相模川のクビボソコガシラミズムシ
都市化の進んだ神奈川県では、多分に漏れず、止水性の水生昆虫は危機的な状況にあるが、流水性種に関してはまだ捨てたものではない。そんな中、県央を流れる相模川が誇れる水生昆虫は、クビボソコガシラミズムシ Haliplus japonicus ではないだろうか。水生昆虫としては、全国的にはやや珍しい部類に入ると思われるが、相模川の中流では普通に見られるのである。
私は2018年から水生昆虫の世界にハマったのだが、水昆探しを始めたばかりの頃、まだ見たことがないコガシラミズムシ科に憧れていた。太った紡錘形のような独特のフォルム。見つけらるのは当分先だろうと思っていたが、夏のある日、自宅近所の相模川の河川敷にある池に夜に見に行ってみたら、水際にコガシラミズムシ科の虫がウジャウジャいるのが見つかって、拍子抜けした。
クビボソコガシラミズムシである。とにかくたくさんいる。水中を活発に動き回っては、時々呼吸のために水面まで上がってきたりを繰り返していた。
生息地の池は下写真のような環境。河川敷の小さな崖の直下にある。周辺には草が生い茂り、日陰になる所が多い。水深は、深い所でおそらく1.5 mくらいはありそうである。年間を通じて水が溜まっており、おそらく川の伏流水がどこかから湧いていると思われる。
その後、相模川をホームグラウンドにして水生昆虫を調べるようになって分かったが、相模川には本種がけっこう普通に生息しているのである。が、水際でよく見つかるコモンシジミガムシやヒメシジミガムシとかとは違って、どこでも簡単に見つかるわけではなく、高密度にいる場所が点在している感じである。河川敷の池のような完全な止水域でなくとも、ワンドのような流れが停滞しているところにもいる。
上記の池は、2019年10月の台風19号襲来時に水位3 m超の濁流に飲まれ、周辺も大きく削られてしまった。水が引いた後、残骸のようになった池(下写真)に本種が2, 3匹見られたが、その後姿を消してしまった。
大増水の翌年の2020年にはあまり本種を見た記憶がないが、2021年の春先には、上流側の別の場所で、ワンド水際の砂礫から本種が大量に見つかって驚いたことがある。2022年になると、上記の池でも周囲の植生がようやく復活し、適度な日陰ができたためか、本種も復活した(下写真)。
2022年の夏には、下写真のワンド水際で、大量のコチビミズムシとともに本種もたくさん見つかった。
自宅近くの河川敷では、何回かの増水を経て2022年に新しく小さな池(下写真)ができ、そこにいつの間にか本種が大量に棲み付いていた。冬に見に行くと本種の幼虫もたくさん見つかった。幼虫はアオミドロを喰うらしい。
2023年の春先の夜にその新池を見に行くと、成虫たちが水から出て、石の上で静止しているのが見られた(下写真)。これからどこかに飛んでいきそうな雰囲気だったが、どういう生態だろうか?
以上のように、相模川では、場所を問わなければ、本種をほぼ一年中見つけることができる。毎回同じ場所で見られるとは限らず、必要に応じて集団で移動してるように見える。本種の発生の季節的消長を調べたら面白そうだが、最近は蛾の調査の方で忙しく、まだ手を付けられていない。
個人的に、本種の生態に謎がある。相模川のすぐ西側に、中津川という川があり、厚木市内で相模川に合流している。中津川は相模川よりは規模が小さいが、小川と呼べるほど小さくもない。河川敷が広く、それなりに大きな川である。不思議なのが、相模川に普通にいるクビボソコガシラミズムシが、中津川では全く見つからないのである。本種だけでなく、キベリマメゲンゴロウについても同じ現象がある。相模川同様、河川敷の池やワンドはあちこちにあるのだが、夜に見に行っても、見たことがあるのはコモンシジミガムシやチビゲンゴロウ、マメゲンゴロウ、モンキマメゲンゴロウなどばかりで、上記2種を中津川で見たことがない。過去の記録を調べても、上記2種は相模川の支流では記録されていないようである。小松貴さんの著書「絶滅危惧の地味な虫たち ──失われる自然を求めて」によると、キベリマメゲンゴロウは環境にうるさく、水がキレイ過ぎる川には生息しないらしい。確かに中津川は相模川と比べても異様なほど清冽なので、その辺が関係しているのだろうか。中津川ではまだ本気で調査したことがないので、今後の課題。
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