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バイエルン史上最強CF「ロベルト・レヴァンドフスキ」

バイエルン史上最強のCFは誰だ?
そう訊かれたらどう答えるだろうか。恐らく2択に絞られるだろうが、よほどの古参ファン出ない限り、ロベルト・レヴァンドフスキと答えるだろう。

1960年代後半、まだ人気も実力もなくドイツの一チームでしかなかったバイエルン。1970年代に、ブンデスリーガ3連覇やチャンピョンズカップ3連覇、ドイツ代表も欧州選手権とワールドカップ制覇を果たす。このドイツの黄金時代に点取り屋として活躍したのが、元祖バイエルン史上最強CFであるゲルト・ミュラーであった。驚異的な得点数から爆撃機と恐れられた彼は、バイエルン通算570得点(617試合)、ブンデスリーガ通算365得点(427試合)、ドイツ代表通算68得点(62試合、当時)、ワールドカップ通算14得点(13試合、当時)、ブンデスリーガ1シーズン40得点(当時)、クラブ1シーズン67得点(当時)、1シーズン85得点(当時)などの記録を残した。

そこから約半世紀が過ぎたが、バイエルンでゲルト・ミュラーに匹敵するほどのCFは現れなかった。
2000年以降のバイエルンCFは、シオバニ・エウベル、ロイ・マカーイ、ルカ・トーニ、マリオ・ゴメス、マリオ・マンジュキッチと優れた選手は多く居たものの、いずれも長くは続かず、世界的なCFを探し求めていた。特に2010年以降、ライバルチームであるバルセロナのメッシや、レアルマドリードのC・ロナウドといった、絶対的な得点源を持つチームが結果を残す時代となっていたのだ。

そこで目をつけたのが、同じドイツの最大のライバルであるボルシア・ドルトムントのエース、ロベルト・レヴァンドフスキであった。
彼を一躍有名にしたのは、12/13チャンピョンズリーグ準決勝・レアルマドリード戦1stレグ。
多くのサッカーファンが決勝クラシコを願う中、バイエルンがホームでバルセロナを4-0(2戦合計7-0)で粉砕。
ライバルに続けとばかりに翌日ドルトムントは、ホームにレアルマドリードを迎えた。ホームとはいえ、圧倒的な戦力を武器に11季ぶりの優勝を目指すレアルマドリードの下馬評は高く、ドルトムントの劣勢が予想された。しかしそれをレヴァンドフスキが跳ね除けた。
8分にレヴァンドフスキが先制したが、前半終了間際の43分にC・ロナウドに同点とされ、1-1で迎えた後半。レヴァンドフスキは50分、55分と続けざまにゴールを決めてハットトリックを達成。さらに66分にPKを決めて、CL準決勝史上初の1試合4得点を記録。4-1でのレアルマドリード撃破に大きく貢献した。2ndレグはラスト10分から2点を決められたものの、2戦合計4-3でバイエルンが待つ決勝へ進出。惜しくも決勝ではバイエルンに敗れ、ビックイヤー獲得とはならなかったものの、レヴァンドフスキの名は世界中に知ることとなる。

レアルマドリードを含め、世界中のビッククラブからのオファーがあったとされるレヴァンドフスキだが、1年ドルトムントでのプレーを続けてフリーでバイエルンへ加入することが決まる。国内のライバルへの移籍ということもあり、レヴァンドフスキは大きな批判を浴びた。

初年度はペップの戦術に対応しきれず、25得点にとどまったが、その後は7シーズン連続で40得点以上を記録。2010年代における得点数はメッシとC・ロナウドに続く第3位であった。

レヴァンドフスキのバイエルンでのハイライトは3つある。
1つ目は、15/16ブンデスリーガのヴォルフスブルク戦。0-1の劣勢で迎えたバイエルンは、後半開始と共にレヴァンドフスキを投入。
すると51分、52分、55分とわずか3分22秒でハットトリックを達成。さらに57分、60分にもゴールを決めて、わずか8分59秒で試合を0-1から5-1にひっくり返した。これには当時のペップが頭を抱えて驚く姿がカメラに撮られていた。
この試合で、「ブンデスリーガでの最速ハットトリック(3分22秒)」「最速4ゴール(5分42秒)」「最速5ゴール(8分59秒)」「途中出場選手の1試合最多ゴール」の4つがギネス世界記録に登録された。

