「著作権者の利益を不当に害すること」の解釈を考察する


1.全般的な解釈について

「著作権者の利益」と、著作権侵害が生じることによる損害とは必ずしも同一ではないとする見解について

知的財産権の目的は次のように考えられている。

知的所有権制度における知的財産法は模倣行為を許される模倣(創造に導く模倣)と許されない模倣(単純模倣、フリーライド)に区分し、許されない模倣を規制することを目的とする。

広島大学学術リポジトリ 知的所有権制度における正義の考察 : ロールズとノージックの理論を通して

その中で著作権については次のような考えがある。

著作権をどのように設定するかは,文化的発展に寄与するか阻害するか,著作物創造・流通・利用に伴う社会全体の経済的利益を増進するか,また言論・表現の自由などほかの価値と整合的なのかという観点から,帰結主義的に政策的有効性の観点から判断されるべきである。

著作権の哲学-著作権の倫理学的正当化と
その知的財産権政策への含意
 p.17

上記と著作権法第1条より、著作権者の利益とは「文化の発展に寄与しないフリーライドをされないこと」と言えるのではないか。
これを解釈aとする。

『AI と著作権に関する考え方について(素案)(令和6年2月29日時点版)』の『アイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることについて』では次のような意見が多数を占めたとされる。

○ 作風や画風といったアイデア等が類似するにとどまり、既存の著作物との類似性が認められない生成物は、これを生成・利用したとしても、既存の著作物との関係で著作権侵害とはならない。
○ 著作権法が保護する利益でないアイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることにより、特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI 生成物によって代替されてしまうような事態が生じることは想定しうるものの、当該生成物が学習元著作物の創作的表現と共通しない場合には、著作権法上の「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には該当しないと考えられる。他方で、(略)

AI と著作権に関する考え方について(素案)(令和6年2月29日時点版)

それに続く記述として、太字部分の記述が追加された。

他方で、この点に関しては、本ただし書に規定する「著作権者の利益」と、著作権侵害が生じることによる損害とは必ずしも同一ではなく別個に検討し得るといった見解から、特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI 生成物によって代替されてしまうような事態が生じる場合、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当し得ると考える余地があるとする意見が一定数みられた。(略)

AI と著作権に関する考え方について(素案)(令和6年2月29日時点版)

これについて、多数を占めた「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には該当しないという考えの元になっているのは、著作権者の利益とは「著作権法に認められる利益」であるという解釈だと思われる。
これを解釈bとする。
太字部分の見解は解釈aのことを指しているのではないかと思う。

解釈aと解釈bには「著作権法が保護しようとする利益」と「著作権法が実際に保護している利益」どちらを基準とするかの差がある。

特に保護が必要なものについて保護するということは、現在は保護されてはいないが、社会情勢が変われば保護が必要となるものもありうる、ということを意味します。

21世紀の知的財産権-中山教授の工業所有権仲裁センターでの記念講演

保護の必要性が生まれてから、検討を経て、実際に法律によって保護をするという流れになるため、保護が必要になってから保護されるまでにタイムラグが発生する。
例えばアイデア等を文化の発展を害するために利用する技術が生まれたとする。文化の発展を害する用途で著作物のアイデア等を但し書きのある権利制限規定を用いて利用した場合、解釈aでは著作権者の利益を不当に害することに該当するが、解釈bでは著作権法が改正されるまでは著作権者の利益を不当に害することに該当しないことになる。

どちらの解釈にも長所と短所があると思う。
解釈aは許されない模倣を規制するという目的に合致するが、他の条文との整合性に問題が生じる事態が起こりうる。(ただし検討を終えるまで本当に保護すべきものなのかは不確定であるから、必ずしも正しい判断ができるわけではない)
解釈bは民主主義に基づく立法を尊重するものであるが、一時的に文化の発展を害する模倣が許される事態が起こりうる。
(これに関して、文化審議会著作権分科会報告書(平成29年4月)p.33~「具体的な法規範定立において果たす役割の比重が相対的に立法から司法へ移行することに伴う効果及び影響について」が関係ありそう)

どちらにせよ、文化の発展を害する模倣を規制するべきだという方向性は変わらないものと思う。
つまり、アイデア等を文化の発展を害するために利用する技術が生まれた場合、アイデア等の扱いを変えるべきか否かの検討は不要であるという結論には至らないはずである。

