心理学ガール #09

見えないものを見ようとして

 僕は心理学部の大学4年生。ここは大学会館2階のいつもの席。僕はハルちゃんとジュースを飲みながら話している。

僕「構成機念には、傾性概念と理論的構成概念があって、行動パターンを説明するためには理論的構成概念でなくてはならないって話だったね。続きとして、渡邊芳之先生の『心理学的測定と構成概念』について話をしていこう。こっちの論文も読んだかな?」

ハル「読みました……こっちもちょっと難しかったです」

僕「簡単ではないかもしれないね。大事なことが書かれているから、一緒に読んでみよう」

ハル「はい、お願いします!」

僕「結論的なところから話をするけど、心理学の研究では、理論的構成概念が作られるとともに、その構成概念を測定するためのテストみたいなものが作られることが多いけど、構成概念がきちんと考察され、かつ、そのテストが測りたいものがはかれているかどうかについて問題のある研究があるということを論じていると思う」

ハル「構成概念と、それを測定するためのテストの話なんですね」

僕「そうだね。心理学では、目に見えないものを扱うために、人間の行動パターンに名前を付けて”構成概念”として扱うって話だったけど、構成概念だけでは分析などがしにくいから、その構成概念を測定して数値化することで研究をしている。概念を測定することは簡単ではないんだよ」

ハル「構成概念を測定するためのテストって、心理テストってことですか? ”好きな動物を選んでその理由を教えてください。その理由はあなたのなりたい人物像です”みたいな?」

僕「ハルちゃん、それは心理学における心理テストじゃないよ。世の中に出回っている心理テストと称しているものは、その場を盛り上げるためのフィクションみたなものだから本気にしちゃだめだよ」

ハル「先輩、大丈夫です。今のは冗談です。一応、わたし心理学部の学生ですから、それくらいはわかってます」

僕「それはよかった。この論文では心理学測定の手続が書かれていて、①理論的構成概念の操作的定義、②操作的的定義を尺度を構成、③尺度による測定、みたいなことが書かれている。操作的定義については、講義で習ったかな?」

ハル「習いました! けど、説明できません……」

僕「そうだよね。操作的定義は、ざっくり言えば、構成概念を具体的なことに限定するみたいな感じかな。例えばだけど、催眠状態という概念を操作的に定義するなら、催眠状態は筋肉の緊張、呼吸数、心拍数、会話のスピードが通常時よりも低下した状態とする、みたいな感じ。催眠状態で起きている行動的な指標に落としむってこと。心理学では様々な構成概念を操作的に定義することで研究として扱いやすくしている」

ハル「あれ、そうすると、催眠状態って測定できそうな感じがしてきましたけど……」

僕「じゃあ、ハルちゃんには、卒業論文で催眠状態の尺度を作ってもらおうかな。さっきの催眠状態を操作的的に定義した内容は、催眠状態の行動的な特徴を表していそうで、実際のところ筋肉の緊張が低下してなくても催眠に掛かることはあるはずだし、呼吸数や心拍数も多分関係ないから、それっぽい内容だけど、よく考えると操作的に定義できていないんだ。このように、構成概念を操作的に定義することに難しさがある。そして、操作的定義ができたとして、それを測定するための尺度にも難しさがある」

ハル「尺度ってなんですか?」

僕「この論文では、行動の計量のための装置としているけど、”体力”を例にすれば、体力テストの一つ一つ、具体的には”握力”や”50メートル走”が尺度だし、それらを複数組み合わせたパッケージのことも尺度ということもあるかな」

ハル「なるほど」

僕「体力テストは、タイムとか重さで測れるけど、心理学的な尺度は、多くの場合、質問に対する回答で測るんだけど、ここにまた一つ問題があるんだが、この論文でも詳細に話してないし、僕らも今回はやめておこう。そして、ここからが、この論文の大事なところなんだけど、操作的に定義し、尺度も作った、これで理論的構成概念を測定できたと思うけど、理論的構成概念は操作的に定義されると、傾性概念となってしまうと指摘している」

ハル「えっ、どういうことですか?」

僕「説明が難しいけど、理論的構成概念は行動パターンの原因として使える構成概念なんだけど、それは、状況を超えた神経的基盤などが想定されているからで、この論文では剰余意味としているけど、操作的に定義する際に、その剰余的なものが尺度に反映されなくなってしまうと指摘している。その上で、測定の精度を高める必要性について論じている内容だと思う」

ハル「うーん、ちょっと、理解が追いつかないです」

僕「そうか、じゃあ最後に、人間の行動パターンには状況という要因が影響しているはずなのに、心理学の測定ではそれを無視することがあるけど、状況要因をコントロールすることが、理論的構成概念と測定値との対応を強めると言っている。催眠も状況の要因が大きい行動パターンだと思うんだけど、割と、状況を無視した理論だったりテクニックの話になりがちだよね。心理学の研究でも同じことが起きているって話なんだ」

ハル「催眠を心理学的に考えようとして問題となっている内容は、心理学でも問題となっているってことなんですね」

僕「そうだね。催眠をきっかけに心理学の方法論を学ぶことには意味があるなって思ってるから、少しこの話をしたんだ。あんまり上手く説明できなくて申し訳なかったね」

ハル「全然そんなことないです。難しい話でしたけど、わたしが心理学を学んでいく上で役に立ちそうな話でした!」

僕「それはよかった。次回からは、催眠の素朴な疑問について、僕からはるちゃんに質問していこうかな」

ハル「えっ、上手く答えられないですよ」

僕「上手く答えてほしいわけじゃない。どんな答えでも考えるきっかけになると思うから。少し難しい話が続いたから、次は、ちょっと軽く話をしよう」

ハル「わかりました。今日もありがとうございました!」

 ハルちゃんは、小走りで階段に向かっっていった。