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Ryzenが存在しない世界線

 2017年に市場にリリースされ、CPU市場に多大な影響を与えたAMD社のRyzen。
 AMDの業績は赤字続きで2020年に倒産すると予想されていたが、株価は50倍以上に成長、時価総額ではインテルを追い越しました。現在では、サーバー分野やモバイル分野でのCPUのシェアを伸ばし、グラフィック分野でもNVIDIAに次ぐ勢力となっています。
 しかし、もしRyzenが登場しなかったらCPUやPCパーツの歴史はどのように変わっていたのでしょうか?

 今となっては完全に「歴史のIF」事案となってしまっていますが、実際Ryzenが存在しない世界線というのがかなり気になったので、真面目に考えてみました。

※当記事は筆者が個人的な想像で書いた内容になります。「有り得ない」「おかしい」という感想を持つかもしれないですが、あくまで一個人の記事ということでご理解ください。

「Ryzenが登場しない」というのは?

 これに関して、次の前提条件を加えます。

「Zenアーキテクチャを採用した製品が登場しない」

 Ryzenが登場しないというのは、Ryzenという名前のCPUが存在しないとも捉えられますが、言葉遊びのようになってしまうので、少なくともZenアーキテクチャ採用製品が登場しないものとして考えます。実際にこのような状況はあり得たのでしょうか?
 Zenがリリースされなくなる理由として、
 ①開発遅延
 ②設計上のトラブルに見舞われる
 ③製造で失敗する、

 などが考えられます。

 しかし、①開発は当時順調に進んでおり、②③設計や製造上の大きな失敗も特になかったため、Zenがリリースされない可能性は極めて低いと考えられます。このように、「Ryzenが登場しない」という世界線は可能性が低いと考えられますが、それだと話が終わってしまうため、今回はこのIFの世界を考えてみます

1. 他社により買収された世界線

 2015年頃のAMDは深刻な経営難に陥っており、2020年には倒産するという予測もありました。このような状況下でAMDの技術資源に目を付けたIT大手が、インテルに対抗するために買収するということが考えられます。

 買収するとしたらどこが買収するでしょうか?
 現実に買収が行われているわけではないので何とも言えないですが、もし挙げられるとしたら、AMDのGPUを採用しているApple、インテルとともに深い関係にあるMicrosoft、インテルと対立関係にあるNVIDIAあたりでしょうか。また、PlayStationなど組み込み向けの分野に目を向けると、ソニーなども候補として挙がります。

なぜ「消滅」ではなく「買収」なのか?

 実際、AMDが倒産により完全消滅する可能性は低いと考えています。なぜなら、かつてインテルを圧倒するほどの技術力をもっており、Ryzenが登場する2017年時点でも、省電力系のCPUやARM系の技術(K12)を持っており、買収するメリットはあったと考えられます。
 また、当時はインテル一強時代というのもあり、インテルに対抗したい企業があったため、何らかの形で買収に至る可能性が高いと考えられます。

2. GPU事業を強化した世界線

 まず、Zen以前のAMDのCPU、例えば当時のFXやAPUではインテルに対抗できないという前提で話を進めます。この場合、Zenアーキテクチャの開発が著しく遅延し、製品がリリースできなくなるという状況になります。前述のとおり、こうなる可能性は低いと考えられますが、それは無視して話を進めます。

NVIDIA涙目?

