつべつに解釈して、一般的な結論をひき出すことは断念してしまう、というのがいちばんいいことだと思いますね。つまり、医者たちがよく言うように、個々の場合をそれぞれ個別化してみる必要があるわけです。
(チェーホフ『恋について』)

女は芸術に魅せられるのではない。芸術の取り巻き連の立てる騒音に魅せられるのだ。
(チェーホフ 手帖)

女がブルジョア風を吹かす家庭には、山師やぺてん師やのらくら者が育ちやすい。
(チェーホフ 手帖)

聡明な少女──「私、心にもないまねなんかできないわ……」「私、嘘なんかいっぺんもつかないわ……」「私、ちゃんと主義があるのよ……」二六時ちゅう私、私、私……。
(チェーホフ 手帖)

孤独が怖ければ、結婚をするな。
(チェーホフ 手帖)

ラ・ロシュフコー

薄っぺらな天才では、器用さが透けて見える。(『ニュルンベルクのマイスタージンガー』前奏曲。)

天才とは、名人の才能を隠すことができるものだ。
薄っぺらな天才の場合にだけ、才能が目につく。
(ヴィトゲンシュタイン 反哲学的断章 1943.4.4)

心という上着なしで、知性の角がむきだしになると、詩の尖端(ポワント)がとがりすぎる。
(ヴィトゲンシュタイン 反哲学的断章 1946.10.24)

技巧を凝らしすぎるのはまがいの洗練である。真の洗練とは手堅い技巧である。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

没趣味と結びついた技巧は、芸術のもっとも恐るべき敵である。
(ゲーテ『箴言と省察』芸術と芸術家)

想像力は芸術、とくに文学(ポエジー)によってのみ規制される。趣味を欠いた想像力ほどおそろしいものはない。
(ゲーテ『箴言と省察』文学と言語)

我々は、自分では直そうとは思わない欠点については、まるでそれが美点であるかのように自慢しようとする。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

実直な精神の持ち主にとって、精神のねじけた人間たちを導くよりは、彼らの言いなりになるほうが苦労は少ない。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

よく調べもせずに悪をたやすく信じるのは、傲慢と怠惰のせいだ。人はたいてい罪人捜しには熱心だが、罪そのものを詳しく調べようとはしない。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

たいていの友人は我々を友情嫌いにさせる。たいていの信心家が我々を信心嫌いにさせるように。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

まるで真実そのものに見えるほど、うまく装われた虚偽があって、それに騙されずにいることが、むしろ判断を誤っているように思われてしまう場合さえある。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

お追従は、我々の虚栄心によってしか通用しない贋金である。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

われわれの気分が平静であったり、動揺したりするのは、生涯に何度か起こるだけの重大事件のせいというよりも、むしろ毎日起こるささいなことがうまくいくかいかないかにかかっている。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

われわれの身に起こる幸不幸が、われわれにどのような影響を与えるかは、その規模の大きさよりも、それを受け止めるわれわれの感受性に左右される。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

自分は間違っていることに耐えられないという人間にかぎって、しばしば間違いをしでかす。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

世に賢人と呼ばれる人たちが賢明なのは、自分には無関係な事柄に関してだけであって、自分にもっとも切実にかかわる問題に直面すると、たいていの場合、まったく賢明ではなくなる。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

何かをむやみに欲しがるまえに、それをすでに持っている人間がどれほど幸福かを確かめたほうがよい。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

あまりに大げさな養生法で自分の健康を保とうとするのは、困った病気である。
(ラ・ロシュフコー『箴言集』)

リヒテンベルク

どうして読んだものをほとんど保持していられないのか。それだけほとんど自分で考えないせいである。他人が述べたところをきちんと反復できる人は、通常、自分でよく考える。その頭は文字の貯蔵庫だけではない。記憶力で注目をあびる人も、その種の頭の持ち主である。
(リヒテンベルク 控え帖)

逸話集や箴言集は社交家にとってのこの上ない宝物だ。逸話を上手に会話に織り込み、箴言を適切な瞬間に思い出すことができればの話しだが。
(ゲーテ『箴言と省察』経験と人生)

私は君たちにこの本を、自分を見つけるための鏡として贈る──他人をのぞくための柄つき眼鏡ではなしに。
(リヒテンベルク 控え帖)

書物は鏡である。いくらのぞきこんでも、猿は猿。
(リヒテンベルク 控え帖)

自分をよく知る者は、すぐに他人をもよく知るだろう。すべてが反映なのだから。
「人間通」とよばれているものは、たいていのところ、当の自分の弱点を他人に見てとっただけのことだ。
(リヒテンベルク 控え帖)

部屋つきの下男にとっては英雄など存在しないとよく言われるが、それは、英雄を識るのは英雄だけという理由からにすぎない。しかし、そうした下男も、自分と同類の者なら、おそらく正しく評価することができるだろう。
(ゲーテ『箴言と省察』経験と人生)

骨相学に関して私のケースは次のごとしだ。ある男だが、眠そうなつらをしている。愚鈍型である。声を聞いてみると、てきぱきとしている。おや! 明敏な男である。あらためて見直すと、眠そうにみえたのは、緊張したので強いて落ち着き払った結果であるらしい。しかし、ある夜、
彼は低級なおふざけをやらかした。単純な野郎なのだ。顔にもそれが現われている。ところがあることで彼は手際よく私を助けてくれた。なかなかの人物なのだ。名前を聞くだけで嬉し涙を禁じえない。そんなふうにして、ようやく彼を知った。その性格を一つの顔に移せるだろうか。
(リヒテンベルク 控え帖)

ゴットフリート・ケラー

ところがこの女にはその美貌のほかに、数千グルデンの莫大な財産があったのですが、これが女に心を決めて一人の男を選びとる気にならせなかった原因なのです。というのは女は周到な用意と思慮をもって財産を管理し、それに大きな価値を置いていたので、
それにまた人間というものはいつも自分の性向から他人を判断するものですから、一人の尊敬に価する求婚者が接近して来て、多少でも気に入りはじめると、すぐさまこの男は持参金ほしさに自分を望むのではないかと考えるようになりました。もし金持の男ですと、女は、
自分がもし同じように金持でなかったなら、けっして自分を望みはしないだろうと考えるし、また貧しい男たちだと、結局彼らはただ財産だけに目がくらんでいて、うまい汁を吸ってやろうというのが目的なのだと信じこむようになるのです。そうしてこのかわいそうな女は
自分自身でも物質的な財産を重んじていたのですが、求婚者たちの金銭や財宝に対する欲と、自分自身に対する愛とを見分けることができませんでしたし、またたとい物質への欲が実際あった場合でも、それを大目に見たり許したりすることができませんでした。
(ケラー『仔猫シュピーゲル』)

フランクル

ひとりの人間が避けられない運命と、それが引き起こすあらゆる苦しみを甘受する流儀には、きわめてきびしい状況でも、また人生最期の瞬間においても、生を意味深いものにする可能性が豊かに開かれている。勇敢で、プライドを保ち、無私の精神をもちつづけたか、あるいは
熾烈をきわめた保身のための戦いのなかに人間性を忘れ、あの被収容者の心理を地で行く群れの一匹となりはてたか、苦渋にみちた状況ときびしい運命がもたらした、おのれの真価を発揮する機会を生かしたか、あるいは生かさなかったか。そして「苦悩に値」したか、しなかったか。
(フランクル『夜と霧』)

よごれた生活環境はだれにとっても望ましいものではないが、たまたまそのような境遇に落ち込んだ者にとっては、彼の性格の試金石、人間のぎりぎりの能力を知る試金石となる。
(ゲーテ『箴言と省察』経験と人生)

それはなにも強制収容所にはかぎらない。人間はどこにいても運命と対峙させられ、ただもう苦しいという状況から精神的になにかをなしとげるかどうか、という決断を迫られるのだ。病人の運命を考えてみるだけでいい。とりわけ、不治の病の病人の運命を。
わたしはかつて、若い患者の手紙を読んだことがある。彼は友人に宛てて、自分はもう長くはないこと、手術はもう手遅れであることを知った、と書いていた。こうなった今、思い出すのはある映画のことだ、と手紙は続いていた。
それは、ひとりの男が勇敢に、プライドをもって死を覚悟する、というものだった。観たときは、この男がこれほど毅然と死に向き合えるのは、そういう機会を「天の賜物」としてあたえられたからだと思ったが、いま運命は自分にその好機をあたえてくれた、と患者は書いていた。
(フランクル『夜と霧』)

しかしそのほかの者たち、並みの人間であるわたしたち、凡庸なわたしたちには、ビスマルクのこんな警告があてはまった。「人生は歯医者の椅子に坐っているようなものだ。さあこれからが本番だ、と思っているうちに終わってしまう」これは、こう言い替えられるだろう。「強制収容所ではたいていの人が、
今に見ていろ、わたしの真価を発揮できるときがくる、と信じていた」けれども現実には、人間の真価は収容所生活でこそ発揮されたのだ。夥しい被収容者のように無気力にその日その日をやり過ごしたか、あるいはごく少数の人々のように内面的な勝利をかちえたか、ということに。
(フランクル『夜と霧』)

ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。
哲学用語を使えば、コペルニクス的転回が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。 わたしたちはその問いに答えを迫られている。考えこんだり
言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。
(フランクル『夜と霧』)

この要請と存在することの意味は、人により、また瞬間ごとに変化する。したがって、生きる意味を一般論で語ることはできないし、この意味への問いに一般論で答えることもできない。ここにいう生きることとはけっして漠然としたなにかではなく、つねに具体的ななにかであって、
したがって生きることがわたしたちに向けてくる要請も、とことん具体的である。この具体性が、ひとりひとりにたったの一度、他に類を見ない人それぞれの運命をもたらすのだ。だれも、そしてどんな運命も比類ない。どんな状況も二度と繰り返されない。
そしてそれぞれの状況ごとに、人間は異なる対応を迫られる。具体的な状況は、あるときは運命をみずから進んで切り拓くことを求め、あるときは人生を味わいながら真価を発揮する機会をあたえ、またあるときは淡々と運命に甘んじることを求める。
(フランクル『夜と霧』)

人間が生きることには、つねに、どんな状況でも、意味がある、この存在することの無限の意味は苦しむことと死ぬことを、苦と死をもふくむのだ、とわたしは語った。そしてこの真っ暗な居住棟でわたしの話に耳をすましている哀れな人びとに、ものごとを、わたしたちの状況の深刻さを直視して、
なおかつ意気消沈することなく、わたしたちの戦いが楽観を許さないことは戦いの意味や尊さをいささかも貶めるものではないことをしっかりと意識して、勇気をもちつづけてほしい、と言った。
わたしたちひとりひとりは、この困難なとき、そして多くにとっては最期の時が近づいている今このとき、だれかの促すようなまなざしに見下ろされている、とわたしは語った。だれかとは、友かもしれないし、妻かもしれない。生者かもしれないし、死者かもしれない。あるいは神かもしれない。
そして、わたしたちを見下ろしている者は、失望させないでほしいと、惨めに苦しまないでほしいと、そうではなく誇りをもって苦しみ、死ぬことに目覚めてほしいと願っているのだ、と。
(フランクル『夜と霧』)

オルテガ

真にものを言うということは、単に何かを言うだけではない。何者かが何者かに向かって何かを言うことなのだ、という事実があまりにも忘れられている。すべての言説の中には、話されている言葉の意味に対して無関心ではいられない発信者と受信者がいるのだ。意味は彼らが変わるに応じて変化する。
二人が同じことを言っても、意味は同じではない。すべての語は場合によって変化する。言語活動は本質的に対話であり、それ以外のすべての発現形式は効果が劣っている。それゆえ一冊の本は、私たちにひそかな対話をもたらす限りにおいて良書である、と私は考える。つまり著者が具体的に読者を想定でき、
そして読者の方でもまるでその行間が親しく自分に触れ、愛撫しようとする──あるいは極めて慇懃に殴打を食らわそうとする──その一本の触手のようなものが出てくるのが感じられる限りにおいて良書であると考えるのだ。
(オルテガ『大衆の反逆』フランス人のためのプロローグ)

言葉はこれまでの濫用によって、その権威を失墜してしまった。ここで言う濫用とは、他の多くの場合と同じく、配慮なしに、つまり道具としての限界について意識なしに使用することである。
ほとんど二世紀も前から、話すとは「万人に向かって」話すことだと信じられてきたが、これは結局、誰に対しても話さないに等しい。私はこうした話し方を嫌悪するし、自分が誰に対して話しているか具体的に知らないときには胸の痛みさえ覚える。
(オルテガ『大衆の反逆』フランス人のためのプロローグ)

社会というものは、意志の一致によって成立するものではない。それは逆で、あらゆる意志の一致は、社会の存在、つまり共存する人びとの存在を前提としている。またこの一致は、すでに存在する社会、つまり共存のための形式をきっちり定めずして成り立つことはできない。
社会を契約による法的な集まりとみなす考え方は、本末転倒で無分別な試みである。なぜなら、法は、つまり「法」という実在は、それについての哲学者、法学者あるいは民衆煽動家の見解とはちがって、とっぴな表現を許してもらえるなら、社会の自然発生的な分泌物以外の何物でもないからである。
まだ存在もしていない社会の中の人間関係を前もって法が律するよう望むなどというのは、どうか私の無礼を許していただきたいが、私には法とは何かについての、かなり混乱した滑稽な考えのように思われる。
(オルテガ『大衆の反逆』フランス人のためのプロローグ)

反逆する大衆は、宗教や認識についてのあらゆる能力を失ってしまった。彼らの頭の中には政治しか、それも軌道をはずれ、狂乱し、われを忘れた政治しかない。というのは、それは認識、宗教心、知恵──要するにその実質からして人間精神の中心を占めるにふさわしい唯一のもの──に
取って代わろうとする政治である。政治は人間から、孤独や内面性を奪ってしまう。それゆえ全面的政治主義の宣教は、人間を社会化するために使われる技術のうちの一つなのだ。
(オルテガ『大衆の反逆』フランス人のためのプロローグ)

普通考えられていることとは反対に、本質的な従属関係の中に生きているのは大衆ではなく選良の方なのだ。選ばれた人にとって、何か超越的なものに奉仕することに基づかないような生では、生きた気がしないのだ。だから彼は奉仕する必要性を抑圧とはみなさない。
たとえば、たまたま彼に抑圧がないとしたら不安を感じ、もっと難しい、もっと要求の多い、自分を締め付けてくれる新たな規範を案出する。これが規律ある生、つまり高貴な生である。
高貴さは、要請によって、つまり権利ではなく義務によって規定される。これこそ貴族の義務 (Noblesse oblige) である。「好き勝手に生きること、これは平民の生き方だ。すなわち貴族は秩序と法を希求する」(ゲーテ)。
(オルテガ『大衆の反逆』第1部7)

ユゴー

裁判し処刑する側の人々は、死刑を必要だと言う。第一に、社会共同体からすでにその害となりなお将来害となりうる一員を除くことは大事なことだと。──しかし、もしそれだけのことなら、終身懲役で十分だろう。死が何の役にたつか。監獄では脱走の恐れがあるというならば、巡警をなおよくすればよい。
鉄格子の強さで不安心ならば、どうして他に動物園などを設けておくのか。看守で十分なところには、死刑執行人の要はない。
けれども、社会は復讐しなければならない。社会は罰しなければならない、と次に彼らは言う。──しかし、どちらもそうではない。復讐は個人のことであり、罰は神のことである。
社会は両者の中間にある。懲罰は社会より以上であり、復讐は社会より以下である。それほど偉大なこともそれほど微小なことも社会にはふさわしくない。社会は「復讐するために罰する」ことをしてはいけない。改善するために矯正することをなすべきである。
(ユゴー『死刑囚最後の日』)

ついでにここに付言したい。成功とは嫌悪すべきことである。真の価値と誤られやすいその類似は人を惑わす。群衆に対しては、成功はほとんど優越と同じ面影を有する。才能の類似者たる成功は一つの妄信者を持つ。すなわち歴史である。ただユヴェナリスとタキツスのみがそれに不平をとなえた。
今日においては、ほとんど公の哲学が成功の家に住み込み、その奴僕の服をつけ、その控え室の仕事をしている。成功せよ、というが学説である。栄達は能力を仮定する。投機に富を得ればその人はすなわち巧妙な人物となる。勝利者は尊敬せらるる。幸運に生まれよ、そこにすべてがある。
幸機を得よ、さらば汝は悉くを得ん。幸福なれ、さらば汝は偉大なりと信ぜられん。時代の精彩たる五、六の偉大なる例外を除けば、同時代の賞賛は近視にすぎない。鍍金は純金となる。俗衆は、自らおのれを崇拝しまた俗衆を喝采する一つの年老いたナルシスにすぎない。
(ユゴー『レ・ミゼラブル』第1部)

自分の生活は果して一つの目的を持っていたということを彼は自ら公言した。しかしながら、それはいかなる目的であったか。名前を隠すことか。警察を欺くことか。彼がなしたすべてのことは、そんな小さなことのためだったのか。本当に偉大であり真実である他の目的を彼は持たなかったのか。
自分の身をでなく自分の魂を救うこと。正直と善良とに立ち戻ること。正しき人となること! 彼が常に欲していたことは、あの司教が彼に命じたことは、特に、いや単に、そこにあるのではなかったか。
(ユゴー『レ・ミゼラブル』第1部)

ラディゲ

父親は芝居の面白さ、役者たちのみごとな演技、レストランでの夕食、車両の柔らかいクッション等々をすべてひっくるめてすばらしかったと称賛したが、母と娘は興奮して舞い上がっている父親に不機嫌そうな顔を突きつけ、車両が汚いだの、あの俳優は役が分かっていないだのとケチをつけた。
「通は不平をこぼすものだ」と思い込んでいるのだ。もっとも、これは社会階層の上下を問わず、たいがい誰もが思っていることではある。
彼女たちがこんなふうに振る舞うのは、フランソワが自分たちより身分の高い人間だと察したからだった。
ただし、彼がどんな高みから自分たちを見下ろしているかということは、彼女たちにはよく分かっていなかった。彼が母親と娘の愚かしさに辟易し、邪魔者扱いされている父親の素朴さにむしろ好意を寄せていることに、彼女たちが気づかずにいられたのはそのためだ。
(ラディゲ『ドルジェル伯の舞踏会』)

ブレイク

小さな花を創ることも幾年にもわたる仕事である。
呪われると引き締まる。祝福されると弛む。
最高のワインは最も古く、最高の水は最も新しい。
祈りは耕さず! 賛美は刈らず!
喜びは笑わず! 悲しみは泣かず!
頭は崇高、心臓は熱情、性器は美、手足は均斉。
(ブレイク『地獄の格言』)

どんなにみすばらしく小さな草でさえ、その生成のプロセスは、フラワー・アレンジメントの名人にはまったく縁がなく未知である。
(ヴィトゲンシュタイン 反哲学的断章 1931)

「おお、ハルの谷間の美しい人よ、私たちは自分一人の力で生きてはいません。見ておわかりのように私は最も卑しい者で、実際その通りなのです。私の胸はもともと冷たく、もともと暗いのです。だが、低い者をも愛するお方は、私の頭にも香油を注ぎ、私に接吻し、私の胸のまわりに結婚の帯を結び、
こうおっしゃいます。「汝、私の子どもたちの母よ、私は汝を愛し、だれも奪うことのできない王冠を汝に与えた」と。しかし、美しい乙女よ、どうしてそうなのか、私は知らないし、知り得ないのです。よく考えてもわからないのです。だけど、私は生き、また愛しています」
(ブレイク『セルの書』)

オスカー・ワイルド

精神の産物、著作の価値をさしあたり評価するのに、必ずしもその書き手が「何について」「何を」考えたかを知る必要はなく(そうしたら全作品を通読せねばなるまい)、まずは「どのように」考えたかを知れば、じゅうぶんだ。この「どのように」考えたか、つまり思索の根っこにある特徴と
一貫したクオリティーを精確にうつし出したのが、文体だ。文体はその人の思想の外形的特徴であり、「何を」「何について」考えていようとも、つねに同じはずだ。それはいわば、どんな形にも練りあげてゆくことのできるパン生地のようなものだ。
(ショーペンハウアー『著述と文体について』12)

ワインの銘柄や品質を知るのに一樽ぜんぶ飲みほす必要はないだろう。ある本に何らかの価値があるかを知るには半時間あればじゅうぶんだ。いや、形式をつかみとる本能がある人間なら、10分もあればじゅうぶんだろう。退屈な本をだれが読み通したいと思う?
(オスカー・ワイルド『芸術家としての批評家』)

モーパッサン

口にこそ出さないものの、ジャンヌはこうした思いをわかってくれない夫を責めていた。繊細な羞恥心をもたず、本質的な細やかさに欠ける夫を責めていたのだ。ジャンヌは、夫と自分とのあいだが薄布で隔てられているかのように感じていた。
二人の人間が、本当に魂の底まで、思いの奥底までひとつになることはできないのだと、ジャンヌは初めて思った。肩を並べて歩き、ときに抱き合うことはあっても、ひとつに溶け合うことはなく、心の底では誰もが生涯一人ぼっちなのだと。
(モーパッサン『女の一生』)

シェイクスピア

心になんの屈託のない人には金言も聞いていてけっこう楽しめますが、なけなしの忍耐をはたいて、悲しみをこらえている者には、悲しみのうえによけいな金言の重荷まで背負い込む羽目になります。金言などという代物は、甘くも苦くも、聞く人次第、いずれもごもっともで、あいまいしごく。
言葉はしょせん言葉、心臓の痛みが耳から注ぎこまれた言葉の薬で治ったなどとは聞いたためしがありません。
(シェイクスピア『オセロ』第一幕第三場)

私たちは、かなり程度の高い箴言について、またそれを他人に伝えることがよいかどうか、さらにそれが可能かどうか、について話した。
「程度の高いものを受けいれる素質は」とゲーテはいった、「きわめて"まれ"なものさ。だから、日常生活では、つねにそういうものは自分のために秘蔵しておき、ただ他人にたいしてなにがしかの利益となる必要があるときだけ、引き出す方がよいね。」
(エッカーマン『ゲーテとの対話』1831.3.18)

モリエール

貴方の理屈はまっとうだったためしがない。いつだって極端から極端に走るんです。兄さんは自分の誤ちに気がついた、見せかけの信仰心に眼が眩んでいたことがわかった、しかしそれを改めるのに、どうしてまたそれに一そう輪をかけた誤ちに陥り、一人の不実な無頼漢の心と、すべての善徳の士の心とを
ごっちゃにされるんです? 何ですか! 狡い奴が真面目くさったしかめ面で威儀を繕って、図々しく貴方を瞞しているからって、誰も彼もがそいつみたいで、今日は本当の信者なんて一人もいないというふうに考えたがるのです。そんなばかげた結論は自由思想家に委せ、美徳をその見せかけと識別し、
あまり性急な判断を下さぬようにして、それがために大切な中庸の途を選ぶようになさい。できることなら偽信仰を敬わぬように用心なさい。しかし本当の信仰を罵ってはいけません。どうせ極端に陥らずにすまぬのなら、偽信仰を崇めることで罪を犯した方が無難ですよ。
(モリエール『タルチュフ』Ⅴ-1)

いいや、君好みの当世才子が振りまわす穢らわしい遣口は我慢できない。何が嫌だといって、信実ぶりを見せびらかす身振りたくさんな奴等、やたら歯の浮くような抱擁をする奴等、無駄口を叩いて御機嫌をうかがう奴等、
虚礼の競争に憂き身をやつして立派な人物も"おっちょこちょい"も混同して扱う奴等ぐらい嫌なものはない。いくらお愛想を振り撒かれたり、友情や信実や熱意や尊敬や情愛を保証されて、派手な褒め言葉を頂戴したって、別の俗物が飛び出すや否や、同じ馬の骨扱いにされると知ったら、
そもそも何がありがたいのだ? とんでもない! 多少とも自らを恃む人間なら、そんな無節操なお世辞を悦ぶものか。どんな華やかな尊敬にしても、俗世間の奴等と一緒くたではたちまち有難味が無くならあ。およそ、尊敬というものは選択に基くのだぜ。誰彼かまわず尊敬するのは尊敬でも何でもない。
そういう時代の病に陥っている以上、残念ながら、君は我が党の士ではない。人間の価値に何の差別も認めぬ奴等の"おべんちゃら"なんか御免蒙る。僕は、断乎として主張するね、世間の有象無象とは別してもらおう。全人類の友なんて、僕の知ったことか。
(モリエール『弧客』Ⅰ-1)

まあ、世間の風潮をそれほど気に病まずに、人間をもう少し大目に見ようではないか。そう手厳しく詮議立てをせずに、その短所もいくらかお手柔らかに眺めようよ。聖賢の道も過ぎたるは及ばずだ。大時代の固苦しすぎる道徳は、現代とも世間の習慣とも間が合はず、人間に対して完全を求めすぎるよ。
だから、あまり我を張らずに時代に従うことだね。それに、柄にもなく、社会を矯正してやろうなんていうのがそもそも気違い沙汰だよ。そりゃあ僕にしても、君同様、もう少し何とかならないのかと思うような事柄が多いのは知っているが、
僕は、どんな事件が現われて来ようとも、けっして君のように腹は立てない。人間というものを在るがままに受け入れて、彼等の行動を寛大に眺めるように自分を馴らしている。だから、宮中でも世俗でも、僕のごますりは君のへそまがりと同様、なかなか哲学的だぜ。
(モリエール『弧客』Ⅰ-1)

#?

