著作権法30条の4を正当化する根拠が瓦解しているのではないか?

※この記事は個人的な感想です

30条の4の正当化根拠について

『AI と著作権に関する考え方について(素案)(令和6年2月29日時点版)』p.10に、次のように書かれている。

イ 法第 30 条の4の対象となる利用行為
 ○ 著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない行為については、著作物の表現の価値を享受して自己の知的又は精神的欲求を満たすという効用を得ようとする者からの対価回収の機会を損なうものではなく、著作権法が保護しようとしている著作権者の利益を通常害するものではないと考えられるため、当該行為については原則として権利制限の対象とすることが正当化できるものと考えられる。

AI と著作権に関する考え方について(素案)(令和6年2月29日時点版)

著作物を非享受目的で利用することは
 (1)本来的市場における対価回収の機会を損なわない
 (2)著作権法が保護しようとしている著作権者の利益を通常害するものではない
と考えられるため正当化されている。

しかしp.25には次のように書かれている。

○ 著作権法が保護する利益でないアイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることにより、特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI 生成物によって代替されてしまうような事態が生じることは想定しうるものの、当該生成物が学習元著作物の創作的表現と共通しない場合には、著作権法上の「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には該当しないと考えられる。他方で、(略)

「アイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることにより、著作物の本来的市場における対価回収の機会を損なう事態が想定しうる」と捉えられる。
また、『「AIと著作権に関する考え方について(素案)」に関するパブリックコメントの結果について』では次のような記述がある。

No:133
分類:5-1-イ_享受目的が併存する場合について
意見概要:創作的表現と認められる部分が共通していなくとも、AIが著作物を学習した結果、画風その他アイデアに含まれると解される部分が類似していることによって学習元著作物の著作者が創作した作品と見間違うような表現がアウトプットされることは十分あり得、商品として大量に販売されるようになれば、著作物の潜在的販路を阻害し、著作者の利益を不当に害することになるのは明らかである。
もし現行法上このような解釈をとることが難しい場合にはこのような場合における著作権者の正当な権利を守るための法改正がすみやかに検討されるべき。
提出者:日本美術著作権協会
意見に対する事務局の考え方:本考え方では、法第30条の4における「享受」の対象は、権利制限の対象となる「当該著作物」であり、これ以外の他の著作物について享受目的の有無が問題となるものではないことが示されています。

「AIと著作権に関する考え方について(素案)」に関するパブリックコメントの結果について

「アイデア等が類似するにとどまるものを生成するために著作物を利用する行為は非享受目的の行為」と捉えられる。

ここから、「非享受目的の行為によって著作物の本来的市場における対価回収の機会を損なう事態が想定しうる」ことが導かれ、30条の4の正当化根拠(1)は否定されると考えられる。

社会権規約第15条1項(c)について

社会権規約第15条1項(c)において、自己の科学的、文学的又は芸術的作品により生ずる精神的及び物質的利益が保護されることを享受する権利が認められている。
社会権規約15条1項(c)に認められる権利と知的財産権は必ずしも一致しないとされている。

自己の科学的、文学的又は芸術的作品により生ずる精神的及び物質的利益が保護されることを享受する人権は、作者とその創造物との間、及び民族、共同体、又はその他の集団とその共同の文化遺産との間の人間的なつながりならびに、作者が適切な生活水準を享受できるために必要となる基本的な物質的利益を保護するのであるが、一方の知的財産権レジームは、何よりまず企業及び法人組織の利益ならびに投資を保護する。

日本弁護士連合会:社会権規約 条約機関の一般的意見17 第2パラグラフ

 30条の4の正当化根拠(2)が否定されていなくとも、(1)が否定されれば社会権規約15条1項(c)を制限する法律ということになるのではないかと思う。
 社会権規約第4条より、規約に認められる権利を制限できるのは権利の性質と両立し、公共の福祉の増進に絶対必要な場合に限られる。

第4条
この規約の締約国は、この規約に合致するものとして国により確保される権利の享受に関し、その権利の性質と両立しており、かつ、民主的社会における一般的福祉を増進することを目的としている場合に限り、法律で定める制限のみをその権利に課すことができることを認める。

日本弁護士連合会:経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)

30条の4は公益性を要する第3層と同程度の扱いにするべきだと思われる。
ただし、第35パラグラフに次のように書かれている。

自己の科学的、文学的又は芸術的作品により生ずる精神的及び物質的利益の保護のために国の法的もしくはその他のレジームが、(略)規約に掲げられたその他の権利に関する国家の中核的義務を遵守するための能力の妨げとならないことを確保すべきである。

日本弁護士連合会:社会権規約 条約機関の一般的意見17 第35パラグラフ

すなわち、30条の4が社会権規約15条1項(b)に認められる「科学の進歩及びその利用による利益を享受する権利」の達成に必要である場合、双方の権利の調整のために30条の4の妥当性が認められうる。