ブンデスリーガでは圧倒的な成績を残したバイエルンとレヴァンドフスキ。しかしチャンピョンズリーグでは、苦杯を舐め続けた。特にレヴァンドフスキは大舞台で活躍できないと批判され、スペイン勢に敗れ続けることが続く。
2つ目のハイライトである、加入から5年が経った19/20シーズン。このシーズンは、コロナ禍で無観客試合や試合日程の大幅変更など変則的なシーズンとなった。それでもシーズン序盤にコヴァチが解任され、フリックが監督になるとバイエルンは波に乗り、特に年明けからは連勝を続けた。
チャンピョンズリーグでは、一発勝負となった準々決勝でバルセロナと対戦で、苦手なスペイン勢との対戦となった。しかしこの試合でもバイエルンは好調さを見せ、8-2という歴史的な勝利を飾る。準決勝のリオン戦を3-0で快勝し、決勝はエムバペやネイマールが率いるパリ・サンジェルマン。圧倒的な個に対してバイエルンは、変わらずハイプレスとショートカウンターを発動し続けて見事に1-0で撃破。決勝ではゴールを決められなかったものの、レヴァンドフスキは11試合で15ゴール6アシストという驚異的なスタッツを残した。またブンデスリーガとDFBポカールも制して、見事に3冠を達成。
シーズン47試合で55ゴール10アシスト。参加したすべての大会で優勝し、かつ得点王に輝いた。この年、バロンドールがコロナで中止されていなければ、間違いなくレヴァンドフスキが受賞したであろう。

3つ目のハイライトは20/21ブンデスリーガにおける、シーズン得点記録更新だろう。ゲルト・ミュラーが70/71シーズンに樹立した40得点は、半世紀にわたり破られることも迫られることもなかった。
レヴァンドフスキはシーズン序盤から得点を量産した。前半戦で22得点、さらに26節終了時点で35得点。残りの8試合で6得点であれば、誰もが達成できると信じた。
しかしサッカーの神様は甘くなかった。代表戦で怪我をして約1ヶ月の離脱。チャンピョンズリーグも準々決勝パリ・サンジェルマン戦を控える中であった。
レヴァンドフスキ無しでパリ戦を戦ったバイエルンは、圧倒的にチャンスを演出するも最後のフィニッシュが決まらない。1stレグはホームで、相手の3倍のゴール期待値を記録しながら2-3で敗れた。2ndレグもレヴァンドフスキはおらず、アウェーの地で1-0で勝利するも、アウェーゴール差での敗退が決まり連覇を逃した。悔しくもアウェーゴールルールは、この年限りで廃止された。
ブンデスリーガでもレヴァンドフスキは4試合を欠場した。それでも当初の予想を遥かに上回る早さで復帰したのである。絶望的と思われた記録更新にも、細いながら一筋の光が見えたのである。残る4試合で6ゴールを決めれば記録更新、レヴァンドフスキならひょっとしたら、という期待があった。
復帰戦で早速1ゴールを決めると、次の試合ではハットトリック。32節終了時点で39ゴールとなった。
そして迎えた33節フライブルク戦にて、ゲルト・ミュラーに並ぶ40ゴールを達成。ユニフォームを捲り上げると、そこには「4EVER  GERT」の文字が。バイエルンのレジェンドゲルト・ミュラーへのリスペクトを示した。その後、フリーでゴール前1mの距離から外すなどらしからぬプレーを見せたレヴァンドフスキ。それでもあと1試合で1ゴールを決めれば、記録更新となった。
最終節のアウクスブルク戦、すでに優勝を決めていたバイエルンはチーム一丸となってレヴァンドフスキにチャンスを供給する。しかしこの日のレヴァンドフスキは、いつものレヴァンドフスキではなかった。普段なら簡単に決めるチャンスを逃し続け、フラストレーションだけが溜まっていく。見ている観客も記録更新は不可能と思ったほどである。4-2とリードしたまま試合終了が近づく90分、レロイ・ザネがミドルシュートでゴールを狙う。キーパーがセーブ、しかしボールは前方に転がった。運命の悪戯か、それとも運命か、そこにはレヴァントフスキ。冷静に押し込んだレヴァンドフスキは、ユニフォームを脱いで喜んだ。
記録更新から2ヶ月後、ゲルト・ミュラーは天国へ旅立った。75歳であった。
アルツハイマー病に罹患して、長年にわたり闘病生活を送った末の出来事であった。それでも自身が持つ不滅と呼ばれたブンデスリーガシーズン得点記録を、レヴァントフスキが更新した直後に旅立つとは、果たして偶然なのか。当の本人は記録を更新されたことに関して、どう思っているのかは分からない。
ウッシー夫人はこう語った。「ゲルトは、自らが史上最強だなんてこと考えたことはありません。いつでも謙虚で、遠慮深く、控え目でした。これまで記録が破られなかったことを驚いていたんです。だから、記録を破られても受け入れて、そして一番に祝福したと思います。」