タゴール

シュドルション「いつごろ、そういう気もちの変化が起きたの。」
シュロンゴマ「それも分からないのです。自分でもいつごろだか知らないのです。ある日、わたくしの反抗心が打ち砕かれたように思え、わたくしは心の底からつつましく諦めて、大地の塵の上へ頭をたれました。
するとわたくしには分かったのです……王様は比べる者のないほど恐ろしいお方だが、また比べる者のないほどお美しいお方でもあると。ああ、わたくしは助けられたのでございます。救われたのでございます。」
(タゴール『暗室の王』)

ヘルマン・ヘッセ

神学についてもほかのことと変りはない。芸術といっていい神学もあれば、また他面、科学といっていい神学、少なくともそうあろうと努めている神学もある。それはいまもむかしも変らない。
そして科学的な人は、新しい皮袋のために古い酒を忘れ、芸術的な人は、数々の皮相な誤りを平気で固守しながら、多くの人に慰めと喜びを与えてきた。それは批判と創造、科学と芸術、この両者間の昔からの、勝負にならぬ戦いだった。
その戦いにおいては、常に前者が正しいのだが、それはなんびとの役にもたたなかった。これに反し、後者はたえず信仰と愛と慰めと美と不滅感の種をまき散らし、たえずよい地盤を見つけるのである。生は死よりも強く、信仰は疑いより強いから。
(ヘッセ『車輪の下』)

カール・クラウス

なぜ多くの人が物を書くのか。物を書かないような人格を十分に備えていないからだ。
(カール・クラウス)

『無能だというのは』と彼は考えるのだった、『小説の書けない人のことではない、書いてもそのことが隠せない人のことなのだ』
(チェーホフ『イオーヌィチ』)

歌ったり、語ったりする者がこんなに多ぜいいるのは
すこぶる私の気に食わんと知れ!
詩をこの世から追払っているのはだれだ?
詩人たちだ!
(ゲーテ)

最良の著者は、著作家になるのを恥じる人であろう。
(ニーチェ『人間的、あまりに人間的1』192)

著作家は、ごくまれな場合にしか無罪判決または恩赦にあたいしない犯罪人とみらるべきであろう、これが書物の蔓延に対抗する一つの手段であろう。
(ニーチェ『人間的、あまりに人間的1』193)

外国の環境を扱うのに引けを取らないほど無能の助けになる、時間の異国情緒も存在する。遠ざかることは、いずれにしても障害ではなく、人格が足りないことの隠れ蓑となるのである。
(カール・クラウス『言葉についてのアフォリズム』)

サン=テグジュペリ

おとなのひとに、「すっごいいえ見たよ、ばら色のレンガでね、まどのそばにゼラニウムがあってね、やねの上にもハトがたくさん……」といったところで、そのひとたちは、ちっともそのいえのことをおもいえがけない。こういわなくちゃ。「10まんフランのいえを見ました。」すると「おおすばらしい!」
とかいうから。
だから、ぼくがそのひとたちに、「あのときの王子くんがいたっていいきれるのは、あの子にはみりょくがあって、わらって、ヒツジをおねだりしたからだ。ヒツジをねだったんだから、その子がいたっていいきれるじゃないか。」とかいっても、なにいってるの、と子どもあつかい
されてしまう! でもこういったらどうだろう。「あの子のすむ星は、しょうわくせいB612だ。」そうしたらなっとくして、もんくのひとつもいわないだろう。おとなってこんなもんだ。うらんじゃいけない。おとなのひとに、子どもはひろい心をもたなくちゃ。
(サン=テグジュペリ『あのときの王子くん』)

シラー

人間は自由なものとしてつくられています。自由です、たとい彼が生まれながらに鎖を引きずっていても 群集の盲目な叫びや 狂暴な愚者たちの力にまどわされてはならない。奴隷が一たん自分の鎖を断ち切ったならば それは自由な人間です。その人をおそれおののくことはありません。
次には徳義、これは空虚なひびきではありません、人間は生活においてそれを実習することができます、たとい彼が繰返し躓くものであっても この神のような目標をめざして努めることができます、そして聡明な人がその聡明さによって知ることができないことを 幼児のような心は素朴にそれを行うのです。
さらに神、ひとつの聖なる意志はなにかの形で生きております。人間の意志がどんなに揺らいでもその不動の意志はほろびません。高く時間と空間をこえて あの最高の思想は生動をつづけます。すべてのものがやむことのない変転をつづけても その変転の中にひとつの精神は持続します。
この三つの言葉を守ってください。意味の深い言葉です。それを口から口に伝えていただきたい、それは外から来るものではありませんが あなた方の内心がそれが何であるかを告げてくれます。この三つの言葉を信じている限り 人間からその価値は決して失われることはありません。
(シラー『信念の言葉』)

ロマン・ロラン

思想もしくは力によって勝った人々を私は英雄とは呼ばない。私が英雄と呼ぶのは心に拠って偉大であった人々だけである。彼らの中の最大な一人、その生涯を今ここに我々が物語るところのその人がいったとおりに「私は善以外には卓越の証拠を認めない。」人格が偉大でないところに偉人は無い。
偉大な芸術家も偉大な行為者もない。あるのはたださもしい愚衆のための空虚な偶像だけである。時がそれらを一括して滅ぼしてしまう。成功は我々にとって重大なことではない。真に偉大であることが重要なことであって、偉大らしく見えることは問題ではない。
(ロマン・ロラン『ベートーヴェンの生涯』)

グレン・グールド

演奏家は二つのカテゴリーに分けられるのではないでしょうか。
つまり、自分の操る楽器を探究する演奏家たちと、そうしない演奏家たちです。第一のカテゴリーに属するのはリストやパガニーニといった伝説的な人物、そして比較的最近に活躍し、魔物扱いをされて騒がれたヴィルトゥオーゾの面々です。
このカテゴリーの音楽家たちは、自分と楽器との関係を、それがいかなるものであれ、無理矢理にも私たちに認識させようとします。この関係を関心の的にしてよいと考えているのです。
他方、第二のカテゴリーに属する演奏家たちとは、演奏のメカニカルな問題をそっくり迂回して、自分と楽譜とのあいだに
直結の経路があるという一種の幻覚を生み出そうとし、ひいては、聴き手に対しては、参加の感覚──演奏そのものに参加している感覚ではなく、むしろ、音楽そのものに参加している感覚──を味わってもらおうとする者たちです。
(『グレン・グールド発言集』敬愛する音楽家たち リヒテル(1978年頃))

オルガン奏法の身体的側面は、私に大きな影響を及ぼしていました。私が学んだのは、バッハを演奏するとき、フレーズにせよ主題にせよ動機にせよ、それを作る唯一の方法は、ショパンとは違って、途中で強弱をつける代わりに、リズムによる息の止め方、呼吸の仕方に訴えるというものです。バッハの場合、
まったく違ったアプローチが要求されます。指先の動きだけですべてが決まってしまうアプローチでして、昔のオルガンのトラッカー・アクションにつきものの、まるでヒューヒューと呼吸をするときの音が今にも聞こえてしまいそうなアプローチなのです。これを実行すると、スラーや誇張したフレージングに
事実上まったく訴えることなく、表現上の課題全般が達成できるのです。ペダリングは論外ですよ、バッハをピアノで弾くときに濫用されますが。──以上の奏法はオルガンで訓練を受けたおかげにほかならないと私は確信しているのです。
(『グレン・グールド発言集』インタビュー2(1959年))

JSバッハの音楽の偉大さは、芸術のあらゆるドグマティックな執着や、様式や嗜好や語法に関するあらゆる疑問や、軽薄で活力のないあらゆる美学的なこだわりを超越する論を呈示し、かつそれを実証する点にあります。バッハの音楽が私たちに示しているのは、自分の時代に属することなく時代を豊かにし、
あらゆる世代の人間であると同時にどこの世代の人間でもないことによってあらゆる世代について語る人物の見本なのです。これは個性に関する究極的な主張です。つまり、個人が努力をするとき、それが意志に依るものであれ、運命づけられていたものであれ、それが論理的であれ、神秘的であれ、
その努力は生来のものだ、という主張であり、人間は時間の強要する順応性に束縛されずに自分なりの時間の綜合を生み出す能力があるのだ、という主張なのです。
(『グレン・グールド発言集』バッハの普遍性(1961年))

JSバッハの音楽は、ロココ様式の巨匠たちのあの静的な特質を示さないことにより、また、和声の簡潔さを、つまり、当時すでに優位を占めつつあった垂直的な強調を求める進歩的態度をとらないことにより、ある語彙を、生きた言語を、私たちに提供できるのです。それは、合理的に認識可能な芸術形式とは
おそらくこういうものだ、なとと語る言語ではありません。留め置かれ、いつまでも安定を得られないまま、さまざまな困難との調停を求め続ける人間について、そうした状況を克明に語る、生きた言語なのです。バッハの和声を一小節ずつ統計的に調べていくならば、本質的には息子たちやハイドンのものと
変わらないことがわかります。しかし、バッハを同時代や、次の世代の作曲家たちと区別するのは、まさにこの語彙の使い方、つまり、この和声語法なのです。バッハの音楽は、形式的に先が読めません。一個の芸術作品は静的な事象によって構造がおおまかに区切られていくはずだという考え方で育った世代の
聴き手は、バッハの輪郭、構造、そしてメッセージをしばしば誤解してきました。バッハの場合、ほとんどいかなる作品も、それ自体のみを担った構成上の輪郭を私たちに示すのが義務であって、その輪郭は私たちの知る他のいかなる作品にも当てはまりません。
(『グレン・グールド発言集』バッハの普遍性)

シェーンベルクに人が見出そうとするのは、それ自体を取り込み、楽曲のあらゆる局面を決定したり、あるいはそうしようと努める基礎的で微細な複合体です。これはバッハには当てはまりません。真空からは何も始まらないのです。動機の複合体の胚芽的輪郭が発展して無限の可能性に転じていくようなものは
存在しないのです。バッハの美学的原理は違います。彼にとって終わりは始まりのようであり、中間は始まりのようであり、また終わりのようであります。バッハの本質とは、継続的な動き、間断なき構造の流れなのです。もちろんこれは、はっきり申し上げておきますが、
バッハでは何も起こらないという意味ではありませんし、また、起こるものが、同等の効力を発揮して作品のどこか他の連結箇所に現われうるという意味でもありません。ただひとつ言えるのは、発生するこれらの変容の瞬間には──フーガ主題がその転回形の支持を受けて回帰する瞬間や、
不完全な転調が中断する瞬間がそれにあたりますが──楽曲全体の最初の音からも最後の音からも支持されるだけの必然性があり、それは事前に何の予想もしない人がひとたび聴いて理解すれば、必然的だと納得してもらえる瞬間だという点です。
(『グレン・グールド発言集』バッハの普遍性(1961年))

バッハで奇妙なのは、私たちが思い描くような、何年も先んじていたがために誤解された天才像というものにまったく適合しないところです。もちろん彼は誤解されていました。しかし時代に先んじていたからではなく、むしろ当時の音楽的傾向からすると、彼は何世代も時代遅れだったのです。
そしてバッハは、年を重ねるにつれて、時代の趨勢に自分の考え方を合わせようとしないどころか、過去の栄光を求めるノスタルジー、と同時代人の目に映ったに違いない領域に引きこもっていきました。
結局、バッハは音楽の分野で最大の頑固者だった。集団的な歴史プロセスの外に立つ独立独歩の芸術的良心。彼はその最高の例に数えられるのです。
(『グレン・グールド発言集』頑固者バッハ(1962年))

バッハの時代とは、非常に一般的な言い方をすると、理性の時代と呼べる時代でした。いや、理性の時代のひとつと言うべきかもしれません。同様の時代はそれまでにも何度もありましたから──。これは、基本的には、人間が、恐怖や予定調和説と闘った時代でした。
科学の不思議や人間の主導権を大胆に肯定した闘いだったのです。傲慢の時代、つまり、神々に対する不遜の時代という面もときに現われました。しかし、最も詩的な面をみるならば、科学の有用性と人間の誇らしき素質が、信仰の、魔術的、神秘的で畏怖すべき典礼とまだ共存できる時代でもあったのです。
それゆえ、バロック時代の最良の詩、美術、音楽は、この譲歩の感覚に影響を受けています。つまり、人間の意志と運命の冷酷な力とのあいだに調停を求める態度がここにはある。確かにこの力強い精神的な譲歩は、バッハの音楽に目的や苦痛や情熱を与えてくれましたが、
この進歩は、彼の生前でさえ、同世代のほかの芸術家にとってはいっそう達成しにくいものになりました。そして、ゆっくりと、しかし確実に、事実においても論理においても、予測可能なものと説明可能なものは哲学的前提の基礎となっていきました。
(『グレン・グールド発言集』頑固者バッハ(1962年))

バッハが亡くなるまでに、その世界は、彼が生まれた頃とはかなり違った場所になっていました。論理的であることを切望する世界、若者たちや若い発想を求める世界に変わりはてていたのです。バッハが他界したとき、音楽の巨匠と見なされていたのは彼ではなく、むしろその息子たちでした。
息子たちは父親の知っていたものとはまったく異なる音楽語法の大家だったのです。新しい音楽様式の下地作りをしたのは、ほかならぬこの息子たちとその仲間たち──十代のヨーゼフ・ハイドンなどの作曲家たち──でした。
新しい音楽様式になりますと、当時、あらゆる科学的楽天主義、おめでたいほど論理的かつ哲学的なあらゆる思想が、それに対応する存在を芸術の世界に見出しました。それは、すでに人と神との交流から人と人との交流に目的を変えていた芸術でした。
人間の境遇が驚くほど豊かでかつ名状しがたいほど複雑であることを音楽の分野で実感させてくれるのはゼバスチャン・バッハの持ち味でしたが、この新しい芸術の世界にそれを発揮する場はなかったのです。
(『グレン・グールド発言集』頑固者バッハ(1962年))

音楽活動の中心が教会から劇場に移行していく時代、新しい芸術が合理的な世界を合理的に反映するようになる時代、蓋然性を扱い、神秘的なものに関与しないことが求められる時代がすでに到来していました。人間的条件を超越したいという熱望は、芸術から消えつつありました。──確かにそれは、例えば、
ベートーヴェンの作品の本質ではありました。彼が人間的可能性を超えて前進しようと奮闘しているのを私たちは感じます。しかし、ベートーヴェンの芸術の凄さは、むしろその奮闘ぶりにあるのであって、ときおり達成される超越の境地にあるのではないのです。
新しい時代には新しい音楽形式が生まれました。交響曲とソナタは、この新しい積極的な人間性がそれ自身を表現するために作った器楽形式でした。これらの形式は、主に、機能和声体系の簡略化と明確化に依拠していました。調的和声の曖昧な関係に頑丈な系統樹を与えたのです。
こうした形式に音楽主題の役割の新しい捉え方が現われました。人々の主題の用い方は、バッハの音楽がそうであったような、作品のあらゆる面に滲み出るものではなく、ある特別なもの、著しく波乱に富んだもの、瞬間に属するようなものです。
(『グレン・グールド発言集』頑固者バッハ(1962年))

もはやバッハは、息子たちとは異なり、簡潔な和声的効果や、隣り合う主題それぞれを明確に定義しはしませんでした。
シンメトリカルな音楽構成を誇る息子たちの音楽は、合理的に達成された芸術形式の思索的な蓋然性に関わっているように思われますが、その一方、バッハの音楽には、永遠にうねり続ける
和声的運動の流れがあり、たくさんの旋律線が複雑に絡み合っていて、この音楽は、留め置かれ、いつまでも安定を得られない人間の状況を示唆しているように思われるのです。バッハの音楽においては誰も大きな驚きを期待しませんが、大きな瞬間、名状しがたい技法的達成に何度も遭遇することになります。
しかし、ひとつの作品に触れるとき、作品全体がこめられていない瞬間や表現など、期待するべくもない。バッハの音楽において私たちが期待し、愛するようになるのは、事象の恒常性、発展の線的継続性、運動の確実性です。そもそもバッハにとって芸術とは、信仰の何たるかを表現する手段だったのです。
無邪気に導かれるままに何かを体験し、不変で十全たる存在が現世の困難や誘惑によって阻まれ、それでも必ずやそれらの誘惑に打ち勝ち、波瀾万丈の人生のドラマが生まれる。信仰の何たるかとはそういうことです。
(『グレン・グールド発言集』頑固者バッハ(1962年))

20世紀初頭のバッハ研究の最も盛んであった数年間には、彼のカンタータや受難曲は、ヴァーグナーの《指環》のライトモチーフの技法と同様の微視的な分析を受けたのです。
このカンタータ(BWV54)の絵画的特徴を強調しすぎるのはたいへん危険です。例えば、冒頭のフレーズに劇的な見方を適用するなら、
属十一和音と呼ばれるものは、魂の清廉を求める戦いの緊張と不協和を描いているとか、その主和音による解決は精神的な勝者を待つ安心感の境地を描く、などと主張するのはたやすいですし、それはそれで立派な分析ではあります。けれども、冒頭の和音は犠牲・戦いを求める迷惑な態度を意味するのであり、
主和音による解決は、罪の安らぎと快楽を表わすのだ、などと小理屈をこねる人が出ないとも限りません。バッハがそんな見方に同意したとは思いませんが、ここからわかるのは、バッハの音楽にこの種の劇的な解釈を適用するのはたいへん危険だということです。
(『グレン・グールド発言集』頑固者バッハ)

なぜバッハの作品があれほどまでに胸に迫るかといえば、その理由のひとつに、あの驚異的な線的想像力の限界を乗り越えようと懸命に励む彼の様子がありありと見えてくるという事実があります。何しろバッハはドイツ人であるがゆえに、初期バロック音楽の対抗する二つの趨勢の間に立っていたのですから。
ひとつは、北の趨勢、つまり、対位法的な様式──作品の旋律的な展開──がもともと声楽の前提にあるオランダやフランドルの伝統の趨勢と、もうひとつは、南の趨勢、つまり、器楽様式の流麗な多様性がそれぞれの手法の根源となるイタリアの趨勢です。
人生の終わりに近づくにつれて、バッハはひとつの新しい様式にのっとって作曲するようになりました。それは、対立しあう二つの音楽様式の勢力が実に感動的な結合をした様式であり、また、そこでは、器楽様式の鋭敏さと幅広さが声楽様式の簡潔性と純粋性に結びついているのです。
ところが、彼の時代の音楽芸術において急速に結晶化していった傾向のすべては、バッハの《フーガの技法》にあるものとは正反対でした。
(『グレン・グールド発言集』頑固者バッハ(1962年))

聴き手と芸術作品との関係は、言語という不正確なものでまとめられているのがわかります。私達は、最大限の誠意をこめて、歴史的変化という誇張された概念を視覚化してしまいがちです。私達には、歴史を理解しやすく、近づきやすく、教えやすいものにするために必要なあらゆる理由づけを求めるあまり、
あれこれの歴史的推移をひどく誇張する傾向や、歴史的姿勢の修整において、ある要素とその否定とのあいだの絶え間ないテーゼとアンチテーゼの概念が存在すると考える傾向があるのです。私たちはこうした歴史の時代区分に術語をあれこれ割り当てていきます。そうした術語は、その相互関係を
明らかにする術語集に収められる限りにおいては十分に有効なものです。しかし、私達が描こうとしている有機的な創造プロセスの最終段階と照合するならば、それらの術語は嘆かわしいほどに不正確で危険なものとわかります。
(『グレン・グールド発言集』創造プロセスにおける贋造と模倣の問題(1963年))

レガート楽器としてのピアノという発想は、十九世紀が進むにつれてますます強まりましたが、その結果生まれてくる演奏は、機敏な聴き手が、曲を聴きながら指揮者よろしく手を振りまわすことがおいそれとできないものばかりでした。こんな風に考えられる傾向がいつもあったと思うのですが、つまり、
指揮者がある種のルバートを強制的にやろうとすれば、オーケストラの百人もの団員たちが立ち上がって抗議するでしょうけれど、ピアノが反発してピアニストに抗議することはありません。ですから、ピアノでは何をしてもとがめられる必要はないし、とがめられるべきではないわけです。
この「とがめられない」システムこそが、偉大なる伝統として漠然と知られてきたものなのです。これこそがピアノ的な誘惑にこめられた非常に人騒がせな要素だと私はかねてから考えています。ほとんどの場合、そういうルバートで弾く必要はないのです。例外は、ルバートそのものが、ほとんど、
機械的な要素と化している場合、とは言いたくないですね──ほとんど、構造上の計画にはっきりと組み入れられている場合、だけです。ピアノにはできるからという思い込みでルバートをひたすら濫用するなんて、私には何の意味もありません。
(『グレン・グールド発言集』インタビュー6(1980年))

もしも残りの人生を無人島で暮らさなくてはならなくなり、常にひとりの作曲家の音楽しか聴いたり弾いたりできなくなったとすれば、私の選ぶ作曲家はほぼ間違いなくバッハでしょう。実際バッハの音楽ほど包括的な音楽はほかに思いつきません。本当に心を動かされますし、本当に堅実ですし、
あまり適切な言葉ではないかもしれませんが、バッハの音楽の価値、とでも言いましょうか、それは、その技術や輝きにあるのではなく、もっと大切なものがそこにこめられている点にあります。それはすなわち、人間性です。
(『グレン・グールド書簡集』デビー・バーカーへの手紙 1967.5.22)

バッハの音楽の多くは、オルガンを念頭に作曲されたのだから、きちんと再現するには絶対にオルガンでなくてはならない。これはもちろん立派な正論です。しかしその一方、ハープシコードやクラヴィコードのために書かれたバッハの作品のかなり多くは、現代のピアノでも、
透明感や歴史性をそれほど損なわずに再現可能ではないかと私は考えています。おそらくこれは多分に演奏者の姿勢の問題でしょう。またこうも思うのです。バッハに影響を及ぼしたその演奏をめぐるさまざまな事情を念頭に置くならば──そして、
どのような楽器を選ぶかという問題のあらゆる側面に対してバッハが高潔なる侮蔑の態度をしばしば示し、楽器を一切指定しない、オルガンでもハープシコードでも、弦楽四重奏でも大編成の弦楽オーケストラでもそれなりに演奏できる「フーガの技法」といった作品を書いたという事実を特に念頭に置くならば
──現代のピアノという楽器はこうした音楽の演奏に実に適していると考えているのはあながち見当はずれではない、と。
(『グレン・グールド書簡集』ヴィヴェカ・ヒルネルへの手紙 1968.9.25)

幻想曲ハ短調の件ですが、この作品を演奏したことが一度もないので、適切なテンポについて思いつきを申し上げる気にはどうしてもなれません。とにかく、おっしゃるとおり、バッハにおいて、いやそれこそあらゆる音楽においてもそうですが、
何より大切なのは、うまい表現だと思いますが「おのれの鑑識眼」です。ご存じのように平均律において私の採用したテンポの多くはかなり非正統的です。華々しい効果を狙ったり、聴き手に特別な衝撃を与えようとしたテンポはひとつもなかったのですが(だいたいにおいて、
私はこの作品の「伝統的な」弾き方がどのようなものか、あまりよく知りませんでした)、こうした作品は実にさまざまな見方ができますので、「唯一無二の」コンセプトを強いることは不可能だと考えております。
(『グレン・グールド書簡集』ポール・ホリス=エレリーへの手紙 1970.10.17)

演奏会で、弾くつもりでいたリピート、しかも作品の安定感を出すのに不可欠なリピートを、軽率にも、弾かずに先に進んでしまったとします。曲の輪郭は、新しい、必ずしも歓迎できないものとなるでしょう。「そりゃそうさ」と演奏会の布教者たちは叫びました。
「でも、この公開のスペクタクルを、ひとつの出来事、事件に、文字どおり一生に一度だけの、つまり繰り返すことのない出来事に、実に人間らしい不完全性へのモニュメントに変えてくれるのは、まさにそうした偶然のおかげなんだよ。」
はて、私には奇妙な主張に思われます。こんな主張をするのは、芸術は人間生活の決まりきった営みから簡単に切り離せると思っている人だけです。
不完全な成果を求めたり、望んだりする考え方は確かにあります。人間性の不完全な状態を映し出す鏡を求めているとも言えるかもしれませんが、
芸術はそうした状態を自分のモデルとすることを期待されています。しかしこういう考え方は、人間性を装いつつも、実はどこまでも非人間的であり、古風な言い方をすれば、ふしだらです。なのにしかるべき論議はまったくなされていません。
(『グレン・グールド書簡集』宛先不明 1971年)

バッハの作品の大多数は、ハープシコードにでもオルガンにでも、それこそ現代ピアノにでも、ほぼ見事に移し替えて演奏できます。私は堅く信じているのですが、この楽器に対する無差別は重要な役割を担っています。それは、バッハの音楽に対する私たちの、かなり個別化されているかもしれない視点を、
恥じらうことなく自由に音にできるようにしてくれるという役割です。十九世紀後半の音楽の場合、細かな記譜法と楽器への具体的嗜好が創作概念の一部になっている。ところがバッハの音楽は、精密な構造と自由な即興性とが奇妙に結合しているため、演奏家は自分の個性を発揮する勇気を与えられるのです。
言うまでもなく、そうした個性はバッハの音楽の多くに滲み出ている基本的な哲学的かつ宗教的態度と、少なくともある程度は調和しなくてはなりません。もちろんバッハの全作品に備わる具体的な対位法的構図と調和する必要もあります。
(『グレン・グールド書簡集』キミコ・ナカヤマへの手紙 1972.11.12)

私は基本的にはこう考えています。人は、当然ながら、おのれこそおのれの最良の批評家であって、他人の意見に耳を貸すのにはかなり慎重にならなくてはいけないということです。もちろんこれは学究的な姿勢に逆らう考え方だとは承知しています。──しかし、それなら私の抱くかなり奇妙な信念の多くも
反学究的となりますが──私はこう確信しています。創造性とは、何よりひとつのものに賭けるひたむきな探究によって、そして、世間の趨勢や嗜好や流行等を関知せず、ひたすら自分の資質を磨くことによってこそ高められるのです。
(『グレン・グールド書簡集』ウィリアム・クラークへの手紙 1973.2.14)

ナポレオン

皇帝は、しかも、新しい状況にあって、このうえなく静かな人物であることを示されたいと思っています。皇帝はみずからのうちに身を引かれています、何ものも欲さず、望まれず。そしてすべてを感じ、すべてに堪えられて。運命が、皇帝から力を奪ったかもしれません。しかし、皇帝ご自身への敬意は、
何ものによっても取り去ることはできないのです。ご自身の威厳を認識され、これに気づかいをお示しになることは、皇帝に残された唯一のことであり、これに対してのみ皇帝は、支配者であるとみずからおっしゃることができるのです。
(ラス・カーズ『セント・ヘレナ日記抄』1816.4.27)

私は自分の生命に終止符など打たぬ。そんなことは臆病者のすることだと考える。不幸を乗り越えるのが高貴で勇気あることなのだ! この世では、誰もが、その運命を全うする義務があるのだ!
しかし私をここに引き止めようというつもりなら、君らは私に、まるで善行を施すように、死を与えねばならない。なぜなら、ここに私がいることは、毎日死ぬことに変わりないからだ! この島は私には小さすぎる、毎日、十里、十五里や二十里も馬で駆けまわっていた私には。
天候は私たちの国の天候ではない。私たちが知っている太陽でも、季節でもない。ここにあるすべてのものが、死ぬほど退屈だ! 環境は不快で、健康に有害だ。水もない。島のこの一角は砂漠のようで、そのために住民はここから立ち去ったのだ!
(ラス・カーズ『セント・ヘレナ日記抄』1816.4.30)

「人間は、超自然的世界を好む」と皇帝は言われた。「それは人間にとって抗しがたい魅力がある。人間は、自分につくり上げられた世界を追い求めるために、自分を取り巻く世界をいつでも離れる気持ちでいる。彼は自分を欺くものに身を任せる。真実は、我々を取り囲むすべてが驚異的であるということだ。
それはまったく、厳密な意味での現象ではない。自然においては、すべてが現象なのだ。私の存在は現象であり、暖炉にくべて私を暖める薪も現象である。このように私を照らしている光も現象である。あらゆる根本的原因や私の知性、能力も現象である。すべてが現象であるからだが、我々はそれをどのように
定義すればればよいのかわからないのだ」皇帝は言葉を続けられた。
「山師はみな、おおいに精神的なことを言う。彼らの理屈はあたっているものかもしれないし、人の心を引きつける。ただ、事実が欠けているから、結論は偽りとなるのだ」
(ラス・カーズ『セント・ヘレナ日記抄』1816.7.22)

フォン・ノイマン

あらゆる人間の経験から切り離したところに、数学的厳密性という絶対的な概念が不動の前提として存在するとは、とても考えられない。
(フォン・ノイマン)

現象は観察者から切り離されていない。むしろ観察者の個性に組み込まれ、巻き込まれているのである。
……それゆえに、わたしたちが観察にさいしてはできるだけ対象を意識し、対象を考えるにさいしてはできるだけわたしたち自身を意識していることがいちばんよいのだ。
見解が世界から消えれば、しばしば対象そのものもそれとともに失われる。より高い意味では、見解がすなわち対象だと言うことができるからである。
(ゲーテ『箴言と省察』認識と学問)

オイゲン・ヘリゲル

ある日私は師範に尋ねた、「いったい射というのはどうして放されることができましょうか、もし“私が”しなければ」と。
「“それ”が射るのです」と彼は答えた。
(オイゲン・ヘリゲル『弓と禅』)

オーエン・コルファー

「番号順」と言われて、小さい数から大きい数の順に並べることだと思う人にとっては、これはそのとおりだ。しかし、平凡な数から独創的な数の順に並べることだと思う人にとってはそうではない。
たとえばフォルファングナメクジは、数の価値をその形状の芸術的完成度に基づいて決めている。フォルファング星のスーパーのレシートはこの世のものとも思えない美しさだが、この惑星の経済は少なくとも週に一度は破綻している。
(オーエン・コルファー『新 銀河ヒッチハイク・ガイド』まえがき)

