見出し画像

ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』第1部1〜2章(多弁な友人から電話がかかってきた感じの)

1

おーう、おつかれー。いま大丈夫? 寝てた? あのさ、たいしたことじゃないんだけど、いや、たいしたことではあるんだけど、ニーチェってやつ知ってる? そうそう、でさ、俺すげーことに気付いたんだけどさ、えいようかいきってあんじゃん? え? 永劫回帰? あーそれそれ。それなんだけど、わけわかんなくね? 俺ニーチェの本100冊くらい読んで考えたんだけどさ、それでも全然わかんなくて、たぶん誰もわかんないんじゃないかな。なんかさ、一回起きたこと全部が繰り返されて、それがずーっと何回も何回も繰り返されるとか言うんでしょ? 意味不明じゃね? 例えばサイトーくんがゆみちゃんに告白して、またいつかサイトーくんがゆみちゃんに同じように告白して、それの繰り返しってことでしょ? どういうこと?

で、俺思ったんだよ。俺理系だからさ、数学的に考えると、さっきとは逆の発想で、サイトーくんがゆみちゃんにたった一回しか告白しないってことは、その告白は二度と現れないで永久に消え去るってことで、それって影っぽいっていうか、重さがないっていうか、告白する前から死んでるみたいじゃん。これ100万回くらい言ってるけど、人って死んだらどうなると思う? まあそれは今はいいや。でさ、それ考えるとさ、すげー怖くてさ、儚いからこそ美しくて最高なんだけど、でも、そういう怖さとか美しさとか最高さって全然意味ないじゃん。消えるんだから。すげー昔にアフリカで戦争あったらしいじゃん。YouTubeで見たんだけどさ、それでお互いの国がおりゃーバコバコバコバコカキンカキンっつって3000万人くらいが死んだんだけど、3000万人は言い過ぎかな、30万人くらい。でも、それでも他の国ってそれに全然興味なかったんだって。ひどくね? でもそれと同じように、サイトーくんの一度きりの告白も儚くて美しいかもしれないけど、誰も興味を持たない意味がないものってことになるよね。

でもだよ、これ聞きたかったんだけど、そのおりゃーバコバコバコバコってやってた戦争が、もし何回も繰り返されたとしたら、ってことなんだよ。どう思う? 何か変わるかな?

俺は変わると思うな。だって繰り返されるってことはどんどんでっかくなってさ、でかい塊みたいになってくってことでしょ? さすがにそんなにでかくなったらそのうちバズってうおーやべーって誰かが気づくでしょ。

あとはこうも言えるよね。フランスってあんじゃん? で、フランスでえぐい革命があったらしいじゃん? それが永遠に繰り返されたら、ってことだよ。どうなると思う? これ絶対にわかんないと思うよ。答えは、ロベスピエールはそんなにすごくなってない、ってことなんだよ。言ってる意味わかる? 逆にするとわかりやすいかも。俺Voicyですげー勉強してるからわかるんだけど、歴史って、二度と繰り返されないですよっていう感じで書かれてるじゃん? だからすごいんだよ、歴史って。同じことが繰り返されるんだったら、そんなの歴史じゃなくてTikTokのおすすめみたいに軽くて、革命って言ったって全然怖くないでしょ。ね? 一生に一回だけ告白するサイトーくんと、振られる度に戻ってきてまたゆみちゃんに告白するサイトーくんはまじで全然違う、って話なんだよ。……あれ? もしもーし、聞こえてる? あ、聞こえた。なんか電波悪いよ。そうそう、そういうことなわけ。

だから、話長くて悪いね、大丈夫? で、そう、永劫回帰ってやばいよねって話で、永劫回帰っていうフィルターかけて物事を見ると、なんていうか、俺らが当然に考えてる常識が常識じゃなくなるっぽいわけ。普通は全て過ぎて消え去るじゃん。過ぎて消え去るからこそ、例えばゆみちゃんだったら、ああ、あのときサイトーくんの告白断らなきゃよかったって思いが心の中でどんどん増幅して、あれ、私もしかしてサイトーくんがいなきゃだめみたいってなって、何年か後に付き合うわけじゃん。それって、一度きりの告白っていう輝きみたいなものがゆみちゃんの判断に何らかの影響を与えたってことにならない? もし、サイトーくんの告白が永遠に繰り返されるんだったら、冷静に判断して、何度も脳内会議開いて、付き合わないことができたわけじゃん。最初から遠距離だったし、後に別れるんだから。もちろん、ゆみちゃんを責めることはできないよ。儚さに罪はないから。沈む夕日って綺麗で、儚げでノスタルジックで、何もかもを許せそうになるじゃん? あんな感じ。

ていうのは、信じられないかもしんないんだけど、俺この前さ、ヒトラーのNETFLIX見てたんだよ。それで、何枚か写真が出てきてさ、すげー感動したんだよ。えーなにこの感情、って思って。何も食べないで一日中泣いた。それで考えがカチャってハマったんだけど、子供の頃のこと思い出したからっぽいんだよね。俺の子供の頃ってガチで戦争激しくて、もう勘弁してくれーって感じで、家族とか親戚とか強制収容所に連れて行かれて死んだりして。で、ここからが重要なんだけど、そのヒトラーの写真が俺にすげー感動とボロ泣きを与えてくれたのに比べて、俺の親戚とかが死んでも俺の心の動きは実際虚無だったし全然泣いてないし、これって一体どういう現象なんだろうね、って思ったわけ。言ってる意味わかる?

