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あえて逃げるなと言おう。

20歳の頃に失踪してみて思ったこと。

最近は「辛かったら逃げよう」と色々な所で目にする。

私はこれにいつも違和感を覚えている。

戦わずに逃げるとどうなるか

みんな知っていて、こういうことを言っているのかと。

☆☆☆☆☆

失踪後、少しの間本当にホームレスのような生活をした時期があった。

車の中で車中生活。お風呂はラブホテルの休憩を利用したが

せいぜい2日に1回。

保証人がおらず家を借りることができないし

当時は漫画喫茶もなくウィークリーマンションくらいしか選択肢がなかったのだが

入る時に10万単位のまとまったお金が必要だったため

日払いでキャバクラで働き、パートナーは倉庫で働きお金を貯めているところだった。

その時に出会った、キャバクラ仲間のAちゃんとの話。

☆☆☆☆☆

Aちゃんは、大学の学費を貯めるために働いていた。

家は裕福なものの両親ともに子供に関心がないため

学費の面倒を見るのを嫌がる。だから自分で働いて

教材などいろいろ工面しているんだと言っていた。

聞いたのはこのくらい。

この世界には、いろいろな人がいる。

根掘り葉掘り聞くのは野暮なのだ。

お互い本名は明かさず、源氏名で呼び合っていたが

親に苦労する同士で通じ合うものが多かったのか

すぐに仲良くなった。

☆☆☆☆☆

店が終わるのは午前2時。清算や着替えなどして店を出るのが午前3時くらい。

仲間のもう一人、Kちゃんがふいに

「海にいかない?私今日、車で来たから乗せるよ!」と誘った。

季節は初夏。きっと気持ちいいだろう。

Aちゃんも「いいね!行こう!」とノリノリ。

たまにはいいか、と私も誘いに乗ることにした。

☆☆☆☆☆

途中、Aちゃんが「どうしても一回、家に行かなきゃならないので寄ってほしい」と言うので

一旦寄ることにした。

Aちゃんの道案内で閑静な住宅街に入る。

「ここだから、ちょっと止まって」と指さしたのは

広い庭のある、レンガ造りの豪邸だった。

話には聞いていたけど、想像のはるか上の大豪邸だった。

そんな家の子が、キャバクラで働くなんて

私とKちゃんは、黙って顔を見合わせたが

思いは同じだったのだろう。

Aちゃんの告白

しばらく走って、海についた。

もう、周りは明るくて

波がキラキラして見えた。サーファーの姿もちらほら見えている。

Kちゃんは、ナンパしてきた人と楽しそうに話していたので

私とAちゃんは砂浜に腰をかけて、ただ風に吹かれていた。

「自由でいいね」とAちゃんに話しかけると

「自由って一口に言ってもさ

自分で選んで得た自由と

勝手に与えられた自由って、全然違うもんだよ」

と予想外な答えが返ってきた。

反応に困る私に気付かないのか

Aちゃんは話を続けた。

「私は、勝手に自由を与えられて困ったよ。親は勝手に私を産んだくせに

何にもしない。親との記憶より、家政婦さんとの記憶ばっかり」

「お金だけ渡すの。しかも気まぐれで。自由に使えって言われても

何に?って思う。私は何も知らないのに」

「自由なようで気持ちは自由じゃないの。不思議。私、お金だけで育つような機械みたいで。だから、人間らしくなりたいからキャバクラで勉強してるんだ。喜怒哀楽、愛と憎しみ、いろいろ詰まってるのはやっぱりこういうとこだろうと思って」

確かに。

私はAちゃんと真逆で縛り付けられて育ってきた。考え方を変えれば「箱入り娘」。箱というよりは厳重な鉄製の金庫の中で育てられたようなものなので、夜の世界特有の感情の動きの濃さは、とても新鮮に映っていたのだ。

更にAちゃんは続ける。

世の中みんな自由は素晴らしいなんていう。

でも、自由にも種類があることなんて誰も言わない。

人に誇れるのは、自分で勝ち取った自由だけだっていうことも。

戦え。一度でいいから。

Kちゃんが戻ってきたので

みんなでハンバーガーを食べ

プリクラを撮り

ぶらぶらと砂浜を散歩したり

波打ち際で遊んだり。

また座って三人で他愛のない話をしていると

今度は私の話になった。

解放感からか、親から逃げたことや逃げるに至った経緯も

話した。

二人とも、多分いろいろ明かせないことがあるんだろうなと

察してはいたという。

そこで、Aちゃんから思いがけない一言が。

「一度でも、戦ってみたらいいのに」と。

私ちゃんの親って、手段はやばいけど打てば返ってくるじゃん。

それなのに逃げちゃうのって悔しくない?

