著作権法30条の4の明確性の問題

著作権の権利制限規定と明確性について、『権利制限一般規定ワーキングチーム 報告書 (平成22年1月)』で言及されている。

「明確性の原則」については、徳島市公安条例事件(最大判昭和 50 年 9 月 10 日刑集29 巻 8 号 489 頁)がその具体的内容に言及している。そこでは、一般国民に対しての告知機能と、国等の恣意的な法運用の防止の 2 点を前提としつつ、「一般人の理解において具体的な場面で刑罰が適用されるかどうかという基準が読み取れるかどうか」を基準としている。

権利制限一般規定ワーキングチーム 報告書 (平成22年1月) p.48

特別刑法である著作権法の場合は、法政策性の強い法定犯であるため、刑法における違法性阻却事由と同列に論ずるべきではなく、権利制限の一般規定を導入するに際しても、可能な限り法令上で要件を明確に定める必要があるとの意見が大勢であった。

同 p.49

さらに、現行著作権法においても、「必要と認められる限度」(第 35 条第 1 項、第 36条第 1 項等)や「著作権者の利益を不当に害する」(第 35 条第 1 項、第 2 項等)など、ある程度抽象的な文言が使用されている個別権利制限規定が認められるが、これは、それぞれの個別権利制限規定において利用目的、利用主体その他の要件に限定されている中で使われているものであり、権利制限の一般規定の場合と同様に論ずることは適当ではないとの意見があった。また、同様に抽象的な文言として、例えば、第 32 条(引用)
における「公正な慣行」という文言があるが、これは、規定が設けられる以前から社会的に「慣行」と評価できるような利用の実態があったため、「明確性の原則」との関係で問題にならなかったとの特別な事情が認められるとの意見や、判例の蓄積がなされた後にフェアユース規定が成文化された米国と異なり、その蓄積がない我が国において、米国著作権法第 107 条のようなフェアユース規定を導入することは、「明確性の原則」の観点からも問題であるとの意見があった。

同 p.49

著作権の権利制限規定には「一般人の理解において具体的な場面で刑罰が適用されるかどうかという基準が読み取れるかどうか」が分かる必要性があり、抽象的な文言を用いる場合には明確性が確保されるよう注意しなければならない。
「C 著作物の表現を知覚するための利用とは評価されない利用であり、当該著作物としての本来の利用とは評価されないもの」について次のように検討されている。

② 要件等
ア 要件
仮に上記B、Cに該当する利用類型を一般規定による権利制限の対象とする場合であっても、その具体的態様等によっては、なお著作権者の利益を不当に害する可能性が否定できない。そこで、本ワーキングチームにおいては、こうした利用を一般規定による権利制限の対象から除外するため、
著作物の種類、用途、利用の態様等に照らし社会通念上著作権者の利益を不
当に害しない利用であること

を権利制限の要件として加えることが適当であるとの意見が大勢であった。

同 p.37

『文化審議会著作権分科会報告書(平成29年4月)』では非享受目的の利用に関する権利制限規定の明確性について検討されている。

ⅰ 利用目的,利用主体,対象著作物,利用態様等を限定せず,著作物の種類及び用途並 びにその利用の目的及び態様などの考慮要素を示した上で,「公正か否か」などの抽象的な基準によって権利制限の適否が判断されることとなる規定形式
当該規定形式については,例えば,「公正か否か」を判断するに当たっては,著作物 の種類及び用途並びにその利用の目的及び態様などの考慮要素を踏まえて,問題となる 利用が生み出す社会的な利益の内容・程度と権利者に及び得る不利益等の比較衡量が求められるところ,利用目的が特定されておらず,当該目的についての著作権法上の評価が明らかにされていない規定の下では,どのような社会的利益をどの程度生み出す利用であれば,どの程度権利者に不利益を及ぼすことも許容されるかといった点などについ て統一的な基準は見いだし難く,当該比較衡量の結果を通常の判断能力を有する一般人が予測することは困難であると考えられる。この点について,国会審議などで規定が適用される具体例などを説明することも考えられるが,比較衡量の結果をどのように決するかは個別具体的な問題とならざるを得ず,それについて統一的な基準を示すことは困難であって,一般人において当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準を読み取ることはやはり困難であると考えられる。また,判例の蓄積等により裁判時に具体的な基準が明確になっていれば足りるとする見解があるが, 国民の行為の準則となるべき刑罰法規は,裁判時においてではなく,行為時において既に明確にされていなければならないと考えられている。ガイドラインの整備により明確性を確保するとの見解もあるが,ガイドラインには,法的拘束力がなく,ガイドラインが整備されることをもって,刑罰法規の明確性を最終的に担保できるものではないと考えられる。

