心理学ガール #27

さがーる

 僕は心理学部の大学4年生。ここは学生会館2階のいつもの席。今日も僕はハルちゃんと催眠について話をしている。

ハル「先輩。先日、催眠愛好家の集まりで、割と名の通った催眠術師から、新しい催眠誘導を試したいといわれて、やってもらったんです。その方法が、術師の指先を見るようにいわれて、その指をぐるぐる回されるという誘導だったんです。まるで自分がトンボになった気持ちになりましたが、目が疲れただけで、特に催眠には掛からなかったんです。その術師がいうには、視神経を披露させることで催眠状態を誘発するという技らしいんですが、催眠状態がないと知っているわたしには、よくわからない方法でした。そして、わたしは、被暗示性が低いんだといわれました。それでも、他の人はその方法で催眠が成功してたんです。その集まりでは、その新技がすごく効果的だという話題で持ちきりでした。わたしは、なんかモヤモヤした気持ちでした。理屈的には効果がないんだろうと思うんですけど、その集団の中では効果的な方法だと思われてしまうというのはどうしてなんですかね」

僕「催眠を成功させるための方法に効果があるのかどうかって話だね。同じような問題は、心理学でもあって、心理療法は効果があるのか、あるのならどの心理療法が一番効果があるのか、みたいな議論がある。少し考えてみようか」

ハル「はい」

僕「ある催眠テクニックに効果があるかを確かめる方法。一つは、そのテクニックを説明する理屈が、確かかどうかを考える必要があるかな。例えば、手をかさすと念力が出て、念力により催眠状態となるという理屈で手をかさすテクニックがあるとしよう。その手かさしが仮に成功したとしても、念力なんてものはあり得ないから、その成功は別の要因だよね」

ハル「そうかもしれないですけど、念力がないという証明はできてないから、否定できないじゃないですか?」

僕「一般に、何かが"ない"という証明はできない。いわゆる悪魔の証明というやつだ。だから、念力があると主張する側が、念力があるという証明をしなくてはいけない。反証という意味では、念力がないと証明するというよりも、同じ方法論で別の理屈があるということを主張するかな。あるいは、念力というものの理屈的なおかしさを指摘するかな。念力が測的できないとか、トートロジーになっているとか」

ハル「あれ。催眠状態がないという話をしたときと同じですね」

僕「同じだね。大抵の催眠理論は、測定の問題とトートロジーの問題を持っているからね。仮に、念力というものが理屈としてある程度妥当だとしよう。その上で、念力による手かざし催眠に効果があるかどうかは、念じて手かざしをして成功しただけでは証明としては弱いんだ」

ハル「その理屈でやってみて成功したら効果があるんじゃないんですか?」

僕「ある方法に効果があるかどうかは、別の方法と比較しなくてはわからない。以前話したかもしれないけど、薬の効果を確かめるには、偽薬と比較するんだ。なぜなら、偽薬でも効果が表れてしまうから。効果を確かめたい薬が、偽薬以上に効果がないと意味がないよね。念力手かざし催眠も同じで、催眠をやりますという文脈だけで偽薬のように大抵の方法が効果が出てしまう。だから、それらと比較してよ効果が出ないと、その念力手かざしに効果があるとはいえないんだ」

ハル「催眠という文脈だけで、特に意味のない方法でも効果が出てしまうんですか?」

僕「そうなんだ。だから、ある催眠の方法が他の方法より効果があるかを確かめるのは、とてもむつかしいんだ。それに、この前話した実験者効果というものもあって、新しい催眠の方法を試す人が、成功を期待していたら、その期待は相手に伝わって、その方法論とは別の効果で成功してしまうことがある。そういったコントロールをしないで、新しい方法を試して成功したから効果があるとは簡単にいえないんだ」

ハル「どうやったらいいんですかね?」

僕「それは心理学の実験方法を勉強するとわかると思うよ。心理学を学ぶことは、世の中に起きてることを、クリティカルな視点でみれるようになることだと思うんだよね。ハルちゃんも大学の講談・演習、しっかり受けでね!」

ハル「はい。だけど、効果があれば間違っててもいいんじゃないかって気も少しだけするんですけどね」

僕「まあ、個人の範囲で楽しむ分には、間違っててもいいんじゃないかな。だけど、間違っているかもしれないもので健康に関する相談をするとか、高額で売りつけるとか、そういうのが問題だと思うよ。僕の経験談がある。昔、知り合いに気功で雲を消しますおじさんが居たんだけど、その人はおもむろに空を指さし『今からあの雲を消します』とかいって、手をごにょごにょ動かすと数分後に確かに雲はえたんだけど、どう考えてもも時間が経って自然に消えたんだ。本人は気功だと信じてたみたいだけど。僕はそれについて何も言わなかった。だけど、その人が気功で病気を治しますとか、気功を高額で教えますとか言い始めたんだ。そのとき、僕はその人を止めた。結局、止められなかったけどね」

ハル「そんなことがあったんですね」

僕「うん。僕は、それに関して、本人たちが良ければそれでいいとは思はなかった。もしハルちゃんが変な催眠理論を主張して商売を始めたら、僕は全力で止めるからね」

ハル「そのときはお願いします。今日もありがとうございました」

 ハルちゃんは出口に駆けていった。