孫子

戦争してうち勝って天下の人々が立派だとほめるのでは、最高にすぐれたものではない。無形の勝ちかたをしなければならぬ。だから、細い毛を持ちあげるのでは力持ちとはいえず、太陽や月が見えるというのでは目が鋭いとはいえず、雷のひびきが聞えるというのでは耳がさといとはいえない。
昔の戦いに巧みといわれた人は、ふつうの人では見わけのつかない、勝ちやすい機会をとらえてそこでうち勝ったものである。だから戦いに巧みな人が勝ったばあいには、智謀すぐれた名誉もなければ、武勇すぐれた手がらもない。そこで、彼が戦争をしてうち勝つことはまちがいがないが、
そのまちがいがないというのは、彼がおさめた勝利のすべては、すでに負けている敵に勝ったものだからである。
それゆえ、戦いに巧みな人は、身分を絶対に負けない不敗の立場において敵の〔態勢がくずれて〕負けるようになった機会を逃さないのである。
以上のようなわけで、勝利の軍は〔開戦前に〕まず勝利を得てそれから戦争しようとするが、敗軍はまず戦争を始めてからあとで勝利を求めるあのである。
(孫子 形篇2)

論語

老先生の教え。〔弟子が、〕心に求めるものがあってもまだそれがはっきりしないときは、それをこうだと示してやらない。求めるものが分かっても表現できないときは、それをこうだと引き起こしてやらない。
一部(一隅)を示してやって、それで全体(その他の三隅と合わせて四隅)をつかもうとしないときは、それ(一隅)を二度と教えることをしない。
(『論語』述而7:8)

子曰く、述べて作らず、信じて古を好む。窃かに我を老彭に比う。
(『論語』述而7:1)

子曰く、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。
(『論語』子路13:23)

子曰く、君子は上達し、小人は下達す。
(『論語』憲問14:23)

子曰く、唯女子と小人とは養い難しと為す。之を近づくれば、則ち不孫なり。之を遠ざくれば、則ち怨む。
(『論語』陽貨17:22)

子貢が質問した。「その土地の人のだれもが〔あの人は〕善い人だとの評判がありましたらどうでしょうか」と。老先生は「まだ善人とは言えない」とお答えになられた。〔子貢は重ねて問うた。〕「〔善人は世に受け入れられないものです。とすれば〕
その土地の人のだれからも憎まれておりましたら、どうでしょうか」と。老先生のお答え。「まだ善人とは言えない。その土地の善人が善いとし、悪人が悪(にく)むことがあってはじめて、本当の善人と言えるのだ」。
(『論語』子路13:24)

太宰治

つまり自分には、人間の営みというものが未だに何もわかっていない、という事になりそうです。自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、まるで食いちがっているような不安、自分はその不安のために夜々、転輾し、呻吟し、発狂しかけた事さえあります。
自分は、いったい幸福なのでしょうか。自分は小さい時から、実にしばしば、仕合せ者だと人に言われて来ましたが、自分ではいつも地獄の思いで、かえって、自分を仕合せ者だと言ったひとたちのほうが、比較にも何もならぬくらいずっとずっと安楽なように自分には見えるのです。
自分には、禍いのかたまりが十個あって、その中の一個でも、隣人が脊負ったら、その一個だけでも充分に隣人の生命取りになるのではあるまいかと、思った事さえありました。
(太宰治『人間失格』)

つまり、わからないのです。隣人の苦しみの性質、程度が、まるで見当つかないのです。プラクテカルな苦しみ、ただ、めしを食えたらそれで解決できる苦しみ、しかし、それこそ最も強い痛苦で、自分の例の十個の禍いなど、吹っ飛んでしまう程の、凄惨な阿鼻地獄なのかも知れない、それは、わからない、
しかし、それにしては、よく自殺もせず、発狂もせず、政党を論じ、絶望せず、屈せず生活のたたかいを続けて行ける、苦しくないんじゃないか? エゴイストになりきって、しかもそれを当然の事と確信し、いちども自分を疑った事が無いんじゃないか? それなら、楽だ、しかし、人間というものは、
皆そんなもので、またそれで満点なのではないかしら、わからない、……夜はぐっすり眠り、朝は爽快なのかしら、どんな夢を見ているのだろう、道を歩きながら何を考えているのだろう、金? まさか、それだけでも無いだろう、人間は、めしを食うために生きているのだ、という説は聞いた事があるような
気がするけれども、金のために生きている、という言葉は、耳にした事が無い、いや、しかし、ことに依ると、……いや、それもわからない、……考えれば考えるほど、自分には、わからなくなり、自分ひとり全く変っているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです。
(太宰治『人間失格』)

そこで考え出したのは、道化でした。
それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。
(太宰治『人間失格』)

人間に訴える、自分は、その手段には少しも期待できませんでした。父に訴えても、母に訴えても、お巡りに訴えても、政府に訴えても、結局は世渡りに強い人の、世間に通りのいい言いぶんに言いまくられるだけの事では無いかしら。
必ず片手落のあるのが、わかり切っている、所詮、人間に訴えるのは無駄である、自分はやはり、本当の事は何も言わず、忍んで、そうしてお道化をつづけているより他、無い気持なのでした。
(太宰治『人間失格』)

しかし、こんなのは、ほんのささやかな一例に過ぎません。互いに欺き合って、しかもいずれも不思議に何の傷もつかず、欺き合っている事にさえ気がついていないみたいな、実にあざやかな、それこそ清く明るくほがらかな不信の例が、人間の生活に充満しているように思われます。
(太宰治『人間失格』)

あまりに人間を恐怖している人たちは、かえって、もっともっと、おそろしい妖怪を確実にこの眼で見たいと願望するに到る心理、神経質な、ものにおびえ易い人ほど、暴風雨の更に強からん事を祈る心理、ああ、この一群の画家たちは、人間という化け物に傷めつけられ、おびやかされた揚句の果、
ついに幻影を信じ、白昼の自然の中に、ありありと妖怪を見たのだ、しかも彼等は、それを道化などでごまかさず、見えたままの表現に努力したのだ、竹一の言うように、敢然と「お化けの絵」をかいてしまったのだ、ここに将来の自分の、仲間がいる、と自分は、涙が出たほどに興奮し、
「僕も画くよ。お化けの絵を画くよ。地獄の馬を、画くよ」
と、なぜだか、ひどく声をひそめて、竹一に言ったのでした。
(太宰治『人間失格』)

自分は、皆にあいそがいいかわりに、「友情」というものを、いちども実感した事が無く、堀木のような遊び友達は別として、いっさいの附き合いは、ただ苦痛を覚えるばかりで、その苦痛をもみほぐそうとして懸命にお道化を演じて、かえって、へとへとになり、
わずかに知合っているひとの顔を、それに似た顔をさえ、往来などで見掛けても、ぎょっとして、一瞬、めまいするほどの不快な戦慄に襲われる有様で、人に好かれる事は知っていても、人を愛する能力に於いては欠けているところがあるようでした。
(太宰治『人間失格』)

好きだったからなのです。自分には、その人たちが、気にいっていたからなのです。しかし、それは必ずしも、マルクスに依って結ばれた親愛感では無かったのです。
非合法。自分には、それが幽かに楽しかったのです。むしろ、居心地がよかったのです。世の中の合法というもののほうが、
かえっておそろしく、(それには、底知れず強いものが予感せられます)そのからくりが不可解で、とてもその窓の無い、底冷えのする部屋には坐っておられず、外は非合法の海であっても、それに飛び込んで泳いで、やがて死に到るほうが、自分には、いっそ気楽のようでした。
(太宰治『人間失格』)

どうせ、ばれるにきまっているのに、そのとおりに言うのが、おそろしくて、必ず何かしら飾りをつけるのが、自分の哀しい性癖の一つで、それは世間の人が「嘘つき」と呼んで卑しめている性格に似ていながら、しかし、自分は自分に利益をもたらそうとしてその飾りつけを行った事はほとんど無く、
ただ雰囲気の興覚めた一変が、窒息するくらいにおそろしくて、後で自分に不利益になるという事がわかっていても、れいの自分の「必死の奉仕」それはたといゆがめられ微弱で、馬鹿らしいものであろうと、
その奉仕の気持から、つい一言の飾りつけをしてしまうという場合が多かったような気もするのですが、しかし、この習性もまた、世間の所謂「正直者」たちから、大いに乗ぜられるところとなりました
(太宰治『人間失格』)

「おい、おい、座蒲団の糸を切らないでくれよ」
自分は話をしながら、自分の敷いている座蒲団の綴糸というのか、くくり紐というのか、あの総のような四隅の糸の一つを無意識に指先でもてあそび、ぐいと引っぱったりなどしていたのでした。
堀木は、堀木の家の品物なら、座蒲団の糸一本でも惜しいらしく、恥じる色も無く、それこそ、眼に角を立てて、自分をとがめるのでした。考えてみると、堀木は、これまで自分との附合いに於いて何一つ失ってはいなかったのです。
(太宰治『人間失格』)

ああ、人間は、お互い何も相手をわからない、まるっきり間違って見ていながら、無二の親友のつもりでいて、一生、それに気附かず、相手が死ねば、泣いて弔詞なんかを読んでいるのではないでしょうか。
(太宰治『人間失格』)

(幸福なんだ、この人たちは。自分という馬鹿者が、この二人のあいだにはいって、いまに二人を滅茶苦茶にするのだ。つつましい幸福。いい親子。幸福を、ああ、もし神様が、自分のような者の祈りでも聞いてくれるなら、いちどだけ、生涯にいちどだけでいい、祈る)
(太宰治『人間失格』)

(それは世間が、ゆるさない)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)
(世間じゃない。あなたでしょう?)
(いまに世間から葬られる)
(世間じゃない。葬むるのは、あなたでしょう?)
(太宰治『人間失格』)

ああ、われに冷き意志を与え給え。われに、「人間」の本質を知らしめ給え。人が人を押しのけても、罪ならずや。われに、怒りのマスクを与え給え。
(太宰治『人間失格』)

不幸。この世には、さまざまの不幸な人が、いや、不幸な人ばかり、と言っても過言ではないでしょうが、しかし、その人たちの不幸は、所謂世間に対して堂々と抗議が出来、また「世間」もその人たちの抗議を容易に理解し同情します。
しかし、自分の不幸は、すべて自分の罪悪からなので、誰にも抗議の仕様が無いし、また口ごもりながら一言でも抗議めいた事を言いかけると、ヒラメならずとも世間の人たち全部、よくもまあそんな口がきけたものだと呆れかえるに違いないし、
自分はいったい俗にいう「わがままもの」なのか、またはその反対に、気が弱すぎるのか、自分でもわけがわからないけれども、とにかく罪悪のかたまりらしいので、どこまでも自らどんどん不幸になるばかりで、防ぎ止める具体策など無いのです。
(太宰治『人間失格』)

いまは自分には、幸福も不幸もありません。
ただ、一さいは過ぎて行きます。
自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「人間」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。
ただ、一さいは過ぎて行きます。
(太宰治『人間失格』)

自分は所謂「同志」に紹介せられ、パンフレットを一部買わされ、そうして上座のひどい醜い顔の青年から、マルクス経済学の講義を受けました。しかし、自分には、それはわかり切っている事のように思われました。それは、そうに違いないだろうけれども、人間の心には、もっとわけのわからない、
おそろしいものがある。慾、と言っても、言いたりない、ヴァニティ、と言っても、言いたりない、色と慾、とこう二つ並べても、言いたりない、何だか自分にもわからぬが、人間の世の底に、経済だけでない、へんに怪談じみたものがあるような気がして、その怪談におびえ切っている自分には、
所謂唯物論を、水の低きに流れるように自然に肯定しながらも、しかし、それに依って、人間に対する恐怖から解放せられ、青葉に向って眼をひらき、希望のよろこびを感ずるなどという事は出来ないのでした。
(太宰治『人間失格』)

「よくわからないけど、どうせ直治の師匠さんですもの、札つきの不良らしいわ」
「札つき?」と、お母さまは、楽しそうな眼つきをなさって呟き、「面白い言葉ね。札つきなら、かえって安全でいいじゃないの。鈴を首にさげている子猫みたいで可愛らしいくらい。札のついていない不良が、こわいんです」
「そうかしら」
うれしくて、うれしくて、すうっとからだが煙になって空に吸われて行くような気持でした。おわかりになります? なぜ、私が、うれしかったか。おわかりにならなかったら、……殴るわよ。
(太宰治『斜陽』)

日蔭者、という言葉があります。人間の世に於いて、みじめな、敗者、悪徳者を指差していう言葉のようですが、自分は、自分を生れた時からの日蔭者のような気がしていて、世間から、あれは日蔭者だと指差されている程のひとと逢うと、自分は、必ず、優しい心になるのです。
(太宰治『人間失格』)

親が破産しかかって、せっぱつまり、見えすいたつらい嘘をついている時、子供がそれをすっぱ抜けるか。運命窮まると観じて、黙って共に討死さ。
(太宰治『十五年間』)

日本人は、西洋の哲学、科学を研究するよりさきに、まず聖書一巻の研究をしなければならぬ筈だったのだ。わしは別に、クリスチャンではないが、しかし日本が聖書の研究もせずに、ただやたらに西洋文明の表面だけを勉強したところに、日本の大敗北の真因があったと思う。
自由思想でも何でも、キリストの精神を知らなくては、半分も理解できない。
(太宰治『パンドラの匣』)

真理を追究して闘った天才たちは、ことごとく自由思想家だと言える。わしなんかは、自由思想の本家本元は、キリストだとさえ考えている。思い煩うな、空飛ぶ鳥を見よ、播かず、刈らず、蔵に収めず、なんてのは素晴らしい自由思想じゃないか。
わしは西洋の思想は、すべてキリストの精神を基底にして、或いはそれを敷衍し、或いはそれを卑近にし、或いはそれを懐疑し、人さまざまの諸説があっても結局、聖書一巻にむすびついていると思う。科学でさえ、それと無関係ではないのだ。
(太宰治『パンドラの匣』)

「僕の作品なんかは、滅茶苦茶だけれど、しかし僕は、大望を抱いてゐるんだ。その大望が重すぎて、よろめいてゐるのが僕の現在のこの姿だ。君たちには、だらしのない無智な薄汚い姿に見えるだらうが、しかし僕は本当の気品といふものを知つてゐる。
松葉の形の干菓子を出したり、青磁の壺に水仙を投げ入れて見せたつて、僕はちつともそれを上品だとは思はない。成金趣味だよ、失敬だよ。本当の気品といふものは、真黒いどつしりした大きい岩に白菊一輪だ。土台に、むさい大きい岩が無くちや駄目なもんだ。それが本当の上品といふものだ。
君たちなんか、まだ若いから、針金で支へられたカーネーシヨンをコツプに投げいれたみたいな女学生くさいリリシズムを、芸術の気品だなんて思つてゐやがる。」
(太宰治『津軽』)

自分は、かつて聖書の研究の必要から、ギリシャ語を習いかけ、その異様なよろこびと、麻痺剤をもちいて得たような不自然な自負心を感じて、決して私の怠惰からではなく、その習得を抛棄した覚えがある。
あの不健康な、と言っていいくらいの奇妙に空転したプライドの中に君たちが平気でいつも住んでいるものとしたら、それは或いは、あのイエスに、「汝らは白く塗りたる墓に似たり、外は美しく見ゆれども、云々」と言われても仕方がないのではないかと思われる。
(太宰治『如是我聞』)

君〔志賀直哉〕について、うんざりしていることは、もう一つある。それは芥川の苦悩がまるで解っていないことである。
日蔭者の苦悶。弱さ。聖書。生活の恐怖。敗者の祈り。
君たちには何も解らず、それの解らぬ自分を、自慢にさえしているようだ。そんな芸術家があるだろうか。
(太宰治『如是我聞』)

志賀直哉氏に太宰治氏がかなはなかつたのは、太宰氏が志賀文学を理解してゐたにもかかはらず、志賀氏が、太宰文学を理解しなかつたといふ一事にかかつてをり、理解したはうが負けなのである。
芸術家の才能には、理解力を減殺する或る生理作用がたえず働らいてゐる必要があるやうに思はれる。理解力の過多は、芸術家としての才能にどこかしら欠陥があるのである。
(三島由紀夫『批評家に小説がわかるか』)

何がおいしくて、何がおいしくない、ということを知らぬ人種は悲惨である。私は、日本のこの人たちは、ダメだと思う。
芸術を享楽する能力がないように思われる。むしろ、読者は、それとちがう。文化の指導者みたいな顔をしている人たちのほうが、何もわからぬ。
読者の支持におされて、しぶしぶ、所謂不健康とかいう私(太宰)の作品を、まあ、どうやら力作だろう、くらいに言うだけである。
おいしさ。舌があれていると、味がわからなくて、ただ量、或いは、歯ごたえ、それだけが問題になるのだ。
せっかく苦労して、悪い材料は捨て、本当においしいところだけ選んで、差し上げているのに、ペロリと一飲みにして、これは腹の足しにならぬ、もっとみになるものがないか、いわば食慾に於ける淫乱である。私には、つき合いきれない。
(太宰治『如是我聞』)

僕は、絶対に詭弁家ではない。僕は、リアリストだ。なんでも、みな、正確に知っている。自分の馬鹿さ加減も、見っともなさも、全部、正確に知っている。そればかりでは無い。僕は、ひとのうしろ暗さに対しても敏感だ。ひとの秘密を嗅ぎつけるのが早いのだ。これは下劣な習性だ。
悪徳が悪徳を発見するという諺もあるけれど、まさしくそのとおり、ひとの悪徳を素早く指摘できるのは、その悪徳と同じ悪徳を自分も持っているからだ。自分が不義をはたらいている時は、ひとの不義にも敏感だ。誇りになるどころか、実に恥ずべき嗅覚だ。
(太宰治『新ハムレット』)

私は神に言われるかもしれない。「私は、おまえ自身の申告により、おまえを裁く。おまえは、自分自身のふりを他人に見て、それにたいする吐き気で身震いしたではないか」。
(ヴィトゲンシュタイン 反哲学的断章 1951)

本当に愛しているのだから黙っているというのは、たいへん頑固なひとりよがりだ。好きと口に出して言う事は、恥ずかしい。それは誰だって恥ずかしい。けれども、その恥ずかしさに眼をつぶって、怒濤に飛び込む思いで愛の言葉を叫ぶところに、愛情の実体があるのだ。
黙って居られるのは、結局、愛情が薄いからだ。エゴイズムだ。どこかに打算があるのだ。あとあとの責任に、おびえているのだ。そんなものが愛情と言えるか。てれくさくて言えないというのは、つまりは自分を大事にしているからだ。怒濤へ飛び込むのが、こわいのだ。本当に愛しているならば、
無意識に愛の言葉も出るものだ。どもりながらでもよい。たった一言でもよい。せっぱつまった言葉が、出るものだ。猫だって、鳩だって、鳴いてるじゃないか。言葉のない愛情なんて、古今東西、どこを捜してもございませんでした、とお母さんに、そう伝えてくれ。
(太宰治『新ハムレット』)

所謂「思想家」たちの書く「私はなぜ何々主義者になったか」などという思想発展の回想録或いは宣言書を読んでも、私には空々しくてかなわない。彼等がその何々主義者になったのには、何やら必ず一つの転機というものがある。そうしてその転機は、たいていドラマチックである。感激的である。
私にはそれが嘘のような気がしてならないのである。信じたいとあがいても、私の感覚が承知しないのである。実際、あのドラマチックな転機には閉口するのである。鳥肌立つ思いなのである。
(太宰治『苦悩の年鑑』)

私は「思想」という言葉にさえ反撥を感じる。まして「思想の発展」などという事になると、さらにいらいらする。猿芝居みたいな気がして来るのである。いっそこう言ってやりたい。
「私には思想なんてものはありませんよ。すき、きらいだけですよ。」
(太宰治『苦悩の年鑑』)

「芸術的」という、あやふやな装飾の観念を捨てたらよい。生きる事は、芸術でありません。自然も、芸術でありません。さらに極言すれば、小説も芸術でありません。
小説を芸術として考えようとしたところに、小説の堕落が胚胎していたという説を耳にした事がありますが、自分もそれを支持して居ります。創作に於いて最も当然に努めなければならぬ事は、「正確を期する事」であります。その他には、何もありません。
(太宰治『風の便り』)

ヤケ酒というのは、自分の思っていることを主張できない、もどっかしさ、いまいましさで飲む酒の事である。いつでも、自分の思っていることをハッキリ主張できるひとは、ヤケ酒なんか飲まない。(女に酒飲みの少いのは、この理由からである)
私は議論をして、勝ったためしが無い。必ず負けるのである。相手の確信の強さ、自己肯定のすさまじさに圧倒せられるのである。そうして私は沈黙する。しかし、だんだん考えてみると、相手の身勝手に気がつき、ただこっちばかりが悪いのではないのが確信せられて来るのだが、いちど言い負けたくせに、
またしつこく戦闘開始するのも陰惨だし、それに私には言い争いは殴り合いと同じくらいにいつまでも不快な憎しみとして残るので、怒りにふるえながらも笑い、沈黙し、それから、いろいろさまざま考え、ついヤケ酒という事になるのである。
(太宰治『桜桃』)

太宰治「信じるところに現実はあるのであって、現実は決して人を信じさせる事が出来ない」

内村鑑三「実物をもって信仰を証明するのではない、信仰をもって実物を証明するのである」

ドストエフスキー「現実主義者にあっては、信仰が奇蹟から生れるのではなく、奇蹟が信仰から生れるのである」

文章の中の、ここの箇所は切り捨てたらよいものか、それとも、このままのほうがよいものか、途方にくれた場合には、必ずその箇所を切り捨てなければいけない。いわんや、その箇所に何か書き加えるなど、もってのほかというべきであろう。
(太宰治『もの思う葦』)

人は弱さ、しゃれた言いかたをすれば、肩の木の葉の跡とおぼしき箇所に、射込んだふうの矢を真実と呼んでほめそやす。けれども、そんな判り切った弱さに射込むよりは、それを知っていながら、わざとその箇所をはずして射ってやって、相手に、知っているなと感づかせ、
しかも自分はあくまでも、知らずにしくじったと呟いて、ほんとうに知らなかったような気になったりするのもまた面白くないか。虚栄の市の誇りもここにあるのだ。
(太宰治『もの思う葦』)

私は、人のちからの佳い成果を見たくて、旅行以来一月間、私の持っている本を、片っぱしから読み直した。法螺でない。どれもこれも、私に十頁とは読ませなかった。私は、生れてはじめて、祈る気持を体験した。「いい読みものが在るように。いい読みものが在るように。」いい読みものがなかった。
二三の小説は、私を激怒させた。内村鑑三の随筆集だけは、一週間くらい私の枕もとから消えずにいた。私は、その随筆集から二三の言葉を引用しようと思ったが、だめであった。全部を引用しなければいけないような気がするのだ。
(太宰治『碧眼托鉢』)

人間のプライドの窮極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだ事があります、と言い切れる自覚ではないか。
(太宰治『東京八景』)

作家の一人間としての苦悩が、幽かにでも感ぜられないような作品は、私にとってなんの興味もございません。
(太宰治『風の便り』)

日本の映画は、そんな敗者の心を目標にして作られているのではないかとさえ思われる。野望を捨てよ。小さい、つつましい家庭にこそ仕合せがありますよ。お金持ちには、お金持ちの暗い不幸があるのです。あきらめなさい。と教えている。
世の敗者たるもの、この優しい慰めに接して、泣かじと欲するも得ざる也。いい事だか、悪い事だか、私にもわからない。
観衆たるの資格。第一に無邪気でなければいけない。荒唐無稽を信じなければいけない。大河内伝次郎は、必ず試合に勝たなければいけない。
或る教養深い婦人は、「大谷日出夫という役者は、たのもしくていいわ。あの人が出て来ると、なんだか安心ですの。決して負けることがないのです。芸術映画は、退屈です。」と言って笑った。美しい意見である。利巧ぶったら、損をする。
(太宰治『弱者の糧』)

横綱、男女川が、私の家の近くに住んでいる。すなわち、共に府下三鷹町下連雀の住人なのである。私は角力に関しては少しも知るところが無いのだけれど、それでも横綱、男女川に就いては、時折ひとから噂を聞くのである。噂に拠れば、男女川はその身長に就いての質問を何よりも恐れるそうである。
そうして自分の実際の身長よりも二寸くらい低く言うそうである。つまり、大男の自分を憎悪しているのである。自己嫌悪、含羞、閉口しているのであろう。必ずや神経のデリケエトな人にちがいない。自転車に乗って三鷹の駅前の酒屋へ用達しに来て、酒屋のおかみさんに叱られてまごついている事もある。
やはり、自転車に乗って三鷹郵便局にやって来て、窓口を間違ったり等して顔から汗をだらだら流し、にこりともせず、ただ狼狽しているのである。
私はそんな男女川の姿を眺め、ああ偉いやつだといつも思う。よっぽど出来た人である。必ずや誠実な男だ。
(太宰治『男女川と羽左衛門』)

「人間は、正直でなければならない、と最近つくづく感じます。おろかな感想ですが、きのうも道を歩きながら、つくづくそれを感じました。ごまかそうとするから、生活がむずかしく、ややこしくなるのです。正直に言い、正直に進んで行くと、生活は実に簡単になります。失敗という事が無いのです。
失敗というのは、ごまかそうとして、ごまかし切れなかった場合の事を言うのです。それから、無慾ということも大事ですね。慾張ると、どうしても、ちょっと、ごまかしてみたくなりますし、ごまかそうとすると、いろいろ、ややこしくなって、遂に馬脚をあらわして、つまらない思いをするようになります。
わかり切った感想ですが、でも、これだけの事を体得するのに、三十四年かかりました。」
(太宰治『一問一答』)

私は日記というものを、いままでつけた事がない。つけることが出来ないのである。
一日中に起った事柄の、どれを省略すべきか、どれを記載すべきか、その取捨の限度が、わからないのである。勢い、なんでもかでも、全部を書くことになって、一日かいて、もうへとへとになるのである。
正確に書きたいと思うから、なるべくは眠りに落ちる直前までの事を残さず書いてみたいし、実に、めんどうな事になるのである。それに、日記というものは、あらかじめ人に見られる日のことを考慮に入れて書くべきものか、神と自分と二人きりの世界で書くべきものか、そこの心掛けもむずかしいのである。
結局、日記帳は買い求めても、漫画をかいたり、友人の住所などを書き入れるくらいのもので、日々の出来事を記すことはできない。けれども、家の者は、何やら小さい手帖に日記をつけている様子であるから、これを借りて、それに私の註釈をつけようと決心したのである。
(太宰治『作家の像』)

本当に何も話題が無くていけません。画の話? それも困ります。以前は私も、たいへん画が好きで、画家の友人もたくさんあって、その画家たちの作品を、片端からけなして得意顔をしていた事もあったのですが、
昨年の秋に、ひとりでこっそり画をかいてみて、その下手さにわれながら呆れてそれ以来は、画の話は一言もしない事にきめました。このごろは、友人の作品にも、ひたすら感服するように心掛けています。
(太宰治『炎天汗談』)

小説と云うものは、本来、女子供の読むもので、いわゆる利口な大人が目の色を変えて読み、しかもその読後感を卓を叩いて論じ合うと云うような性質のものではないのであります。
小説を読んで、襟を正しただの、頭を下げただのと云っている人は、それが冗談ならばまた面白い話柄でもありましょうが、事実そのような振舞いを致したならば、それは狂人の仕草と申さなければなりますまい。
(太宰治『小説の面白さ』)

