長編小説が書けるまでの練習帳20
今日は、びっくりするくらい何もする気が起きないので、久しぶりに読書をした。
「くちびるに歌を」というタイトルのそれは、僕が衝動買いをしてから長らく読まずに寝床の横に転がっていた。
小説の舞台が、自分が中学生の時の母校らしく、興味があったのだ。読んでみると、色々な情景が頭に浮かんだ。なにしろ地元だ。空気の匂いまで覚えている。
僕は、高校一年の秋から病気を患い、学校に行かなくなったので、それより以前の記憶がほとんどない。母に「あんたはこうだったんよ」とか言われても全く思い出せないくらいに、全て蓋をしてしまっている。
しかし、小説を読み進めていると完全に忘れていた記憶が少しずつ甦ってきた。一番記憶に残っていたのは、ある女子生徒のことだ。
彼女とは、小学生の時から同じ学校だった。田舎だから小学校のメンバーは中学校にそのまま持ち上がる。それ自体珍しくもなかったし、特段仲が良いわけでもなかった。
当時の僕には、心から打ち解けた友と呼べる存在はいなかった。だから人に好かれることで、なんとか存在意義を見いだそうとしていた。
委員会の掛け持ちは6~7くらいだったと記憶している。みんなのやりたくないことをやれば、少しは好かれると思っていた。
それでも身体は1つ。限界というものはある。当然のように部活もしていたので、正直辛かった。それでもみんなに好かれたかったので頑張った。
ある日、いつものように委員会活動に奔走していた。教室に戻ると様子がおかしい。
「○○にばっかり仕事押し付けて、なんとも思わないの!?」
彼女が、クラスメイト全員を説教していた。僕は自分のために委員会活動を立候補していた。ただそれは誰が見てもオーバーワークだった。それを見ていられなかったのかもしれない。
人のために怒れる人がいるんだと思った。女の子だけどヒーローかと思った。
その後、特に仲良くなるわけでもなく、互いに卒業し、進学した。
真面目だった彼女は、夢であった高校教師となったことを母から聞いた。本当に良かったと思った。
僕らの中学時代、強烈な女性教師がいた。今では珍しいほどの熱血ぶりで、何度ビンタとゲンコツをもらったか分からない。それくらい1人ひとりの生徒と真っ正面から向き合う先生だった。おそらく彼女も、その先生のように熱血教師を演じているんだろうなとおもった。
彼女が教職についてから数年、福岡の博多駅で偶然、彼女と出会った。まるで別人のように弱々しい姿だった。翼のもがれた鳥のようだった。
詳しいことは知らない。ただ、彼女が教職を休職し、大学院へ進むらしいということを誰かから聞いた。
かつてのヒーローだった彼女に僕は何の言葉をかけることもできなかった。今、彼女がどうしているのか、何を考えているのか、生きているのか、死んでいるのかすら知らない。
ただ、僕の理想像の原点は間違いなく彼女だった。今はまだ遠いけど、いつか彼女のように人の苦しみを理解し、怒れる人になりたいと思う。