22/23シーズンをもってレヴァントフスキはバルセロナへ移籍した。本人が強い移籍希望を持っており、残留を望むバイエルン側とはかなりの軋轢があったと記憶している。当然バイエルンファンからは大きな批判も起きた。
それでもバイエルンでのホーム最終戦、ゴール裏のファンの前まで歩いて拍手を送った、レヴァントフスキの姿を忘れることはできない。涙を浮かべながら、ファンへの感謝が言葉なしにも伝わってきた。

お別れの仕方はあまり綺麗とは言えませんでしたが、ファンは決してレヴァントフスキがバイエルンで残した記録と記憶を忘れることはないでしょう。間違いなくバイエルン史上最高の選手の一人でした。
本当にバイエルンでバロンドールを取れなかったことだけが残念です。それでもバイエルンファンは分かっています。過去にリベリーやノイアーが取れなかった時点で、バロンドールには大した価値がないことを。私たちの中では、19/20と20/21シーズンの最優秀選手は、間違いなくレヴァントフスキです。
そして今後のバルセロナでのキャリアに精一杯の応援をし続けます。

個人成績

$$
\begin{array}{|c|c|c|c|c|c|c|c|c|c|c|c|c|c|c|} \hline
シーズン&年齢&所属チーム&リーグ&&カップ&&CL&&他&&合計&&代表&\\ \hline
&&&出場&G/A&出場&G/A&出場&G/A&出場&G/A&出場&G/A&出場&G/A\\ \hline
07/08&19&ズニチュ・プルシュクフ&32&21G1A&-&-&-&-&-&-&32&21G1A&-&-\\ \hline
08/09&20&レフ・ポズナン&30&14G6A&6&2G2A&-&-&12&4G3A&48&20G11A&9&3G2A\\ \hline
09/10&21&レフ・ポズナン&28&18G8A&1&-&-&-&5&3G&34&21G8A&14&3G2A\\ \hline
10/11&22&ボルシア・ドルトムント&33&8G3A&2&-&-&-&8&1G1A&43&9G4A&11&4G1A\\ \hline
11/12&23&ボルシア・ドルトムント&34&22G10A&6&7G&6&1G2A&1&-&47&30G12A&10&4G1A\\ \hline
12/13&24&ボルシア・ドルトムント&31&24G7A&4&1G4A&13&10G2A&1&1G&49&36G13A&9&2G3A\\ \hline
13/14&25&ボルシア・ドルトムント&33&20G10A&5&2G&9&6G3A&1&-&48&28G13A&7&2G\\ \hline
14/15&26&バイエルン・ミュンヘン&31&17G7A&5&2G1A&12&6G5A&1&-&49&25G13A&7&7G3A\\ \hline
15/16&27&バイエルン・ミュンヘン&32&30G5A&6&3G&12&9G1A&1&1A&51&42G7A&13&9G3A\\ \hline
16/17&28&バイエルン・ミュンヘン&33&30G6A&4&5G2A&9&8G1A&1&-&47&43G9A&6&11G\\ \hline
17/18&29&バイエルン・ミュンヘン&30&29G2A&6&6G1A&11&5G2A&1&1G&48&41G5A&11&9G2A\\ \hline
18/19&30&バイエルン・ミュンヘン&33&22G10A&5&7G3A&8&8G&1&3G&47&40G13A&8&2G2A\\ \hline
19/20&31&バイエルン・ミュンヘン&31&34G4A&5&6G&10&15G6A&1&-&47&55G10A&6&4G2A\\ \hline
20/21&32&バイエルン・ミュンヘン&29&41G7A&1&-&6&5G&4&2G2A&40&48G9A&10&8G2A\\ \hline
21/22&33&バイエルン・ミュンヘン&34&35G4A&1&-&10&13G3A&1&2G&46&50G7A&10&7G5A\\ \hline
22/23&34&バルセロナ&34&23G7A&3&2G&5&5G&4&3G1A&46&33G8A&10&3G3A\\ \hline
23/24&35&バルセロナ&35&19G8A&3&2G&9&3G1A&2&2G&49&26G9A&10&4G2A\\ \hline
24/25&36&バルセロナ&9&10G2A&&&2&2G&&&11&12G2A&2&1G1A\\ \hline
&&&552&417G107A&63&45G13A&122&96G26A&45&22G8A&783&580G154A&153&83G34A\\ \hline \end{array}
$$

