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連結器の配送問題—大正時代の国鉄の大事業—

今回は小ネタ。大学の学部時代、在籍していた物理学科で「アルゴリズムとデータ構造」という選択科目の授業があった。当時、この手のコンピュータ関連の話には全く興味がなく、単位を揃えるために仕方なく受講していただけのため、どんな内容だったのかほとんど記憶に残っていない。その授業で、日立グループの現役の研究者の方が1回だけ講義に来たことがあった。普段接点のない企業研究者の話が聞けたので、少しだけ新鮮味があった記憶がある。その方が、授業の冒頭に、以下のような話をしたのを最近ふと思い出した。全部覚えていたわけではなく、追加で調べて補ってある。

日本に鉄道の運用が始まってから半世紀ほどたった大正時代、当時の国鉄が一大プロジェクトを実施した。それは、日本全国にあるすべての車両の連結器を一斉に交換しようというものである。当時、車両の連結器は、連結時と解放時のいずれでも人力を要する旧式のものを使用しおり、作業員が車両に挟まれる死亡事故が相次いだほか、連結器自体の強度にも問題があったため、新型の自動連結器に交換する必要が出てきたのである。自動連結器とは、以下の図のようなもので、連結器同士が突き当れば自動的に連結され、解放時には「解法てこ」を引き上げればよいという簡便な仕組みになっている。

自動連結器のしくみ
小学館の学習百貨図鑑「鉄道」(1976年)より

このタイプの連結器は、現在でも電気機関車や貨物列車などに広く使われている。

さて、連結器を交換するには、可能な限り短期間で一斉に行う必要がある。下手に移行期間を設けると、その間は2種類の連結器が混在することになり、連結できない車両が発生してしまうため、運行に支障をきたす。そこで、交換作業を行う日を1925年のとある日に定め、それに向けて入念に準備を進め、その日に国内の全車両の連結器を一斉に交換することにした。

連結器の交換作業というが、具体的にどのような段取り行うか、想像できるだろうか?交換対象の車両が通常の客車の場合、大きな問題はない。客車の場合、厳密に決められた時刻表があり、それに沿って運行されているため、作業日において、どこの車両基地に何両の車両が停車しているかは事前に正確に見積もることができる。したがって、各車両基地で必要な分の新連結器を事前に用意して、当日に交換作業を行えばよい。

ここで問題になったのが、貨車の連結器の交換である。何しろ台数が多く、日本全国で5万両を超える。そのため、交換作業は、作業当日においてたまたま停車している駅で行う必要がある。しかし、貨物列車というのは荷物を運ぶのが目的であるため、明確な時刻表はなく、当日どの駅に何両の貨車が停車するかは、事前に全く予測できないのである。

連結器を交換するには、作業当日に貨車が停車している駅において、停車している貨車の台数分の連結器を事前に配送しておく必要があるが、上記の状況のため、それが難しいのである(余裕をもって全駅に配送しておくというのは、必要な分の何十倍も用意する必要が出るため非現実的)。

さて問題。国鉄は、実際に1日で全車両の連結器交換を成し遂げたのであるが、上記の問題をどのように解決したのだろうか?

興味のある方は、ここで立ち止まって少し考えてほしい。

講義のとき、日立の技術者の方は、クイズのように上記の問題を学生に問いかけたのだが、何人か、上記の非現実的な案を回答しただけで、正解者は出なかった。

答えは、

新連結器を事前にすべての貨車に乗せておけばよい

である。1両あたり2つ必要なので、それらを、交換対象の車両に乗せるなり、車両の裏側に固定しておくなりしておけばよいのである。こうすれば、必要な個数ピッタリの連結器を確実に用意することができる。言われてみれば簡単なオチでした。まあ、これもアルゴリズムの一種。

余談だが、この話を最近中2の長男にしてみたところ、正解を即答されてショックだった。これって簡単な問題なんですかね。少なくとも、当時あの場にいた物理学科生はみんな分からなかったのだが。

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