社会権規約第15条1項(b)について

社会権規約条約機関の一般的意見25第19パラグラフより科学的進歩及びその応用による利益を享受する権利は受容可能性が含まれる。

19. 「受容可能性(Acceptability)」は、様々な文化的・社会的背景において、科学及びその応用が受容されやすくなるように、科学を説明し、その応用を普及させる努力を尽くすべきであることを意味する(ただし、そのために科学及びその応用の公正性及び質が損なわれてはならない。)。科学教育及び科学の成果は、特別なニーズを持つ人々(例:障害者)の特性に合わせて調整するべきである。
また、受容可能性は、科学研究の公正性と人間の尊厳を保障するために、倫理規範(例:「生命倫理と人権に関する世界宣言」で提示されている諸規範)が科学研究に組み込まれなければならないことも意味する。こうした規範の例として、被験者及び影響を受けるその他の人々の利益を最大化させつつ、合理的な保護と予防措置により危害の可能性を最小化させるべきであるとする規範、被験者の自主性と、自由意思によるインフォームド・コンセントを確保するべきであるという規範、プライバシー及び秘密を尊重すべきであるという規範、あらゆる差別を避けるために、特に弱い立場にある集団又は個人を保護するべきであるという規範、文化的多様性と多元主義に十分配慮するべきであるとする規範が挙げられる。

日本弁護士連合会:社会権規約 条約機関の一般的意見25 第19パラグラフ

倫理規範が科学研究に組み込まれなければいけないとされ、その例として文化多様性と文化多元主義への配慮が挙げられている。

文化多様性への配慮について

30条の4が適用される例として生成AIを取り上げる。

まず、著作物の表現の一部をパラメータ化して類似する表現を出力するために利用することは、ユネスコの文化多様性に関する世界宣言第8条の考えに反する。

第8条 文化的財・サービス:ユニークな商品

  経済・技術面での変化が著しく、創造と革新の可能性が大きく開かれている今日、創作活動の供給の多様性、作家・芸術家に対する正当な評価、そして文化的財・サービスの持つ特異性を特に意識する必要がある。文化的財・サービスは、アイデンティティー、価値及び意味を媒介するベクターであり、単なる商品や消費財としてとらえられてはならない。

文化的多様性に関する世界宣言:文部科学省

また、『文化審議会文化政策部会 文化多様性に関する作業部会 報告 -文化多様性に関する基本的な考え方について-』から、文化的多様性への脅威として文化の創造性やアイデンティティの喪失が挙げられる。

○ グローバリゼーションの進展により,多様な文化の共存や新たな文化の創造の環境が作られる反面,文化的アイデンティティの危機を巡る緊張の高まりや,地域文化の創造性やアイデンティティの喪失といった問題点がある。
○ 上記の利点と問題点をよく把握し,すべての人々が他の人々の文化と価値観を自らの文化と価値観と同等に尊重しつつ,共存できるような魅力ある社会を構築することが重要。

文化審議会文化政策部会 文化多様性に関する作業部会 報告 -文化多様性に関する基本的な考え方について- p.14

○ 文化的財,サービスの流通の進展は,文化多様性を促進する意義を有するが,すべてを経済,貿易の自由無差別の原則に委ねると多くの文化的財,サービスが市場から退去させられ,結果的に文化多様性を損なう可能性がある。
○ したがって,文化的財,サービスの流通については,経済,貿易の観点からのみでなく,文化そのものの観点から検討することが必要。

同 p.15

文化多様性を損なわないためには、あらゆる文化は喪失及び画一化に対抗可能である状態、強制的同化や悪質な文化の盗用による被害に対処可能である状態になることが望ましい。
また、異文化が尊重し合い共存できる社会が望ましい。

もう少し具体的に考えるために、以下の考え方を元に「他文化の流用者」をInvaders, Tourists, Guestsの3パターンに分類してみる。

During the same panel which inspired Goto’s poem, audience member Diantha Day Sprouse categorized those who borrow others’ cultural tropes as “Invaders,” “Tourists,” and “Guests.” Invaders arrive without warning, take whatever they want for use in whatever way they see fit. They destroy without thinking anything that appears to them to be valueless. They stay as long as they like, leave at their own convenience. Theirs is a position of entitlement without allegiance.

Tourists are expected. They’re generally a nuisance, but at least they pay their way. They can be accommodated. Tourists may be ignorant, but they can be intelligent as well, and are therefore educable.

Guests are invited. Their relationships with their hosts can become long-term commitments and are often reciprocal.

Appropriate Cultural Appropriation by Nisi Shawl - Writing the Other

「他文化の流用者」を次のように分類できると解釈した。
Invaders: 相手方にとっての許容可能性よりも自らの信念・価値観を優先させる招かれざる部外者
Tourists: 自らの信念・価値観よりも相手方にとっての許容可能性を優先させる招かれざる部外者
Guests: 招かれた部外者

文化多様性(文化の喪失及び画一化に対抗可能である状態、他文化への尊重、他文化と共存可能な関係)が損なわれる状況とは、Invadersに対して被流用側が対抗不可能である状況を指すと思われる。
生成AIの現状を見るに、30条の4は文化の担い手がInvadersに対抗できるように作られておらず、文化多様性への配慮が欠けているものと思われる。

よって、30条の4は許容可能性を欠いており、社会権規約15条1項(b)の達成に必要とは言えないと考えられる。

以上から、30条の4は公益性を考慮する第3層と同程度のものとするか、許容可能性を充たして社会権規約15条1項(b)の適用を受けられるようにする必要があるのではないかと考える。

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