 このような状況では、AMDのPC向けCPU部門はもはや風前の灯火となり、組込み向けやローエンド市場で何とか生き残るという形になります。その一方で、CPU部門が縮小した分をGPU部門に投資するということも考えられます。もし、AMDがGPU部門を強化したらどのようになっていたのでしょうか?
 史実では、過去20年間の間、AMD(旧ATI)はNVIDIAの唯一のライバルとなっており、特に最近のRadeon RX 6000シリーズ以降は性能が高く、売り上げも好調です。もし、GPU分野によりリソースを割くことが可能になったら、ハードウェア面だけでなく、ソフトウェアの面での開発も進み、近年拡大している生成AIの分野でもシェアを獲得できていた可能性があります
 生成AIの分野では、NVIDIAが作った「CUDA」という壁によって、他社の参入が事実上阻害されていたという状況です。しかし、もしAMDが2017年の時点でCUDAに対抗できるプラットフォームを構築していれば、生成AIはNVIDIA一強ではなく多くの企業が争う群雄割拠状態となっていたと考えられます。

※最近はNVIDIA製品の値上がり・品薄や、AMDでも生成AIで十分なパフォーマンスが出ることから、徐々にシェアは伸ばしつつある

 現在、ハイエンドGPUは10万円オーバーが当たり前な、経済的に厳しい状況となっていますが、AMDとNVIDIAの性能競争がより激化することにより、もう少し価格が安くなっていたかもしれません。

最近はクラウド大手もAMDを使うようになったので、競争激化か?

3. x86からARMに移行する世界線

実際にあったARM系CPU

 現在AMDはIntelと同じx86系のCPUを開発し続けていますが、x86系ではなくARMプロセッサを開発していたという可能性があります。
 AMDは2014年のロードマップで「K12」というARM系CPUをロードマップに載せていました。ARMとx86を組み合わせたSkyBridgeというアーキテクチャも発表しており、もしかするとこれが製品化されていた可能性があります。

Apple Siliconに勝利できたか?

 ただし、それが成功したかどうかはまた別の話ですし、続いたとしても2020年にはApple Siliconという強力なライバルに対抗しなければならなくなります。それでも、かなり本気に開発していたのは事実で、もし開発を続けていればAppleの強敵となった可能性があります。
 事実、AMDはx86分野でインテルに性能面では十分対抗できており、これがx86ではなくARMで実現することにはなるのではないか、と考えられます。

ARMへ移行した場合の将来

 また、Jaguar、Pumaアーキテクチャなど省電力系のCPUでは、AMDも長い間競争力を持っていました。PC向けとしてはあまり売れませんでしたが、PlayStationやXBOXなど組み込み向けでは、CPUとGPUが統合されたAPUは電力効率が高く、広く採用されました。
 PlayStation 5ではRyzenの「Zen 2」アーキテクチャが採用されましたが、この世界線ではARM系の「K12」の系譜のアーキテクチャが採用されていました。ARMは分野によってx86系よりも電力効率が良いという研究結果もあるため、ARM版PS5は史実よりも高性能だったかもしれません。

※現にAMDはARMに全く縁がないというわけではなく、セキュリティコアに採用するなどARMと関わりはあります。ここで言う「ARMへの移行」とは、部分的にではなくCPUコアも含めて全面的にARMへ移行することを意味しています。

もしARMに移行していれば、Apple Silicon vs K12だったかも?
(インテルも参戦しそう)

AMDが抜けた後のx86 CPUはどうなるのか?

 今まで紹介した3つのパターンのすべてにおいて、AMDはx86系CPUから手を引く、もしくは大幅に事業規模を縮小することになります。これにより、x86系のCPUは史実ほど発展しなかったと考えられます。
 2017年にAMDがRyzenを投入して以降、Intelは常に1位であるために世代ごとにコア数や動作クロック周波数を増加させ、実質値下げによりCPUのコストパフォーマンスが年々改善しました。しかし、Ryzenがなければコア数やクロックを増やす意味が失われます

CPUのコア数は?

