五島市FWー事前調査編ー
日本で最も先駆けて水素サプライチェーン実証に取り組んだ自治体を見に行きたい
これが私たち”Hx”が五島に辿り着いた最初の理由でした。
五島市では、平成26年度より環境省主導で水素サプライチェーン(SC)実証試験が実施された場所でした(サイト参照)。
こちらは水素SC実証試験としては最先端を行くプロジェクトの一つとして取り組まれましたが、実証には至らずわずか2年足らずで頓挫してしまいました。
水素社会実装を実現したい私たちとしては、頓挫してしまったのが悔しすぎる。何故頓挫してしまったのか、次に同じプロジェクトを実行するとして実装までコミットするために必要な要素はなんなのか、これを突き詰めるために今回自らフィールドワーク(FW)を企画し、実際に現地に赴き現状を視察してきました。
FWに赴く前に五島市の再生可能エネルギーの現状に関して事前調査を進めました。その中で、五島市が洋上風力発電に対しても先進的に取り組みを進めている自治体であることがわかり、”洋上発電電源と水素の接続を五島市で検討できないか?”という課題意識に徐々に変わってきました。
この記事では、Hxが五島市でのFWに向かう前に調査した内容についてまとめています。
洋上風力と水素の関わりや五島市における再エネへの取り組みの様子が読み取れる内容となっていますので、ぜひご覧ください。
五島の浮体式洋上風力
今回、Hxが五島市へのFWを行った理由としては、「洋上風力発電と水素の結びつきについて実態を知る」ことが挙げられます。
五島市には、日本国内で浮体式洋上風力発電として初めての商用運転を目指す崎山沖浮体洋上風力発電所があります。2024年1月を目処に運用開始が予定されています。8機運用で、88MW(東京電力千葉発電所火力プラント1機の約1/4程度の発電量)での発電プラントが稼働開始予定です。
浮体式の可能性
洋上風力発電の方式には、着床式と浮体式があり、それぞれ特徴があります。
現在、世界の洋上風力発電において主流となっているのは着床式のものですが、近い将来着床式の建設が進み切った際には適地がなくなってしまうことが予想されています。
そこで建設適地のポテンシャルの高さから注目されているのが浮体式洋上風力です。
浅く平坦な海底を必要とする着床式とは異なり、浮体式は海深200m以内で条件を満たせば設置が可能です。また風力発電機は自由に向きを変えることができるため、常に同じ方向から風が吹いている必要はありません。
周りに障害物が少ないこともあり発電量を大きくできる可能性が高く、次世代の発電手段として大きな期待が寄せられます。五島市はその浮体式洋上風力に世界に先がけて取り組んでいる数少ない自治体です。
ただ、浮体式洋上風力にも課題はあり、特に維持管理が難しいとされています。主に海水による腐食や、アンカーの固定、洋上作業の安全性などが指摘されています。
エネルギーの地産地消へ
海に囲まれていて浮体式洋上風力発電によるポテンシャルの高い五島市では、エネルギーの地産地消にも積極的に取り組んでいます。
2014年に「五島市再生可能エネルギー推進協議会」、2018年に地域新電力株式会社である「五島市民電力株式会社」が設立され、「地産地商」をかがけて事業を進めています。実績としても、令和元年度の上半期に再エネ電力自給率54.7%を記録しています。
また電気供給証明書を製造品に添付することでブランド化を図ったように、五島で作った電力を実際に農林漁業分野の活性化に応用する動きも見せています。
なお、実際に五島で作られたエネルギーが五島で直接使われているわけではなく、一度九州電力に送電されたのち五島へ電力の所有権が移る形となっています。
観光資源としての活用
また、五島市は洋上風力発電の観光化にも力を入れています。
実際に浮体式洋上風力を間近で見学できる五島海洋エネルギーツアーでは年間800名程度の視察客の獲得に成功しています。
五島市が持つ豊富な観光資源を有効活用した、特異な例と言えるでしょう。
国内の洋上風力
ここまで五島市の洋上風力発電について述べてきましたが、他の地域では洋上風力に関する取り組みが進んでいるのでしょうか。そこで、まずは国内の洋上風力の事例を調べました。
北九州
北九州市が進める洋上風力発電事業の特徴には、以下のようなものが見られました。
O&M拠点、生産拠点化に注力
充実した港湾インフラ、広大な産業用地、風車部品の製造経験を活用
市全体で水素も組み込んだサプライチェーンの構築を理想としている
