コストと信頼

僕が常日頃人間関係の構築で意識していることのひとつに、「コストの恩返し戦略」がある。どういうことかといえば、自分が誰かにコストを投資してもらった時、その人物に自分も同程度かそれ以上のコストを返礼するという戦略である。言ってみれば旅行のおみやげや何らかの贈り物をもらったから同程度の贈り物をするだけのことではある。ただ、おみやげやら贈り物以外でも明確に意識してコストの恩返しをしよう、コストの見積もりをしようという話で、僕はそれが長期的な信頼関係の構築に非常に重要だと考えている。

たとえば家庭内でいえば、僕は自分の奥様に名字を変更してもらったのだが、これは明確に「夫婦ふたりに発生したイベント」であり「僕のコストを肩代わりしてもらっている」状態だ。その事務手続きは奥様しか知らないことも多いので、僕が作業を担当することもできない。名字変更に伴う精神的な苦痛や喪失感(コスト)も発生するだろう。そこで、僕は名字変更手数料および精神的な苦痛&喪失感にたいする返礼品として50万円支払うことを提案した(我が家は個別資産である。本当は100万ぐらい払いたかったけど僕も無限の富があるわけではない)。話し合いのすえ、結局50万円ではなくある物を購入することで代替とした(プライベートのことなので書かない)。

たとえば副業で家庭教師業をやっていた時は、生徒に一方的に課題を出すことはしなかった。作文を書かせるなら僕も同じテーマで書いたし、本を読ませるなら僕も同じように最初から読んだ。こうした「相手になにかしてもらう」「相手が一方的にコストを負担している」ケースはけっこう多い。

妊娠・出産における男女のコストの不均衡

これは我が家の事例ではないが、家庭における妊娠・出産はこの「コストの不均衡」の最もわかりやすい事例だろう。よく妊娠期の恨みは一生の恨みというが、このコストの差を認識していないことによって信頼性にひびが入るのではないか。たとえば妊娠した場合、下記のように出産までで区切っても多大なコストが女性側にかかっている。

  1. 食事・飲み物の制限・管理コスト

  2. 食事・飲み物について何が安全で何がだめなのかを調べる調査コスト

  3. 出産に至るまでの体調変動、究極的には死亡リスク

  4. 行動によって流産などにつながる可能性があるので、行動に著しい制限がかかるコスト&何がよくて何がだめなのかを調べ続ける調査コスト

  5. 仕事をしていた場合はキャリアがそのタイミングで一回途絶するコスト

  6. 不安やストレスなどの精神的な苦痛コスト

病院選定・調査コストなども女性が担当する場合は女性側に一方的にかかるだろうし、これはほんの一部だろう。一方で男性側には、出産という夫婦共同事業にたいして、少なくとも身体的なコストはかからない(労働が出産のための資金稼ぎという観点に立つならばこれは身体的コストに含められるが)。

何を食べようが飲もうが子供には影響しないし、奥様の分の料理をしない場合は自分が食べるわけではないなら食事・飲み物について何が安全なのかなど調べる必要もない。体はかわらないから行動制限もかからない。ロジックとしては男性が飲み歩いていても赤子には特に影響がないが、ここでコストの不均衡が発生しているので、夫婦の信頼性を維持・構築していくためにはこれをできる限り均していく必要があるのではないか──と考える。

たとえば男性側が料理を全面的に担当し、食事・飲み物について調べ、食事まわりの情報収集のコストを担当するとか。女性側が食事・アルコール制限を受けている間、自分自身も同様の制限を課す(飲み会も禁止)など、それがどうしてもできないのならば出産一時金でも旅行券でも生活を楽にする機械でも女性側が欲するものでもなんでもいいから贈り物で代替するなど、「あなたが◯◯というコストを支払っていることを知っているし、気にかけているよ」というシグナリングをおくる必要があるのではないか。

ただ、重要なのはこの「コストがどれだけかかっているのか」というのが、両者ともに伝わっていないケースもあることだろう。たとえば男性側は女性側のコストを少なく見積もっている可能性もある。女性側が一日何時間も自分の食事についてであったり、流産の危険性についてなど調べて恐怖や不安に苛まれていたとしても(精神的コストを支払っている)、それに気がついていないか、大丈夫大丈夫と過小評価しているケースは容易に想像できる。逆に、男性側が仕事を続けるケースで、つらくて仕方がないけれど将来生まれてくる子どものためにがんばって仕事をしなければ……と苦しんでいるにもかかわらずそれを伝えていない/伝わっていないケースもあるだろう。

だから「どのようなコストがかかっているのか」の洗い出し・情報開示。およびコストの再調整を都度都度回していくのが信頼関係構築においては重要なのかもしれないな──と、最近妊娠時に夫に恨みを抱いている/妻から恨みを抱かれた人のブログを読んだりして思うのであった。もちろん、死亡リスクまでもを背負っている妊娠・出産期における女性のコストを完全に均すことは不可能なのだけど。

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