文化審議会著作権分科会報告書(平成29年4月) p.35

ⅱ 「著作物の表現を知覚することを通じてこれを享受するための利用」とは評価されない利用を権利制限の対象とする規定形式
当該規定形式については,「享受」の辞書的な意味から,「著作物の表現から効用を得ることを目的とした利用」との意味を理解することは可能であり,また,当該規定の対象となる行為の具体例として法第30条の4に規定する技術の開発又は実用化のための試験の用に供するための利用,法第47条の5第1項第2号に規定するバックアップのための複製,法第47条の7に規定する情報解析のための複製といった既存の規定が存在することなどを踏まえると,通常人の判断能力を有する一般人の理解において,具体的場合に行為が当該規定の適用を受けるものかどうかの判断を可能とする基準を読み取ることは十分可能であり,明確であると考えられる。

同 p.36

「享受」の意味は明確であるものの、抽象的なただし書きを用いることに関する明確性は検討されていないように思われる。
また、柔軟性と明確性はトレードオフの関係にあり、法を適切に運用するための工夫が求められとされる。下の引用の続きでは委任命令やソフトローを活用する方策が挙げられている。

6.権利制限規定の整備に関連する事項
(1)法の適切な運用を確保するための取組について
ア.ソフトローの活用等について
本分科会では,5.までに述べたように,権利者に及び得る不利益の度合い等に応じて分類した三つの「層」に属する規定について,各規定の性質に応じてそれぞれ適切な柔軟性を確保した権利制限規定を整備することを提言した。仮に各規定について最も望ましいと考えられる柔軟性の度合いが選択されたとしても,各規定の立法趣旨に合致した適切な 運用がなされるようにするためには,第2節2.で述べたように柔軟性と明確性(言い換えれば抽象性と具体性)を巡るトレードオフの関係を踏まえ,それぞれの弱みを補うための運用上の工夫が講じることが求められる。

同 p.57

平成29年2月13日の『文化審議会著作権分科会 法制・基本問題小委員会平成28年度「新たな時代のニーズに的確に対応した制度等の整備に関するワーキングチーム」(第6回)』では明確性について次のような発言があった。

【大渕座長代理】
(略)
最終的に「公正か否か」というのでは,白紙委任ないし丸投げのような形で明確性がないので,きちんと規定を守りたい人にとっては守りようもなくてただ困ってしまいます。やはりルールというのは守ろうとしている人には守れるだけの明確性があることが大前提だと思いますので,そこを動かしてしまうというのは大きな問題だと思っております。

文化審議会著作権分科会 法制・基本問題小委員会
平成28年度「新たな時代のニーズに的確に対応した制度等の整備に関するワーキングチーム」(第6回)

以上をまとめると、著作権の権利制限規定には「一般人の理解において具体的な場面で刑罰が適用されるかどうかという基準が読み取れるかどうか」を基準とした明確性が必要とされる。
刑罰法規は裁判時においてではなく、行為時において既に明確にされていなければならないと考えられている。
柔軟性と明確性はトレードオフの関係にあるため、弱みを補うための運用上の工夫が講じることが求められる。