それでまた「徒党」について少し言ってみたいが、私にとって(ほかの人は、どうだか知らない)最も苦痛なのは、「徒党」の一味の馬鹿らしいものを馬鹿らしいとも言えず、かえって賞讃を送らなければならぬ義務の負担である。「徒党」というものは、はたから見ると、所謂「友情」によってつながり、
十把一からげ、と言っては悪いが、応援団の拍手のごとく、まことに小気味よく歩調だか口調だかそろっているようだが、じつは、最も憎悪しているものは、その同じ「徒党」の中に居る人間なのである。かえって、内心、頼りにしている人間は、自分の「徒党」の敵手の中に居るものである。
自分の「徒党」の中に居る好かない奴ほど始末に困るものはない。それは一生、自分を憂鬱にする種だということを私は知っている。
新しい徒党の形式、それは仲間同士、公然と裏切るところからはじまるかもしれない。
友情。信頼。私は、それを「徒党」の中に見たことが無い。
(太宰治『徒党について』)

三島由紀夫

ぐるりのひとびとは、しじゅう、自分が幸福なのだろうか、これでも陽気なのか、という疑問になやみつづけている。疑問という事実がもっともたしかなものであるように、これが幸福の、正当なあり方だ。然るに陵太郎ひとりは、『陽気なのだ』と定義づけ、確信のなかに自分をおいている。こうした順序で、
ひとびとのこころは、彼のいわゆる『確かな陽気さ』のほうへ傾いてゆく。とうとう仄かではあるが真実であったものが、勁くして偽りの機械のなかにとじこめられる。機械は力づよく動きだす。そうしてひとびとは自分が『自己偽瞞の部屋』のなかにいるのに気附かない。……
(三島由紀夫『仮面の告白』)

僕が早熟を装って見せたら、人々は僕を、早熟だと噂した。僕が、なまけものの振りをして見せたら、人々は僕を、なまけものだと噂した。僕が小説を書けない振りをしたら、人々は僕を、書けないのだと噂した。僕が嘘つきの振りをしたら、人々は僕を、嘘つきだと噂した。僕が金持ちの振りをしたら、
人々は僕を、金持ちだと噂した。僕が冷淡を装って見せたら、人々は僕を、冷淡なやつだと噂した。けれども、僕が本当に苦しくて、思わず呻いた時、人々は僕を、苦しい振りを装っていると噂した。どうも、くいちがう。
(太宰治『斜陽』)

心に染まぬ演技がはじまった。人の目に私の演技と映るものが私にとっては本質に還ろうという要求の表われであり、人の目に自然な私と映るものこそ私の演技であるというメカニズムを、このころからおぼろげに私は理解しはじめていた。
(三島由紀夫『仮面の告白』)

何か拭いがたい負け目を持った少年が、自分はひそかに選ばれた者だ、と考えるのは当然ではあるまいか。この世のどこかに、まだ私自身の知らない使命が私を待っているような気がしていた。
(三島由紀夫『金閣寺』)

人に理解されないということが唯一の矜りになっていたから、ものごとを理解させようとする、表現の衝動に見舞われなかった。人の目に見えるようなものは、自分には宿命的に与えられないのだと思った。孤独はどんどん肥った、まるで豚のように。
(三島由紀夫『金閣寺』)

「吃れ! 吃れ!」と柏木は、二の句を継げずにいる私にむかって、面白そうに言った。
「君は、やっと安心して吃れる相手にぶつかったんだ。そうだろう? 人間はみんなそうやって相棒を探すもんさ。それはそうと、君はまだ童貞かい?」
(三島由紀夫『金閣寺』)

まだ見ぬ金閣にいよいよ接する時が近づくにつれ、私の心には躊躇が生じた。どうあっても金閣は美しくなければならなかった。そこですべては、金閣そのものの美しさよりも、金閣の美を想像しうる私の心の能力に賭けられた。
(三島由紀夫『金閣寺』)

批評はそれ自体ひとつの芸術なんだ。そして芸術創作が批評能力のはたらきを含んでいて、それなしではまったく存在しえないのと同じで、批評もじつは言葉の最高の意味において創造的なんだ。批評は結局のところ創造的であると同時に独立的なんだよ。
(オスカー・ワイルド『芸術家としての批評家』)

美の無益さ、美がわが体内をとおりすぎて跡形もないこと、それが絶対に何ものをも変えぬこと、……柏木の愛したのはそれだったのだ。美が私にとってもそのようなものであったとしたら、私の人生はどんなに身軽になっていたことだろう。
(三島由紀夫『金閣寺』)

俺は君に知らせたかったんだ。この世界を変貌させるものは認識だと。いいかね、他のものは何一つ世界を変えないのだ。認識だけが、世界を不変のまま、そのままの状態で、変貌させるんだ。認識の目から見れば、世界は永久に不変であり、そうして永久に変貌するんだ。
(三島由紀夫『金閣寺』)

戦争がわれわれを恐怖や脅威に対して不感症にした。別段戦闘的になったわけでもないが、危機に対して鈍感なのである。きはめて鈍感な絶望主義や虚無主義やペシミスムや楽天主義が横行してゐる。一応強さうな人間がうようよしてゐる。今日ほど批評のさかんな時代はあるまいが、
今日ほど批評の怖ろしくない時代も少なからう。伝統派と革新派がお互ひにちつとも脅威を感じないで向ひ合つて立つてゐる。新らしい人が自己の新らしさについて一向戦リツもしてゐない。自己の新らしさを畏怖してもゐない。試みは凡て運動会のやうな秋空の下で決行される。
誰も自分の試みに滅ぼされさうな人間はゐない。新らしいものと古いものが、お互ひの勲章を見せびらかし合ってゐるといふ和やかさである。舞台の上で殺人は行はれなかつた。オペレッタのやうに手をつないで幕が下りるであらう。
(三島由紀夫『文芸批評』1948.2.17-18)

太宰治氏の「斜陽」以来、没落貴族がこの国の文学的関心の一つになつた。すべての少数者の悲劇がさうである例に洩れず、それは多くは勝利者の同情をもつて眺められてゐる。
「斜陽」を娘にすすめられて面白く読んだといふ中年の紳士は、
子供を置いて死ぬことは社会人としての罪悪であるといふ崇高な教訓を添へものにすることを僕に対して忘れなかつた。それが滑稽だといふのではない。俗物を文学的に軽蔑することにはじまり文学的に愛することで終るところに日本の文学から青つぽさの抜けない原因があるので、
ジイドがディッケンズの小説を愛したやうな無邪気な愛し方はいつまでたつても出て来ないのである。それならいつそ莫迦々々しく稚ない方がよい。その点没落貴族への文学的関心には思ひ上つた稚なさがあつてむしろ気持がよい。
(三島由紀夫『没落する貴族たち』)

「絶望する者」のみが現代を全的に生きてゐる。絶望は彼らにとつて時代を全的に生きようとする欲求であり、しかもこの絶望は生れながらに当然の前提として賦与へられたものではなく、偶発的なものである。なればこそかれらは「絶望」を口叫びつづける。
しかもこのやうな何ら必然性をもたない絶望が、彼らを在るが如く必然的に生きさせるのである。彼らにとつては、偶発的な絶望によって現代が必然化されてをり、いひかへれば、絶望の対象である現代は、彼らにとつて偶然の環境ではない。
この偶然的な絶望は、それが時代を全的に生きようとする欲求であることを通して、生の一面である。 決定論的な前提を全く控除した生の把握がそこにみられる。ここではどのやうな意味でも生の放棄はありえない。
(三島由紀夫『美しき時代』)

この暗黒の理想主義は、一定の理想像を信ぜぬほどに純粋なのである。しかも彼は懐疑に逃避するでもない。懐疑の偶発的な構造が、彼の置かれた環境の偶発性に溶解されてしまふ懐疑がないために、普通いはれる意味での信仰もありえない。
すこぶる日常的な、生理的ですらある絶望が彼を支配し、彼の偶発的な環境が、彼の生を運命化するのである。今自ら生きつつある時代を「悪時代」と呼ぶこと、それは彼のうちの何ものをもジャスティファイするわけではない。
彼には現代が良くなりつつある時代であるといふ理念的な確信に生きることができず、さりとて当然の前提である絶望を偶然化してそれによつて没理想的に生きようとすることもできないので、彼は自己の生のただ一つの確証として「悪い時代だ」と呟きを洩らすのである。
(三島由紀夫『美しき時代』)

単に金儲けの目的で文学をはじめようとする青年たちがゐる。これは全く新しい型だ。君たちの動機の純粋を私は嘉する。「金のため」──ああ何といふ美しい金科玉条、何といふ見事な大義名分だ。私たちの動機はそれほど純粋ではない。
もつと気恥かしい、口に出すのも面伏せな欲求がこんがらかつて私たちを文学へ駆り立てた。だが私たちだけに言へる種類の皮肉もあるのである。
「金のためだつて! そんな美しい目的のためには文学なんて勿体ない。私たちは原稿の代価として金を受取るとき、いつも不当な好遇と敬意とを居心地わるく感じなければならないのです。蹴飛ばされる覚悟でゐたのがやさしく撫でられた狂犬のやうにして」
(三島由紀夫『反時代的な芸術家』)

「美しい私の猫よ……金と瑠璃の入りまじつたおまへの美しい眼の光りに……」といふ詩句のためではないが並外れて猫好きの私が、このごろは猫運がわるくて、立て続けに二匹亡くしまして、近ごろの仕事部屋は寂しくてたまりません。あの憂鬱な獣が好きでしやうがないのです。
芸をおぼえないのだつて、おぼえられないのではなく、そんなことはばからしいと思つてゐるので、あの小ざかしいすねた顔つき、きれいな歯並、冷めたい媚び、何んともいへず私は好きです。
(三島由紀夫『猫、「テューレの王」、映画』)

猫と過ごす時間は決して無駄にならない。
(フロイト)

この本は私が今までそこに住んでゐた死の領域へ遺さうとする遺書だ。この本を書くことは私にとつて裏返しの自殺だ。飛込自殺を映画にとつてフィルムを逆にまはすと、猛烈な速度で谷底から崖の上へ自殺者が飛び上つて生き返る。この本を書くことによつて私が試みたのは、さういふ生の回復術である。
告白とはいひながら、この小説のなかで私は「嘘」を放し飼にした。好きなところで、そいつらに草を喰はせる。すると嘘たちは満腹し、「真実」の野菜畑を荒さないやうになる。
同じ意味で、肉にまで喰ひ入った仮面、肉づきの仮面だけが告白をすることができる。
告白の本質は「告白は不可能だ」といふことだ。
私は無益で精巧な一個の逆説だ。この小説はその生理学的証明である。私は詩人だと自分を考へるが、もしかすると私は詩そのものなのかもしれない。詩そのものは人類の恥部(セックス)に他ならないかもしれないから。
(三島由紀夫『「仮面の告白」ノート』)

人間の精神のなかには、大きなものへの嗜好と同時に、小さなものへの嗜好がひそんでゐる。小さなものの中へ自己を凝縮しようとする欲求は、大きなものの中へ自己を拡充しようとする欲求と、究極においては同じものらしい。王朝時代の淑女は部屋一杯にひろがるやうなスカートをはいた。それと同時に、
彼女たちは小さな指環の意匠に奇巧を凝らしたのである。
作品といふものは作者の身幅に合つた衣裳であつてはならない。自分自身になり切つたとき作者は死ぬのである。ところが作者の身幅に合つた衣裳は、あたかも作者が自分自身になり切つてあるかのやうな錯覚を読者に与へる。自分自身になり切つたら
作品は書けない筈なのを、なほかつ、自分自身になり切つたかのごとき作品が存在するのはをかしい。そこには何かまやかしがなければならない。そのまやかしとは、作者と作中の主人公が同一人であるといふトリックだ。私小説が非難されるのはこの点であらう。
(三島由紀夫『極く短かい小説の効用』)

一生の果てに、瀕死の瞬間に、自己自身になりきらうと目指す文学がある。それを純粋な文学と私は呼ばう。白鳥は末期の一声を美しく歌はうがために、一生を沈黙のうちに暮すといふ。作家は末期の瞬間に自己自身になりきつた沈黙を味はうがために一生を語りつづけ喋りつづける。白鳥の一生の沈黙と、
作家の一生の饒舌と、それは畢竟同じものである。
長い生涯には、安易にたやすく自己自身になりきれるかのやうな幻影で作家をさし招く無数の誘惑がある。たとへば生活からの誘惑がさうである。生活の場では、小羊の皮をかぶつた狼ならぬ、人間の皮をかぶつた非人間がうようよしてゐる。かれらはみんな
「俺こそ人間だ」といふ顔をしてゐる。かれらは実に見事に自己自身になりきつてゐるかのやうな仮装をしてゐる。それがあつまつて民衆といふものになる。迷ふことが本分である芸術家が、この確乎たる、大悟徹底してゐる民衆といふものに憧れるのも無理はない。
(三島由紀夫『極く短かい小説の効用』)

文学者の簡明な定義を私は考へるのだが、それは人間の言葉が絶対に通じ合はぬといふ確信をもちながら、しかも人間の言葉に一生を託する人種である。この脆弱な観念を信じなければならめ以上、文学者は懐疑主義者になりきれない天分をもつてゐる。その代り、もう一つの別の危険がある。
彼は平凡以上に美しいものがないことを、言葉の最高度の普遍性以上に美しいものがないことを信じたい誘惑にとらはれるにいたる。彼は常套句の美しさを知り、常套句をしか信じなくなる。すると彼は凡庸に化身してしまふ。獄舎から出たワイルドは凡庸になつた。そして黙つた。
さきに彼は社会主義に関するエッセイを書いた。すでに一世紀、人間は芸術が不要になる領域を夢みてゐる。
(三島由紀夫『オスカア・ワイルド論』)

なぜ自分が作家にならざるを得ないかをためしてみる最もよい方法は、作品以外のいろいろの実生活の分野で活動し、その結果どの活動分野でも自分がそこに合はないといふ事がはつきりしてから作家になつておそくはない。
一面からいへば、いかに実生活の分野でたたかれきたへられても
どうしてもよごれる事のできないある一つの宝物、それが作家の本能、つまり詩人の本能とよばれるものである。
始めからよごれる事の純潔さは本当の純潔さではない。
そこで諸君がもし、作家になり芸術家にならうとするなら、私はむしろ諸君が実生活の方へ無理にでもすゝめてゆく事が将来作家になるにも必要だと思ふ。
(三島由紀夫『作家を志す人々の為に』)

ゲーテがかう言つた。
「ひとたび虚飾を脱ぎ去れば、人間とは何といふ崇高な生物だらう」
この箴言はまことに素晴らしい。しかしゲーテが言つたから素晴らしいので、この箴言の浅墓な解釈ほど鼻持ちならぬものはあるまい。ゲーテといふ人は、人間の正体といふものが玉葱の皮のやうに、
どんどんむいて行けば何もなくなつてしまふことに気づいてゐた。彼が「詩と真実」と謂つたのはさういふ意味である。「ひとたび虚飾を脱ぎ去れば」といふとき、ゲーテはそんなことが容易にできないことをよく知つてゐた。人間は自分一人でゐるときでさへ、
自分に対して気取りを忘れない。ただゲーテが偉かつたのは、そこまで人間を解体して突き離してしまはずに、ひとまづ、「ひとたび虚飾を脱ぎ去れば、人間とは何といふ崇高な生物だらう」といふところで人間をみとめたことである。さういふいたはりの上で人間をみとめてゐるといふことは、一方、
ゲーテが人間をはじめから見限つてゐることにもなるではないか。この素晴らしい箴言の裏には、妙な暗い空洞があるので、ゲーテといふ人のあらゆる作品の明るさ平凡さは、常識家の明朗ではなく、彼がよく通じてゐた人間の暗黒面に関する知識から来るものである。
(三島由紀夫『虚栄について』)

女性の読者は、銀座裏や新橋界隈の呑み屋でわいわい羽目を外してゐる男たちを無邪気な赤ん坊だとお思ひになるか? 男たちの附合は虚栄心の横溢してゐることにおいて、女同志の附合にをさをさ劣らぬものである。これでやめておかうと思つたビールを、なぜもう一本呑む羽目になるか? 虚栄心からである。
つとめて虚心坦懐に、呑気に、こだはりなく、誠実に、たのもしく振舞ふこと、ケチだと思はれないこと。男の虚栄心は、虚栄心がないやうに見せかけることである。
なぜなら虚栄心は女性的なもので、男は名誉心や面子(メンツ)に従つて行動してゐるつもりであるから、「男の一分が立たねえ」などと云ふときには、云つてゐる御当人は微塵も虚栄から出た啖呵とは思つてゐない。
(三島由紀夫『虚栄について』)

美の領域では、虚栄心は限界をもつてゐる。第一、流行に追随すること、第二、個性をはつきり表現し、自分の個性を誇示すること。この第二段階までは虚栄心が十分有効にはたらくが、個性を超克するところにのみ生れる本当の美の領域では、虚栄心はほとんど用をなさない。
そこではただ献身だけが必要で、この美徳は芸術家と母性との共通点だ。女がただ単に女であるうち、男がただ単に男であるうちは、第三段階の美には用がないので、まづまづ虚栄心だけですべての用が足りるであらう。
(三島由紀夫『虚栄について』)

小説家は小説を書くに当つて、第一行から、おのれの生活が荷ひ記録するところの「言葉の現実」にむかつて闘ふ。すなはちこれを批評する。言葉は前以て概念としての全宇宙を記録してゐる。表現はその再構成である。しかし言葉のもつてゐるかうした機能上の不純さのために、小説は音楽のやうに
批評と創造が第一歩で一致するといふ幸福にはめぐまれない。批評の行為と創造の行為とのあひだに第一歩から乖離がある。小説の中に純然たる批評的要素が生のまま顔を出すことは、小説の宿命となるのである。
われわれが一つの小説のもつ思想と呼んでゐるもの、主題と呼んでゐるものは、多くの場合、
この裸な批評的要素の形をとつてあらはれた創作衝動のことである。しかしこの思想を芸術たらしめてゐるのは、隠された批評と創造の一致を見た文体の力である。文体において、言葉は純然たる表現の機能を負ふからである。文体において、言葉は行為となる。
(三島由紀夫『批評家に小説がわかるか』)

大体私は批評といふ一ジャンルの存在理由を疑つてゐる。直感的鑑賞と自己批評(乃至は自伝乃至は告白)との中間地帯の存在理由を疑つてゐる。文体をもたない批評は文体を批評する資格がなく、文体をもつた批評は(小林秀雄氏のやうに)芸術作品になつてしまふ。なぜかといふと文体をもつかぎり、
批評は創造に無限に近づくからである。多くの批評家は、言葉の記録的機能を以て表現的機能を批評するといふ矛盾を平気で犯してゐるのである。もしひとたびこの矛盾に気づけば、批評家はおのれを語るために作品を犠牲にするか、おのれを捨てて作品の鑑賞に努力するか、いづれかの道しかない。
一等犯しやすいあやまちは、行為を批評するのに趣味を以てすることである。何故かといふと、小説が技術の集積として見られるときに、その技術の内的体験に触れることのできない批評家には、趣味の尺度しかなくなつてしまふからである。
芸術上の技術とは純粋に美的な問題である。美は芸術家にとつては倫理的なものであり、鑑賞家にとつては趣味的なものであり、批評家にとつては何とも言ひやうのないものである。
(三島由紀夫『批評家に小説がわかるか』)

理解力は性格を分解させる。理解することは多くの場合不毛な結果をしか生まず、愛は断じて理解ではない。志賀直哉氏に太宰治氏がかなはなかつたのは、太宰氏が志賀文学を理解してゐたにもかかはらず、志賀氏が、太宰文学を理解しなかつたといふ一事にかかつてをり、理解したはうが負けなのである。
芸術家の才能には、理解力を減殺する或る生理作用がたえず働らいてゐる必要があるやうに思はれる。理解力の過多は、芸術家としての才能にどこかしら欠陥があるのである。しかし芸術家は掌の上の粘土については十全の理解をもたねばならない。
ディレッタントは掌の上の粘土を愛してしまふ。芸術家は愛するよりさきに精通せねばならぬ。もし真の技術批評といふものがあれば、それはかかる時の作者のぼんやりした苦痛に対する想像力の如何にかかはつて来るであらう。
(三島由紀夫『批評家に小説がわかるか』)

終戦後多くの人たちが、独創性の再建に乗り出したさまは観ものであつた。しかしその殆んどは余人に通じない合言葉の誇示であるか、もうずつと以前にみんなが使ひ古してしまつた合言葉の発掘か、いづれかであつた。ところで文体の諸要素は言葉であり、言葉は注意深く独創性を排除してゐる。
事物を正確に見、感じるとは、言葉のギャンブルをやることではなく、言葉の排列を正し、一語一語の意味内容とニュアンスとを限定することである。みんながこれと反対のことをやつてゐた。レンズを磨くことをわすれてただ対象を性急に見ようとするあまり、レンズの曇りを対象の曇りとまちがへ、
あるひは故意に歪んだレンズをのぞいて興がつたりした。作家の目といふものは、実は目それ自体がメチエなのであり、従つて言葉なのである。ものを見ようとするとき、小説家は、猫が鞠にとびかからうとして身構へするやうに、自分の目を、すなはち自分の言葉を調節する。
このたえざるスポーツのために言葉の機能はいちじるしく禁慾的になる。また言葉が普遍性をもつ唯一の道はその意味内容が明確に限定されつつ普遍性をもつことである。つまり普遍性とは普遍的な排列法であり、独創性とは既存の言葉の有効な組合せなのである。
(三島由紀夫『新古典派』)

日本の民衆の政治的反応は、犯人蔵匿罪的なものである。政治は悪だといふ素朴な無意識な前提があり、悪に対する相互扶助の解決が、政治的解決にたえず抵抗してゐる。養老院が発達しない代りに、親を養つてくれる子は跡を絶たぬやうなものであらう。
政治は徐々に、非人間的暴力の力関係に陥りつつある。政治が人間的概念ではなく、自然科学的概念に近づきつつある。政治は解決しないためにあるのであり、一島国の相互扶助的解決法としての民主主義はますます非政治的に繁栄するであらう。
(三島由紀夫『当世腑に落ちぬ話』)

北米から南米へ来ると、旧教国の安楽さをしみじみと感じる。新教文化は、誠実たらんとすることの避けがたい偽善性をもつてゐるが、戒律沢山な旧教文化は、かへつて人間性に則つてゐさうに思はれる。離婚の不許可は、一見不便なやうで、さうではない。あるブラジルの生臭坊主の如きは、
十三人のメカケをもち、何十人の子供をもつてゐて、副業の木綿栽培の融資をたのみに、南米銀行へやつてくる由である。
私はブラジル人を深く愛する。私は好んでブラジルの放埒な面だけを書いたやうだが、このたいはいの影のない明るい国の光りの下には、重いゴシック様式のカトリック道徳が
沈殿してゐるのである。ファナティシズムと偽善との二つの危険から、この厳しい面持をした寛容な母親は、わが子を抱擁して守つてゐる。そして若者たちが、日曜日の教会の前へ敬虔な顔をして女あさりに集つてくるのを、微笑を以つてゆるしてゐるのである。
(三島由紀夫『旧教安楽』)

まはりから注文を出すものばかりで殿下もお困りだらうが、私も憚らずに注文を出せば、殿下に「最高の偽善者」になつていただきたいと思ふ。いやしくも近代的な教養をうけられた以上、殿下の御生活をとりまくさまざまな虚偽に、盲目でいらつしやる筈のない殿下であるが、
実はさういふ虚偽は殿下のまはりに拡大された顕著な形で現はれてゐるもの、それはわれわれの生活のまはりにも、目立たない形で渦巻いてゐる虚偽と同質のものなのである。あるものは目をつぶつて盲従し、あるものは反抗して狂奔し、あるものは別のところに築いた世界にやうやく息をやすめてゐるのが、
ほぼわれわれの生活の総体であるが、殿下は、一方日本の風土から生じ、一方敗戦国の国際的地位から生ずる幾多の虚偽と必要悪とに目ざめつつ、それらを併呑して動じない強さを持たれることを、宿命となさつたのである。偽悪者たることは易しく、反抗者たり否定者たることはむしろたやすいが、
あらゆる外面的内面的要求に翻弄されず、自身のもつとも蔑視するものに万全を尽くすことは、人間として無意味なことではない。「最高の偽善者」とはさういふことであり、物事が決して簡単につまらなくなつたりしてしまはない人のことである。
(三島由紀夫『最高の偽善者として』)

殿下の御結婚問題についても世間でとやかく云はれてゐるが、われわれには自由恋愛や自由結婚が流行してゐるのに、殿下にその御自由がないのは、王制の必要悪であつて致し方がない。王制はお伽噺の保存であるから、王子は姫君と結婚しなければお話が成立たないのだ。
からいふ点でも殿下の持つてられる自由は、われわれよりはるかに乏しいが、人間は自由を与へられれば与へられるほど幸福になるとは限らないことは、終戦後の日本を見て、殿下にもよく御承知であらう。殿下は人間がいつも夢みてある、自由の逆説としての幸福を生きてられるので、
いかに御自身を不幸と思はれるときがあつても、御自身を多くの人間が考へてゐる幸福といふ逆説だとお考へになつて、いつも晴朗な態度を持しておいでになることが肝要である。
(三島由紀夫『最高の偽善者として』)

私は肉体の縁(へり)と精神の縁、肉体の辺境と精神の辺境だけに、いつも興味を寄せてきた人間だ。深淵には興味がなかった。 深淵は他人に委せよう。なぜなら深淵は浅薄だからだ。深淵は凡庸だからだ。
(三島由紀夫『太陽と鉄』)

ギリシア人は表面的だった──深さゆえにだ。われわれもまさにそこへ帰ってゆくのではないか
(ニーチェ『愉しい学問』第二版への序文)

言葉は、登るのが下手な登山家であり、掘るのが下手な採掘者だ。
山の高みからも、山の深みからも、宝をとってくることはできない。
(カフカ 記念帳 1897.11)

最高のことは、あらゆる事実がすでに理論であることを理解することである。空の青はわれわれに色彩論の原理を啓示している。さまざまな現象の背後に何物をも探し求めてはならない。現象そのものが学理なのだ。
(ゲーテ『箴言と省察』認識と学問)

……それにしても、私の逸したのは集団の悲劇であり、あるいは集団の一員としての悲劇だった。私がもし、集団への同一化を成就していたならば、悲劇への参加ははるかに容易な筈であったが、言葉ははじめから私を集団から遠ざけるように遠ざけるようにと働らいたのである。
しかも集団に融け込むだけの肉体的な能力に欠け、そのおかげでいつも集団から拒否されるように感じていた私の、自分を何とか正当化しようという欲求が、言葉の習練を積ませたのであるから、そのような言葉が集団の意味するものを、たえず忌避しようとしたのは当然である。いや、むしろ、
私の存在が兆にとどまっていた間に、あたかも暁の光りの前から降りはじめている雨のように、私の内部に降りつづけていた言葉の雨は、それ自体が私の集団への不適応を予言していたのかもしれない。人生で最初に私がやったことは、その雨のなかで自分を築くことであった。
(三島由紀夫『太陽と鉄』)

