<対談>誇りと信頼が繋がって生まれる、地域を彩る野菜と料理 信州ゆめクジラ農園 古田 俊さん × 明神館 統括総料理長 田邉 真宏さん
信州ゆめクジラ農園で、幅広く西洋野菜の栽培に取り組む古田俊さん(写真左)。今回の企画を持ちかけたところ、「それならば、この方とお話ししたい」とご紹介いただいたのが、松本を代表する明神館(扉グループ)統括総料理長の田邊真宏シェフ(写真右)。出会いから2年。それぞれのフィールドで腕を磨き合うおふたりに、野菜について対談していただきました。
きっかけは“めずらしい野菜”たち
古田:最初、シェフから連絡いただいたんですよね?「めずらしい野菜作ってるね」っていう感じで。
田邊:そうですね、2年くらい前ですね。お世話になっている銀行から紹介してもらったんです。日本ではめずらしいイタリア野菜を作っていて興味を持ちました。
古田:あの時はラディッキオ・タルティーボでしたね。ゆめクジラがこだわっている野菜のひとつで、今年もまた8月に種を撒きます。
田邊:そもそもめずらしい野菜ですけど、作り方も他とちょっと違いますもんね。
古田:そうですね。寒さ(霜)に当てると中心に綺麗な赤が出始めるので、冬目前というところで水耕栽培に切り替えるんですけど。うちでは昔鯉の養殖をやっていた池を借りて、湧き水を使って栽培しています。引き込み口に牡蠣殻を詰めて、天然のフィルターにしているのもこだわりです。
田邊:牡蠣殻?
古田:はい。殺菌効果だったり、ミネラルの補給だったり。赤色の出方は個体差が大きくて、とにかく手間と時間のかかる野菜です。
田邊:僕はまだ行ったことがないけれど、ネットに上がっていた動画、すごい場所に畑があるなと思いました。
古田:そうでしょ。光が当たるのもダメなので上からシートをかぶせて育てて。動画にした収穫は、12月から1月のすごく寒い時期でした。
田邊:こだわっているだけあって、完成したタルティーボは苦味のバランスが良いんです。美味しかったですよ。日本だとサラダに使われることが多いけど、バターを乗せてオーブン焼きもオススメ。まろやかな味と苦味がよく合います。
古田:本場ヨーロッパでの経験やマクロビオテックの知識とか、シェフは本当に野菜の美味しさを引き出す幅が凄くて。僕ら、めずらしい野菜を育てている分「これどうやって食べるの?」って聞かれることも多いんだけれど、“食”の部分でわからないことはシェフに教わってばかりです。
環境を活かし地域の循環を考える
田邊:僕は普段から、時間を作って生産者さんを訪ねるんですが、ゆめクジラに行って感じたのはまず品種の多さ。ズッキーニだけで、何種類でしたっけ?
古田:ズッキーニは今、9種類ですね。
田邊:ね、すごいでしょ。こうなってくると、「またおもしろい野菜作ってくれるかな」という期待も出てきます。あと別の取材でお話しを聞いたとき、土への熱心さに驚きました。
古田:野菜を作る以上、僕らはどうしても土を痛めてしまうんです。科学肥料を使い続けるとどんどん痩せていって、最終的には産業廃棄物にしてしまうこともあるんです。
田邊:土が廃棄物になってしまうってすごい話ですね。
古田:そうなんです。それだともう、畑を次の世代につないでいくこともできなくなってしまう。ゆめクジラでは今、100%安曇野産の植物堆肥を混ぜて、そうした負担の軽減も図っています。山奥から軽トラ何台分も落ち葉を集めてきて、籾殻や米糠、近所のジュース工場で出る地元リンゴの搾りカスを混ぜて、時間を置いて。大きく言うと「環境保全型の農業」というやつです。
田邊:大切ですよね。「次の世代へ残し伝えていきたい」という思いはレストランも一緒です。ヒカリヤは歴史ある場所で、長野のベンチマークとして飲食店をやらせてもらっているので、お伝えできるように地域を知っておきたいと思っています。「もうすぐ一面真っ白な雪の下から山菜でてくるんです」とかそういう情報って、料理と一緒に伝えることで、地域にリピーターやファンを生むんです。
目に見えない価値を共につくる
古田:シェフは畑に来ると必ず、野菜だけじゃなく、キュウリの花やクルンっとした茎の部分、トマトの枝やその辺の草、なんでも口にしていかれるんです。「これも料理として必要な要素だ」って。
田邊:田舎に当たり前にある自然こそ日本の魅力であり、資産なんです。今、フレンチは特に海外の人が日本のもの興味を持っていて、どくだみとか笹とか、紅葉、山椒、クロモジもそうです。
古田:クロモジってゆめクジラの辺りでは結構自生していて、珍しくもない木のひとつなんですけど、シェフと一緒に採りに行ったことありましたね。あれ、どうなったんですか?
