心理学ガール #21
賢い馬
僕は心理学部の大学4年生。ここは学生会館2階のいつもの席。今日も僕はハルちゃんと催眠について話をしている。
ハル「先輩。催眠で悩み事を解消できたとか、催眠で元気になったというような話を聞いたことがあります。先輩は、催眠を使った療法的なものについて、どう考えてますか?」
僕「専門的な教育を受けていない人が催眠を使って療法的なことをするのは、それを受ける人の安全を考えれば、やらない方がいいと思っている。一般に、誰かの相談に乗ったり、アドバイスしたりすることは、業務独占の内容ではない限り、それを妨げることはできない。健康についても、それが医師の業務に係る診断や治療ではない限り、一般的なアドバイスであれば許容されるんだと思う。そして、実際にそういった相談によって解決することもあると思う。ただ、場合によっては医療が必要な相談事もあるだろう。そのとき、適切に判断できるだけの知識と経験がない人が相談を受けるのは危険だなと思ってる。もちろん、明らかに医療が必要なものとか明らかに不必要なものは素人でもわかるかもしれない。だけど、境界線にあるような相談の場合、適切に判断できなのであれば、そもそも相談を受け付けない方がいいと思ってる」
ハル「明らかに医療が不要な相談なら受けていいように感じますけど、厳しいですね」
僕「明らかとはいっても、実は重大な問題が隠れている可能性は捨てきれないと思ってる。専門的な知識がない人が明らかと思う判断にどれほどの頼性があるのかわからない。心の問題だから危険はないと感じている人もいるかもしれないけど、心の問題であっても生死に関わることはあるからね。そこは慎重になった方がいいと思っている。すべてを否定する訳ではないけど、積極的に取り組んだり、業にしたりするのは反対だね」
ハル「先輩が考える、専門的な教育って何ですか?」
僕「医師であれば文句はないけど、心理療法的なことをするのであれば、臨床心理士又は公認心理師の資格を持っている上で、数年程度、公的な機関等での相談業務の経験を有していればいいのかなと思う。ただ、実際この条件に当てはまる人は、催眠を相談に使うという判断はしないと思う。つまり、催眠は、専門的な教育を受けたほとんどの人が使わない方法だと思う」
ハル「それでも、催眠でうまくいくこともありますよね?」
僕「もちろん、催眠を使った相談でうまくいくこともある。研究の結果から催眠療法に効果があるものは限定されているけど、そういった統計的な事実は、個別の事案を否定しない。だけど、個別の事案をもって統計的事実も否定できない。つまり、催眠で成功した事案があるからといって、催眠が広く有効だという結論にはならないってこと。ここら辺が理解できるかどうかも専門的な教育を受けてきたかどうかというポイントかもしれないね」
ハル「だけど、研究結果がすべてではないですよね。研究の結果が覆ることもあるだろうし」
僕「もちろん。研究があるから正しい訳でもないし、研究の中には微妙なものもあるし、研究結果は将来的に覆ることもあるだろう。だけど、将来有効と認められるかもしれないから、今やってもいいんだというのは違うんじゃないかな。それに、個人の成功事例は、実験者効果があるからその結果を信用できるか疑問がある」
ハル「実験者効果って何ですか?」
僕「実験者効果とは、心理学の実験などで、実験する人が期待している結果を、実験を受ける人が察して実現してしまうというもの。これによって、正しい実験結果が得られなくなる。それを防止するために、実験をする側も受ける側も、実験の目的等を知らずに行う二重盲検法という方法が使われる。とはいえ、催眠でやるには難しいよね。そもそも、催眠の効果が、実験者効果そのものなんじゃないかって話もあるくらいだから。それでも、催眠の実験ではそれを最小限とするために、録音された催眠誘導で催眠を行ったりしている。そういった配慮をしなければ、得たい結果が得られてしまう。催眠ならなおさらなんだよね。だから、個別の成功例を盲信するのは学問的な態度ではないかなと思う」
ハル「なるほど。催眠の効果を検証するために、催眠の研究では録音された催眠誘導を使ったりするんですね」
僕「そうなんだ。催眠は、相手に合わせた方法を使った方が効果があるだろうから、普通に考えれば、個別の催眠であれば、催眠の効果は実験結果より高く出る可能性があるということだよね」
ハル「実験者効果も加わりますしね。催眠を学問的に検証するってことの大変さがわかった気がします。気軽に催眠を研究してますなんていえませんね。わたしも卒論で催眠関係の研究を少し考えてましたけど、もう一度考え直してみます。
今日もありがとうございました」
ハルちゃんは出口に駆けていった。