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冬がはじまるよ〜Google Homeで、槇原敬之が聴こえたら〜

疲れていた。

泥のように疲れていた。

腰のあたりがじんじんと痛む。鐘をつくみたいな一定のリズムで、痛みの波が押しては返す。痛え。腰が痛え。痛すぎるだろ。

季節の変わり目はいつもこうだ。気温が大きく変化すると、決まったように腰が鈍い唸り声をあげる。身体の芯から鳴り響くそれは、ときおり神経を直接引っかくみたいな鋭い苦痛を伴いながら、淡い痺れとなってゆっくりと全身へと伝っていく。この世のものとは思えない不快さである。

この冬は特にひどい。暖冬だとか言いながら急に気温が2度になったりするし、それに慣れたと思ったらやっぱりすぐに暖かくなったり。僕の腰はアホなのでその度に季節が変わったと勘違いして、痛みという名の衣替えを毎回行なうのである。もういい加減にしてほしい。

昨日だってそうだ。凍えるような寒さから一転、いきなりポカポカ陽気になりやがって、お前は極端かと。もう少し微調整なり、事前の報連相を徹底できないものか。「来週から少しづつ上げていくっス」とか言われたらこっちも気持ちの準備ができるものを、「明日10度上がるんで」とかもうそれ認められないから。事前承認を通してくれ。

それで春が来たねなんてみんな笑っていて、僕だけが朝から涙を流す。だって腰が痛いから。通勤中も腰が痛いし、仕事をしていても腰が痛いし、酒を飲んでいる時だけは痛くなくて、だから僕はビールをひたすらに流し込む。そうやってドーピングをした帰り道はその反動がやってきて、腰に文鎮を200個ぶら下げたみたいに重い。ほんとごめんなさい、ほんとごめんなさい、神に許しを請いながら、いろんな意味で腰を低く慎重に歩く。

そうやってのろのろと自宅にたどり着き、ベッドという約束の地に向かおうとした刹那に腰から背中を貫く一筋の稲光が走った。これは季節の変わり目によく発生する有事である。

具体的には普段の僕がこのようであるとするなら、

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有事の僕はこうである。

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そのまましばし時は止まるが、ただ玄関に立ち尽くすわけにもいかない。出来るだけ腰の位置を安定させながら、すり足のようにのそりのそり進む。


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そしてそのままベッドにダイブイン。腕を逆手に反り、腰を浮かせたまま頭を枕へとめり込ませる。

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僕はこれを「龍の構え」と呼んでいる。30余年の人生で学んだ、最も腰痛に効くスタイルである。

で、そのまま数十分が経つ。ああ、疲れた。泥のように疲れた。2020年にもなってなんて格好をしているんだ。小学生の僕がみたら泣くぞこれ。しかしこの構えを崩すわけにもいかなくて、たいへん暇な僕は横にある置物に話しかけた。

「OK Google, 今日のニュース流して」

「警視庁は、歌手の槇原敬之容疑者を覚醒剤取締法違反の疑いで...」

僕はかなりの俗物なので、この手のニュースがあるとすぐにネットの反応を探りたくなる。こういう人間が日本をダメにすると分かっているのに、見たくなるのが俗物の性である。

片手でスマホを起動させ、Twitterを開く。もう片方は天に掲げたままだ。これを「虎の構え」と呼ぶ。

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ただひたすらマッキーへの反応が知りたくて、息も絶え絶えにネットの海を回遊していると、とあるツイートが目に入った。

作家であり相互フォロワーでもある、岸田奈美さんのツイートだ。
僕はくすりと笑った。このタイミングで槇原敬之をおかしい音量で流しているなんて、やべえ奴に違いない。新幹線にもそういう輩が現れるのだ。やはり季節の変わり目は危険である。部屋で1人腰を浮かせている方が安全だ。

早速の収穫に意気揚々としながら、他の呟きはないかと卑しい目をタイムラインに戻すと、岸田さんの1分後に「イズミヤマ」という会社の後輩が呟いていた。後輩はあんまりツイッターをやるほうではなく、珍しくてふと目に留まったのだ。彼は僕自身が面接官を務め採用し、以前同じチームでも働いていた、非常に仲の良い後輩である。

ん?

新幹線で?爆音を鳴らしていた?

どういうこと?

浮かせた腰が抜けるかと思った。デジャブとかのレベルじゃなくて、2秒前にみたツイートとそっくりである。

一方は新幹線で槇原敬之の爆音を耳にしている。一方は新幹線で槇原敬之を爆音で流している。点と点が繋がって、一筋の線がそこに現れる。

果たしてそんな偶然が起こり得るのだろうか。僕はすぐに後輩に尋ねた。
それはもしかして、のぞみの4号車か?と。



お前かよ


なんてことだ。真面目で、優秀で、いつも白いアディダスを履いている好青年。そんな後輩が、さっきネット上で見たやべえ奴だった。

僕はお前をそんな人間に育てた覚えはないぞ。普段なら先輩らしく厳しい指導を下してやるところだが、そこになんの因果か、岸田さんが遭遇していた。僕が必死に腰を浮かせている間に、のぞみ64号東京行き4号車では不思議なドラマが始まっていたのだ。

興奮と困惑で僕は思わず立ち上がった。へばりついた腰の痛みは、いつの間にか消えていた。

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新幹線で起こった小さな奇跡。その瞬間を目の当たりにした当事者となった。季節の変わり目だって、悪いことばかりじゃなかった。

なぜかとても感慨深い。この世界は広いようで狭い。善意も悪意も全部がどこかで繋がっていて、それが偶然の出会いを生んでいるんだ。一人部屋で感動した僕は何か行動を起こしたくなって、だけど特にすることはなくて、仕方なくもう一度そいつに話しかけた。


「OK, Google。次のニュース流して」

「天気予報です週明けからは寒気が戻り、冬の寒さとなるでしょう」



♪ 冬が始まるよ ホラまた僕の側で ♪





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後輩にはやっぱり厳しく指導しようと思うので、来週岸田さんに来てもらって三者面談を行なうことになりました。


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