追記:法律用語で不当とは法令違反ではないが妥当ではないことを含むようなので、著作権者の利益を不当に害することと著作権侵害が同一とは限らないことは語義からして当然であった。

「文化の発展を害する」とはどういうことかを考えてみる

文化の発展度合いを示す何らかの専門的な指標が存在するのかもしれないが、無知ゆえここではパッっと思い付いた指標を列挙する。

文化的財・文化的サービスの数…総数が減るほど害する
文化的財・文化的サービスの多様性…多様性が減るほど害する、多様性が保護されないと害する
文化的財・文化的サービスの信用性…本物に対する贋作の割合が増えるほど害する、本物と贋作の類似度が上がるほど害する

どれかが良くなっても他が大いに悪くなれば文化の発展とは言えないと思われる。(例えば、数:100,多様性:5,贋作:1の状態から数:1000,多様性:5,贋作:1000となったり、数:1000,多様性:1,贋作:1となったり)

考察

ある行為が著作権者の利益を不当に害すると思われる場合、それがフリーライドであることを示すだけでは不十分であり、それが文化の発展に寄与しないフリーライドであることを示す必要性があると思われる。
そのためには文化的財・文化的サービスの数、多様性、信用性いずれかを大いに損なうことを示せば十分なのではないかと考えた。

2.第1層及び第2層の権利制限規定における解釈について

権利制限規定に要請される要件について

法第30条の4ただし書では,「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には,権利制限が適用されないことを定めているところ,当該場合に該当するか否かは,同様のただし書を置いている他の権利制限規定(法第35条第1項等)と同様に,著作権者の著作物の利用市場と衝突するか,あるいは将来における著作物の潜在的市場を阻害するかという観点から判断されることになる。

デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方

同様の但し書きのある権利制限規定は、47条の5を除き著作物の本来的利用を伴う第3層の行為に対する権利制限規定である。
それらは主として公共の福祉の増進を目的とした規定である。

本来的利用を伴うということは社会権規約第15条1項(c)を制限することになるから、社会権規約第4条より、その権利の性質と両立し公共の福祉の増進に必要な場合に限られる。
すなわち、第3層の権利制限規定は「著作権の性質と両立しない場合」や「公共の福祉を増進しない場合」に適用されないようにすることが要請されるものである。
ただ、そもそも公共の福祉の増進を目的としている規定なので「著作権の性質と両立しない場合」を除外するのみで十分である。
よって、著作者のインセンティブが確保されるように『著作権者の著作物の利用市場と衝突するか,あるいは将来における著作物の潜在的市場を阻害するかという観点』が導き出されるものと思われる。

それに対して、第1層及び第2層の行為に対する権利制限規定は要請されるものが異なる。
第1層及び第2層の権利制限規定は、著作権者に不利益が及ばないあるいは軽微であるために、社会権規約第15条1項(c)を制限することとならないため、公益性や権利者のインセンティブを考慮する必要なしに公正な利用が可能となるものである。

著作物の部分的な利用等で本来的市場に影響を与えないような利用行為については,権利制限の正当化のために要求される社会的利益の性質や内容に対する要求水準は本来的市場に影響を与え得る利用行為に係るものと比べれば,相対的に見て低いものであっても認容され得ると言える。もっとも,著作物の部分的な利用等の非本来的市場に係る利用行為であったとしても,著作物の表現が享受される態様での著作物利用を伴う限りにおいて,権利者に一定の不利益が及び得ることは否定できない。このため,権利制限が正当化されるためには,その根拠として認められる社会的利益の度合いに照らし,権利者に及び得る不利益を軽微なものにとどめることが求められる。

文化審議会著作権分科会報告書(平成29年4月) p.45


つまり本来的利用に当たらない行為に対して適用されることが要請されるのであって、言い換えれば「著作物の本来的市場に影響を与える場合」に適用されないことが要請されるものである。(本来的利用の意味については後述する)
そのような解釈は特に第2層に関する見解において確認できる。

所在検索サービス,情報分析サービスの定義に該当するサービスの中には,形式的には所在検索や情報分析の結果とともに著作物が表示等されるものであっても,実質的には著作物そのものを享受させることを目的とした,いわばコンテンツ提供サービスと評価すべきものも存在し得るものと考えられる。そのようなサービスは,権利制限を正当化するために求められる,所在検索や情報分析の結果を提供するという目的の正当性を失うものであり,かつ権利者の本来的市場に影響を与えないという要請に反するものとなることから,制度設計及びその運用に当たり,こうしたサービスが権利制限の対象とならないようにすることが求められる。
(略)
実際の結果としてもこれらのサービスにおいて行われる著作物の表示等が権利者の本来的市場と競合しないものに限って権利制限の対象とされるべきである。