封建道徳などといふ既成概念で「葉隠」を読む人にはこの爽快さはほとんど味はれぬ。この本には、一つの社会の確乎たる倫理の下に生きる人たちの自由が溢れてゐる。その倫理も、社会と経済のあらゆる網目をとほして生きてゐる。大前提が一つ与へられ、この前提の下に、すべては精力と情熱の讃美である。
エネルギーは善であり、無気力は悪である。おどろくべき世間智が、いささかのシニシズムも含まれずに語られる、ラ・ロシュフコオを読むときの後味の悪さとまさに対蹠的なもの。
「葉隠」ほど、道徳的に自尊心を解放した本はあまり見当らぬ。精力を是認して、自尊心を否認するといふわけには行かない。
ここでは行き過ぎといふことはありえない。高慢ですら、道徳的なのである。「武勇と云ふ事は、我は日本一と大高慢にてなければならず」「武士たる者は、武勇に大高慢をなし、死狂ひの覚悟が肝要なり」……正しい狂気、といふものがあるのだ。
(三島由紀夫『葉隠入門』)

また「葉隠」が口をきはめて、芸能にひいでた人間をののしる裏には、時代が芸能にひいでた人間を最大のスターとする、新しい風潮に染まりつつあることを語つてゐた。
現代では、野球選手やテレビのスターが英雄視されてゐる。
そして人を魅する専門的技術の持ち主が総合的な人格を脱して一つの技術の傀儡となるところに、時代の理想像が描かれてゐる。この点では、芸能人も技術者も変はりはない。
現代はテクノクラシーの時代であると同時に、芸能人の時代である。一芸にひいでたものは、
その一芸によつて社会の喝采をあびる。同時に、いかに派手に、いかに巨大に見えようとも、人間の全体像を忘れて、一つの歯車、一つのファンクションにみづからをおとしいれ、またみづからおとしいれることに人々が自分の生活の目標を捧げてゐる。
(三島由紀夫『葉隠入門』1 現代に生きる「葉隠」)

「葉隠」はしかし、武士といふところに前提を持つてゐる。武士とは死の職業である。どんな平和な時代になつても、死が武士の行動原理であり、武士が死をおそれ死をよけたときには、もはや武士ではなくなるのである。そこに山本常朝が、これほどまでに死を行動原理のもとに持つてきた意味があるのだが、
現代では、すくなくとも平和憲法下の日本で、死をそのまま職業の目標としてゐる人たちは、たとへ自衛隊員でも原理的にはありえないと考へてゐる。民主主義の時代は生き延びるのが前提である。
したがつて、この書物を読んでいくときには、まづ武士であるかないかといふ前提の違ひが当然問題になる。
そして、その前提の違ひを一度とび越して読んでいけば、そこにはあらゆる人生知や、現代でも応用できるさまざまな人間関係に関する知恵が働いてゐる。ひととほりこの本の刺激的な、強い、情熱的な、同時に非常に鋭く、緻密で、逆説的な、さはやかな記述を身にあびて通りぬけるときに、
また最後にぶつかるのは、その前提の違ひである。
「葉隠」のおもしろいところは、前提の違ふものから出発して内容に共感し、また最後に前提の違ひへきて、はねとばされるといふところにあるといつてよい。
(三島由紀夫『葉隠入門』1)

忠告は無料である。われわれは人に百円の金を貸すのも惜しむかはりに、無料の忠告なら湯水のごとくそそいで惜しまない。しかも忠告が社会生活の潤滑油となることはめつたになく、人の面目をつぶし、人の気力を阻喪させ、恨みをかふことに終はるのが十中八、九である。常朝はこのことをよく知つてゐた。
彼が人に忠告を与へることについての、この心こまかな配慮をよく見るがよい。そこには、人間心理についての辛辣なリアルな観察の裏づけがあるのであつて、常朝はけつして楽天的な説教好き(人間性にもつとも無知な人びと)の一人ではなかつた。
(三島由紀夫『葉隠入門』2-3)

われわれ近代人の誤解は、まづ心があり、良心があり、思想があり、観念があつて、それがわれわれの言行にあらはれると考へてゐることである。また言行にあらはれなくても、心があり、良心があり、思想があり、観念があると疑はないことである。しかし、ギリシャ人のやうに目に見えるものしか
信じない民族にとつては、目に見えない心といふものは何ものでもない。そしてまた、心といふあいまいなものをあやつるのに、何が心を育て、変へていくかといふことは、人間の外面にあらはれた行動とことばでもつて占ふほかはない。「葉隠」はここに目をつけてゐる。
(三島由紀夫『葉隠入門』2-21)

いまの恋愛はピグミーの恋になつてしまつた。恋はみな背が低くなり、忍ぶことが少なければ少ないほど恋愛はイメージの広がりを失ひ、障害を乗り越える勇気を失ひ、社会の道徳を変革する革命的情熱を失ひ、その内包する象徴的意味を失ひ、また同時に獲得の喜びを失ひ、獲得できぬことの悲しみを失ひ、
人間の感情の広い振幅を失ひ、対象の美化を失ひ、対象をも無限に低めてしまつた。恋は相対的なものであるから、相手の背丈が低まれば、こちらの背丈も低まる。かくて東京の町の隅々には、ピグミーたちの恋愛が氾濫してゐる。
(三島由紀夫『葉隠入門』2-32)

いまの時代は“男はあいけう、女はどきよう”といふ時代である。われわれの周辺にはあいけうのいい男にこと欠かない。そして時代は、ものやはらかな、だれにでも愛される、けつして角だたない、協調精神の旺盛な、そして心の底は冷たい利己主義に満たされた、
さういふ人間のステレオタイプを輩出してゐる。「葉隠」はこれを女風といふのである。「葉隠」のいふ美は愛されるための美ではない。体面のための、恥づかしめられぬための強い美である。愛される美を求めるときに、そこに女風が始まる。それは精神の化粧である。
「葉隠」は、このやうな精神の化粧をはなはだにくんだ。現代は苦い薬も甘い糖衣に包み、すべてのものが口当たりよく、歯ごたへのないものがもつとも人に受け入れられるものになつてゐる。「葉隠」の反時代的な精神は、この点で現代にもそのまま通用する。
(三島由紀夫『葉隠入門』2-45)

およそ人の上の善悪を見出すは易き事なり。それを意見するもまた易き事なり。大かたは、人の好かぬ云ひにくき事を云ふが親切のやうに思ひ、それを請けねば、力に及ばざる事と云ふなり。何の益にも立たず。ただ徒に、人に恥をかかせ、悪口すると同じ事なり。我が胸はらしに云ふまでなり。
そもそも意見と云ふは、先づその人の請け容るるか、請け容れぬかの気をよく見分け、入魂になり、此方の言葉を平素信用せらるる様に仕なし候てより、さて次第に好きの道などより引き入れ、云ひ様種々に工夫し、時節を考へ、或は文通、或は雑談の末などの折に、我が身の上の悪事を申出し、
云はずして思ひ当る様にか、又は、先づよき処を褒め立て、気を引き立つ工夫を砕き、渇く時水を飲む様に請合せて、疵を直すが意見なり。されば殊の外仕にくきものなり。
(『葉隠』聞書第一)

しかし、真の享受者の数が限られてゐるのは、その本質に根ざすもので、テレビは今まで小説に代償的娯楽を求めてゐた擬似享受者を奪つたにすぎない。
もともと小説の読者とは次のやうなものであつた。すなはち、人生経験が不十分で、しかも人生にガツガツしてゐる、小心臆病な、感受性過度、緊張過度の
分裂性気質の青年たち。性的抑圧を理想主義に求める青年たち。あるひは、現実派である限りにおいて夢想的であり、夢想はすべて他人の供給に俟つてゐる婦人層。ヒステリカルで、肉体嫌悪症の、しかし甚だ性的に鋭敏な女性たち。何が何だかわからない、自分のことばかり考へてゐる、本に書いてあることは
みんな自分と関係があると思ひ込む、関係妄想の少女たち。人に手紙を書くときは自分のことを二三頁書いてからでなくては用件に進まない自我狂の少女たち。何となく含み笑ひを口もとに絶やさない性的不満の中年女たち。結核患者。軽度の狂人。それから夥しい変態性慾者。
(三島由紀夫『小説とは何か』1)

地位も権力もないくせに、人間社会を〈或る観点から〉等分に取り扱ひ、あげくのはてはそれを自分の自我のうちに取り込んで、箸にも棒にもかからぬ出来損ひのくせに、自分があたかも人間の公正な代表であるかのごとく振舞ふ人間。さういふ人間がどうして出来上るかといへば、あるとき思ひついて、
誰にも見られない小さな薄汚ない一室で、紙の上に字を書き列れだす時からはじまるのである。そしてさういふことは、大都会では、今この瞬間にも、怠け者の学生や失業者や、自分に性的魅力のないことをよく承知してゐるが、わけのわからぬ己惚れに責め立てられ、しかもひどく傷つきやすくて、ほんの
些細な自尊心の傷にも耐へられない神経症的な青年などの、粗末を机の上で、(何万といふ机の上で!)、今現にはじまつてゐることなのである。非常に傷つきやすい人間が、「客観性」へ逃避することのできる芸術ジャンルへ走るといふことほど、自然な現象があるだらうか。
(三島由紀夫『小説とは何か』2)

しかし、世間一般では、小説家こそ人生と密着してゐるといふ迷信が、いかにひろく行はれてゐることであらう。何よりもそれを怖れて小説家になつた彼であるのに!
私がいつもふしぎに思ふのは、小説家がしたり気な回答者として、新聞雑誌の人生相談の欄に招かれることである。それはあたかも、オレンヂ・ジュースしか呑んだことのない人間が、オレンヂの樹の栽培について答へてゐるやうなものだ。
(三島由紀夫『小説とは何か』2)

ここまで言へば、小説家といふものが、前に列挙したグロテスクな読者像と、それほど遠いものではないといふことが分明にならう。名誉慾や野心は人並に持ち、しかも「読まれなければならない」といふ本質的な要求のために、あらゆる卑しい工夫も積む代りに、一字一句の枝葉末節にプライドを賭け、
おそろしい自己満足と不安との間を往復し、きはめて嫉妬深く、生きる前にまづ検証し、適度の狂気を内包し、しかし一方では呆れるほどお人好しで、黙されやすく、苦い哲学と甘い人生観をごちやまぜに包懐し、……要するに、一種独特の臭気を持つた、世にも附合ひにくい人種なのである。
小説家同士が顔を合はせると、お互ひの観察の能力で、お互ひのもつとも隠しておきたいものを見破つてしまふから、紳士的な会話といふものが成立たない。
何のために書くか、と小説家はよく人に尋ねられる。鳥に向つて何のために歌ふかときき、花に向つて何のために咲くかときくことは愚かだが、
小説家に対しては、いつもこのやうな質問が用意されてゐる。それといふのも、小説は歌のやうに澄んではきこえず、花のやうに美しくは見えないからで、いつもそこに何か暗い「目的」を含んでゐるやうに疑はれるからである。
(三島由紀夫『小説とは何か』2)

謎解きが、かくて小説の重要な魅力であるなら、現代流行の推理小説にまさるものはないといへよう。しかし、作者によつて巧妙にしつらへられた謎が一旦解明されると人々は再読の興味を失ふ。過程はすべて、謎解きといふ目的のための手段であつたにすぎず、再読すれば、その手段としての機構が寒々と
あらはになるからである。
そこで、小説が文学であるためには、二次的ながら、この過程を単に手段たらしめず、各細部がそれぞれ自己目的を以て充足しうるやうな、さういふ細部で全体を充たし、再読しても、手段としての機構ではなく、自足した全体としての機構のみが露はにされるやうに作るべきであり
それを保障するものが文体といふわけだ。しかし、趣味が異様に洗練されると、目的それ自体が卑しいものと見做されがちになり、読者の低い好奇心が知りたいと望むものを、作者が軽侮の目で見るやうになり、あげくのはては、作者自身の目的をできるだけ読者の目的(知りたいといふ謎解きの目的)
から遠ざけようとするがあまり、つひには手段としての細部を目的化し、小説からその本来の目的を除去したくなつてくる。
ここに小説におけるプロットの軽視がはじまる。必然性が小説を卑しくすると考へられるやうになるのである。
(三島由紀夫『小説とは何か』4)

世間ふつうの判断で弁護の余地のない犯罪ほど、小説家の想像力を刺戟し、抵抗を与へ、形成の意慾をそそるものはない。なぜならその時、彼は、世間の判断に凭りかかる余地のない自分の孤立に自負を感じ、正に悔悟しない犯罪者の自負に近づくことによつて、未聞の価値基準を発見できるかもしれぬ瀬戸際に
ゐるからである。小説本来の倫理的性格とは、そのやうな危機にあらはれるものである。
もちろんさういふときの小説家にとつても、いろんな安易な逃げ道はある。昔からある性善説を利用して、犯罪動機を社会環境から説明して、社会や政治体制に罪を押しつける方法もある。しかしそれは
あんまり使い古された方法で、社会のはうでも罪を自認してゐるのだから、始末がわるい。社会がいくら罪を犯しても、社会が逮捕されたといふ話はきかないから。
一方、小説家が「通俗を避けて」性悪説に加担したとしても、悪を安易に一般化するといふ弊は避けられない。
(三島由紀夫『小説とは何か』12)

これを見てゐるうちに、これこそ理想的な小説だ、といふ感じが私にはした。へんに鋭敏だつたり繊細だつたりしないのがいい。グロテスクだが健康で、断じてデカダンではない。そしてその主題は、怠惰で肥大した体躯の中におのづから具はつてゐるのだつた。
体臭、動物性、孤独、自然から隔絶されたところでも頑固に保つてゐる自然性、海流に対する紡錘形の形態的必然、会話の皆無と無限の日常的な描写力、人を倦かせないユーモラスな単調さ、押しつけがましい主題の反復、そしてその糞、
……これこそは小説であり、小説が人に愛される特質だつた。現代の小説はこのあらかたを失つてしまつたのである。
ミナミ象アザラシの小説的特性を数へ上げれば、まだまだあつた。ただ存在してゐるだけで十分満たしてゐる意外性の条件、存在の無意味と生の完全な自己満足との幸福な結合の提示、
人に存在の不条理について考へさせる力、情熱の拒絶とものうげな自負、そして全体に漂ふ何ともいへない愛すべき滑稽さ、……これらはいくつかの小説の傑作が、不断に読者に与へて来たところのものである。
(三島由紀夫『小説とは何か』14)

事は何も軍国主義的事例にとどまらない。昔のナンバー・スクールの生徒が、白線帽を握りしめた片手をふりまはして(自ら何の違和感も感じずに)、寮歌を合唱するときには、そこには明瞭に「われら」が在つた。そして私はさういふ「われら」をぞつとして眺めてゐた。
母校が対校試合に惜敗して、
応援団一同が号泣してゐるとき、そこにはやつぱり「われら」がぬッと顔をあらはしてゐた。しかし私は号泣はおろか、少しも悲しくならない自分をもてあまし、恥かしく思つてゐた。
超自我(スーパー・エゴ)=われら=われ、といふ公式には一種の適性が要求される。これは教養や階級の如何にかかはりなく、
一種の先天的な適性として賦与されてゐるもので、私にはかういふ適性の欠けてゐることが初ッ端からわかつてゐた。
そして私の文学も正にそこに出発したのであり、今更すまして「われらの文学」などに顔を連ねてゐることは、恥づべき振舞である。
(三島由紀夫『「われら」からの遁走──私の文学』)

二十数年前に学校の先輩が云つた「文学をやる」といふ言葉は、今、私にとつて、ますます胸の中を風の吹き抜けるやうな言葉として感じられる。過去の作品は、いはばみんな排泄物だし、自分の過去の仕事について嬉々として語る作家は、自分の排泄物をいぢつて喜ぶ狂人に似てゐる。
しかし、ともあれ、文学をやるといふことは、知性と肉体に対する両面作戦だつた。文学のおかげで、私はあらゆるアカデミックな知性を軽蔑することができたし、肉体のはかなさをいささかでも救済することができた。
その限りにおいて文学は精神にとつて(厳密に私一人だけの精神にとつて)有効であつたと考へられ、その上私は、人を娯しませるといふ大道芸人の技術をさへ、多少は手に入れることができたのだつた。
(三島由紀夫『「われら」からの遁走──私の文学』)

文学の最大の困難はこの点にある。それは一瞥するだけの目には何事をも語らず、要約は頭から不可能だからだ。文学は思想と同様に、幻としての厳密な方式と形(フォルム)を要求されながら、つひにその有効性をも、方式と形の利益をも、わがものとすることができない。
それは何故だらう、と私はしばしば考へた。作品の全体の形は美しく単純であつても、そのフォルムの単純と美を知るのは、全部読んだあとでなくてはならぬ。従つて、どんなに簡素なフォルムも、煩瑣な方式に化する運命を持つてゐる。
もちろん、いかなる作家の仕事も、忙しい世間からは、要約と、社会的イメージでもつて理解され、分類される。しかしそれは断じて、彼のフォルムによつて理解されてゐるのではない。文学上のフォルムは文体であり、作家の文体は、かくて甚だ孤立したものになる。
思想がフォルムによつて普及するところで、文学はフォルムによつて普及を妨げられる。そこで、弱気な作家たちは思想に色目を使ふにいたるのである。
(三島由紀夫『「われら」からの遁走──私の文学』)

文学の本質は、それでは要約不可能性にある、といふことができるであらうか。話がそれほど簡単なら、作家は、自分の小説にできるだけ要約不可能な要素を加へてゆけばよいことにならう。
しかしここでも、作家はこの要約不可能性の根拠を「個性」に求め、つひにはロマンチックな個性のオートマティスムの犠牲になるのだ。われわれはさういふ悲劇的な事例を数多く知つてゐる。……
最後に、何もかも怪しげになつたところへ、やつて来るのは本物の楽天主義だ。どんな希望的観測とも縁のない楽天主義だ。私は私が、森の鍛冶屋のやうに、楽天的でありつづけることを心から望む。
(三島由紀夫『「われら」からの遁走──私の文学』)

では、「日本はまだ貧しい」とか、「日本はどうして大したもんだ」とか言はないで、問題をそんな風に大きくしないで、ただ、
「お茶漬は実にうまいもんだ」
とだけ言つたらどうだらうか?
比較を一切やめたらどうだらうか? 大体、お茶漬の味とビフテキの味を比べてみるのからしてナンセンスで、どちらが上とも下とも言へたものではない。又、「フランス料理なら、本場のフランスより、日本で喰べる奴のはうが旨い」なんてバカなことを言はないで、
フランスにはフランス料理といふものがあるが、日本にも、日本式フランス料理といふものがある、と言ふに止めたらどうだらうか? ここらで一切、もう西洋を鏡にするのをよしたらどうだらうか、といふのが私のナショナリズムである。
(三島由紀夫『お茶漬ナショナリズム』)

私の言ひたいことは、口に日本文化や日本的伝統を軽蔑しながら、お茶漬の味とは縁の切れない、さういふ中途半端な日本人はもう沢山だといふことであり、
日本の未来の若者にのぞむことは、ハンバーガーをパクつきながら、日本のユニークな精神的価値を、おのれの誇りとしてくれることである。
(三島由紀夫『お茶漬ナショナリズム』)

三島:今日は、いわゆる鏡花ファンというのは、ちょっといやらしさを感じるんで、いやらしくない鏡花を理解してくれるであろう澁澤さんを引っ張り出したんですよ。
澁澤:鏡花ファンのいやらしさというのは、結局どういうんですかね。
三島:お互いにしか通じない言葉で喋り合う都会人だとか、いやに粋がっている人間だとか。それから鏡花自身が田舎者で、金沢から出て来て東京にかぶれて、江戸っ子よりももっと江戸っ子らしくということを考えた。またその周りに集まる鏡花ファンというのは、つまり通人で
「鏡花はいいですね」と言う時に、もうすでに淫している。そういう鏡花支持者というのは好きでないですよ。
澁澤:ムード的な人だから、支持者はどうしてもそういうふうになりがちかもしれませんね。
三島:鏡花ご本人は、僕は知りませんけれども、やっぱりチヤホヤされることが好きだったんでしょう。

その文章はまさしく小説の文章でありますが、彼が追求したのは性格でもなく、事件でもなく、自分の美的感覚の一種の告白でありました。この点に鏡花の文体はすべてかかつているので、それを除いて鏡花の文体というものはあり得ませんでした。しかしこれは一面もつとも悪い文体にもまた似ております。
先ほど私が作つたような悪文の悪さは、作家がそこまで自分の感覚を誠実につきつめないで、読者に対する阿りやいいかげんなリアリズムやいいかげんな想像力や、世間へほどほどのところで妥協した精神の上に書かれているので、醜悪な文章になるのであります。
作家の個性が鏡花のように最高度に発揮されれば、それはそれなりに文章の完全な亀鑑となるのであります。
(三島由紀夫『文章読本』第三章 二種類のお手本)

「葉隠」の武士道は、二日酔ひで顔色がわるいまま殿の御前へ伺候するよりも頬に紅粉を引いて血色よく見せて伺候するはうが、武士のモラルに叶つてゐると教へた。「男は死んでも桜色」。切腹する前には、死化粧をして頬に紅を引くたしなみがあつた。これこそ私の外形哲学の根本的よりどころである、
そこに「まごころ」があらはれるのである。
カッコいいといふことは、この意味におけるモラルに忠実であることであらう。男はやはり、楯のやうな胸板と、隆々たる筋肉を持つべきだし、刀の扱ひ方も心得てゐるべきだし、生きること全てに力にあふれてゐるべきだ。
青年が文学に毒されて、観念の泥沼の中でアップアップして、顔色も蒼ざめ太宰治にかぶれて「生まれてきてすみません」などとホザいてゐるのを見ると私には、ひとごとならず気になるのである。
(三島由紀夫 無題(「フシギな男三島由紀夫」))

「A子さんつて、自分のバカさにどうしても気がついてゐないのね」
といふ批評が成立するためには、さういふ御本人が自分のバカさに気がついてゐなければならない。しかし女が、
「ええ、どうせ私つてバカだわよ」
と言ふときには、彼女は決して自分のバカさをみとめてはゐないのである。それは、
すなはち、「あなたのやうな不公正な目から見れば、どうせ私はバカに見えるでせうけれど」といふ意味である。
「私つて目が小さいでせう」
と女に言はれて、
「ああ、小さいね」
と答へる男は、完全に嫌はれる。
もう少し思ひやりに富んだ男でも、同様に嫌はれる。それは、
「私つて鼻ペチャだから」
と言はれて、
「でも、とんがつた鼻より魅力があるよ」
と答へるやうな男である。
(三島由紀夫『ナルシシズム論』2)

しかし考へてみると、われわれが論理と呼んでゐるものは、人類普遍の論理ではなくて、ただ肉体および存在から離脱することによつてその自律性を辛うじて確保しえてゐる男性の論理にすぎないのかもしれない。女性の論理(もしそれを論理と呼んでよければ)にひそむ客観性の欠如は、
さきに述べたやうな女独特の精神構造によつて、「存在を離れえない論理」のすがたなのであらう。
精神が肉体から分離されなければ、そこに客観性といふものも生じえず、従つていかなる意味の自己批評も生じえない。
そして自己批評こそ、他に対する批評の唯一の基準であるから、そこには真の公正な批評が成立しないことになる。女性の盲点はこのやうな自己批評の永遠の欠如であり、又、他に対する永遠の不公正な批評癖である。
(三島由紀夫『ナルシシズム論』2)

私が好きなのは、私の尻尾を握つたとたんに、より以上の節度と礼譲を保ちうるやうな人である。さういふ人は、人生のいかなることにかけても聡明な人だと思ふ。
親しくなればなるほど、遠慮と思ひやりは濃くなつてゆく、さういふ附合を私はしたいと思ふ。親しくなつたとたんに、垣根を破つて飛び込んで
くる人間はきらひである。
お世辞を言ふ人は、私はきらひではない。うるさい誠実より、洗練されたお世辞のはうが、いつも私の心に触れる。世の中にいつも裸な真実ばかり求めて生きてゐると称してゐる人間は、概して鈍感な人間である。
お節介な人間、お為ごかしを言ふ人間を私は嫌悪する。親しいからと
云つて、言つてはならない言葉といふものがあるものだが、お節介な人間は、善意の仮面の下に、かういふタブーを平気で犯す。善意のすぎた人間を、いつも私は避けて通るやうにしてゐる。私はあらゆる忠告といふものを、ありがたいと思つてきいたことのない人間である。
(三島由紀夫『私のきらひな人』)

とまれ、誰それがきらひ、と公言することは、ずいぶん傲慢な振舞である。男女関係ではふつうのことであり、宿命的なことであるのに、社会の一般の人間関係では、いろいろな利害がからまつて、かうした好悪の念はひどく抑圧されてゐるのがふつうである。
第一、それほど、あれもきらひ、これもきらひと言ひながら、言つてゐる手前はどうなんだ、と訊かれれば、返事に窮してしまふ。多分たしかなことは、人をきらふことが多ければ多いだけ、人からもきらはれてゐると考へてよい、といふことである。
私のやうな、いい人間をどうしてそんなにきらふのか、私にはさつぱりわからないが、それも人の心で仕方がない。ニューヨークの或る町に住むきらはれ者がゐて、そいつは悪魔の如く忌み嫌はれ、そいつがアパートから出てくると、近所の婆さん連がみんな道をよけて、
十字を切つて見送るといふ男の話をきいたことがあるが、きらはれ方もそこまで行けば痛快である。私も残る半生をかけて、きらはれ方の研究に専念することにしよう。
(三島由紀夫『私のきらひな人』)

それはそれとして、やつぱり興奮する人たちはゐるのである。なぜだかしらないが、ビートルズときいただけで、頭も体もをかしくなつてくるのであらう。
これらの少女たちは、私などとはちがつて、十分ビートルズ病の潜伏期、前駆症状をへて、最後の大発作を起こすためにここへ来てゐるのだから、
第一、心がまへがちがふ。ベトナムの敬虔なる仏教徒を引き合いに出すのは申しわけないが、いはばこの少女たちは焼身自殺のパーティをやつてるやうなもので、それまでに全身に油をあびて、十分油を体にしみ込ませた上で、ここへやつて来て、時至ると見るや、わが手でサッと燐寸の火をつけるのだから、
でき上がりが早い。ビートルズが登場すると同時に、即座に最終的興奮段階に入れる下地ができてゐるのである。
開場と同時に入場して、もう感激のあまり泣いてゐた二人の少女があつたといふから、気の早いのを通り越してゐる。
実は白状すると、私は舞台へ背を向けて、客席を見てゐるはうがよほどおもしろかつた。何のために興奮するかわからぬものを見てゐるのは、ちよつと不気味な感動である。
(三島由紀夫『ビートルズ見物記』)

団蔵は、いはば眼高手低の人であつた。眼高手低の悲しみと、批評家の矜持を、心のうち深く隠して、終生を、いやいやながら、舞台の上に送つた人であつた。
本来、役者の自意識といふものは、芸だけに働らいてみればよいもので、自分の本質に関する自意識は芸の邪魔になることが多い。団蔵がこれほどよく己れを知つてゐなければ、もつと飛躍した演技をわがものにすることができたかもしれないのである。
勘三郎が本気でハムレットをやりたがつたり、錦之助がもつとも現代的な「組織と人間」の相剋に悩む青年をやりたがつたりするといふ噂は、ただの役者馬鹿だけでない、自意識の欠如にもとづいた奔放な役者魂を示してゐるのかもしれない。
(三島由紀夫『団蔵・芸道・再軍備』)

