生成AIによる文化的利益への悪影響を防ぐには?

生成AIに関して様々な問題が懸念されていますが、今回は文化的利益への影響に焦点を絞って考えていきたいと思います。

1.文化的利益とは

内心で着想した思想や感情を他者と分かち合う利益。
表現者側にとっては受け手から評価や地位を得たりし、
鑑賞者側にとっては魅力的な表現によって心を豊かにします。
双方向に生じる利益です。(参考:著作者人格権の一般理論 34ページ目)

27条
1 すべての人は、自由に社会の文化生活に参加し、芸術を鑑賞し、及び科学の進歩とその恩恵にあずかる権利を有する。

世界人権宣言

世界人権宣言27条第1項では表現者として又は鑑賞者として文化に参加する権利を示しています
表現者はもともとは鑑賞者として心を育んできたわけで、この利益は将来の表現者を生むことにも繋がります。

2.文化的利益が害されないようにする著作者人格権

著作者人格権は文化的利益を保護する働きをします。
公表権によって、同意なく公表されないようにし、
同一性保持権によって、表現が勝手に改変されないようにし、
氏名表示権によって、誰による表現かを明確にします。
著作財産権は譲渡できますが、著作者人格権は譲渡できません。
著作物利用者(=著作物販売者や著作物をマーケティングに利用する者など)は、契約によって著作物に関する一部の権利を許諾されたに過ぎず、著作者と消費者を仲介する役割に収まっています。

著作者人格権がなければ、
未完成や没も公表されてしまう、勝手に改変される、氏名が公表されない、といったことが起こる可能性があります。
これでは、表現者の思想や感情が受け手にちゃんと伝わらなかったり、表現者は評価を得られなかったりします。

著作者人格権のおかげで、市場にある著作物が誰の表現物であるかが分かり、文化的利益が保証されています。

3.同一性保持権の射程範囲

依拠性があり、元の表現の本質的な特徴が分かる程度の改変がされた場合に同一性保持権が働きます。
ありふれた表現には働きません。

元の表現の本質的特徴が分からないほどにまで改変した場合に働かないのは、
・創作性があり、別の表現者による思想や感情が表現されていると言えるため
・創作性がなく、著作物ではないため
の二パターンが考えられるからだと思います。
これらは文化的利益に悪影響を与える存在にはなりませんでした。
前者はもはや元の著作物とは別の著作物であるため問題なく、後者は受け手にとって魅力的な表現ではないため売り物にならず、市場に出回らないためです。

4.生成AIによって、売り物になる非著作物が作れるようになる

画像生成AIは、大量の著作物の特徴を分類・解析し(学習段階)、それを統計的に再現しようとすることで画像を生成します(生成段階)。
学習段階において、著作物は元の表現の本質的特徴が分からないほどに断片化されるようです。
生成AIによって作られた画像は、一見すると人が創作した作品かのような代物です。
すなわち、これは売り物になります。
しかし、AI生成物には創作意図及び創作的寄与が伴わなければ著作権が与えられません。(参考:文化庁 AIと著作権)
それ単体では人による思想や感情が表現されていないのです。

非創作的なAI生成物の販売は、思想や感情を分かち合う文化的利益を生まないため、経済的利益を動機に行われることが考えられます。
2で書いたように、著作者人格権のおかげで、市場にある著作物が誰の表現物であるかが分かり、文化的利益が保証していましたが、
AI生成物(誰の思想や感情も表現されていないもの、或いは元の表現者が不明なもの)が市場に紛れることで、文化的利益が保証されない事態となります。

これによる悪影響は以下のようなものが想定されます。
既存の表現者にとっては、自身の作品が許可なくAIの学習に利用された結果、市場に悪影響を及ぼされることになります。非創作的作品によって自身の作品が埋もれる可能性もあります。
既存の著作物利用者にとっては、非創作的な競合製品が大量に出回ることになります。
鑑賞者にとっては非創作的なAI生成物から文化的利益が得られなかったり、または文化的利益があると錯覚する(=誰かの思想や感情の表現だと騙される)恐れがあります。
社会にとっては、経済的利益のみを目的とした非創作的AI生成物の製造及びそれを売り込むための広告は反文化的(=消費主義的であったり政治的、すなわち籠絡することが目的)であるため、公衆の精神を豊かにするどころか、麻痺させる恐れがあります。(参考:著作者人格権の一般理論 注釈147)