田邊:香りがいいので漬けてオイルにしました。地域とか野菜とか、なんでもそうだと思うんですが、一辺倒でしかものを見ない、聞かないのはもったいないですよね。古田さんとは見えないものをお互い大事にしているというか、同じ土地で暮らしている肌感覚を共有できている実感があります。目の前のこと、適当にやらないって大事です。
古田:嬉しいです。シェフは届けた野菜を必ず全部味見してくれるから、そんな機会与えられる農家って、なかなかないじゃないですか。
田邊:そのあたりの意識を変えないと、とも思うんですよね。僕からしたら、キャビアやフォアグラ、伊勢海老だろうがレタスだろうが、食材によって物の価値は変わらないんです。むしろ地域の生産物にフォーカスしないともったいない、と思っていて。「農家さんの思い」という目に見えない価値を作るには、僕ら(料理の)作り手が消費者を変える必要があるんです。だから野菜が主役のレストランを作っているんです。
本場では生産者と作り手のコミュニケーションはよくあって、僕の師もそういう人でした。生産者さんのとこに出かけて食事をして、話を聞いて一緒に過ごして。みんなとても謙虚で、地域に誇りがあるんです。
古田:シェフが現場に来てくれるって、僕らも本当に勉強になることばかりで。本当に、現場のストーリーを共有できる大切な存在です。
互いの技術と知識で最高の一皿を
古田:1回持ち込んで、追加注文がないときは「何かダメだったんだな」と、考えるようにしています。試して、また味見してもらっての繰り返し。
田邊:一生懸命作っているのがわかるんですよ、すごく。おいしいものもちゃんとあるからこそ、気になるところもあって。「ああもう言ってもダメだ」ってお互いに思ってしまうのは違うけれど、感じたことを伝えないのも違うと思っちゃうんですよね。
古田:もちろんです。ダメだった部分は受け止めて品質を高めていきたいと思いますね。「ここなら間違いない」っていう信頼をもらって、僕たちも自信が持てるように。
田邊:ぜひ。その先で素材以上に美味しく、どうお客さんに表現するか考えるのが、僕らの料理人の役割でもあるので。
目に見えない価値を野菜と料理に乗せ、思い出に残る一皿が生み出される。世界を見据えるおふたりの熱い思いに触れ、信州の野菜がまたちょっと好きになる。そんな貴重な時間でした。
プロフィール:
写真左:信州ゆめクジラ農園
西洋野菜農家 / 古田 俊
長野県安曇野市にある西洋野菜を中心とした季節の彩り野菜をレストラン向けに栽培している農業者集団”信州ゆめクジラ農園”で、レストランと農家を繋ぐ架け橋として、野菜の作付け計画と生産工程のずれを調整するペースメーカー的役割を務める。「お客さまに 思い出に残るひと皿を」がモットー。
https://yumekujira.jp/
写真右:明神館(扉グループ)
統括総料理長/田邉 真宏
栃木県出身。エコールキュリネール国立を卒業後、「オトワレストラン」音羽和紀氏に師事。その後、フランス・イタリアでの修業などを経て現職に。素材の持ち味を最大限に引き出すことを心がけており、生産者の思いをつなぐ野菜が主役のナチュラルフレンチ、食育や次世代育成などにも幅広く力を注いでいる。
http://www.tobira-group.com/myojinkan/spa/