見出し画像

空調


冷房が上手に使えない。

設定温度を27度で固定して過ごしていて、ちょうどいいときと悪いときがある。気温30度は同じだからクーラーの設定温度も同じでいいはずなのに、昨日と今日で体感が違う。温度を固定して楽しようとする自分が怠惰なのかな。またひとつ私の怠惰さがバレて、照れる。人前では恥ずかしがるけど、本音では全く恥ずかしいと思っていない。この甘えこそかっこいいー!と思っている。たぶん、この照れが単なるポーズだということも神はお見通しなので、もちろん私は許されない。かといって、許されるために祈ることもしないので、希望がない。望みを半分諦める。
勢い余って帰宅したときは、24度にして一気に冷まして、その緩急を楽しんだりする。(そうしないと、色々耐えられないときもあるから)ずっと24度は低いとわかっているので、ある程度部屋と私が冷めたら、途中で27度に上げて落ち着こうとする。でも、今度は冷房慣れして快適だった空調に凍え始めている。簡単には落ち着かない。ヌルい27度がゆっくり刺さる。
クーラーさんが冷たい空気を出してくれるおかげで、私たちが夏を生きていけるという事実があることは十分わかっています。だからといって、快適になるにも必ずといっていいほど試練が付属してくる、いらない付録。


テレビが好きなのでテレビを見ていると、隙間ですき家のcmが流れた。石原さとみが田舎の実家みたいな場所で姪っ子と牛丼を食べている。このcmで流れる音楽が気になって、良い曲〜〜誰が歌っているんだろうと思って調べたら、眞名子新の「網戸」という曲だった。
これ!良い曲なので、ぜひ!全人類に聴いてほしい。眞名子新の他の曲も良かったから、他も聴いてほしい。(例えば、「月の兵士」「ライリーストーン」)

むさ苦しさが一蹴するような出来事ってなかなか起きるものじゃないけど、「良い曲ー!見つけて嬉しい☺️」って思うことくらい小さなことが、実は大きなチャンスになってる。いつか大きくひび割れることをイメージして、1日1回だけトンカチ🔨で叩く。上手く叩くことや、叩き続けることを目的とすると、どんな変化も見逃さないことが目標。まめまめしくも、大胆さもある感じで、どっちも掴む。


網戸を通る風。吹き抜けてほしいのに、動いてくれない。なんてもんやりした生ぬるい空気。
そんな係留中、ぼーっとすることしかできなくてテレビを見ていたら好きな音楽に出会った。いつだってこういうのが私を変えてくれる。そうそう、そうなんだよなぁ。

それにしてもあつ!夏!



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?