5.著作者人格権による対処

この状況への対応を考えてみます。
まずは文化的利益を守る役割をもつ著作者人格権によって対処する方法です。

AI生成物に著作者人格権を働かせるには、「依拠性」と「複製又は単なる変形」の判断が重要になります。

・「依拠性」については、学習データの透明性がなければ、第三者が確認・推測する術がありません。
生成AIの大量に出力したものに対して、確信のない状態で一つ一つ訴えていくのはデメリットが大きく、敬遠されてしまうと思われます。

・「複製又は単なる変形」の判断については、
「著作権審議会第9小委員会報告書」第3章II1において、

(3)既存の著作物の利用に伴う問題について
写真、美術等の既存の著作物やそれらが組み込まれた画像自動作成システム、データベース等を使用して作成されたコンピュータ・グラフィックスについては、Iの4に述べたように、当該既存の著作物と新たに作成された結果物たるコンピュータ・グラフィックスとの外形における類似性と付加された創作的表現の有無や程度に基づいて、1)複製物又は単なる変形物、2)二次的著作物又は3)新たな著作物と評価される。

例えば、既存の三次元の完全な構成物から二次元の断面図を作成する場合は、断面のとり方は無数に考えられるものの、一つの断面を選択すればその結果は一義的に決定され、断面のとり方の選択のみに創作性を評価することは困難であるため、一般的には複製物又は単なる変形物に過ぎないと考えられる。これに対し、既存の断面図から立体的な絵を作成する場合には、一般に多くの足りない情報を付け加える必要があり、そこに創作性を認める余地があるが、具体的にどの程度になれば創作性が認められるかについては個々の事例に応じて判断せざるを得ないと考えられる。

著作権審議会第9小委員会(コンピュータ創作物関係)報告書 | 著作権審議会/文化審議会分科会報告 | 著作権データベース | 公益社団法人著作権情報センター CRIC

とあります。
「三次元の完全な構成物」と「二次元の断面図」とでは、類似性は認められないのではないかと思います。
現状のAI生成物による著作権侵害の考慮事項として依拠性及び類似性が挙げられていますが、それでは不十分なのではないかと懸念します。
画像生成AIによる出力は、プロンプトの入力に対して、候補の幅(≒断面のとり方)は無数にあれど一義的に決定します。
完成したものが出力され、創作的に付け加えるべき足りない情報はありません。
生成AIは「三次元の完全な構成物」のようなものではないかと思います。

ーーーー追記(2023/10/16)ーーーー

著作権審議会第9小委員会報告書は平成5年のものですが、それ以降に、複製についても類似性を重視する裁判例が出ているようです。
よって、上記の考えは現状に適していませんでした。

実際のところ、最近の裁判例においては、「表現上の本質的特徴の直接感得」というフレーズを、正当にも、「複製」「翻案」を区別せず用いるもののほか、複製権について用いるもの、同一性保持権について用いるものなどが、とりわけ平成20年以降になって増えつつあるように見えるの である。

著作権法における侵害要件の再構成(2・完)
―「複製又は翻案」の問題性―
22~23ページ目

「表現上の本質的特徴の直接感得」=創作的表現の共通性
したがって、「表現上の本質的特徴の直接感得」という基準は、著作権法27条の権利のみならず、複製権や同一性保持権を含むすべての著作者の権利(著作権および著作者人格権)に当てはまると考えるのが妥当である。
従来の議論に見られるように、「複製」と「翻案」を区別して、後者にだけ「表現上の本質的特徴の直接感得」が当てはまると考えるのは妥当でない。
その上で、さらに述べたいのは、「表現上の本質的特徴」とは、現行法では「創作的表現」と言い換えた方がよいということである。
(略)
このような考え方は次の点から正当化される。すなわち、著作者の権利によって保護されるのは、あくまで著作物性(著作権法 2 条 1 項 1 号)のある部分―すなわち「創作的表現」―に限られるのであり、他方、著作物性のない部分に著作者の権利による保護が与えられないのは当然だからである。