獲得タイトル

チーム

$$
\begin{array}{|c|c|c|} \hline
エクストラクラサ&1&09/10\\ \hline
ブンデスリーガ&10&10/11,11/12,14/15,15/16,16/17\\ \hline
&&17/18,18/19,19/20,20/21,21/22\\ \hline
リーガ・エスパニョーラ&1&22/23\\ \hline
ポーランド・カップ&1&08/19\\ \hline
DFBポカール&4&11/12,15/16,18/19,19/20\\ \hline
ポーランド・スーパーカップ&1&2008\\ \hline
DFLスーパーカップ&6&2013,2016,2017,2018,2020,2021\\ \hline
スーペルコパ&1&22/23\\ \hline
UEFAチャンピオンズリーグ&1&19/20\\ \hline
UEFAスーパーカップ&1&2020\\ \hline
FIFAクラブワールドカップ&1&2020\\ \hline
\end{array}
$$

個人

$$
\begin{array}{|c|c|} \hline
06/07&ポーランド3部得点王(15G)\\ \hline
07/08&ポーランド2部得点王(21G)\\ \hline
09/10&エクストラクラサ得点王(18G)\\ \hline
11/12&DFBポカール得点王(7G)\\ \hline
13/14&ブンデスリーガ得点王(20G)\\ \hline
15/16&欧州選手権予選得点王(13G)\\ \hline
15/16&ブンデスリーガ得点王(30G)\\ \hline
16/17&ワールドカップ欧州予選得点王(16G)\\ \hline
16/17&DFBポカール得点王(5G)\\ \hline
17/18&ブンデスリーガ得点王(29G)\\ \hline
17/18&DFBポカール得点王(6G)\\ \hline
18/19&ブンデスリーガ得点王(22G)\\ \hline
18/19&DFBポカール得点王(7G)\\ \hline
19/20&ブンデスリーガ得点王(34G)\\ \hline
19/20&DFBポカール得点王(6G)\\ \hline
19/20&チャンピオンズリーグ得点王(15G)\\ \hline
20/21&ブンデスリーガ得点王(41G)\\ \hline
21/22&ブンデスリーガ得点王(35G)\\ \hline
22/23&リーガ・エスパニョーラ得点王(23G)\\ \hline
22/23&スーペルコパ得点王(2G)\\ \hline
\end{array}
$$

表彰

$$
\begin{array}{|c|c|} \hline
2011&ポーランド年間最優秀選手賞\\ \hline
2012&ポーランド年間最優秀選手賞\\ \hline
2013&ポーランド年間最優秀選手賞\\ \hline
2014&ポーランド年間最優秀選手賞\\ \hline
2015&ポーランド年間最優秀選手賞\\ \hline
2016&ポーランド年間最優秀選手賞\\ \hline
2017&ポーランド年間最優秀選手賞\\ \hline
2019&ポーランド年間最優秀選手賞\\ \hline
2020&ポーランド年間最優秀選手賞\\ \hline
2020&ドイツ年間最優秀選手賞\\ \hline
2020&ザ・ベストFIFA男子最優秀選手賞\\ \hline
2020&UEFA欧州最優秀選手賞\\ \hline
2021&ポーランド年間最優秀選手賞\\ \hline
2021&ドイツ年間最優秀選手賞\\ \hline
2021&ザ・ベストFIFA男子最優秀選手賞\\ \hline
2021&ストライカー・オブ・ザ・イヤー\\ \hline
2022&ゲルト・ミュラー・トロフィー\\ \hline
\end{array}
$$

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