心理学ガール #13

形態よりも機能

 僕は心理学部の大学4年生。ここは学生会館2階のいつもの席。今日も僕はハルちゃんと催眠について話をしている。

僕「こんにちは、ハルちゃん。今日は、催眠に関する興味深い記録があったから、その内容について話をしよう。松原慎先生の『心身医学的治療:催眠療法・自律訓練法・認知行動療法一機能性消化管疾患の心身医学的治療の臨床使用とその課題一』というもので、印刷したものを渡すね」

ハル「ありがとうございます!」

僕「内容を簡単に説明すると、過敏性腸症候群(IBS)治療では、催眠療法、認知行動療法(CBT)等が効果があるとされているところ、催眠療法と自律訓練法とCBTの紹介がされています。催眠についても簡潔に説明されているので、そこを読んでみよう。初めに、催眠の歴史について書いてあるね」

ハル「エジプト時代から催眠があるって話は、催眠愛好家からも聞いたことがありますし、メスメルの名前も知っています。催眠って歴史があるものだと思っていましたけど、色々と勉強した今は、それらを催眠と呼んでいいのかという疑問は持ってます」

僕「おっ、成長しているね。確かに、エジプト時代の治療やメスメルの動物磁気が催眠と呼んでいいのかは考えなくてはいけないことかもしれないね。ここでは、それらを催眠であるとして、次にエリクソンが紹介されている。エリクソンはそれまでの催眠の考え方や方法を大きく変えた人であり、催眠療法を語る上では外せない人物だね。僕が催眠を勉強するきっかけになった人物でもある」

ハル「わたしも今、興味を持ってます。エリクソンの催眠について勉強したいです」

僕「それも、いつか話せたらだね。次に催眠の定義について昔かれている。2014年に米国心理学会が出した催眠の定義『注意の焦点化と末梢の気づきの低減を伴う、暗示に対する反応能力の高進によって特徴づけられる意識の状態』を紹介しつつ、催眠を具体的に示す指数みたいなものがないことを説明している。Raz という研究者による、催眠によってストループ効果が起こらないという研究を引用しながら、催眠で何を測定するかについて問題提起をしているね」

ハル「催眠によってストループ効果が起きないというのは、どういうことですか?」

僕「詳細には説明しないけど、ストループ効果とは、文字の色を答えてもらうテストをした際、文字の色とは違う色の名前表記した場合、色を答えづらくなるというもの。この効果が催眠によって抑制されたということ。なぜこの研究がすごいかといえば、催眠が成功しているかは、ほぼ被催眠者の報告によってしか判断できなかった。催眠を客観的に測るものはなかったからね。被催眠者の報告でしかわからないということは、被催眠者が嘘をついていたり、演技していたとしても、催眠の成功になってしまう。そんな中、演技ではむずかしい認知的な反応であるストループ効果が催眠によって抑制されたことで、催眠は演技ではないと確信できたって感じなんだ」

ハル「なるほど。わたし達が今まで話してきた、催眠の定義や制定の話ですね」

僕「そうだね。この記録を読んですっと理解できているハルちゃんは、催眠についてだいぶ詳しくなっているよ。それで、次に伝統的催眠と現代催眠の違いを説明している。いわゆる催眠愛好家がやっているのは伝統的催眠といわれるものがほとんどだね。伝統的催眠と現代催眠は、どちらが優れているとかではないけど、目的に応じて使い分けられたらいいよね。だけど、現代催眠を理解して使えている人を後はあまり知らない」

ハル「現代催眠は難しいのですか?」

僕「そうだね。相手の反応を読み取る力とそれに対応する臨機応変さが、伝統的催眠よりも要求されると思うから、習得は困難かもしれない」

ハル「わたし難しいっていわれると興味が強くなってきました!」

僕「ハルちゃんって意外とあまのじゃく? 現代催眠の話はちょっと考えておくね。それで、暗示とトランスについて書いている。これも面白いね。暗示は教示ではないと。さらに、「多くの催眠指導者がこれらの「教示」を「暗示」と教えてしまうため、世界的にこの混乱は続いている。』と書いている。“暗に示すから暗示という”みたいなことは、催眠愛好家の間でもよくいわれるよね。他にも暗示には『直接暗示』と『間接暗示』があるとかいわれて、正直混乱する。だけど、暗示とは何なのか、そして、トランス状態、つまり変性意識状態とは何なのかという話題は、催眠を議論する上で切り離せないものなんだ」

ハル「今までもずっとその話でしたね」

僕「うん。そして、トランス状態については、僕らが今まで話してきたように、客観的指標がないと断言しているね。その上で、臨床的一言い換えれば実践的にいうと“集中の偏り”、“表情筋の弛緩”“反応の遅延”などによって観察されるとし、トランスの捉え方の違いが伝統的催眠と現代催眠の違いだとしている。ここら辺大事なポイントだと思う」

ハル「変性意識状態は主観的な感覚としては測定できるけど、現時点で、客観的といえる生理的・行動的指標はないということでしたね。そして、変性意識状態に対するスタンスの違いが伝統的催眠と現代催眠の違いなんですね」

僕「伝統的催眠と現代催眠の違いを、手法の違いだと勘違いしている人は多いんだけど、現代催眠で使われる手法を利用したところで、催眠状態とその深度を前提としたスタンスで催眠をしていれば、それは伝統的催眠だといえるね」

ハル「ますます現代催眠がわからなくなってきますけど……」
僕「混乱するよね。それで、次に自律訓練法と催眠について書いていて、催眠は操作的で自律訓練法は自主的だったんだけど、現代催眠はクライエント中心的に変わっているとしている。現代催眠から派生した心理療法を勉強している僕としては、強くうなずくしかないね」

ハル「臨床心理に興味があるわたしとしては、もっと知りたいところです」

僕「自律訓練法は、覚えておいた方がいいと思うね。それで、ここから先はCBTと催眠の比較が書かれている。ここは取り上げないけど、行動療法も催眠療法も結果として無意識を使っているんじゃないかという論点だね。さて、今回はここまでだけど、何か感想はある?」

ハル「改めて催眠のことが少し整理できた気がします。ストループ効果の話もおもしろかったですし。とても勉強になりました。ありがとうございました」

僕「こちらこそ、楽しかったです。また面白そうな論文などがあったら持ってくるようにするね。それじゃ、また」

ハル「はい。またです」

 ハルちゃんは出口に駆けていった。