同 27~29ページ目

ーーーー追記ここまでーーーー

以上の二点が整理され、著作権のないAI生成物が依拠しているデータの複製又は単なる変形として扱われるようになれば、同一性保持権が働くと思われます。

ただし、この方法には二つの問題点が考えられます。
一つ目は、これが成り立つためには、著作権のないAI生成物と著作権のあるAI生成物の違いを、著作者が明確に見分けられることが求められる点です。
創作的寄与が認められる基準は明確でないため、この方法は非現実的である可能性が考えられます。
だとすると、生成AIへの学習をオプトインにして一律に依拠性に関する規制をするなど、著作権のあるAI作品にも影響が出る方法をとらざるを得ないかと思います。
二点目は、仮に許諾を得た著作物や著作権が切れたもののみを学習した場合にも、結局非創作的AI生成物が著作物として販売やマーケティングに利用される懸念は残る点です。
4で挙げた悪影響のうち、著作者の問題が一部解消されるのみで、既存の著作物利用者、鑑賞者、社会への問題は依然として残る可能性があります。

6.新たな仕組みによる対処

著作者人格権で対処できないとなると、文化的利益を保証するのに著作者人格権ではカバーしきれなくなったと言えるでしょう。
文化的利益を守るための新たな仕組みが必要ではないかと思います。

文化的利益を守るために新たに必要な事項


著作者人格権は、著作物が鑑賞者に届くまでに改変されないようにします。
生成AIによって生まれる、文化的利益に関する新たな懸念は、
・非著作物が鑑賞者に誤認されて届いてしまうこと
・市場において著作物が非著作物によって埋もれてしまうこと
です。
「鑑賞者として文化に参加する権利」が実現されるには、その作品が文化的であるか否かを鑑賞者が知れる必要があると思います。
すなわち、「AIによって生成されたか否か」と「創作意図及び創作的寄与の存在」の明示です。
・「AIによって生成されたか否か」については、
僣称の可能性がある以上、違反者への罰則がなければ実現が難しいと思います。
AIを使用していないことを証明する方法も同時に必要となってくるかもしれません。
また、人による著作物とAI生成物を基にした著作物の棲み分けもしたほうがよいと思います。
前者は自己分析をベースとし、後者は他者分析をベースとしているため、異なる文化だと思うからです。
・「創作意図及び創作的寄与の存在」については、
「創作意図」は検証可能な証拠を明示することはできない(例えば、創作性のないAI生成物に対して後付けで考えることができる)と思いますが、
「創作的寄与」はAI生成された素の状態との比較を示せるのではないかと思います。
食品の原材料名表示のように、AI作品に創作的寄与前と後のサンプル表示を義務付けるのです。

文化的利益を守る新たな主体


著作者人格権では、創作者と鑑賞者は共に文化的利益を分かち合うことから、創作者がこの利益を排他的に代表することとなっています。(参考:著作者人格権の一般理論 36ページ目)
著作物は著作者の人格の反映であり、著作者にとって文化的利益を守ることは個人的利益を守ることに直結するため、効果的に守ってくれるであろうと考えられます。
生成AIによって生じる主体に関する問題は、「特定の原著作者が存在しない非創作的AI作品」とその製作者の存在です。
生成AI登場以前は、文化的利益に問題のある著作物には明確に原著作者が存在していました(元の著作物の表現上の本質的特徴が感得できた)。また、非著作物を著作物として販売する者は、鑑賞者にとって魅力的でなく利益が出ないため、いませんでした。
それが一転し、明確な原著作者が存在せず非創作的な商品になりうるAI生成物が作れるようになったことで、(経済的利益を動機付けとした)非創作的AI生成物販売者が、(文化的利益を動機付けとした)著作者の皮をかぶる状況が考えられます。
そうなると、文化的利益を守る主体として、著作者以外の存在が必要になると思います。

国家が担う場合、干渉主義(検閲や文化の方向付け)に転じる恐れや、あるいはそれと正反対に、無関心、怠慢、負担過多から空文化に陥る恐れがあります。(参考:著作者人格権の一般理論 35ページ目)
私としては、著作者と鑑賞者は文化的利益を分かち合うことから、鑑賞者が適しているのではないかと思います。
著作者に著作者人格権が与えたことで著作物販売者等に勝手に改変しない義務を課したように、
鑑賞者に「AI作品であることを知る権利及びAI作品の創作的寄与を知る権利」を与えることで、生成AI利用者に義務を課し、文化的利益が守れるのではないかと考えます。

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