俺ヒトラーすげー嫌いだったんだけど、なんか許せたんだよね。で、これについて一週間くらい寝ないでずっと考えてたんだけど、これって永劫回帰なんてこの世界に存在しないってことの証明なんじゃね、って。どう思う? だって、明らかにおかしいじゃん、ヒトラー許せるなんて。でもなんでそうなったかっていうと、この世界では全てが一度きりで儚いから、夕日が綺麗で全てを許せそうになるみたいに、最初から全てが許されてるからなんじゃないかなって。えぐいよね。

2

キリストっていんじゃん? 思ったんだけど、俺らの人生の、例えばこの電話とかもこの先永遠に繰り返されるとしたら、俺らの人生ってキリストがうりゃーって十字架にはりつけられたみたいに、永遠ってやつにはりつけられてるのと同じなんじゃないかな。これってめっちゃ怖くね? だって、永劫回帰するってことは、俺らの全ての行動に重い責任があるってことじゃん。俺のふとした行動が俺の知らない未来にずっと繰り返されるんだから。あ、ニーチェだっけ、あいつ。まじで一番重い荷物(das schwerste Gewicht)って言ってたらしい、永劫回帰のこと。そんなの普通耐えらんなくね? だって重いじゃん。俺は無理だよ。

で、うちの会社に配達の宮内さんっていて、その人がこないだ言ってたんだけど、永劫回帰っていうシステムがガチでやばい重荷だとしたら、逆に、一回きりの俺らのこの人生はなんかいい感じの軽さってことになるんじゃね? って。あー、たしかにって思って。

で、そこで俺は考えたんだよ。重さって本当に恐ろしいことで、軽さって素晴らしいのかなって。わかる? 俺の言いたいこと。

重さってのはさ、重いわけだからうりゃーって俺らをがんじがらめにして押さえつけてくるわけじゃん? 井上尚弥のパンチとかそうじゃん。まさに das schwerste Gewicht って感じだよね。まあ、格闘技見ないからわかんないかもしんないけど、試合見ればわかるよ。だけどさ、俺カミさんの影響で最近韓国ドラマよく見るんだけどさ、どれ見ても女の人は男の身体っていう重荷を受け入れたいって思ってるぽいんだよね。これはガチ。愛の不時着って知ってる? 見た? あれ泣かないで見れるやついるのかな。特に後半やばいから。今度見てみてよ。だから、重荷って言うけど、そんなに悪いものじゃなくて、それって人生の充実度に関わってくるのかもしれない。一番重い荷物が一番充実した人生、みたいな。重ければ重いほど、なんせ重いわけだから、重いよーっつって地面すれすれくらいになって、つまりその人生はまじでガチになっていくんじゃないかな。俺の意見だと。

逆に、重くない人生って何だろって考えてみると、ふわふわって感じで、空気よりも軽くて、空に浮かんでいって、地面から遠くなっていって、もうそうなっていくとリアルじゃないじゃん。自由ではあるよ。でも自由すぎて人生に意味を感じられない気がする。俺が会社辞めたいけど踏ん切りつかない理由もそれなんだと思う。

そう、それが問題なんだよ。重さと軽さと。ちなみにどっち選ぶ? ああそう。

うちの会社のすげー偉い人に紀元前六世紀のパルメニデスっていう人がいるんだけど、この重さと軽さの問題最初に考えたのその人なんだって。で、こないだの表彰式で言ってたんだけど、この世界は光と闇とか、細かさと粗さとか、暖かさと寒さとか、存在と非存在とか、サイトーくんとゆみちゃんとか、そういう対立で成り立ってるんだって。眠いなーって思いながらぼーっと聞いてたんだけど。それで、その片方、つまり光とか細かさとか暖かさとか存在とかサイトーくんとかの方が積極的なもので、もう片方が消極的なものなんだって。はぁ、って思って。何言ってんだこの人って思って。でさ、俺はピコーンって思い付いたわけ。それに当てはめて考えると、重さと軽さってどっちが積極的な方なんだろって。うおーって思って。これまだ誰も考えてないっしょ。絶対にバズる。時間ある時でいいから後で支援してよ。てか積極的とか消極的とかってどういうこと?

いちおうパルメニデスさんが言うには、軽さが積極的で、重さが消極的なんだって。そうなん? ただ一つだけ絶対に言えることは、重さと軽さっていう対立は一番わけわかんないよねってこと。むずいよね。そう、これが言いたかった。どう思う? そう。何か思い付いたら教えてよ。

3

俺さ、トマーシュのことずーっと考えてて。本部にトマーシュさんって奴がいるんだよ。寝ないで考えてるからさ。ここに絶対に答えありそうなんだよなーって。ま、その話は会った時にでも話すよ。ごめんねー長々と。今度寿司食べに行こうよ。どこがいい? 来月また連絡するよ。暇な日あったら言って。YouTubeショートについて聞きたいことあるからさ。サイトーくんにも連絡しとく。サイトーくん来るかな。まあそんな感じで。じゃあね、はい、はーい、おつかれー。


参考文献:
『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ、千野栄一訳、集英社文庫
『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ、西永良成訳、河出書房新社

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?