インターネットと女子中学生

今年はなるべく色々やってみようかなーと思ってとりあえずskebの使用頻度を増やしてみています。
と言うのも、Twitterのサードパーティクライアント締め出しでイマイチ手になじまない公式アプリの使用を強制されてしまったのでツイートの頻度が減ることが予想され、外部サービスにある程度記録を残すようにしておきたいと思った……というのが後付けの理由です。
実際には去年のまとめ記事があまりにも杜撰だったので、映画・イベント関係はその都度記録を付けたほうが忘れないし、年末になればそのまま記事として完成した形になるじゃん! 計算通り、完璧~と思ったのがきっかけです。まぁ、今年一年ちゃんと続けられるかはわかりませんが……月一の記事も去年は春まで持たなかったので……

↑ここまで書いたあとに「そうは言ったが特に書きたいことも思い浮かばんな…」となって放置していたら、その間にツイで凍結騒ぎが起きたので、自分は凍結しなかったけれど複数のメディアで情報を発信できるようにしておくのはそれなりに重要なのかなぁと思いました(感想)

本題

個別記事を作るなら普段のツイと同じことを書き立てても意味無いなぁと思い、なら普段Twitterで呟かないことって何だろう…と考えて気付いたんですが、僕が普段呟かない内容はつまり僕が人に喋りたくない話なんだろうと思う。自分の内面を人に曝け出す、みたいなことがとても苦手なので。

小学生の頃、兄から「お前は親の顔色を伺って振る舞ってる」と言われて、自分は全くそんな気は無かったので何言ってんだクソがと正直思っていたけれど、まぁ少なくとも兄から見たら当時から片鱗があったのだろう。
小・中学生あたりまでは(自分の主観では)それなりに社交的な子供だったと記憶しているが、高校3年間で完全にメインストリームから外れ、卒業時に自分から友達と呼べるような相手は2〜3人。どうしてそうなった? と振り返ってみて思い当たるのは、萌えオタに染まり出したのがこの時期だな…ということ。そこから段階を追って”そういうの”はこのコミュニティにおいて歓迎されないことに気付き、それ以降は縮こまっていくばかりの日々。今では実名SNSでオタクを公言し、フルグラT着て痛車に乗り…みたいなオープンな振る舞いも社会にある程度許容されてる雰囲気だけれど、当時の実感は煙たがられる存在だったので…
そんな中で生き抜くために、自分が本当に好きなものは決して明かさずに適当なことを言ってヘラヘラしながらやり過ごすスタイルを身につけたんですが、いかんせん生き方が固まってくる10代の終わりにそんなことをしてたせいで壁を作って生活するのが当たり前になってしまって、今になっても本音で人と接する方法が全くわからない。好きなものの話をするにも、隠すのに慣れ過ぎて言語化して人に伝えるみたいな工程が一切出来なくなっていて他人にアピール出来ない。伝える気が無いところから喋っても魅力的に伝わらないのはまぁ当然だろうな…
しかし悲しいことに、この壁作りまくりの性格がTwitterにハマるには相性が良かったらしい。
たしかシェルノにTwitter連携機能が付いてたのがTwitterのアカウント作ったきっかけだったと記憶してるが、結局交流とかは特にしていなかった……そもそも序盤でドロップアウトしてしまっていたので……それでもツイ自体はその時々やってることの話などボチボチしながら今まで続いている。というのも、TwitterというやつはRTといいね(昔はふぁぼだったね、懐かしいね)して、その後に肯定なり否定なりをちょいと喋ればそれだけで一丁前に意見を述べたような気分になれるのだ。これは自分みたいな主体性ゼロ・ヒューマンにとっては非常に快適で癖になる。やってることは客観的に見るとペルソナ3以降で毎回描写される愚昧な民衆と大差無い自覚はあるんだがまぁ止められない。聖杯に導かれたい気持ちが無いとは口が裂けても言えない駄目人間である。今これを書いてるのがせめてもの抵抗に……なるか?どうだろう?

なので、どれだけ環境が劣悪になってもたぶんTwitterは止められそうにない。今の交友関係の大部分がTwitterきっかけで構築されてるのもあって、何だかんだ自分にとってライフラインのひとつになっている気がする。むしろ地元の交友関係は九割九分縁が切れており、大学時代の友人も割と物理的距離が空いてるのに加え大半が結婚して精神的距離が生じて遊びなどには誘い辛くなっている現状なので、Twitterが無かったら仕事以外で全く人と関わらずに年がら年中独りで過ごし、やがては自分の形も判らなくなって不定形の未確認生物になっていただろう。
しかしTwitterで安易に友達を作るのは危険である。Twitterに限らずSNS上の友人とリアルで交流を持つことは様々なリスクを伴っており、あまり推奨される行為ではない。幸い僕には今まで特に問題は起きなかったが、もしも会う約束をしたフォロワーが実は女子中学生であったら事案扱いになることは避け難いだろう。フォロワーが女子中学生ではなかったことに感謝したい。だが油断してはいけない。今後会うフォロワーが女子中学生ではない保証はどこにも無いし、過去に会ったフォロワーが次に会う時には女子中学生になっているかもしれない。これを読んでいる貴方も、くれぐれも気をつけてほしい。
明日の朝目を覚ました時、自分が女子中学生になっていない保証はどこにも無いのだ。


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