文化審議会著作権分科会報告書(平成29年4月) p.47,48

著作物の利用を軽微な範囲にとどめれば,基本的に著作権者が当該著作物を通じて対価の獲得を期待している本来的な販売市場等に影響を与えず,ライセンス使用料に係る不利益についても,その度合いは小さなものに留まるものと考えられる。

デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方 p.19

ちなみに令和5年11月20日(月)の文化審議会著作権分科会法制度小委員会(第4回)では次のような発言があったものの、市場への影響に関する回答はなされていない。

【島並委員】島並です。御説明ありがとうございました。御説明をいただいた四角囲みからは外れるのですけれども、5ページの(1)のアの部分が私は大変重要な事項であると考えております。すなわち、平成30年改正の趣旨をどう捉えるかという点でありまして、一方では、イノベーション創出等の促進に資するという必要性があり、他方で著作物の市場に大きな影響を与えないという許容性がある、この2点から30条の4が立法されたという理解は、現在においても維持すべきものと考えるべきだと私は考えております。

そして、この後の個々の論点いずれにつきましても、このような立法趣旨に照らして考える必要があると思います。ですので、今日の議論の対象として特に指定を頂いている範囲からは外れておりますけれども、この立法趣旨2点が大変大事だと考えているということをまずは述べさせていただきます。

その上で、例えばですけれども、イの①「ファインチューニングのうち、意図的に、学習データをそのまま出力させることを目的としたものを行うため、著作物の複製等を行う場合」とありますが、例えばこうした意図的な行為が果たしてイノベーション創出の促進に資する場合というのはあるのか。著作物の市場にまさに影響を与えるのではないかと感じざるを得ないところであります。私は技術について必ずしも明るくありませんので、もし①の例にあるような著作物の使われ方について、いやいや、こういう形でイノベーションの促進に資するんだとか、あるいは市場には影響がないんだということがあれば、むしろ教えていただきたいと考えております。

差し当たり私からは以上です。

文化審議会著作権分科会法制度小委員会(第4回)令和5年11月20日(月)

まとめると、第1層及び第2層の権利制限規定は「著作権の性質と両立しない場合」や「公共の福祉を増進しない場合」に適用されないようにすることが要請されるのではなく、「著作物の本来的市場に影響を与える場合」に適用されないようにすることが要請されるのだから、第3層の権利制限規定の但し書きの解釈を流用するのは誤りだと思われる。
なぜなら第3層の権利制限規定は著作物の本来的利用を伴う行為に対して適用するものであり、著作物の本来的市場に影響を与えることを前提とした権利制限規定だからである。

第3層の権利制限規定の但し書きの解釈を流用することによる弊害は「著作物の本来的市場に影響を与える場合」にも適用されてしまうことで第1層第2層の趣旨に反するのみならず、
本来的利用を伴うにも関わらず「社会権規約第15条1項(c)を制限することになるから、社会権規約第4条より、その権利の性質と両立し公共の福祉の増進に必要な場合に限られる」という条件を満たさない条文になってしまう。

本来的利用の意味について

第1層及び第2層の行為は本来的利用に該当しない行為を指すが、本来的利用の意味が変わってしまっているのではないかと感じる。
元々は次のような意味で使われていた。

ここに言う著作物の本来的利用とは著作物の本来的市場と競合する利用行為を指し,著作物の本来的市場とは,著作物を(その本来的用途に沿って)作品として享受させることを目的として公衆に提供又は提示することに係る市場を言うものとする63。

63 このような考え方に関連するものとして,米国においては,フェア・ユースの認定の判断に当たって,変容的な利用である場合に,権利者の潜在的市場に及ぼす影響がない,若しくは小さいとした判例が多く見られる。例えば,Google Booksについて争われたAuthors Guild, Inc., et al., v.Goolge, Inc.(2013)においては,同サービスの過程で行われるスニペット表示は検索結果として表示された書籍が,検索者が関心を有している対象に含まれているかどうかを判断するためのものであることからこれを変容的な利用であるとし,さらに,問題のスニペット表示は変容的な利用である上に,その態様から,原著作物の代替物を提供するものではないため第4要素についてフェア・ユースに否定的な評価とならないとの判断がなされた。