参考:https://www.akitacci.or.jp/cciwp/wp-content/uploads/02-3_【北九州市環境局】水素社会実現に向けた取組み20210615.pdf
北九州市は五島と違い、古くからの工業都市であるため、水素需要が作りやすく将来像もイメージしやすいのではと感じました。
秋田・能代
秋田・能代地域で進む事業には、以下のような特徴が挙げられます。
O&M事業(=オペレーション&メンテナンス事業)に地元企業が進出
すでに大規模商用運転を開始
水素との結び付けはまだ固まっていない→ https://windjournal.jp/114654/
五島と比べると観光資源は少なく、工業都市としてもあまり大規模でないことを鑑みると、秋田・能代では地域に根ざした独自の運営が必要になってくると言えるでしょう。
石狩
石狩市では、水素サプライチェーンの構築を前提とした洋上風力発電計画が持ち上がっており、実現に向けた多くの課題が発見されています。
課題が明確になっているという点では、他にも洋上風力と水素を組み合わせた計画を考える際に非常に有用な先行事例と言えるでしょう。
参考:https://www.nedo.go.jp/content/100950488.pdf
海外事例(洋上風力×水素)
ここまで日本の洋上風力の事例を見てきましたが、Hxとしては水素とのつながりをもっと見出したい。そこで海外に目を向け、洋上風力と水素を掛け合わせた事例についても調査しました。その結果、既に欧州では水素社会実装に向けた構想が展開されているのでここで共有します。
AquaVentus
AquaVentusは、ドイツ北の海にある離島周辺海域で計画がすすむ壮大なプロジェクトです。
2035年までに2GWの施設を5カ所に建設し、年100万トン(電力にして約3GW、東京電力千葉発電所火力プラント1機に対して約8機分の発電量)のグリーン水素製造を目指しています。
このプロジェクトにはドイツの主力電力会社はもちろん北欧の企業も参加しており、欧州の本気度合いが伝わる事例となっています。
NortH2
NortH2はオランダで進むサプライチェーン構築プロジェクトです。こちらは2030年までに4GW、2040年までに10GW分の洋上風力発電を建設し、年間75万トンのグリーン水素作成を目標としています。CO2排出の削減量としては8〜10Mtになると推計されています。
2022年12月に「調査フェーズを終了した」と発表しており、大規模なグリーン水素作成に目処がついたと思われます。
その他イギリスやフランス、アメリカなどでも同様のプロジェクト計画が進んでいると思われ、いずれも多数のステークホルダーを巻き込んだ大規模なものになると予想されます。
五島と他事例の相違点
ここまでの事例をもとに、五島市の洋上風力発電事業が持つ特徴を考えました。
まず、五島市にはもともと重工産業は存在していませんでした。そのため、労働力や製造ノウハウ・資金が限られていました。
バリューチェーン上の付加価値を少しでも地元経済に取り込む必要性が生まれた五島市では、観光資源が豊かなことを生かして、宿泊を組み込んだ視察ツアーをパッケージ化することに成功しました。
発電所の見学は大半が日帰りで行われますが、そこに観光の要素を取り込んだ稀有な例と言えるでしょう。
また、離島では立地上の特性から、他の都市への供給というよりは「地産地消」が最優先になっており、それがゴールになっているという仮説も生まれました。
五島市水素サプライチェーン実証試験について
長崎県は、環境省の支援により2014年から15年にかけて、椛島沖で水素燃料船などの実証事業を行っていました。
しかし、2016年から17年にかけて、水素充填設備の維持管理コストが高かったため、新たな補助金を得られずに断念しました。
参考:https://nordot.app/296094997083653217(長崎新聞「県の水素燃料船 水素使わず」)
2014、15 椛島(かばしま)沖で洋上風力発電設備、水素製造設備、船に水素を充填する設備、水素も動力源にできる船等々を環境省の支援で実証事業として行う。
2016,17 風力発電設備、水素製造設備を環境省から譲り受けて椛島から崎山地区に移設。しかし水素を船に充填する設備は環境省からのリースであった。 長崎県は維持管理コストの高さから国の補助金を得られず水素充填設備の新設を断念。
リースのままの移転はできなかったのか
水素製造設備は譲り受けたが水素充填設備はリースのままだった、環境省にとってその違いはなんだったのか
単純に水素製造装置のほうがコンパクト?