芸道とは何か?
それは「死」を以てはじめてなしうることを、生きながら成就する道である、といへよう。
これを裏から言ふと、芸道とは、不死身の道であり、死なないですむ道であり、死なずにしかも「死」と同じ虚妄の力をふるつて、現実を転覆させる道である。
同時に、芸道には、「いくら本気になつても死なない」「本当に命を賭けた行為ではない」といふ後めたさ、卑しさが伴ふ筈である。現実世界に生きる生身の人間が、ある瞬間に達する崇高な人間の美しさの極致のやうなものは、永久にフィクションである芸道には、決して到達することのできない境地である。
「死」と同じ力と言つたが、そこには微妙なちがひがある。いかなる大名優といへども、人間としての団蔵の死の崇高美には、身自ら達することはできない。彼はただそれを"表現"しうるだけである。
(三島由紀夫『団蔵・芸道・再軍備』)

ギリギリのところで命を賭けないといふ芸道の原理は、芸道が、とにかく、石にかじりついても生きてゐなければ成就されない道だからである。「葉隠」が
「芸能に上手といはるゝ人は、馬鹿風の者なり。これは、唯一偏に貪着する故なり、愚痴ゆゑ、余念なくて上手に成るなり。何の益にも立たぬものなり」
と言つてゐるのは、みごとにここを突いてゐる。「愚痴」とは巧く言つたもので、愚痴が芸道の根本理念であり、現実のフィクション化の根本動機である。 さて、今いふ芸術が、芸道に属することはいふまでもないが、
私は現代においては、あらゆるスポーツ、いや、武道でさへも、芸道に属するのではないかと考へてゐる。
それは「死なない」といふことが前提になつてゐる点では、芸術と何ら変りがないからである。
(三島由紀夫『団蔵・芸道・再軍備』)

剣道も竹刀を以て争ふ以上、「死なない」といふことが原理になつてをり、本来、剣道には一本勝負しかありえぬ筈であるが、三本勝負などが採用されて、スポーツ化されてゐる。それはすでに、芸道の原理が採用されたことを意味する。
その勝負にあるのは死のフィクション化であつて、「決死」とはもはや言へない。柔道の三船十段は、エキジビションではいつも必ず勝つことになつてゐて、うつかり十段を負かす弟子があると、烈火の如く怒つて初段に降等させたといふ噂があるが、
これは三船十段が、柔道のフィクション化的性格をよく知つてゐた証拠になる。
スポーツにおける勝敗はすべて虚妄であり、オリンピック大会は巨大な虚妄である。それはもつとも花々しい行為と英雄性と意志と決断のフィクション化なのだ。
(三島由紀夫『団蔵・芸道・再軍備』)

武士道とは何であらう?
私はものごとに「道」がつくときは、すでに「死」の原理を脱却しかかり、しかも死の巨大な虚妄の力を自らは死なずに利用しはじめる時であらう、と考へる。武士道は、日常座臥、命のやりとりをしてゐた戦国時代ではなくて、すでに戦国の影が遠のき、日常生活における死が稀薄に
なりつつあつた時代に生れた。
真に死に直面してゐる戦闘集団には、それこそ日々の「決死」の行為と、その死への心構へと、死を前にした人間の同志的共感がすべてである。それは決して現実を仮構化する暇などはもたない。それこそが、現実の側の権力のもつとも純粋な核であり、あらゆる芸道的なものを
卑しめる資格があるのはこのやうな死に直面した戦闘集団に他ならない。それさへ、現実に権力を握れば現実の仮構化をもくろむ芸道の原理に対抗するに自分も亦、こつそりと現実の仮構化を模倣しつつ、しかも芸道を弾圧せねばならない。これが現実権力の腐敗である。
(三島由紀夫『団蔵・芸道・再軍備』)

シヴィリアン・コントロールとたやすく言ふが、真に死に直面した戦闘集団は、芸道的原理に服した現実の権力のために死ぬことができるであらうか? 早い話が、「死ぬこととみつけた」武士道は、「死なないですむ」芸道のために、死ぬことができるであらうか?
「死なないですむ」芸道的原理が現代を支配し、大臣も芸能人も野球選手も、同格同質の社会的名士と扱はれ、したがつてそこに、現実の権力と仮構の権力(純粋芸道)との、真の対決闘争もなく、西欧的ヒューマニズムが、唯一の正義として信奉されてゐるやうな時代に、
シヴィリアン・コントロールが、真に日本人を死なせる原理として有効であらうか、私は疑問なきを得ない。
(三島由紀夫『団蔵・芸道・再軍備』)

鴎外、漱石の時代と比べると、いかにも人間が小粒に、専門化分化してしまつた、といふ批評もあるだらうが、それは苛酷な批評で、芸術家が自分の芸術を完成させるために、時代に対して払はなければならなかつた犠牲の質を看過してゐる。大芸術家と大教養人とを一身に兼ねることに成功すればよいが、
失敗すれば元も子もなくなつてしまふ時代に生きて、丁度難船の危機にある船が積荷を海へ放り出して船を救ふやうに、綜合的知的教養人たることを放棄して、芸術的完成をあがなつたのだとも考へられる。
しかし、人間の演ずるドラマは、いつもそんな風に、意識的に、あるひは意志的に行はれるものとは限らない。教養人たることを放棄して芸術家として完成した、といふやうな単純なお話をゆるすほど、芸術の神様は甘くない。
(三島由紀夫『谷崎潤一郎について』)

谷崎潤一郎氏は、他への批評では三流の批評家だつたが、自己批評については一流中の一流だつた。八十年の生涯を通じて、氏がほとんど自己の資質を見誤らなかつたといふことはおどろくべきことである。横光利一氏のやうに、すぐれた才能と感受性に恵まれながら、
自己の資質を何度か見誤つた作家のかたはらに置くと、谷崎氏の明敏は、ほとんど神のやうに見える。
もし天才といふ言葉を、芸術的完成のみを基準にして定義するなら、「決して自己の資質を見誤らず、それを信じつづけることのできる人」と定義できるであらうが、実は、
この定義には循環論法が含まれてゐる。といふのはそれは「天才とは自ら天才なりと信じ得る人である」といふのと同じことになつてしまふからである。コクトオが面白いことを言つてゐる。「ヴィクトル・ユーゴオは、自分をヴィクトル・ユーゴオと信じた狂人だつた」
(三島由紀夫『谷崎潤一郎について』)

もともと私は、青年の外面は好きだが、内面はきらひであつた。外面について云へば、私は人間は真逆様に顛落して醜くなつてゆくものだと信じてをり、老人の美しさといふものを一切認めない。衰退がどうして美しい筈があらうか。
一方、青年の内面はといへば、これは私自身が知悉してゐる。たえざる感情の不均衡、鼻持ちならぬ己惚れとその裏返しにすぎぬ大袈裟な自己嫌悪、誇大妄想と無力感、何の裏附けもない自恃と、人に軽んじられはせぬかといふ不安と恐怖、わけのわからない焦躁、わけのわからない怒り、
……要するに感情のゴミタメである。青年の知的探究慾といふものは、かういふ泥沼から自分を救ひ出したいといふ無意識の衝動なのである。これは私自身が、私自身の青年時代について、よくよく承知してゐることである。
(三島由紀夫『青年について』)

若いときから、論理的にしかものを考へられない人間は、思考が貧弱で、浅薄で、非常に平凡なオトナになります。却つてね。
若いときに、どうしても自分でもわけのわからないものを持つてゐる、これはハタから見れば、バカですよ。しかし、
さういふ青年は、自分の考へを整理する段階に入れば、だんだんユニークな人間になる。
若さといふものは、それだけではちつともユニークなものではなく、平凡でステレオタイプなものですよ。
(三島由紀夫『青年論』)

いまの青年は、別に反抗してないですね。といふのは、いまは、スクェアーになつても、ヒップスターになつても、どちらでも、まあまあ自由でしよ。
しかし、どこまでもずるずるとヒップになられたんでは困りますからね、親はある程度のところでチェックするわけですよ。
さういふ意味で、青年が自分の反抗すべき対象にぶつかるのが、昔よりおそくなつてますね。昔はもの心つくと、もうそこには帝国憲法があり、天皇があつた。
いまは、なんとなく自由だと錯覚してゐる。オトナの方もリコウになつて、しばらくはそのまま、池の中を泳がせてゐる。
いまの青年たちは、自分が自由だと思つてゐる期間が長いので、単に、反抗しなくても自由である期間が長いことを、自分たちは社会に反抗してゐるんだと錯覚してゐるに過ぎない。
(三島由紀夫『青年論』)

ニューヨークの街路の人たちは、ただ立つて歩いてゐるだけだ。しかし、ここでは、人々はただ立つて歩いてゐるのではない。歩く者、立止る者、しゃがんでゐる者、寝てゐる者、バナナを食べてゐる者、とびはねる子供、高い台の上に坐つてゐる老人、これに白い聖牛が加はり、犬が加はり、
鳥籠の鸚鵡が加はり、蠅が加はり、緑濃い木々が加はり、赤いターバンや美しいサリーが加はる。加はつて、動いて、渾然として、一瞬一瞬に完成して又移り変る「生」の絵を描くにとに力を合はせてゐる。
(三島由紀夫『インド通信』)

……こんな風に、人はインドで、ただちに「生」に直面する。人は決してそれを避けることはできない。
(三島由紀夫『インド通信』)

しかし、この国へ来て感じることは、問題そのものにとつて、解決がすべてではない、といふことだ。問題を解決することが問題を消滅させるといふことだとすれば、インド自体が、本当のところ、そのやうな解決をのぞんでゐないといふことだ。インドでは問題がすべてなのであり、
さうなれば問題は一つもないのと同じである。彼らは問題と一緒に何千年住んできた。問題とは「自然」なのだ。ヒンズー教神学における、あのやうな創造と破壊を併せ持つた、豊富で苛烈な自然なのだ。
今のところ、あらゆる面で、インドは出遅れてゐるやうに見える。しかし、これだけの国の、これだけの
旧套墨守は只事ではない。インドはふたたび、現代世界の急ぎ足のやみくもな高度の技術化の果てに、新しい精神的価値を与へるべく用意してゐるのかもしれない。ベナレスの水浴場で一心に祈りつつ水浴してゐるアメリカ青年の姿からも、私はそれを感じたのであつた。
(三島由紀夫『インド通信』)

犠牲台の首枷にはさまれて悲しみの叫びをあげる小牡羊、一撃の下に切り落される首、……そこには、本来人間が直面すべきもので、近代生活が厚い衛生的な仮面の下に隠してしまつた、人間性の真紅の真相がのぞいてゐる。
私はこの国の仏教の衰滅を思ふごとに、洗練されて、哲学的に体系化されて、普遍性を獲得した宗教といふものが、その土地の「自然」の根源的な力から見離されてゆくといふ法則を思はずにはゐられなかつた。
(三島由紀夫『インド通信』)

ヒンズー教は、このひろい国土に、自然から人間生活へ、人間生活から自然へとめぐつて尽きない、大きなおぼろげな金いろの車輪をしつらへた。
(三島由紀夫『インド通信』)

私の少年期と戦争とは重なつてゐるから、当時の日本主義が幾分私の国文学熱を高めたことは争へない。時代の影響もあり、また、つむじ曲りの性癖のためもあらうが、私は、高等学生の千篇一律の教養体系、西田幾多郎の「善の研究」、和辻哲郎の「風土」「倫理学」、
阿部次郎の「三太郎の日記」などの必読書に縛られた知的コンフォーミティーががまんならなかつた。現在にいたるまで私には根強い知識人嫌悪があるが、その根はおそらくかういふ少年期のヘソ曲りに源してゐるにちがひない。
(三島由紀夫『日本の古典と私』)

戦後平和日本の安寧になれて、国民精神は弛緩し、一方、偏向教育によつてイデオロギッシュな非武装平和論を叩き込まれた青年たちは、ひたすら祖国の問題から逃避して遊惰な自己満足に聡る者、勉学にはいそしむが政治的無関心の殻にとぢこもる者、
「平和を守れ」と称して体制を転覆せんとする革命運動に専念する者の、ほぼ三種類に分けられるにいたりました。しかし一九六〇年の安保闘争は、青年層の一部に「日本はこれでいいのか」といふ深刻な反省をもたらし、学校で教へてくれなかつた日本の歴史と伝統に自ら着目して、
真摯な研究をつづけて来た一群を生むにいたりました。これらの青年たちが植民地化されたアジアにおいて、ひとり国の自立を獲ちえた明治の先人の業績に刮目し、自らの力で近代国家日本を建設したその民族的エネルギーが、今日、ひたすら経済的繁栄にのみ集中されて、
国家をして国家たらしめる国防の本義から逸脱し、国民精神の重要な基盤を薄弱ならしめてゐるところに、日本の将来の危機を発見するにいたつたのは偶然ではありません。
(三島由紀夫『祖国防衛隊はなぜ必要か?』)

実は私は「愛国心」といふ言葉があまり好きではない。何となく、「愛妻家」といふ言葉に似た、背中のゾッとするやうな感じをおぼえる。この、好かない、といふ意味は、一部の神経質な人たちが愛国心といふ言葉から感じる政治的アレルギーの症状とは、また少しちがつてゐる。ただ何となく虫が好かず、
さういふ言葉には、できることならソッポを向いてゐたいのである。
この言葉には官製のにほひがする。また、言葉としての由緒ややさしさがない。どことなく押しつけがましい。反感を買ふのももつともだと思はれるものが、その底に揺曳してゐる。
(三島由紀夫『愛国心』)

愛国心の「愛」の字が私はきらひである。自分がのがれやうもなく国の内部にゐて、国の一員であるにもかかはらず、その国といふものを向う側に対象に置いて、わざわざそれを愛するといふのが、わざとらしくてきらひである。また愛といふ言葉は、日本語ではなくて、多分キリスト教から来たものであらう。
日本語としては「恋」で十分であり、日本人の情緒的表現の最高のものは「恋」であつて、「愛」ではない。もしキリスト教的な愛であるなら、その愛は無限定無条件でなければならない。従つて、「人類愛」といふのなら多少筋が通るが、「愛国心」といふのは筋が通らない。なぜなら愛国心とは、
国境を以て閉ざされた愛だからである。
だから恋のはうが愛よりせまい、といふのはキリスト教徒の言ひ草で、恋のはうは限定性個別性具体性の裡にしか、理想と普遍を発見しない特殊な感情であるが、「愛」とはそれが逆様になつた形をしてゐるだけである。
ふたたび愛国心の問題にかへると、
愛国心は国境を以て閉ざされた愛が、「愛」といふ言葉で普遍的な擬装をしてゐて、それがただちに人類愛につながつたり、アメリカ人もフランス人も日本人も愛国心においては変りがない、といふ風に大ざつぱに普遍化されたりする。
これはどうもをかしい。
(三島由紀夫『愛国心』)

アメリカの愛国心といふのなら多少想像がつく。ユナイテッド・ステーツといふのは、巨大な観念体系であり、移民の寄せ集めの国民は、開拓の冒険、獲得した土地への愛着から生じた風土愛、かういふものを基礎にして、合衆国といふ観念体系をワシントンにあづけて、それを愛し、それに忠誠を誓ふことが
できるのであらう。国はまづ心の外側にあり、それから教育によつて内側へはひつてくるのであらう。
アメリカと日本では、国の観念が、かういふ風にまるでちがふ。日本は日本人にとつてはじめから内在的即自的であり、かつ限定的個別的具体的である。観念の上ではいくらでもそれを否定できるが、
最終的に心情が容認しない。
そこで日本人にとつての日本とは、恋の対象にはなりえても、愛の対象にはなりえない。われわれはとにかく日本に恋してゐる。これは日本人が日本に対する基本的な心情の在り方である。しかし恋は全く情緒と心情の領域であつて、観念性を含まない。
(三島由紀夫『愛国心』)

われわれが日本を、国家として、観念的にプロブレマティッシュ(問題的)に扱はうとすると、しらぬ間にこの心情の助けを借りて、あるひは恋心をあるひは憎悪愛(ハースリーベ)を足がかりにして物を言ふ結果になる。かくて世上の愛国心談義は、必ず感情的な議論に終つてしまふのである。
恋が盲目であるやうに、国を恋ふる心は盲目であるにちがいない。しかし、さめた冷静な目のはうが日本をより的確に見てゐるかといふと、さうも言へないところに問題がある。さめた目が逸したところのものを、恋に盲ひた目がはつきりつかんでゐることがしばしばあるのは、男女の仲と同じである。一つだけ
確かなことは、今の日本では、冷静に日本を見つめてゐるつもりで日本の本質を逸した考へ方が、あまりにも支配的なことである。さういふ人たちも日本人である以上、日本を内在的即自的に持つてゐるのであれば、彼らの考へは、いくらか自分をいつはつた考へだと言へるであらう。
(三島由紀夫『愛国心』)

「大人はウソつきだ。大人をゆるすな」とハイ・ティーンは絶叫します。かれらは他人の不潔さをゆるすことができないのだ。ところで、私の経験だと、十代の時代ほど誠実そのもの顔をしたがるくせに、自分に対してウソをついてゐる時代はない。自信がないくせに強がるのも一種のウソであり、
好きなくせにキラヒなふりをするのも一種のウソである。そこへゆくと大人は、自分に対してウソをつくことがだんだん少なくなつて、その代り、人に対して、社会に対してウソをつくやうになる。ウソそのものの絶対量は同じだと云つてよい。ただ十代の若者はそれをみとめようとしないだけです。
少年たちがセックスに関して自分にウソをついてみることはおどろくべきほどで、自分は性慾だけで行動してゐる太陽族のつもりでゐながら、実は精神的な恋愛に飢ゑてゐたりするのも一種のウソです。
これだけ諸君はウソを沢山ついてゐるのですから、今更正直になれと云つたつてムリな話で、もつとどんどんウソをつくがいいのです。ウソをついて人をだますことは一応悪いが、人生では、だましたつもりの人間が結局だまされてゐることが実に多い。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』大いにウソをつくべし)

「君は学校へ通つてゐると両親にウソをついて、毎日映画館やスケートリンクへ行つてゐた。はづかしくないのか?」
こんなことを言はれるのは月並で、もつとウソつきなら、毎日映画館やスケートリンクへ行つてゐるとウソをついて、学校へ通つてみてはどうですか。
すべてウソは独創性である。他人からぬきん出て、独自の自分をつくり出す技術である。不良になつたり、犯罪者になつたりする人のウソは、ずいぶん巧いやうでも、型にはまつてゐて、大体「学校へ行くとウソをついてスケートリンクがよひをする」とか「授業料が二倍になつたとウソをついて、両親から金を
せしめる」とか、せいぜいお体裁を飾るウソから出発して、だんだんボロが出て、犯罪に入るコースを辿つてゐる。本当にウソをつくには、お体裁を捨て、体当りで人生にぶつからねばならず、つまり一種の桁外れの正直者でなければならないやうです。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』大いにウソをつくべし)

学校の先生を内心バカにしないやうな生徒にろくな生徒はない。教師を内心バカにしないやうな学生は決してえらくならない。……かう私は断言します。しかしこの「内心」といふ言葉をよく吟味して下さい。この一語に千鈞の重味があるのですから。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』教師を内心バカにすべし)

先生をバカにすることは、本当は、ファイトのある少年だけにできることで、彼は自分の敵はもつともつと手強いのだが、それと戦ふ覚悟ができてゐると予感してゐます。これがエラ物になる条件です。この世の中で、先生ほどえらい、何でも知つてゐる、完全無欠な人間はゐない、と思ひ込んでゐる少年は、
一寸心細い。しかし一方、「内心」ではなく、やたらに行動にあらはして、先生をバカにするオッチョコチョイ少年も、やつぱり弱い甘えん坊なのだと言つて、まづまちがひはありますまい。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』教師を内心バカにすべし)

私自身の経験に照らしても、本当に、いかに生くべきか、といふ自分の問題は、自分で考へ、本を読んで考へた問題であつて、先生にはほとんど教はらなかつた。
理解されようとのぞむのは弱さです。先生たちは教育しようとします。訓示を与へます。知識を与へます。理解しようとします。
それはそれでいい。それが彼らの職業なのですから。
しかし諸君のはうは、理解されようとねがつたり、どうせ理解されないとすねたり、反抗したりするのは、いはば弱さのさせる甘えにすぎぬ。『先生なんて、フフン、俺たちを理解なんかできるもんか』と、まづ頭から、考へてまちがいない。その上で、
『フフン、勉強はしてやるが、理解なんかされてやらないぞ』といふ気概を持てばいい。私の言ひたいのはそこです。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』教師を内心バカにすべし)

大人の世界のみじめさ、哀れさ、生活の苦しさ、辛さ、……さういふものを教師たちは、どこかに漂はせてゐます。漂はせてゐない教師がゐたら、よほど金持のぼんぼんだと思つてよろしい。先生たちの背広の袖口は大ていすり切れて、白墨の粉に染まつてゐます。『ヘン、貧乏くせえ』と内心バカにすれば
よろしい。人生と生活を軽蔑しきることができるのは、少年の特権です。
先生にあはれみをもつがよろしい。薄給の教師に、あはれみを持つがよろしい。先生といふ種族は、諸君の逢ふあらゆる大人のなかで、一等手強くない大人なのです。ここをまちがへてはいけない。これから諸君が逢はねばならぬ大人は
最悪の教師の何万倍も手強いのです。
さう思つたら、教師をいたはつて、内心バカにしつつ、知識だけは十分に吸ひとつてやるがよろしい。人生上の問題は、子供も大人も、全く同一単位、同一の力で、自分で解決しなければならぬと覚悟なさい。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』教師を内心バカにすべし)

諸君の友だちに一人、自殺志望者がゐるとします。彼がある日、青い顔をして、フラリと君をたづねて来ます。
「何だ。又自殺の話か」
「さうなんだ。僕はもうこの苛酷な生に耐へられない」
「バカヤラウ。死ぬなら早く死んでしまへ」
「さら簡単に死ねればこんなに悩まないんだが」
「死んぢまへ。
死んぢまへ。何なら、僕の前で毒でも呑んでみないか。僕はまだ、服毒自殺っていふのを、見たことないから、ここで一杯やりながら、ゆつくり見物するよ」
「君なんかに僕の気持はわからんよ」
「わからん奴のところへどうして来るんだ」
そのうちに君は、こいつが、ひたすらいぢめてもらひたくて、
君のところへ姿を現はすのに気がつきます。そこで頬桁の一つもパンと張つてやつて、
「貴様みたいな閑人と附合ふヒマはねえや。出てゆけ。もう二度と来るな」
と追い出してやります。でも大丈夫。死ぬ死ぬといふやつで、本当に死ぬのはめったにゐない。彼は命拾いをし、君は弱い者いぢめのたのしみを
味はひ、両方の得になる。──しかし実際にこんな場面にぶつかると、われわれはなかなか颯爽とは行かず、下手に同情して相手の己惚れを刺戟し、己惚れたあげくに彼は本当に自殺し、君は後味のわるい思ひをするといふ、両方損になる場合が多い。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』弱い者をいぢめるべし)

しじゆうメソメソしてゐる男がある。抒情詩を読んだり、自分でも下手な抒情詩を作つたり、しかもしよつちゆう失恋して、またその愚痴をはうばうへふりまき、何となく伏目がちで、何かといへばキザなセリフを吐き、冗談を言つてもどこか陰気で、「僕はどうも気が弱くて」とすぐ同情を惹きたがり、
自分をダメな人間と思つてゐるくせに妙な女々しいプライドをもち、悲しい映画を見ればすぐ泣き、昔の悲しい思ひ出話を何度もくりかへし、ヤキモチやきのくせに善意の権化みたいに振舞ひ、いぢらしいほど世話好きで……、
かういふタイプの弱い男は、一人は必ず、諸君の周辺にゐるでせう。かういふ男をいぢめるのこそ、人生最大のたのしみの一つです。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』弱い者をいぢめるべし)

昔の人は己惚れの効果、己惚れの利用法についてよく知つてゐました。「葉隠」といふのは有名な武士道を説いた固苦しい本ですが
「武勇と云ふ事は、我は日本一と大高慢にてなければならず」
とか、
「武士たる者は、武勇に大高慢をなし、死狂ひの覚悟が肝要なり」
とか述べてゐます。
謙遜といふことは
みのりのない果実である場合が多く、又世間で謙遜な人とほめられてゐるのは大てい偽善者です。ある大学教授は文章の中で、自分のことを、「私ごとき一介の老書生」とか、「哀れな一語学教師」とか書く趣味がありますが、誰がこれを本当の謙遜だと思ふでせうか。「みのるほど頭の垂るる稲穂かな」
などといふ偽善的格言がありますが、みのればみのるほど頭が重くなるから垂れて来るのが当り前で、これは本当は、「みのるゆゑ頭の垂るる稲穂かな」と直したはうがいい。高い地位に満足した人は、安心して謙遜を装ふことができます。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』できるだけ己惚れよ)

己惚れといふものがまるでなかつたら、この世に大して楽しみはありますまい。自分が日本一の美男子だと思つてゐれば、毎日が幸福でたまらないし、日本一の美女だと思つてゐれば、毎日をウキウキした気持で送れるでせう。己惚れ鏡といふものは誰でも持つてゐるもので、
私の小説家としての経験を申しますと、絶世の美男子を小説に登場させると、あのモデルは僕だといふ十人並男子がはうばうに現はれ、絶世の美女を登場させると、あのモデルは私なのよといふ十人並女子がいろいろと現はれる始末。顔のはうの己惚れをあきらめた人は、
知能やら名声やら、別のはうへ己惚れを移すわけで、病人は病人なりに己惚れをもち、サナトリウムでは重症患者が幅を利かせ、犯罪者も己惚れの固まりであつて、大罪を犯した者の悔悟の大芝居には、すぐ裏に己惚れがまつはりついてゐます。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』できるだけ己惚れよ)

仕様のない己惚れ屋といふものはどこか痛快で、憎めません。彼はウソつきではないのです。これに反して、謙遜な人といふのは大ていウソつきです。先年物故した某名優は「私なんぞはまだまだお恥かしいもので、役者は一生修行です」といふのを口ぐせにしてゐて、死ぬまでさう云つてゐました。某名女優は
天下に名がひびいてゐるくせに、又自分でそれをよく知つてゐるくせに、公開の席で自己紹介をするときには、「私は、新劇を勉強してをります××と申す者でございます」と、田舎の小学校の女教員みたいな態度で、声もほそぼそと言ふさうです。私はかういふ陰性の己惚れ屋がきらひです。最近の
文壇の陽性の己惚れ屋のピカ一で痛快なのは、何といつても石原慎太郎氏でせう。彼の己惚れには、全く人をたのしくさせる要素があり、これは岡本太郎氏などにも共通するものでせう。岡本氏は誰にでも、「俺はピカソ以上の画家だ」と公言してゐます。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』できるだけ己惚れよ)

しかしセンスのない人たちは、依然、謙遜家の猫かぶりに傾倒するもので、映画女優などは、まづ、
「未熟者でございますから、どうぞ皆様、お引立て、御指導のほど、おねがひ申上げます。どうぞよろしく。みなさん、本当に御苦労様です。お疲れ様です。私のやうな何の値打もないものが、
かうしてスタアでゐられるのも、みなさんのおかげです。本当に心の中で手を合せて、毎晩、皆さんに足を向けて寝たことはありません。(誰です、足を向けて寝てほしいなどといふのは)どうぞよろしく。よろしく」
と云つて歩いたり、さういふ態度を表明してみれば、映画界における人気は保たれます。
「なかなか、あいつは、若いのにできてる」
などと云はれる。
代議士も、センスのない人たちを大ぜい相手にする商売ですから、謙遜といふ猫をかぶってペコペコしますが、同じペコペコでも、映画女優の愛嬌にかなはないのはぜひもない。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』できるだけ己惚れよ)