文化審議会著作権分科会報告書(平成29年4月) p.45

【前田委員】報告書の31ページの「第2層の考え方」というところについて質問をさせていただきたいと思います。

「第2層の考え方」では,本来的利用という概念と,それから,本来的市場という概念が中心に来ていると思います。31ページの定義を見ますと,本来的用途に沿って作品として享受させると書かれております。注60を見ると,アメリカの裁判例が引かれておりまして,その一番下のところで,原著作物の代替物を提供するかどうかというところで最終的に判断がされたという記載があります。
この本来的市場ということの意味ですけれども,これは著作者が創作した著作物,原作品というか原作そのものがあって,それを作品として享受させるということが本来的市場の一番の中核に来るという,そういう整理を基にされている議論だという理解でよろしいのでしょうか。ここを確認させていただきたいと思います。

【秋山著作権課長補佐】ありがとうございます。考え方としましては基本的にそういう理解の下で書かせていただきました。ただ,作品というふうに表現させていただきました趣旨としましては,基本的にはそういう原作品が中心であろうと思われるわけですが,2次的な著作物を通じた利用ということも完全に排除できないのではないかと思いまして,若干幅のある表現とさせていただきました。

文化審議会著作権分科会 法制・基本問題小委員会
平成28年度「新たな時代のニーズに的確に対応した制度等の整備に関するワーキングチーム」(第6回)平成29年2月13日(月)

本来的利用とは著作物の本来的市場と競合する利用行為を指し、著作物の代替物足りうる二次的な著作物を通じた利用をも含まれるものである。
これらを考えると、アイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることによって著作物の需要が代替される事態が起こった場合、本来的利用に該当する行為であると言えるのではないかと思う。

しかし、「非享受目的の利用は本来的利用に該当しない」ことが自明であるかのような解釈がされていることがある。
本来的利用の意味が「本来の用途」に変わってしまっている可能性がある。


権利制限規定により認められることとなる行為が著作物の本来的利用を伴うものである場合,仮に権利制限規定がなかったとしたならば許諾権の行使により権利者に確保されるはずであった本来的市場における対価回収機会等が失われることとなり,権利者に相当の不利益が及ぶこととなる。

文化審議会著作権分科会報告書(平成29年4月) p.53

(i)本来的利用とは著作物の本来的市場と競合する利用行為を指す
(ii)第1層及び第2層の権利制限規定には本来的市場に影響を与えないという要請がある
この二点から、上記の逆である「仮に権利制限規定がなかったとしたならば権利者に確保されるはずであった本来的市場における対価回収機会等が存在する場合、権利制限規定により認められることとなる行為は著作物の本来的利用を伴うものである。」が成り立つのではないかと思う。

「不当」の解釈について


文化審議会著作権分科会報告書(平成29年4月) p.40より

文化審議会著作権分科会報告書(平成29年4月)p.38,39から、権利者への不利益が大きい層ほど公益性を要することが伺える。
逆に言えば、公益性が少ない権利制限規定ほど、許容される権利者への不利益は少なくなるはずである。
第3層の権利制限規定は上図の右端まで権利者の利益を害することを許容しているため、それを越えて害する場合は不当だと言えると思われる。
第1層に関しては、上図の第1層内の右端まで権利者の利益を害することを許容しているため、それを越えて害する場合を不当とするべきだと考えられる。
第3層の権利制限規定の但し書きの解釈を第1層のものに流用した場合、上図の右端まで権利者の利益を害することを許容することになり、本来相当の公益性を要する領域にまで第1層の権利制限規定が適用されてしまうことになる。
第1層、第2層、第3層それぞれで要求される公益性及び許容される権利者の不利益の領域が異なるのだから、どこから「不当」とするかの判断も変わるはずだと考える。
特に、第2層と第3層の境界は本来的利用を許容するか否かであるはずである。

考察

本来的利用を伴わない行為に対する権利制限規定においては、著作物の本来的市場に影響を与えるかという観点で但し書きの判断をするべきだと考える。
具体的には、仮に権利制限規定がなかったとしたならば権利者に確保されるはずであった本来的市場における対価回収機会等が存在することがないようにするべきだと思われる。

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