 史実では2018年には8~10コア、2023年には12~16コアが主流となっていますが、このIF世界では、多コアCPUが存在せず、ソフトウェアの最適化が進まなかったため、当時主流の4コア8スレッドがまだ主流となっています。2020年頃まで4コア8スレッドのCPUが主流となり、8コア以上のCPUは10万円近くなっていたと想像します。

 2021年にはインテルがハイブリッドアーキテクチャを導入し、コア数が大幅に増加しましたが、このIF世界では一般消費者向けで10コア以上のCPUをリリースする理由が薄いため、第14世代でも最高コア数が8に抑えられており、その価格は下手すると10万円以上になっていたのではないか、と考えます。
 また、ハイエンド分野においては、2017年にインテルのCore-Xが最大18コアとなり、2020年にはAMDのThreadripperで64コアまでリリースされていますが、Ryzenが存在しないことにより最大12~16コア程度に抑えられていたと考えられます。

7700Kは当時としては「速すぎた」が、今は物足りない

PC業界への影響

 そして、CPUの性能停滞は2020年代にかけても続き、高性能なゲーミングPCが人気になることにより売り上げが伸びたBTO PCは、衰退の一途をたどることとなります。CPUの性能が停滞し、PC業界が衰退することにより、VR、4K/8K、高フレッシュレート化などの動きも史実ほど進まず、技術革新が全般的に停滞してしまったと考えられます。

世界経済への影響

 PCはゲーミングよりも事務用が中心になり、その結果、性能競争よりも価格競争に移行していきます。はじめは中国が安価な半導体製品で売り上げを伸ばしますが、その後東南アジアやインドなどの人件費が安い地域が台頭するようになり、半導体産業に依存している韓国や台湾は特に経済的に苦境に陥ってしまうと考えられます。
 日本においても、TSMCなどに提供している最先端の半導体製造装置の売上が伸び悩み、半導体関連産業は衰退の一途を辿っていました。
 今思えば考えられないほどディストピアな状況ですが、そもそもRyzenが存在しなければそれが当たり前なので、悲観も絶望もないです。

※ARM分野で史実と同じような性能向上・競争激化が見られた場合には、このようにならない可能性もあります。

「新幹線不在仮定」との比較

 「○○不在仮定」といえば、山之内秀一郎氏の「新幹線がなかったら」というのがあります。これに「Ryzen不在仮定」を重ねたらどうなるでしょうか…

・東海道本線の列車は、当時はまだ航空機との運賃格差が大きかったから利用されていたが、これが縮まれば航空機に移行するだろう。
→PC向けx86 CPUは、当時はまだARMなどに比べて高性能だから利用されていたが、(x86 CPUの性能停滞によって)これが縮まればARMに移行するだろう。

・東海道新幹線の客を全て航空機で運ぶ場合、現状で世界一を誇る東京 - 札幌間の9倍もの客が、東京 - 大阪間に集中することになる。
→PC向けCPUがARMに取って代わられた場合、TSMCやサムスンなどのファウンドリに現在の2倍以上の需要が集中することとなる。その結果チップの著しい供給不足が発生し、PC・スマホ難民を生んでいただろう。

・バスで同様に全ての客を運ぶ場合、40人乗りなら10秒間隔に発車させなければならない。
→当時のインテルの技術・設計で64コアのThreadripperと同じ性能を出すには、クロック周波数を8GHz以上に上げなければならない。そのため、液体窒素冷却PCなどという冗談のようなPCが売られていたかもしれない。

・日本の高度経済成長は、不可能であったかもしれない。
→eSports、VTuberは史実ほど流行せず、再生・編集に高いPCスペックを要求する4Kカメラなどは業務用にとどまり売上は低迷した。
 半導体材料を製造する日本のメーカーの業績は低迷し、台湾や韓国は未だにアフリカ並みに貧しい発展途上の国だったかもしれない。

液体窒素冷却PCは本当に登場しましたね…

おわりに

 あくまで歴史のIFという空想上の話にはなりますが、実際にRyzenがなかったら本当にPC・コンピュータ分野は現実とかけ離れたものになっているのではないか?と思います。
 本記事の読者さんの中にもRyzenを使っている人はいると思いますし…

 この記事が面白かったら、YouTubeで動画化してくれてもいいです。

Ryzenがなければ、藤井聡太棋士は成長できなかったかも…

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