女性の大ていの病気は、街で会つた見知らぬ女が、自分と同じ洋服を着てゐて、しかもそれが自分より似合つてをり、自分より美人だつた、などといふ発見から生れる。女性がかういふ目につづけて二三度会へば、寝ついてしまふに決つてゐます。その時
「何だ。私のマネをしてるわ。似合ひもしないくせに」
と本気で云へる己惚れがあれば病気にかかる心配もありません。
男の病気もまた、会社であいつはたしかに俺より出来る、俺より出世が早さうだ、課長に先になるのはあいつに決つてゐる、などといふヒガミから生れ、肝臓を悪くしたりするのです。
「なんだ、あんな野郎、俺の爪の垢でも煎じて呑みやがれ」
と本気で思へる己惚れがあれば、平チャラです。何も自信を持てといふのではない。自信とは実質を伴ふ厄介な資格である。誰でもなかなか本当の自信などもてるものではない。しかし己惚れなら、気持の持ちやう次第で、今日からでも持てるのです。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』できるだけ己惚れよ)

世間には、流行といふと何でも毛ぎらひする、ケツの穴のせまい人種がゐる。
「ロカビリー、おおやかましい、おお下品だ」「裕次郎だつて? あんな乱杙歯、どこがいいんでせう」
さうしてショパンを聴きに行って、心から満足して帰る。それも趣味だから何ともいへないが、かういふ人たちの中には、
妙に「現代に対する嫉妬心」といふ精神分析的病気の持主が多い。自分が流行の中心になるなら、流行もゆるせるが、さうでないなら、流行なんかに従つてやるものか、といふレジスタンス精神は立派なものだが、却つてさういふ人の頭の中には流行が、現代が、現代のもろもろの事象が、
自分をのけものにして進んでゆくものとして、しじゅう心に焼きついてゐる。むしろ流行が固定観念になつてゐるのはかういふ人たちです。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』流行に従うべし)

それでも私は、戦後の一時期の、インチキ実存主義大流行時代や、カストリ文化流行時代には、一向流行に従ふ気にはなれませんでした。ああいふ文化的流行といふやつは、われわれ同じ商売の者には、楽屋のバカらしさだけ見えて、とても同調できるものではない。流行は無邪気なほどよく、
「考へない」流行ほど本当の流行なのです。白痴的、痴呆的流行ほど、あとになって、その時代の、美しい色彩となつて残るのである。
一般的に浅薄さはすぐすたれ、軽佻浮薄はすぐ凋む。流行といふものは、
うすつぺらだからこそ普及し、うすつぺらだからこそすぐ消えてしまふ。それはたしかにさうだ。しかし一度すたれてしまったのちに、思ひ出の中に美しく残るのは、むしろ浅薄な事物であります。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』流行に従うべし)

読書。これは結構です。コーヒーと併用すればますます不眠症を誘発し、人間をだんだん空想的にして現実から遊離させ、しかも体位を低下させます。読書の姿勢はどうしても前かがみになりますから、軍隊には向きません。それに勉強すればするほど、人間は決断力が鈍くなり、
行動力を失ふやうになりますから、ますます結構です。
「深夜喫茶」などといふ、青年柔弱化に絶対適切で効果的なものが禁止されたのは、政府が再軍備へ向つて一歩踏み出した兆と考へてよろしいでせう。深夜喫茶に通ひつめて、青白くなつた青年などは、
まづ第一に、兵隊むきでないからであります。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』文弱柔弱を旨とすべし)

エチケット講座の担当者たちを見ればわかりますが、彼らは私にとつて格段尊敬すべき人たちとも思へません。洋食作法を知つてゐたつて、別段品性や思想が向上するわけはないのですが、こんなものに影響をうけた女性は、スープを音を立てて吸ふ男を、頭から野蛮人と決めてしまひます。それなら、
あんなフォークやナイフといふ兇器で食事をする人は、みんな野蛮人ではないでせうか?
たまたまここへスープの音の話を持ち出したのは、私の最も尊敬する先輩が、二人まで、すさまじい音を立ててスープを吸ふ。
御両人とも日本最高の頭脳に属するが、スープを音を立てて吸つたりすることは、
日本最高の頭脳たることを少しも妨げないのである。そればかりではない。私は両氏を見てみると、あれだけあたりかまはずズーズー音を立ててスープを吸へたら、あのくらゐ頭がよくなるんぢやないかと思ふことがある。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』スープは音を立てて吸ふべし)

エチケットなどといふものは、俗の俗なるもので、その人の偉さとは何の関係もないのである。
静まり返つた高級レストランのどまん中で、突如怪音を発して、ズズズーッとスープをすすることは、社会的勇気であります。お上品とは最大多数の決めることで、
千万人といへども我ゆかんといふ人は、大てい下品に見られる。社会的羊ではないといふ第一の証明が、このスープをすする怪音であります。
野球を見にゆくのは、社会的羊のやることだから、一人狼は見に行く必要がない。ゴルフも社会的羊のスポーツであります。
売春禁止法に反対することは、社会的羊にはできません。この間ノーベル賞を辞退したパステルナックは、どうも狼の皮をかぶった羊であったらしく、羊たることを選びました。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』スープは音を立てて吸ふべし)

人に恩を施すときは、小川に花を流すやうに施すべきで、施されたはうも、淡々と忘れるべきである。これこそ君子の交はりといふものだ。
よく、貧窮時代に、寒さと飢ゑにこごえてゐたところへ、ホカホカと湯気の立つ温かいマンヂュウか何かを振舞はれたうれしさを、何十年たつて出世してから思ひ出し、
昔の恩人を探し出して、大御馳走なんかをして、
「おかげで私もこれだけになりました。あのときの御恩は終生忘れません」
言つた方も言はれた方も、しばし感涙にむせぶ、といふやうな物語は、よく芝居や浪花節に出てくるのみならず、出世した実業家や芸能人の自叙伝にも、なくてはならぬ一ト齣
であります。
かういふ話は何となくイヤらしい。それにその上、恩人のはうが今では落魄したりしてみると、話のイヤらしさは数層倍で、たまたま出来心で人にまんぢゆうを振舞つたばかりに、数十年後、美談の片棒をかつがされる羽目になるのである。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』人の恩は忘れるべし)

つまり生れつき贅沢に育つたこの先生は、洋食や高級日本料理みたいなお世辞はすつかり鼻についてゐて、お茶漬や焼芋やドンドン焼きみたいなものにしか食欲を感じなくなつてゐたのです。貴公子的風貌や高邁な達見は、子供のころからゲップの出るほど褒められてゐたので、今さら褒められると
歯が浮くやうである。しかし、顔の悪口を言つたり、ゴルフの腕前の拙劣さをからかつたりしてくれる取巻きは、実に新鮮で、面白くて、手離せない。この取巻き連は、もう一段微妙なお世辞のテクニックを心得てゐるので、本当の自尊心は傷つけずに、傷つけてもいいことだけ傷つけてくれる。しかも一見
直言居士風であるから体裁もよい。貴人のお取巻き、といふ連中には、必ずかういふ手のこんだ特質があります。時には喧嘩までしてみせますし、こちらから絶交までしてみせる。お世辞の最高の技術は、かくて、無害な喧嘩を売ることかもしれません。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』空お世辞を並べるべし)

これを要するに、権力者も女性も人生や社会の真実から自分の目がおほはれてゐることに喜びを見出す人種であります。その点で、権力者と女性は似てをり、又、どちらも実においしい栄養十分な果物であり餌であるといふ点でも、似てゐます。かういふ美味しいもののまはりには、蟻があつまるのは当然で、
蟻はおいしい餌にありつきたいから、相手の目をますます真実から遠ざけるためのテクニックを弄することになる。しかし世の中の不思議は、かうして空お世辞を並べてゐる側がリアリストであつて人生の真実に目ざめてゐるか、といふと、その点も甚だ怪しいといふことであります。追従を並べて利得を
得る人間は、人生の一面しか知りません。年がら年中ちがつた女性に、お世辞を言つてゐるドン・ファンが甘つちよろい夢想家である場合が大半なのであります。本当の、絶対不誠実な凄い空お世辞を言へるのは、やはり一種の悪魔的天才でありませう。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』空お世辞を並べるべし)

かくの如く人生は、たった一つの小さな歯車が外れたばかりに、とんでもない大事件が起ることがある。戦争も大事件も、必ずしも高尚な動機や思想的対立から起るのではなく、ほんのちよつとしたまちがひから、十分起りうるのです。
そして大思想や大哲学は、概して大した事件もひきおこさずに、カビが生えたまま死んでしまいます。しかしあとになつて、歴史の先生が歴史に装飾を施す必要上、地球上に起つた事件を、思想や哲学の影響で説明するのです。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』0の恐怖)

西洋人は何と可哀さうな人種ではありませんか。彼らは本当のところ「道徳なしには生きられない」のです。
ところで日本人はどうでせうか。
日本人は、日本の社会の掟といふものこそあれ、在日外国人とほぼ同じ程度の行動の自由があり、道徳感といふものに悩まされずに、いろんなワルイことができます。
しかも西洋人ほど体力がありませんから、ワルイことと云つてもほどほどのことしかせず、まづ体力が道徳の代りをしてゐます。それに、いくらワルイことをたのしんでも、西洋人の顔のやうな空白感や寂寥は刻まれず、呑気な、明るい、たのしい顔つきで暮して行けます。これは日本人には、
はじめから、あのキリスト教の神様みたいな、厳格な、様子ぶつた、ヤキモチやきの、意地悪千万の、オールド・ミス根性の神様がゐないからで、そんな神様にとりつかれた経験がないからです。従つて、片つ方でワルイことをしながら、片つ方で自分を罰してくれる神を恋しがるといふやうな、
複雑きはまるアブノーマルな心理がないからです。
皆さん。キリストのゐない国に生れた幸福は、実に偉大で、たとふべからざるものであります。この幸福な日本に生れてゐながら、神様を恋しがるなどといふのは、少しパアではありませんか。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』道徳のない国)

日本でも、小林秀雄氏が、かつて、「生きてゐる人間は、みんな人間の形をしてゐない。死んだ人間は、ちやんと人間の形をしてゐる」といふ意味のことを言つたことがありますが、これは至言で、死んでみてはじめてその人の一生の言動は、運命の形をとるわけですから、われわれは、
死の地点から逆に過去のはうをすつかり展望して、はじめてその人を、落ちこぼれなく批評することができるわけだ。
ところが世間といふものは、なかなかこのとほりに行かない。生きてゐるうちには、さんざつぱら悪口を言い、死ぬと途端に、「あんな偉い人はゐなかつた」などと言ふ。甚だしいのは、
生きてゐても、在任中はさんざん悪口を言はれ、やめると途端にほめられるといふのもある。吉田茂氏などはこの適例です。
──さて私が、こんなことを書き出したのも、あれほどヨボヨボの病人扱いをされた鳩山元首相が、死んだ途端に「かけがへのない偉材」といふことになり、与党はおろか、
反対党の委員長まで、口をそろへて褒めそやすといふ有様を見てヘンな気がしたからである。これでもし鳩山さんが蘇生して、ノコノコ歩き出して、又総理大臣になりたがりでもしたら、やつぱり世間は「かけがへのない偉材」とほめそやすだらうか?
(三島由紀夫『不道徳教育講座』死後に悪口を言ふべし)

相手がピンシャンしてゐるあひだは、嫉妬まじりでさんざん悪口を言ふ。相手が辞職したり癌にかかつたり死んだりすれば、もう安心で、すつかり大人しくなつてしまつた相手に、今さら悪罵を放つのも気がひける。そこで、「ここらで一つほめてやりませう」といふ気になる。ほめてやれば、こちらの寛大さを
世間に示すことができ、自分を大きく見せることができ、しかも相手はもうくたばつてしまったのだから、ほめて損をする心配はない。こんなところが、まづ一般の心理であります。葬式の花環の大きさを競ふやうに、人々はほめ言葉を競ひます。
それに死屍に鞭打つやうな悪罵を放つのは、こちらの人物が
小さくみえるのみならず、どんな正当な批判でも、みみつちく持ち越された個人的怨みみたいに誤解される心配がある。相手が元気なら、個人的憎悪や嫉妬や怨恨にもとづいた悪口も、立派に公憤にきこえるが、くたばつてしまふと公憤でさへ私憤みたいにきこえる。そんなことで傷を受けてはつまらないから、
ほめておくはうが無事といふものである。
ところが一人がほめ出すと、集団的妄想みたいなものが起って、みんながほめ出し、そのうちに、故人は本当に「偉人中の偉人」「神のごとき英雄」に見えてくるのですから、人間の心理はふしぎなものです。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』死後に悪口を言ふべし)

われわれが「やりきれない」と思ふ他人の欠点は、大ていは相手が生きてゐるといふことから起る。やりきれない口臭の持主も、死んでしまへば一向気にならない。大体、生きてゐる人間といふものは、どこか我慢ならない点をもつてゐます。死んでしまふと誰だつて美化される。つまり我慢できるものになる。
これは生存競争の冷厳な生物的法則であつて、本当の批評家とは、こんな美化の作用にだまされない人種なのであります。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』死後に悪口を言ふべし)

死者に対する賞讃には、何か冷酷な非人間的なものがあります。
死者に対する悪口は、これに反して、いかにも人間的です。悪口は死者の思ひ出を、いつまでも生きてゐる人間の間に温ためておくからです。
ですから私は死んだら、私の敵が集まって呑んでゐる席へ行って、
みんなの会話をききたいと思ふ。
「全くいい気味だ。あのいけ図々しいキザな奴がゐなくなって、空気までキレイになった」
「本当だよ。あんな阿呆に、よく永いこと世間がだまされてゐたもんだ」
「あいつはバカの上に大ウソツキで、あいつと五分も話してるとヘドが出さうだつた」
こんなことを言つてゐる連中の頭を、幽霊の私はやさしく撫でてやるでせう。私はどうしても、ピンシャン生きてみるうちに私が言はれてゐたのと同じ言葉を、死後もきいてゐたい。それこそは人間の言葉だからです。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』死後に悪口を言ふべし)

(一) 秀才バカ
概して進歩的言辞を弄し、自分の出た大学をセンチメンタルに愛してをり、語学が達者で、使はないでもいいところに横文字を使ひ、大ていメガネをかけてをり、暴力恐怖症を併発し、ときどきヒステリックに高飛車なことを言つたりしたりする一方、運動神経がゼロで、紅茶のスプーンは
何度も落つことし、長上にへつらひ、同僚に嫉妬し、ユーモア・センスがなく、人の冗談を本気にとつて怒るかと思へば、冗談のつもりで失礼なことを平気で言ひ、歯をよく磨かず、爪をよく切らず、何故人にきらはれるのかどうしてもわからない。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』馬鹿は死ななきや……)

利口であらうとすることも人生のワナなら、バカであらうとすることも人生のワナであります。そんな風に人間は「何かであらう」とすることなど、本当は出来るものではないらしい。利口であらうとすればバカのワナに落ち込み、バカであらうとすれば利口のワナに落ち込み、
果てしもない堂々めぐりをかうしてくりかへすのが、多分人生なのでありませう。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』馬鹿は死ななきや……)

ニイチェが「ツァラトゥストラー」の中でかう言つてゐる。
「一切合財自分のことをさらけ出す人は、他の怒りを買ふものだ。さほどに裸体は慎しむべきものだ! さうだ、君らが神々であつてはじめて、君らは君らの衣服を恥ぢてよからう!」
これはなかなか味はふべき言葉である。われわれは神様ぢやないのだから、自分の衣服を恥ぢる資格なんかない、とニイチェは言つてゐるのです。衣服とは、体面であり、体裁であり、時には虚偽であり偽善であり、社会が要求するもののすべてです。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』告白するなかれ)

いつも最大級のもの、たとへば水爆とか、原爆とか、戦争とか、さういふものばかり怖がつてゐる人は、自分の恐怖を容易に正当化できます。水爆だの、戦争だの、といふものは、恐怖そのものであつて、誰でもその恐怖を否定できないから、彼の恐怖は尤も至極なことになる。でも、
ナメクヂやカニや鶏料理が何故怖いのか、説明しようと思つてもできるものではない。そこでナメクヂ恐怖症の人は、人にも自分にも理解できない恐怖におびえてゐるわけであつて、自分の恐怖を正当化できない。さういふ人に、
「君は水爆とナメクヂとどつちが怖い?」
ときけば、まづ躊躇なく、
「ナメクヂのはうが怖い」
といふだらうが、これでは水爆実験禁止論者からは頭ごなしに叱られ、世間からは笑はれるのがオチでありませう。しかし彼の答は正直なのであります。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』自由と恐怖)

現代は一方から他方を見ればみんなキチガヒであり、他方から、一方を見ればみんなキチガヒである。これが現代の特性だ。アメリカからソ連を見ればみんなキチガヒであり、ソ連からアメリカを見ればみんなキチガヒである。近ごろはもつとも、東西のキチガヒ代表が仲よく会談して、
お互ひの病状を無邪気に交換するほど、時代が進歩してきましたが……。
道徳家はもはや道徳の上で安全ではありません。自分だけ正気でゐられる時代、あるひは正気だと思つてゐられる時代はすぎたのです。悲しいかな! そこで道徳家が孤独でなくなる道は、ただ一つしかのこされてゐない。
それは自分がキチガヒであること、痴呆症であることを、天下に示すといふ道であります。
(三島由紀夫『不道徳教育講座』痴呆症と赤シャツ)

中島敦

して見れば、俺の魂の安静のための唯一の必要事は、『形而上学的迷蒙の形而上学的放棄』だということになる。それは俺も知り過ぎるほど知っている。それでも、どうにもならないのだ。俺がこうした莫迦げた事柄への貪婪を以て(しかも哲学者的な冷徹な思索を欠いて)生れて来ているということこそ、
唯一のかけがえの無い所与なのだ。結局各人は各様にその素質を展開するより外に手はない。幼稚だといって嗤われることを気にしたり、自分に向って自己弁護をしたりすることの方がよほどおかしいのだ。
(中島敦『狼疾記』)

お前が子供の時から抱いて来たという・「存在への疑惑」という奴も、随分おかしなものだが、よし、それに答えてやろう。いいか。人間という奴は、時間とか、空間とか、数とか、そういった観念の中でしか何事も考えられないように作られているんだ。
だから、そういう形式を超えた事柄については何も解らないように出来ているんだ。神とか、超自然とか、そうしたものの存在が、(また、非存在が)理論的に証明できないのはそのためなんだ。お前の場合だって、おんなじさ。
お前の精神がそういう疑惑を抱くように出来ているから、そういう疑惑を抱くんで、また、その解決が得られないように、お前の(つまり、人間の)精神が出来ているから、お前にはその解決が得られないんだ。それだけのことさ。馬鹿馬鹿しい。
(中島敦『狼疾記』)

一昨日だって、見ろ。仲間の独身者たちと結婚について話をしていた時の・あのお前の言い草はどうだ? 何と言ったっけな。そう、そう。「どんな面白い作品だって、それを教室でテキストにして使えば途端に詰まらなくなっちまうのと同じで、どんないい女だって、
女房にしちまえば、途端に詰まらない女になってしまうんだよ。」か。それを得意気に言った時の・お前のうすっぺらな・やにさがった顔付を思出し、お前の年齢と経験とを併せて考えると、本当に己(おれ)は、恥ずかしいのを通り越して、ゾッと鳥肌が立って来るよ。全く。
(中島敦『狼疾記』)

誰もがこの男を馬鹿にしているけれども、我々が、もしこの男ののろまな表現を理解してやるだけの忍耐を有(も)つならば、今この男が吐いた感想位の思想は、常に彼の言葉の随所に見出せるのではなかろうか。ただ我々の方にそれを見出すだけの能力(ちから)と根気とが無いだけのことではないのだろうか。
更に、その鈍重・難解な言葉をよくよく噛分けている中には、我々にも、この男の愚昧さの必然性が──「何故に彼が常にかくも、他人の目からは愚かと見えるような行動に出ねばならないのか、」の心理的必然性がはっきりのみ込めて来るのではないだろうか。
そうなって来れば、やがて、M氏がM氏でなければならぬ必然さと、我々が我々であらねばならぬ必然さとの間に──あるいは、ゲーテがゲーテであらねばならなかった必然さとの間に──価値の上下をつけることが、(少くとも主観的には)不可能と感じられてくるだろう。
(中島敦『狼疾記』)

自分は今まで自己の幸福を求めてきたのではなく、世界の意味を尋ねてきたと自分では思っていたが、それはとんでもない間違いで、実は、そういう変わった形式のもとに、最も執念深く自己の幸福を探していたのだということが、悟浄に解りかけてきた。
自分は、そんな世界の意味を云々するほどたいした生きものでないことを、渠は、卑下感をもってでなく、安らかな満足感をもって感じるようになった。そして、そんな生意気をいう前に、とにかく、自分でもまだ知らないでいるに違いない自己を試み展開してみようという勇気が出てきた。
躊躇する前に試みよう。結果の成否は考えずに、ただ、試みるために全力を挙げて試みよう。決定的な失敗に帰したっていいのだ。今までいつも、失敗への危惧から努力を抛棄していた渠が、骨折り損を厭わないところにまで昇華されてきたのである。
(中島敦『悟浄出世』)

夏目漱石

茶と聞いて少し辟易した。世間に茶人ほどもったいぶった風流人はない。広い詩界をわざとらしく窮屈に縄張りをして、極めて自尊的に、極めてことさらに、極めてせせこましく、必要もないのに鞠躬如として、あぶくを飲んで結構がるものはいわゆる茶人である。
あれは商人とか町人とか、まるで趣味の教育のない連中が、どうするのが風流か見当がつかぬところから、器械的に利休以後の規則を鵜呑みにして、これでおおかた風流なんだろう、とかえって真の風流人を馬鹿にするための芸である。
(夏目漱石『草枕』)

"美的良心のない連中"。──何らかの芸術的党派の真の狂信者たちは、自らは芸術論や芸術実技の基本に一度も足をふみ入れたことがないくせに、芸術のあらゆる"基本的な"効果に極めて強く心を奪われている例の全く非芸術的な素質の連中である。
(ニーチェ『人間的、あまりに人間的2』第1部133)

山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
(夏目漱石『草枕』)

小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして、御籤を引くように、ぱっと開けて、開いた所を、漫然と読んでるのが面白いんです。
(夏目漱石『草枕』)

「普通の小説はみんな探偵が発明したものですよ。非人情なところがないから、ちっとも趣がない」
(夏目漱石『草枕』)

芥川龍之介

人生を幸福にする為には、日常の瑣事を愛さなければならぬ。雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、──あらゆる日常の瑣事の中に無上の甘露味を感じなければならぬ。
人生を幸福にする為には?──しかし瑣事を愛するものは瑣事の為に苦しまなければならぬ。
庭前の古池に飛びこんだ蛙は百年の愁を破ったであろう。が、古池を飛び出した蛙は百年の愁を与えたかも知れない。いや、芭蕉の一生は享楽の一生であると共に、誰の目にも受苦の一生である。我我も微妙に楽しむ為には、やはり又微妙に苦しまなければならぬ。
人生を幸福にする為には、日常の瑣事に苦しまなければならぬ。雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、──あらゆる日常の瑣事の中に堕地獄の苦痛を感じなければならぬ。
(芥川龍之介『侏儒の言葉』)

最も賢い処世術は社会的因襲を軽蔑しながら、しかも社会的因襲と矛盾せぬ生活をすることである。
(芥川龍之介『侏儒の言葉』)

いったいどんな窮境からでも脱しうる人間は、正直者か騙児(かたり)かにきまっている。正直者で同時に騙児でありたいと望むような人間には、出口は無いものだ。
(チェーホフ『決闘』)

谷崎潤一郎

文章のコツ、即ち人に「分らせる」ように書く秘訣は、言葉や文字で表現出来ることと出来ないこととの限界を知り、その限界内に止まることが第一でありまして、古の名文家と云われる人は皆その心得を持っていました。
(谷崎潤一郎『文章讀本』)

もし皆さんが、何ぞ今までにない新しい思想や事柄を述べようとする場合には、無理にそれに当て篏まる単語を造り出そうとしないで、古くからある幾つかの言葉を結び合わせ、句を以て説明すればよいのであります。
とにかく、相当の言葉数を費した方がよく分ることを、二字か三字の漢語に縮めようとするのは宜しくない。
(谷崎潤一郎『文章讀本』)

森鴎外

小説は沢山読む。新聞や雑誌を見るときは、議論なんぞは見ないで、小説を読む。しかし若し何と思って読むかということを作者が知ったら、作者は憤慨するだろう。芸術品として見るのではない。金井君は芸術品には非常に高い要求をしているから、そこいら中にある小説はこの要求を充たすに足りない。
金井君には、作者がどういう心理的状態で書いているかということが面白いのである。それだから金井君の為めには、作者が悲しいとか悲壮なとかいう積で書いているものが、極て滑稽に感ぜられたり、作者が滑稽の積で書いているものが、却て悲しかったりする。
(森鴎外『ヰタ・セクスアリス』)

親鸞

この親鸞においては、ただ本願を信じて念仏することで、阿弥陀さまにお救いいただくという法然聖人の教えに従うほかには何もありません。
念仏は、本当に救いの世界へ導くもとになるのか、はたまた地獄へ落ちるべき行いなのか、まったくもって私は存じません。
私としましては、たとえ法然聖人にたぶらかされて、念仏することで地獄に落ちたとしても、何の後悔もないのです。
なぜならば、念仏以外の修行に打ち込めば仏になれたはずの私が、念仏したから地獄に落ちたというのなら、「たぶらかされて」という後悔も残るでしょうが、
もとよりどのような修行によっても、仏の世界に入ることができないわが身ですから、もともと私には地獄以外には行き場がないのです。
(歎異抄 第二章)

善人ですら、阿弥陀さまの本願によって、真実の生き方に目覚めることができるのだから、まして悪人はなおさらです。
それなのに、世間では次のようにいわれております。悪人でさえ真実の生き方に目覚めることができるのなら、善人についてはいうまでもありません、と。
これは一応もっともなように聞こえますが、それではただ阿弥陀さまの力に頼りさえすれば、すべて救われるとする本願の主旨をないがしろにしてしまうことになります。
なぜかといえば、自分の意志で、どんな場合でも善い行いができると思ってうぬぼれている人は、
一心に阿弥陀さまの力に頼る心が欠けておりますから、本願による救済の対象にならないのです。
でも、そのような善人でも、自力に頼る心をひるがえして、本願の力に自分の生のすべてをゆだねることができれば、阿弥陀さまの真実の世界へ生まれ変わることができるのです。
(歎異抄 第三章)

信心が深く念仏にも一所懸命だけれど、経典や注釈書を学ばない者は往生できるかどうかわからないなどということは、いうにも足らない屁理屈であるといってよいでしょう。
本願他力の真の趣旨を説き明かしている様々な聖経の心は、本願を信じ念仏を称えれば、真実の生き方に生まれ変わることができる、
ということにすぎません。それ以外にどのような学問が不可欠の条件というのでしょうか。
この道理を理解できずに迷っている人は、どのようにしても学問に励んで、阿弥陀さまの本願の心を解明すべきでしょう。経典やその注釈を読んで学んでも、聖教の本当の趣旨を心から理解できないとしたら、
はなはだ気の毒というしかありません。
学問的知識もなく、経典の理解もままならない人々が、称えやすいようにと立てられた南無阿弥陀仏の名号であるからこそ、易行というのです。学問を第一とするのは聖道門であり、その道は難行と名づけられております。
(歎異抄 第十二章)

なにごとも、こころにまかせたることならば、往生のために千人ころせといはんに、すなはちころすべし。しかれども、一人にてもかなひぬべき業縁なきによりて害せざるなり。わがこころのよくてころさぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人千人をころすこともあるべし。
(歎異抄 第十三章)

