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「やばっ、家出る時間過ぎてる」
圭一はお気に入りのマスクを被ってそそくさと家を出た。

スマホを忘れた。そのことに圭一が気づいたのは電車に駆け込んだ跡だった。今から戻っていたら間に合わないし、待ち合わせ場所も時間も確認したから大丈夫だろう。
圭一は向かいの人の暖かそうなマスクをぼんやりと見つつ、駅に着くまでの暇をつぶした。

人々はマスクでおしゃれをするようになった。20年前の地核大変動で、ガスマスクを欠かせない身となったからである。唯一ガスマスクを取れるのは自宅のみ。
24歳の圭一にとってはそれが普通だった。

***

今日は美咲とのデートである。
ハチ公跡に10時半集合。
こんな寒くても、恋人のためなら足が進むもんなんだなと思いつつ圭一は足早にハチ公跡へと向かった。

10時20分に圭一はハチ公跡に着いた。
コートの裾を何かに引っ張られるのを感じて後ろを振り向くとそこには「圭ちゃん、遅かったじゃん」と恋人の姿があった。

いつも大体5分は遅れるのに今日がよっぽど楽しみだったんだな。心なしか服装にも気合いが入ってる。
ちゃんと待ち合わせできた安堵もそこそこに、圭一はマスクの下で頬をゆるませた。

2人はいつものようにデートを楽しんだ。
そして今回のデートのメインである旧大田黒公園で再現されている紅葉のライトアップを見に行った。

紅葉は遅くても12月の頭まで。

そんな記載が歴史の教科書のどこかにあったなぁと思いつつ、圭一は偽の紅葉をぼんやりと見ていると、美咲がぽつりと言った。

「これから圭ちゃんと一緒にいられるなんて幸せだなぁ」
「"これまでも"だし、"これからも"だろ?」
「そうだね、私何言ってるんだろ」

***

指先の暖かさの名残りを感じつつ、圭一はゆっくりと家路に着いた。

家に帰ると、美咲からの連絡が来ていた。

「圭一?????
 今日ハチ公跡前って言ってたよね!?
 忘れちゃったの?
 それとも遅れていったから
 怒って帰っちゃったの?
 遅れていったのは謝るけどさ、
 さすがに連絡くらいよこしたらどうなの?」

冷凍庫をハーゲンダッツでいっぱいにします!