心理学ガール #12

何が大事か

 僕は心理学部の大学4年生。ここは図書館前のベンチ。今日も僕はハルちゃんと催眠について話をしている。

僕「以前、ハルちゃんは、催眠は『催眠誘導で催眠状態にして暗示をするとその通り行動してしまうこと』という話をしてくれたよね。過去の催眠研究では、催眠状態が原因として特異な暗示に反応するという考えに対抗した研究があるから、今日はそれを紹介しようと思います」

ハル「気になりますね。よろしくお願いします」

僕「その研究は、バーバーという学者によるもので、現在は入手困難だけど書籍にもなっているんだ。催眠のプロなら必読の本です。ざっくり研究の内容を説明すると、催眠誘導をして暗示をする方法と、催眠誘導をしないで暗示をする方法で、催眠でしか起こらないとされていた現象、味覚が変わったり、痛みが無くなったりが起きるかを比較したんだけど、結果、概ねどの現象もほとんと差がなく起きてしまったというものなんだ」

ハル「えっ、それって本当ですか? それじゃ、催眠誘導なんて必要ないってことになっちゃいますね」

僕「そのとおりだね。そして、催眠でしか起きないと思っている反応は、冷静に考えてみると催眠に限らず起きていることがわかる。だから、暗示の実現にだけ注日すれば、催眠という手続や概念は必要ないんだ。むしろ、催眠という概念を用いることで暗示反応が起きにくくなる場合もあるんじゃないかって思う」

ハル「催眠という概念が反応を邪魔するんですか?」

僕「そうだね。そして、僕は、催眠という文脈において、催眠という概念が反応を邪魔するのを取り除く方法が、現代催眠じゃないかって思ったりするけど、この話はまた今度にしよう。いずれにせよ、暗示反応に限っていえば、催眠の独自性はないってのが結論でいいと思う。それでも、催眠は特別で素晴らしいものと思っている催眠愛好家はずっと居るみたいだけどね」

ハル「催眠愛好家は、なぜ催眠を特別だと思うんでしょうね」

僕「それは面白いテーマだね。ハルちゃんが、知り合いの催眠受好家にインタビューとかしてまとめてみたら、おもしろい調査になるんじゃないかな。僕が見てきた感じだと、催眠が実際は特別なものではないとしても、現に催眠ができる人は数少ない訳で、希少な技術ができる自分は特別な人間だという考えを持っちやう傾向があるみたいだね。催眠がないって結論は、特別な自分を否定するものだから、特別でありたい人にとっては受け入れ難いんだと思う。他にも、催眠に興味を持つ人が少ないから、催眠に関係する人が集まるのが小さなコミュニティになってしまい、新しい考えや価値観が導入されづらいように思う」

ハル「確かに。わたしが参加した催眠の集まりも、いつも同じメンバーで集まっているみたいです」

僕「催眠はある意味、現実的な魔法っていうか、夢みたいなもので、その夢を求める人もいるし、その夢で商売をする人もいるし、今後も大きく広まることはないとしても、なくなっていしまうこともないんだと思うね」

ハル「わたしも、最初はすごい特別なものを見つけたって感じてました。こうやって先輩がいろいろと教えてくれたので、今は少し冷静に見ています」

僕「そうだね。ただ、バーバーの研究も完ぺきではないんだ。その一つが、催眠とそれ以外で同じ暗示反応が起きても、主観的な感覚には違いがあるという別の研究がある。つまり、反応は一緒でも、主観的な感覚は違うかもしれないということ」

ハル「前回、変性意識状態について話しましたけど、そのときも主観的な感覚としての話でしたね」

僕「そう。催眠の独自性は、結局のところ主観的な感覚としての催眠状態にあるのかもしれないね。そこには意義があるのかもしれない。催眠愛好家の中では、催眠状態自体を楽しむ人もいるみたいだしね。暗示反応、現象と呼ばれたりするけど、そこに関していえば催眠である必要はないということだからね」

ハル「催眠は心理学的な話と、趣味とかコミュニティとしての話と、いろいろな観点からみられるんですね」

僕「そうだね。せっかく催眠について興味を持てたんだから、ハルちゃんには、幅広く色々とと知ってもらいたいね」

ハル「はい! これからも色々と教えてください」

僕「うん。じゃあ今日はここまで。またね」

ハル「またです!」

 ハルちゃんと僕は別れて、それぞれの教室に向かった。