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推しと結婚するのは、本当に幸せなのか、

  これからの話は推しと結婚なんて図々しいにも程があるぞと思ってるオタクが突発的に書いた文である。

  昨今の推し産業が発達する上では、絶対に推される側と推す側が存在する。

  推される側の例を挙げると、アイドルにアニメキャラなど多岐にわたるが、この推しという言葉一体どこからどうやって死語にならずに現代社会に浸透したのだろうか。
  調べてみると、推薦するの「推」から推すという言葉が1990年代後半にモーニング娘のファンを中心に使われ、アイドルファンに定着したと書いてある。現代は、アイドルやアニメキャラに限らずYouTuberや配信者等々、自分が好きで応援している人などに幅広く使える便利な言葉として普及している。

  推しの事を本気で好きになってしまう「ガチ恋」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。推しの事を異性として本気で好きになってしまうオタクを指す言葉だが、個人的な意見で言われてもらうと、推しに迷惑をかけずに本人がそれで幸せならOKです。だが推し活というものは、自分と推ししかいないわけではない。同じようにその人を好きな人がたくさんいるわけであり、規模感や距離感にもよるが、推される側からすれば我々なんてオタクの中の1人にすぎないので、分け隔てなく接すると思う。

   推しを異性として本気で好きになってしまうと、やれ嫉妬だとか、やれ認知だとか、俗に言う「同担拒否」になりかねない。(同担拒否が悪いとは言ってないが、同担拒否の人は他のオタクに敵意を向けてくるのがちょっとね)

  本気で好きになるのは勝手にすればいいと思うというか、気づいたら好きになってるんだろうけど、そこでやれ連絡を返してくれなくて拗ねたりとか、害悪ムーブをしたりとか、なんだとかだるい事を言うのは、自分の事を第三者目線で見て冷静になるのをオススメしよう。そんな自分の事しか考えられないオタクがいるから、オタクは、、、ねぇ😮‍💨みたいな括り方をされてしまうのである。

  SNSが普及してる現代では、同じ人を推してる人とSNSを通じてコミュニティが作りやすくなってるからこそ気をつけていきたい問題である。

  最後に私の推しは芥屋さんという高貴な方なので、結婚なぞ、ただのオタクが何をぬかしてんだ、いい加減にしろという感じだし、図々しいにも程がある。
結婚となると毎日同じ屋根の下で過ごす事になるので、嫌な面も見えてきてしまうだろう。そうなるとそれはもう推しではなく、友達みたいな存在になる。

  芥屋さんの枠を聴きながらソファで書いてるが、誠に芥屋さんは沼落ちする要素しかない、罪な男である。かわいすぎなんだよもう

  芥屋さんはずっと私の中で神様であり、ヒーローであり続けると思う。

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