その上で、文化庁の『AI と著作権に関する考え方について(素案)(令和6年2月29日時点版)』を元に30条の4の明確性の問題点を挙げる。

本考え方は、上記のような生成 AI と著作権の関係に関する懸念の解消を求めるニーズに応えるため、生成 AI と著作権の関係に関する判例及び裁判例の蓄積がないという現状を踏まえて、生成 AI と著作権に関する考え方を整理し、周知すべく取りまとめられたものである。本考え方は、関係する当事者が、生成 AI との関係における著作物等の利用に関する法的リスクを自ら把握し、また、生成 AI との関係で著作権等の権利の実現を自ら図るうえで参照されるべきものとして、本考え方の公表時点における本小委員会としての考え方を示すものであることに留意する必要がある。
なお、本考え方は、上記のとおり生成 AI と著作権の関係についての考え方を示すものであって、本考え方自体が法的な拘束力を有するものではなく、また現時点で存在する特定の生成AI やこれに関する技術について、確定的な法的評価を行うものではない。個別具体的な生成AI やこれに関する技術の法的な位置づけの説明については、これを提供する事業者等において適切に行われることが望まれる。

AI と著作権に関する考え方について(素案)(令和6年2月29日時点版) p.3

まずこの『考え方』は法的拘束力のあるものではないため、「一般人の理解」を手助けするためのものだと思われる。

問題点1

著作権法が保護する利益でないアイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることにより、特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI 生成物によって代替されてしまうような事態が生じることは想定しうるものの、当該生成物が学習元著作物の創作的表現と共通しない場合には、著作権法上の「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には該当しないと考えられる。他方で、この点に関しては、本ただし書に規定する「著作権者の利益」と、著作権侵害が生じることによる損害とは必ずしも同一ではな
く別個に検討し得るといった見解から、特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI 生成物によって代替されてしまうような事態が生じる場合、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当し得ると考える余地があるとする意見が一定数みられた。

同 p.23

ここではただし書きに該当するかについて両論示されている。
当該生成物が学習元著作物の創作的表現と共通しない場合に、ただし書きに該当することはないと考えるべきか、該当することがあると考えるべきか明確でない。
「一般人の理解において具体的な場面で刑罰が適用されるかどうかという基準が読み取れるかどうか」、「守ろうとしている人には守れるだけの明確性があること」という点から条文に問題があるのではないかと考えられる。

問題点2

35 また、当該複製物が海賊版等の権利侵害複製物である旨の認識を有しながら、又はその認識を有しないが通常有するべきであったにもかかわらず、海賊版等の権利侵害複製物である当該複製物を AI 学習に用いるため著作物の複製等を行った場合、本ただし書への該当可能性を高める要素となる、といった意見があった。

同 p.28

海賊版の利用がただし書きへの該当可能性を高める要素になるとの意見がある。
しかし2023年4月に文部科学省大臣は次のような考えを示している。

まずAIによる情報解析についての我が国の法制度(著作権法)について確認したところ、我が国において、非営利目的であろうと、営利目的であろうと、複製以外の行為であろうと、違法サイトなどから取得したコンテンツであろうと、方法を問わず情報解析のための作品利用はできると永岡大臣が明言しました。

決算行政監視委員会分科会質疑を振り返る。 - きいたかし(キイタカシ) | 選挙ドットコム

ただし書きの明確性が不十分であるがゆえに考え方の違いが生まれたのではないかと推測できる。

問題点3

『「AIと著作権に関する考え方について(素案)」に関するパブリックコメントの結果について』では、ただし書きに該当する場合を非常に限定的に考える意見や、逆に著作権法に保護されない利益を含めて考える意見が見られた。
これは現に一般人の理解において具体的な場面で刑罰が適用されるかどうかという基準が30条の4から読み取ることが困難であることの証左ではないかと推測できる。

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