敵前逃亡と同じだよ。戦ってやっぱり無理だったら

また逃げたっていいじゃん。

戦って負けて勉強しないと

何も変わらないと思うし、私からすると

もったいないな、って思うの。

☆☆☆☆☆

先ほどの話もあったからだろうか

Aちゃんの言葉が、胸に沁みていた。

戦うとか、ぶつかってみるとか

そんなこと考えたこともなかった。

私にとって親の言うことは絶対だったけど

勝手にそう思い込んでいたのは自分だし

そうさせたのも、もしかしたら自分なのかもしれない。

この日を境に少しづつ、考え方が変わっていったような気がする。

その後

ウィークリーマンションに無事入居し

いつもと同じ日常を繰り返した。

朝方に帰宅して

眠って

また夕方起きて、仕事に行って。

早めに店に行くと、中国人のボーイさんが

いつもご飯を食べさせてくれた。

風邪をひいたといえば、漢方薬を準備してくれたり

片言の日本語で「きょうはげんきか?」と

毎日気遣ってくれた。

そんな優しい時間もある一方で

客を取った取られた

あの店のマネージャーが売り上げを持ち逃げして飛んだとか

ボーイが女の子に手を付けたとか

そんな話も容赦なく聞こえてくる。

にぎやかで騒々しい。

一緒になって笑ったり怒ったり

感情を出すことは苦手にしていたのに

色んな波に揉まれて少しずつ上手になった。

しつこい客を上手くかわせるようになった。

だんだん「人間」に近づいていたような気がしていた一方で

私は、これでいいのだろうか。と

もやもやした気持ちがどんどん膨れ上がってきていた。

発酵中のパンのように

膨らんでガス抜きして、またこねて。

でも私は、成形する術を知らない。

膨らませてこねるだけ。

なんにもならないことを繰り返すだけ。

わたしは、こういう風になりたかったのか?

限界

だんだん、限界が近づいていた。

家出した当時は少しふっくらした体型だったのに

この時は30キロ台まで体重が落ちていた。

身体も精神も限界に近づいていたように思う。

時折高熱が出るようになっていたけれど

保険証もなく、病院にかかることすらできない。

熱でぼんやりしながら

甲子園を見ていた。

横浜高校。松坂投手が奮闘していた。

苦しい中で見せる笑顔がまぶしすぎた。

逃げない、戦う、頑張る。でも怖い。あなたのようにはなれない。

私はうわごとのようにつぶやいていたのを覚えている。

秋になって、高熱を出す頻度が増えていき

色々な人と相談した結果

一旦地元へ戻った方がいいということになった。

「ダメなら帰ってこい」とオーナーがポケットマネーでお金を包んでくれた。

よくしてくれた中国人のボーイさんは、私の手を握って静かに泣いた。

最後の出勤日

Aちゃんは「じゃあね。元気でね」と

いつものように微笑んでいた。

もう会うことはないとお互いわかっていたけど

本名も知らないままで

連絡先も交換せずにさよならをした。

「あなたはここにいるべきではない」と

言われている気がした。

最後に

辛かったら逃げる。

それは本当に良いことなのだろうかと

20年以上たった今も、振り返って考えることがある。

特に育児に関しては

逃げたいことの連続だけれど

そのようなわけにいかない。

私の言動で、子供たちの未来が変わるといっても過言ではない世の中だから

狭いところで必死にしがみつくしかない。

でも、私は、それがさほど苦痛でもないのだ。

「どん底を経験しているから」というわけではなく

「自分は戦っている」と思えるからなんだと思っている。

自分の大事なものを守るため。

自分の暮らしを守るため。

☆☆☆☆☆

あの時の私は、ただ辛いことに背を向けて

尻尾を巻いて逃げ出したに過ぎない。

ただ自分がかわいくて

間違った自分探しをしたに過ぎなかったのだと思っている。

その結果

自分を傷つけ、周りも傷つけ

信頼も失った。

結局、あれだけ追い求めた「自分」という存在を

汚すだけ汚して終わったのだ。

そんなバカみたいな経験だけど

私の心の中では

キラキラした宝物でもある。

☆☆☆☆☆

いまでも苦しくなった時に

あの湘南の海とAちゃんを思い出す。

艶のある黒髪をいつもきれいにセットして

人形のような佇まい。

背筋をいつもピンと伸ばしていて

ピンヒールを履いて

まるでモデルのように歩く。

思い出の中の彼女が私を見つめて語り掛ける。

「一度でも戦って」と。

☆☆☆☆☆

戦うって、本当はそんなに難しいことではないのだと気づいたのは

つい最近のことだ。

大事なのは自分の軸をしっかり持つこと。

これだけは守るんだと決めたら

それを貫くために

周りに上手に流されていくこと。

流されるのはただの「手段」であること。

戦うのは「周り」とではなく「自分の弱さ」とだということ。

「心を尽くして知恵に近づき

力を尽くして知恵の道を歩み続けよ。

足跡を追って、知恵を探せ。

そうすれば知恵が見つかるだろう。

しっかり掴んだら、それを手放すな。」

これは、聖書のシラ書の一節だけれど

全くこの通りに

足跡を追って探した私の「知恵」

あとは、力を尽くして歩むのみ。













































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