心理学ガール #26

再会

 僕は心理学部の大学4年生。ここは大学本部棟の心理学研究室。サキナさんと話をする。

僕「サキナさん。以前、催眠はいくつかの心理現象を催眠と名付けているだけと言ってましたが、例えばどんな心理現象がありますか?」

サキナ「味覚の誤認は、シチュエーションが整えば誰にでも発生する現象だろうと思うよ。他には、幻聴などは、精神障害で発生することがあるだろう。脳の器質的に発生することもあるだろうけど、心因的に発生するものあると理解している。後者は催眠における幻聴といえる可能性があると考えているね」

僕「なるほど。サキナさんは、それらは催眠ではないと考えているんですか?」

サキナ「催眠を定義してくれないと答えられないな。とはいえ、運動コントロール、感覚のコントロール、記憶のコントロールという催眠現象があって、それらに共通する”催眠”という共通のメカニズムがあると考える方が不自然だと思う。それぞれは、それぞれのメカニズムがあるんだろう。だから、催眠にこだわるより、それぞれ起こしたい現象について、別の視点から考えるべきだろう」

僕「確かに催眠の定義ですよね。催眠愛好家は、心理的誘導による現象が起きることをなんでも催眠だと思っている人もいますからね。大事なところですよね」

サキナ「こういうことを言いたくはないんだが、仮に催眠というものがあったとして、その催眠は手段なんだろうと思う。起こしたい現象があって、その手段としての催眠なんじゃないかな。であれば、現状、心理学的な観点から言えば、起こしたい現象に対する手段として催眠を選ぶ理由は全くないだろう」

僕「催眠愛好家ってのは、催眠が目的化しているところがあるから、サキナさんの主張は受け入れられないかもしれませんね」

サキナ「繰り返しになるが、君も催眠なんかに関わらない方がいい」

僕「ありがとうございます。心理学的な催眠理論が広まれば、少しは変わるんじゃないかなという期待があるんです。難しいとも思ってますけどね。」

サキナ「知っている範囲での印象だが、君がいう催眠愛好家の催眠理論は、一昔前の非科学的なスポーツトレーニングのようで、見ていて怖い。水を飲ませないとか、兎跳びをさせるとか、しごきのようなトレーニング。もちろん、過去はそれで上達した選手もいるんだろうが、現在では身体的に良くないとしてやられていないトレーニングだ。それで上達してるんだから、根拠がなくてもいいだろうというのは、スポーツ指導者としては失格だと思うが。そんな状況に思える」

僕「相変わらず厳しいですね……催眠愛好家は、催眠理論を料理に例えますけどね。催眠理論の違いは、イタリアンと中華料理の違いだと」

サキナ「それは違うだろう。その例えに合わせるなら、心理学的な催眠理論は、料理で言うところの食品衛生だったり栄養学的な話に近いだろう。食品衛生的に間違って作られた料理でも美味しいことはあるんだけど、それは危険だろう。知識がない人がレアハンバーグを出しているようなものだ。料理として美味しければいいは、自己責任としてはそうかもしれないが、人に提供する責任というのは最低限あるじゃないだろうか」

僕「レアハンバーグは、さわやか以外は食べない方がいいですよね」

サキナ「いずれにせよ、君がいくら頑張ったところで、催眠のコミュニティにおいて、情報がアップデートされることはないだろうと予測しておくよ」

僕「それでも、続けてみますよ。今日もありがとうございました」

サキナ「白い対話だった。ありがとう」

 僕はサキナさんと別れて学生会館へ向かった。