なぜ椛島から崎山に移設したのか
*①風力発電の実証機の商用化を目指すために福江島に近い海域に移設、ここで水素のほうを断念したと思われる
同事業の実現のために必要な取り組み
今後この事業を実現するとすれば、水素の商用化に向けた取り組みが必要であり、具体的な商用方法が定まった後に実証を始めないと筋が通らないと言えるでしょう。
当時から、商用化が期待される水素のメリットに関しては不明確であったことも、実証がストップしてしまった原因と言えるでしょう。
導入させる←商用化可能←実験が必要←お金がかかる(補助金だより)
どこがネック?実験が足りていない?
すでに商用化は可能だったりする??
FW訪問先の事前調査
ここでは、当日考えるべきことを把握し建設的な議論に繋げるため、フィールドワークでの訪問予定先について調査した内容をまとめています。
崎山変電所ケーブル陸揚げ地点、崎山受変電所
変電所の役割には以下のようなものが挙げられます。
・送電効率のため電圧を高くする
・使用場所にあった使いやすい電圧にする
・電気を集め、必要な箇所へ分配する
・故障した個所の切り離しをおこない、確実に電気を送る
市内海洋エネルギー漁業共生センター
事業概要|一般社団法人 海洋エネルギー漁業共生センター(公式ホームページ) (sdi-marine-energy.com)
海洋再生エネルギー
再生可能エネルギー施設の施行提案と技術開発
→発電海域の藻場・魚類・底生生物等のモニタリング調査
→発電海域の藻場増殖と種苗放流による資源回復漁業協調
漁業者と協力して水産資源の増加を目指す
→発電海域を漁場としての利用のための調査、企画
→発電海域における漁業者への情報収集と調整海洋人材育成
→海洋再生エネルギーの構造物の施工・メンテナンス技術者の育成
→最先端の機器(無人潜水機/ROVやドローン等を駆使しての調査員の育成
環境省の調査によると、浮体の周辺に小魚が住み着き、また小魚を捕食する魚種や伊勢海老などの甲殻類が確認され、地元の漁業者より漁業への活用を期待する声があがっています。
岐宿燃料電池船、造船所
造船所では、現在では使用されていない燃料電池船の見学を行う予定です。
燃料電池船とは、燃料電池を動力とする船であり、水素を燃料とします。特徴としては、CO2の排出がなく、モーターで動くためメンテナンスがしやすいことがあります。
一方、商用運航するうえでの課題としては、
安全に対するガイドラインがない
水素のエネルギー密度の低さ
船への燃料供給の規則がない
といった課題が挙げられています。現在五島市で燃料電池船は使用されていませんが、このような事項が原因にあると思われます。
三井楽遣唐使ふるさと館
五島列島は、遣唐使の寄港地とされていた過去を持ちます。
分散型独立電源施設
参考:1. 分散型電源とは│新エネルギーシステム│製品分野別情報│JEMA 一般社団法人 日本電機工業会 (jema-net.or.jp)
分散型電源とは、需要家エリアの近くにおかれる小規模な発電設備のことです。
分散型電源の課題としては以下のようなことが挙げられます。
・余剰電力の発生:太陽光や風力など
・電力品質の安定化-周波数変動 電力系統の周波数は、送配電事業者と発電事業者が連係して瞬時瞬時の需給をバランスさせることで維持されていますが、その調整は時間領域に応じて火力発電や水力、揚水などを使って行われています。太陽光発電や風力発電の大量導入により、周波数調整力が不足する恐れがあります。
・電力品質が不安定
住宅用太陽光発電システムなど需要家エリアの配電線に設置された分散電源が普及し、その電力が逆潮流することによって電圧が上昇し、適正値(101±6V)を逸脱する電圧上昇が発生します。
・分散型電源の逆潮流による送電用電容量不足
港湾地域など大規模発電所の集中する発電エリアで発電された電力は、送電線を通って大都市部など需要家の集中する需要家エリアに送電されます。
発電エリアに太陽光や風力といった分散型電源が新設されると、送電線設備の容量を超過し送電線を使用できない状況が生まれます。
複数回線で送電する送電設備では、一回線が送電線故障で送電不能となった場合に他回線がバックアップできるよう空き容量を確保する必要があります。
調査を踏まえ、五島市へ
これらの調査をもとに、Hxは五島市へのフィールドワークに向かいました。
当日の様子、そして議論した点については以下の記事でまとめています。ぜひご覧ください。
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