親鸞聖人は、「阿弥陀さまが五劫という気の遠くなるような間、一所懸命に熟慮されて、考え出された誓願をよくよく考えてみると、それはまったくこの親鸞ただ一人のためであったのだ。思えば、数知れない罪業を背負ったこの身であるのに、その罪深い私を助けようと思い立ってくださった阿弥陀さまの
本願のなんとありがたいことか」と、つねづねおっしゃっていました。そのお言葉をいま一度思い返してみると、かの善導大師のいわれた「わが身は、いま現に罪多く、生死に迷った凡夫であり、無限に遠い過去から、この欲望と苦しみの海に沈み、常に生と死の迷いの中に流転していて、
この迷いの世界から抜け出る頼りのないわが身であることを思い知れ」という、あの不滅の尊いお言葉と少しも違ってはいないのです。
(歎異抄 後序)

曇鸞大師の浄土論註にこう書いてある、謹んで龍樹菩薩の十住毘婆沙論をひらいてみると、そこに、菩薩が不退の位を求むる際に二つの道がある、すなわち第一が難行道であり、第二が易行道である、と書かれている、と。
さて難行道というのは、五濁の世、無仏の時代に、不退転の位を求めることは困難だとされている。この困難にはいろいろあるが、いま、大体五つばかり挙げてみよう。第一に、外教(バラモン教など)の見かけだけの善は、菩薩の修行をみだす。第二に、声聞(低劣な仏道修行者)は、
利己的で、仏の大慈悲の教をそこなう。第三に、前後の考えのない悪人が他人のすぐれた徳を破壊する。第四には、背反して修行で善果を求めるものが、清浄の行を台無しにする。第五に、自力一方で他力にすがらない。これらの困難は、いずれも我々の目にふれるものである。
(親鸞『教行信証』行巻)

思うに、信心が起るのは、私にかけられた如来の願いの現われであり、真心が芽生えるのは、私にそそがれた、大聖のめぐみの巧みなはからいによるのである。それを知らずに、末の代の僧俗や、今の世の仏法者は、己れの心をたよりとする唯心の教えに溺れて、浄土のまことの悟りをけなし、自力の心に迷うて
他力の信心を求めない。そうであるから、私、愚禿釈の親鸞は、諸々の仏、如来の真の説をもととして、論家や釈家の、多くの教義をひもといて研究した。三経の教によって多くの恩恵を得たのであるが、とくに一心の研究については、まことに花々しい成果をあげることが出来たと思う。初に疑問を示し、
後に論証するようにした。人々の批評を思わぬではなかったが、深重の仏の恩をおもうと、そうせずにはおられなかった。如来の浄い邦を求め願う人々よ、穢れた世の姿を厭う人々よ、取ろうと捨てようと自由であるが、謗り毀つことだけは、慎んでもらいたい気持で一ぱいである。
(親鸞『教行信証』信巻 序)

道綽禅師は自力聖道門の難しさを、はっきりと証明し、
ただ、他力浄土門に入るべきことを明示した。
万の善を修める自力の勧修をけなして
完全な名号を専ら称えることを勧めた。
三不三信の教をねんごろに教え、
像法、末法の二時期も、教法の滅びる時も、如来の慈悲は変ることなく衆生を導かれる。
一生の間、悪を作っても、弘誓に会えば、
安養浄土に生れて、妙果をさとる、と教えられた。
善導大師は独り如来の正意を明らかにした。
定善と散善(ともに自力修行)を修める人々や、五逆十悪の凡夫を憐れんで
光明名号の因縁をあきらかにした。
本願の大知恵海にとけ込めば、
如来はまさしく行者に金剛のような固い信心を授け
歓喜の一念に相応じたあとで
韋提希夫人と等しく、三忍(喜忍、悟忍、信忍。忍は認可決定、はっきり認識して決定すること)を得るであろう。
直ちに法性の永遠の楽しみをさとるであろう。
(親鸞『教行信証』正信念仏偈)

海の如く広い信心について思いをめぐらしてみるのに、貴い者であろうが賤しい者であろうが、僧であろうが俗であろうが、男であろうが女であろうが、老人であろうが年少であろうが、罪の多いものであろうが少いものであろうが、修行の久しい者であろうが浅いものであろうが、一様に恵み施されるものだ。
それだからそれは、自分が行う行でもなく、自分がはからう善でもない。順と云われ、漸と云われる聖者の法でもなく、従ってまた、定の善でもなく、散の善でもない。正観でもなく、邪観でもない。心に念が有ると云うのでもなく、心に念が無いと云うのでもない。平常と云うのでもなく、
臨終と限るのでもない。多くの念仏と云うのでもなく、一ぺんの念仏と云うのでもない。それは、自力を離れた、不可思議、不可称、 不可説の他力の信楽である。喩えば阿伽陀という薬が、一切の毒を消すように、如来の誓いの薬が、凡夫の闇愚の毒を除くのである。
(親鸞『教行信証』信巻)

それにつけても知らされる悲しい愚禿の姿よ、愛欲の広海に溺れ、名利の大山に惑い、信心の人となることを喜ばず、真実の証に近づくを快しまない、恥ずべく、傷むべき親鸞の姿よ。思うに、仏が救い難い人間について述べられたのは、私のようなものがあるためであろう。それについて、涅槃経に言う、
「迦葉よ、世に三人の人がいて救い難い病を持っている。一つには大乗仏教を謗るもの、二つには五つの逆罪のもの、三つには善を断ったもので、この三つの病は、世の病の中の極重である。これらは、声聞や縁覚の法では、治すことの出来ないものである。然し人々よ、仏の法を聞くことは、譬えば、
不治の病を得て死が定まっているのに、どんな病でも、意の如く治すことの出来る医薬が見出されたようなものである。若しこの医薬がないならば、このような重病は治しようがないので、この人々は、必ず死んでしまわねばならないのである。人々よ、この三種類の人もその通りである。
仏に従うて法を聞けば、仏の悟りを求める心を起すことになるであろう。然し声聞や縁覚では、説法を聞く聞かないに拘らず、仏の悟りを求める心を起すようなことはないであろう」と。
(親鸞『教行信証』信巻 末)

王が言うに、耆婆よ、如来世尊は、一切の苦悩の人々にも、念をかけられるであろうか、と。
耆婆が答えて言うには、七人の子を持った親があるといたします。七人の中の誰かが病にかかった場合、父母の心は七人に対して不平等と云うのではありませんが、然し病の子に自ら心が傾くようなものであります。
大王よ、如来もその通りであります。総ての人々に対して不平等と云うのではありませんが、然し罪のある者に対して、自ら心が傾きます。放逸の者に対しては慈悲の思いを生じますが、不放逸の者に対しては心をとどめないでしょう。不放逸の者と云うのは、六住の修行をした菩薩のことであります。大王よ、
諸の仏世尊は、一切の人々の階級とか、老、少、中、とか、貧富とか、日月とか、星宿とか、腕があるとか、下賤だとか、僮僕だとか、婢使だとかということを問題にされないのです、ただ善の心があるかどうかを問題にされます。若し善の心さえあれば慈悲の念を垂れ給うのです。
(親鸞『教行信証』信巻 末)

「他力には義なきを義とす」、つまり、他力を信じる際には、人間の工夫・判断のないことが正しい理解であり、根本となることであり、(それは)かねて法然聖人の仰せになっていたことです。「義」とは、「はからう」、つまり自分で工夫したり、判断することです。行者が工夫したり、判断することは
自力ですから「義」というのです。他力は、阿弥陀仏の本願を信じて、往生が必ず定まるのですから、さらに「義なし」、つまり(行者の)工夫や判断を必要としないということになります。
ですから、わが身が悪いからといって、どうして阿弥陀仏が迎えてくださるだろうか、いや迎えてくださるわけはない、
と思ってはならないのです。凡夫は、もとより煩悩から逃れることができない存在ですから、悪者に決まっています。また、自分の心がよいから浄土に生まれることができると思ってはなりません。自力の工夫では、真実の浄土に生まれることはできないのです。
(阿満利麿『親鸞からの手紙』)

「信の一念」と「行の一念」は、二つではありますが、信を離れた行もないし、(念仏という)行を実践しようと思い立つ心を離れた「信の一念」というものもないのです。 そのわけは、「行」というのは、本願にもとづく名号を一声称えて往生する、ということを聞いて、一声でも称え、もしくは、
十回も念仏するのが「行」です。この(阿弥陀仏の)誓いを聞いて、疑う心がつゆほどもないのを「信の一念」というのです。(したがって)「信」と「行」と、二つだと聞いても、「行」である念仏を一声称えれば往生できると聞いて疑わなければ、(そのことを)「行」を離れた「信」はない、
ということだと聞いています。また、「信」を離れた「行」はないとお考え下さい。こうしたことはみな、阿弥陀仏の御誓いによる、ということを理解してください。「行」と「信」とは、(阿弥陀仏の)御誓いをいうのです。あなかしこ、あなかしこ。
(阿満利麿『親鸞からの手紙』)

良寛

将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。
将来にむかってつまずくこと、これはできます。
いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。
(カフカ フェリーツェへの手紙 1913.2.28-3.1)

倒るれば 倒るるままの 庭の草
(良寛)

あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。
むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。
(マタイ福音書 6:19-20)

盗人に 取り残されし 窓の月
(良寛)

内村鑑三

世間には宗教学者と申す面白半分に宗教を研究せんとする者があります、彼らは比較宗教とか唱えて、自身を全く宗教以外に置いて、釈迦やキリストの宗教に是非の批評を加えて大学者ぶる者であります、しかし彼らが宗教を理解し得ないは勿論でございます、キリスト教がいかに平易なればと申して
我国今日の文学博士くらいに解剖し得らるるものではありません、聖書とはその記者が心血を絞って書いたものでございます、真面目の人のみが真面目の人の作を評する事が出来ます、偽哲学者輩には聖書は勿論すべて世界の大文学なるものは決して解りません。
(内村鑑三『宗教座談』第三回 聖書の事)

すなわち我々は聖書以上の判断を以て聖書を解さなければなりません、しかしこの判断は我々の智識ではなくして神より我々が直接に受くる事の出来る光明であります、この光明なくして聖書を読めば我々は聖書の奴隷となるか、
さもなければその文学的批評家となりてその内に示してある大切な真理を少しも解せません。
(内村鑑三『宗教座談』第三回 聖書の事)

世に神ほど我々に近いものはございません、神に較べて見れば我々の妻子眷族は皆な遠い姻戚であります、神に教えられずして我々は外物何一つとして知る事が出来ないのみならず、我々自身をさえ自覚する事が出来ません、聖書にいかほど神があると書いてあろうが、
神が直接に我々の心に自顕し給うにあらざれば我々は神を知る事の出来ないものであります、我々は何も聖書の語に依て神を信じたのではございません、聖書が我々の実験する事を書き示しているから我々の信仰が確められたのであります、
すべて書物というものはどんな書物でも我々に新らしき真理を教えてくれるものではありません、我々に最も多く利益を与えてくれた書物とは我々の実験を最も多く確かめてくれた書でございます、
(内村鑑三『宗教座談』第三回 聖書の事)

『身を殺して魂を殺すこと能わざる者を懼るるなかれ、ただ汝曹魂と身とを地獄に滅し得る者を懼れよ』と書いてあります、すなわち我々の首を切り、あるいは我らの食物を奪うて我らを餓死せしむる者はさほど懼るには足りません、しかし我々の良心を腐らせ、我らの信仰を堕落せしめ、我らをして主義に
勝って富と名誉とを愛せしむる者は実に懼るべき者でございます、剣や銃を以て我らを嚇す圧制家は敢て懼るるに足りません、懼るべく、憎むべく、避くべき者は今の紳士や政治家の類でありまして、我らの身を活かして我らの霊魂を殺さんとする者どもでございます。
(内村鑑三『宗教座談』第六回 霊魂の事)

また責任という事は人の霊魂に属するものでございますから、霊魂以外のものにこれを着せる事は出来ません、世には社会学者なる者がありまして頻りに社会の罪悪とか社会の責任とかいう事を唱えまして、個人の責任を社会に移そうと致しまするが、これは実際出来る事ではございません、
もし罪は社会が作るものならば世に罪人はないはずでございます、しかし日本の今日の如き腐敗殆んどその極に達したる社会においてもなお多くの善人のあるのを見れば善悪は必しも周囲の境遇が作るものでない事は確かでございます、
単に社会の罪ばかりを責めて、「私の罪」、「汝の罪」、「彼の罪」を糺さない社会は終には消えてしまいます。
(内村鑑三『宗教座談』第六回 霊魂の事)

大森荘蔵

善き志や悪しき志が世界を変えるにしても、それはただ世界の限界を変え得るだけであって、事実全般、すなわち言語によって表現され得ることがらを変えることはできない。いわば世界は全体として増減する。幸福な者の世界は不幸な者の世界とは別の世界だ。
(ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』6.43)

事実は、世界其のものが、既に感情的なのである。世界が感情的であって、世界そのものが喜ばしい世界であったり、悲しむべき世界であったりするのである。自分の心の中の感情だと思い込んでいるものは、実はこの世界全体の感情のほんの一つの小さな前景に過ぎない。
(大森荘蔵『流れとよどみ』)

野矢茂樹

『哲学探究』以前の言語観と『哲学探究』以後の言語観の違いをあらかじめひとことでまとめるならば、それは「空間から時間へ」と言い表わすことができる。詳しい説明はすぐ後に行なうが、あらかじめ簡単にそのイメージを述べておこう。ウィトゲンシュタインは可能性の総体を「空間」と呼ぶ。
日常的に「空間」と呼ばれる三次元空間は、物が位置する可能性の総体であり、それゆえ、より一般的な空間概念の一例となっている。そして『論理哲学論考』は「論理空間」という概念を中心に据え、『哲学探究』へと移行する過渡期においては「色空間」等の概念が重要なものとして登場した。
だが、言葉は本来時間の流れの中で使用されるものである。それを可能なかぎりそのままに捉えること。空間的に捉えられていた言語を時間の流れへと解き放つことが、『哲学探究』以後の言語観の核心であった。
(野矢茂樹『ウィトゲンシュタイン『哲学探究』という戦い』12-1 意味と空間)

町田康

じゃあ神ってどこにいるのか。
例えば何かを面白いと思いますね。出世とか名誉とか命とか、どうでもいいと思えるほどに、強く面白いと思う。そのとき、神は自分の中にいるということなんですよ。だから、「面白い」って強く思うのは、とても大事なんですよね。
それって自分じゃないんです。小説を書いていて、あるいは音楽やっていて、強く「面白いな」と思う。笑う。それは、自分自身じゃない。自分を超えている何かなんです。
(町田康)

稲垣足穂

九段の出版家から、革表紙天金の『ボードレエル感想私録』を一冊貰っていた。この一部分は先に雑誌に載せられたので知っていたが、今回改めて抜いてみると、近頃自分の頭に浮ぶ処とそっくりのことが記してあった。まず「放蕩したあとではみんなから見離されたような気がする」
「恋愛とは他者の中へ潜り込もうとするものだが、芸術とは自己の中へもぐり込もうとするものだ」共に、いみじくも云い給いけるよ! 次には、「宗教が最も偉大である」「人工の極致は道徳である」「精神主義者はすべて"姐や"に惚れるものだ」とあった。
江美留自身にも最近「キリストはダンディーの極致である」「女性には身嗜み、男性には道徳」「ヤマニのおトシちゃんとお湯屋のおツネがよい」と考えられているのと、符合していた。
(稲垣足穂『弥勒』)

宇佐見りん

おそらく誰にもあるでしょう、つけられた傷を何度も自分でなぞることでより深く傷つけてしまい、自分ではもうどうにものがれ難い溝をつくってしまうということが、そしてその溝に針を落としてひきずりだされる一つの音楽を繰り返し聴いては自分のために泣いているということが。
(宇佐見りん『かか』)

俗に、脛に傷持つ身、という言葉もあるようですが、その傷は、自分の赤ん坊の時から、自然に片方の脛にあらわれて、長ずるに及んで治癒するどころか、いよいよ深くなるばかりで、骨にまで達し、夜々の痛苦は千変万化の地獄とは言いながら、しかし、(これは、たいへん奇妙な言い方ですけど)その傷は、
次第に自分の血肉よりも親しくなり、その傷の痛みは、すなわち傷の生きている感情、または愛情の囁きのようにさえ思われる、そんな男にとって、例の地下運動のグルウプの雰囲気が変に安心で、居心地がよく、その運動の本来の目的よりその運動の肌が自分に合った感じなのでした。
(太宰治『人間失格』)

村上春樹

彼は僕なんかはるかに及ばないくらいの読書家だったが、死後三十年を経ていない作家の本は原則として手にとろうとはしなかった。そういう本しか俺は信用しない、と彼は言った。
「現代文学を信用しないというわけじゃないよ。ただ俺は時の洗礼を受けてないものを読んで貴重な時間を無駄に費したくないんだ。人生は短かい」
(村上春樹『ノルウェイの森』)

中位の文学作品が、その作者のまだ生きていて、それらの作品の後をつけているということから得る内面的利益。古くなることの本来の意味だ。
(カフカ 日記 1913.6.5)

荒木飛呂彦

ところで君たち『おもしろいマンガ』というものはどうすれば描けるか知ってるかね?
『リアリティ』だよ! 『リアリティ』こそが作品に生命(いのち)を吹き込むエネルギーであり『リアリティ』こそがエンターテイメントなのさ
『マンガ』とは想像や空想で描かれていると思われがちだが実は違う! 自分の見た事や体験した事 感動した事を描いてこそおもしろくなるんだ!
(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第4部)

「爪」のびているだろう… こんなにのびてる 自分の「爪」が のびるのを 止められる人間がいるだろうか? いない… 誰も「爪」をのびるのを 止める事ができないように… 持って生まれた「性」というものは 誰もおさえる事が できない……………
(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第4部)

だが わたしには勝ち負けは問題ではない… わたしは『生きのびる』…… 平和に『生きのび』てみせる わたしは人を殺さずにはいられないという『サガ』を背負ってはいるが…………… 『幸福に生きてみせるぞ!』
(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第4部)

人にはそれぞれ固有の性癖があって、これをのがれることができない。しかも世のなかには自分の性癖──しばしばおよそ罪のない性癖──のために破滅する人間もある。
生来身にそなわっているものは、たとい投げ捨てようとも、これをのがれることはできない。
(ゲーテ『箴言と省察』経験と人生)

「ブッ殺す」…そんな言葉は使う必要がねーんだ なぜなら オレやオレたちの仲間は その言葉を頭の中に思い浮かべたときには! 実際に相手を殺っちまってもうすでに終わってるからだッ! だから 使った事がねェ───ッ 「ブッ殺した」なら使ってもいいッ!
(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第5部)

オレたちチームはな! そこら辺のナンパ道路や仲よしクラブで「ブッ殺す」「ブッ殺す」って大口叩いて仲間と心をなぐさめあってるような負け犬どもとはわけが違うんだからな
「ブッ殺す」と心の中で思ったならッ! その時スデに行動は終わっているんだッ!
(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第5部)

この世で最も大切な事は『信頼』であるのなら 最も忌むべき事は『侮辱』する事と考えている
いいかね…………信頼を侮辱する………とは その人物の名誉を傷つけるだけでなく 人生や生涯を抜きさしならない状況に追い込んでしまう事だ
われわれは 金や利益のため あるいは劇場やバスの席を取られたからといって 人と争ったり 命を賭けたりはしない 争いは実にくだらん バカのする事だ
だが! 「侮辱する」という行為に対しては命を賭ける 殺人も 神は許してくれると思っている!
(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第5部)

人が人を選ぶにあたって最も大切なのは『信頼』なんだ それに比べたら頭がいいとか才能があるなんて事はこのクラッカーの歯クソほどの事もないんだ…
(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第5部)

そうだな… わたしは『結果』だけを求めてはいない
『結果』だけを求めていると 人は近道をしたがるものだ…………… 近道した時 真実を見失うかもしれない やる気もしだいに失せていく 大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている
向かおうとする意志さえあれば たとえ今回は犯人が逃げたとしても いつかはたどり着くだろう? 向かっているわけだからな…………… 違うかい?
(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第5部)

歴史の頂点に輝く かの『ミケランジェロ』が言った言葉がある…
『わたしは大理石を彫刻する時…着想を持たない』…………
『「石」自体がすでに彫るべき形の限界を定めているからだ……わたしの手はその形を石の中から取り出してやるだけなのだ』………と
ミケランジェロは「究極の形」は考えてから彫るのではなく すでに石の中に運命として「内在している」と言っているのだ
彼は彫りながら運命を見ることができた芸術家なんだ
(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第5部)

「覚悟した者」は 「幸福」であるッ!
悪い出来事の未来も知ることは「絶望」と思うだろうが 逆だッ!
明日「死ぬ」とわかっていても「覚悟」があるから幸福なんだ
「覚悟」は「絶望」を吹き飛ばすからだッ!
(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第6部)

たとえ死を前にしても、幸福な人は恐れを抱いてはならない。
時間の中ではなく、現在の中で生きる人のみが幸福である。
(ウィトゲンシュタイン 草稿 1916.7.8)

存在するのはひとつの精神的世界以外のなにものでもないという事実は、われわれから希望を奪い、われわれに確信を与える。
(カフカ 自撰アフォリズム 62)

「納得」は全てに優先するぜッ!!
でないとオレは「前」へ進めねえッ! 「どこへ」も! 「未来」への道も! 探す事は出来ねえッ!!
(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第7部)

待ちなって! あわてんな! オタクはよォ! オレ個人の意見だって断ってんだろうが… 人の話 半分だけ聞いて人を批判するタイプだろ! テメー
(荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第7部)

自分とは違う意見や疑問に思う出来事、理解できない人に出会ったら、その機会を逃してはいけません。「自分には理解できない」とシャットアウトするのではなく、「なぜ、この人はそんな風に思うんだろう?」「どうして、こんなことが起こるんだろう?」「その意見を聞いて、自分はどう思ったのか」
などと分析することで、自分にはない視点を学ぶことができます。また、自分からは興味を持てなかったり、嫌いだと思っていたりしたものでも、それが好きな人の視点を知れば、自分の世界が広がり、そこから新しいアイディアが生まれることもあります。
(荒木飛呂彦『荒木飛呂彦の漫画術』)

「不安を抱えている人がサスペンス映画を観ると、余計不安になるんじゃないか。ハッピーな物語を観ていた方が癒されるのでは?」と考える人もいるかもしれません。しかし、それは逆なのではないでしょうか。不安やスリルは誰の心の中にでもあるのだから、そこに蓋をして、
あたかもないように扱う方が不自然です。僕自身は、ひたすら幸福な、サスペンスのない映画だけ観ている方が、ずっと不安に感じます。観ている間は楽しかったとしても、観終わった後に待っている現実世界は、そんな綺麗事で済むわけがない。そうした映画のあとには、
「げっ、イヤなところに戻ってきてしまった」という幸福な夢から覚めたような虚無感があります。それよりもサスペンス映画の描く不安にきちんと向かいあって、どこの世界にも不安はあるし、それを感じているのは自分だけではないのだと共感した方がずっと癒されます。
(荒木飛呂彦の超偏愛!映画の掟)

福本伸行

30になろうと40になろうと奴らは言い続ける…… 自分の人生の本番はまだ先なんだと……! 「本当のオレ」を使っていないから今はこの程度なのだと…… そう飽きず言い続け… 結局は… 老い……死ぬっ……! その間際いやでも気が付くだろう… 今まで生きてきたすべてが 丸ごと「本物」だったことを…!
人は…… 仮になど生きていないし 仮に死ぬこともできぬ 当然だ……… 問題は……… その当然に気が付いているかどうか………… 真に覚醒しているかどうかだっ………!
(福本伸行『賭博黙示録カイジ』)

ふ...... ふざけるなよ....! 戦争だろうが.... 疑ってるうちはまだしも それを口にしたら...... 戦争だろうがっ......! 戦争じゃねえのかよっ....!
(福本伸行『賭博黙示録カイジ』)

この世じゃ人の心が一番うまいんだ…… 料理だってそうだろう 作り手の心がこもるからうまい…… こんな夜中にオレだけの為に…… 板前がふぐさし作るから食ってみてえんだよ
(福本伸行『天』)

ニセの怒り ニセの言葉 ニセの勝負……… うんざりなんだ そんなもの そんな戯事じゃまるで埋まらない 心が満ちない…
(福本伸行『アカギ』)

もともと損得で 勝負事などしていない ただ勝った負けたをして その結果無意味に人が死んだり不具になったりする… そっちの方が望ましい その方が…… バクチの本質であるところの…… 理不尽な死── その淵に近づける……! 醍醐味だ… なあ… 浦部
(福本伸行『アカギ』)

漆原友紀

お前に罪などないさ
蟲にも罪などない
互いに ただ その生を遂行していただけだ
誰にも罪などないんだ
死ぬんじゃない お前は何も誤っちゃいない
(漆原友紀『蟲師』)

「たすけて ころさないで しにたくない」
「無駄だ」
「どうしてころすの」
「お前らがヒトの子を食うからだ」
「ぼくらはわるくない」
「俺らも悪かない だが俺達の方が強い だから お前は たねを残せずに死ぬんだ」
「………… そうか それじゃ しかたがない」
(漆原友紀『蟲師』)

「蟲師だったんだろ? こんな恐ろしい蟲 どうして生かしておくんだよ」
「…………畏れや 怒りに 目を眩まされるな 皆 ただ それぞれがあるようにあるだけ 逃れられるモノからは 知恵ある我々が逃げればいい」
(漆原友紀『蟲師』)

芥見下々

5.62 独我論の言わんとすることは正しい。世界が私の世界であることは、この言語の限界が世界の限界を意味することに示されている。
5.621 世界と生は一つである。
5.631 思惟し表象する主観は存在しない。
5.64 独我論を徹底すると、純粋な実在論と一致する。
(ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』)

俺達は腹でモノを考えるか? 頭で怒りを発露できるか? いいか虎杖 俺達は 全身全霊で世界に存在している 当たり前過ぎて 皆 忘れてしまったことだ
(芥見下々『呪術廻戦』第37話)

"忘れられた自然"。──我々は自然について語るが、しかしそのとき我々自身のことを忘れてしまう。だが、〈それでも〉我々自身も自然なのだ──。したがって自然というものは、我々がその名を口にするときに感ずるものとは何か全く別のものである。
(ニーチェ『人間的、あまりに人間的2』第2部327)

原泰久

人の持つ本質は─── 光だ
俺は九歳の時 ある闇商の一団に邯鄲から救出された
だが趙の追跡は厳しく
最後は
闇商の頭目 紫夏は
自分の命を盾として俺を助けてくれた
出会ってから共に過ごした刻はごく数日だったが
俺はこの人の中に初めて人の優しさと 強さと………
そして 強烈な光を見た
…はじめは紫夏だけが特別なのだと思っていた
紫夏だけが持っていた特別な光だと
だが そうではない
これまで散っていった者達──
王騎も ?公も 成?も
そして 名もなき者達も
形や 立場が違えど 皆 一様に
自分の中心にある“光”を必死に輝かせて死んでいった
そしてその光を 次の者が受け継ぎ
さらに力強く 光り輝かせるのだ
そうやって人はつながり
よりよい方向へ前進する
人が闇に落ちるのは
己の光の有り様を見失うから
見つからず もがき 苦しみ… 悲劇が生まれる
その悲劇を増幅させ人を闇に落とす最大のものが戦争だ
だから戦争を この世から無くす
(原泰久『キングダム』第39~40巻)

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