見出し画像

「Aperture Desk Job」がPortal 2の寂寥感を救った話

 去年「Aperture Desk Job」をプレイしてえらく感動しておきながらろくな感想も残さずにいた。なので書く。

 Aperture Desk Job自体はSteam Deckの販促用ゲームで、30分で遊び終えるごく短いものだ。もちろん触って楽しいし、ファン向けのちょっとした小ネタもあるが、ごく短いゲームだ。
 しかし、このゲームが私に与えた影響は大きい。希望を与えられたと言っても過言ではない。
 と言うのも、長年Portal 2に感じていたある寂しさが解消するかもしれない、そんな可能性を垣間見せられたからだ。



 Portalが一人称パズルの傑作であることは言うまでも無いことだと思う。私も当時熱狂させられた一人だ。
 訳も分からず行われる死と隣り合わせのテスト、謎の合成音声によるアナウンス、無人のオフィス……それら全てが人間を殺したくて殺したくて仕方がない典型的な悪のAI「GLaDOS」との対峙に集約するカタルシスに誰もがうならされたはずだ。
 Aperture Scienceから脱出したのもつかの間、瞬く間に主人公は連れ戻されてしまい物語はPortal 2へと続く。そこへきてValveはセール時アホみたいな値段で過去作を販売するので、もはや2を遊ばない理由が存在しない。私もPortalをプレイしてすぐ2を遊んだものだ。
 そしてPortal 2はPortalの続編に恥じない名作ぶりを見せた。アホで陽気な人格コアWheatlyくんとの出会い、復活したGLaDOSからの逃亡、驚くべき裏切りからのAperture Scienceの過去を知る旅。そしてGLaDOSとChellの関係性が大きく変わり、物語はChellの脱出で幕を閉じることになる。
 Valve、よくやった!

 よくやった!と言いながら、同時に私はどうしようもなく悲しかった。
 ChellがAperture Scienceから脱出するということは、もうChellという主人公が登場し得ないことを意味する。Chellが再び主人公になると言うことはPortal・Portal 2と同じ状況を繰り返すことに他ならず、そんなマンネリをあのValveが許すとは思えない(はたしてそれはHalf-Life: Alyxや後述のAperture Desk Jobが間接的に証明することとなった)。
 しかもGLaDOSとは疑似的な母子的関係にあることが判明したことでこの別れの悲しさがより際立つ。GLaDOSはAIで不死身だが、Chellは人間なのでいずれ老いて死ぬ運命にある。2人の別れは文字通り永遠だ。
 悪のAIから解放されるハッピーエンディングのはずなのに、タレット達のオペラが手向けであることに気づいて少なからず動揺した。エンディングソングの「Goodbye my only friend. Oh, did you think I meant you?」の強がりが何を意味するか理解した時、とうとう涙がこぼれてしまった。
 GLaDOSとChellの別れに感じる寂寥感。それはAtlasとP-bodyがChellに代わってテストを続けても、彼らが封印された巨大ドアの向こうに多くのテスト被験者を発見しても、そもそもこれがただのゲームである事実を振り返っても変わることはない。



 ところでしばし話は変わるが、実はPortal 2の時点でAperture ScienceのCEO、Cave Johnsonが機械にアップロードされて生き延びる案があったことはご存じだろうか。


 Tumblrに投稿されたある記事によると、ソースコードに含まれるゲーム本編で使用されなかった没データ内に、ケイブが加重キューブに転生するもその孤独な生に絶望した様子が描かれている。

画像1
タイトル:Cave Johnsonの「キューブ・シーン」 Portal2からカットされたセリフ

 記事内にはこの削除されたシーンの詳細が掲載されているが、海外のファンがゲーム内で再現した動画があるのでそちらを見た方が早いだろう。

 Caveの声はAI生成と思われるが、まるでゲーム本編を見ているような再現度だ。以下は動画の一部翻訳。

(ジャガイモ電池で動くGLaDOSと共にAperture Scienceの地下を探索するChell。不意にどこからか聞き覚えのある声がする)
???:おい、こっちだ!
???:私はCave Johnson、Aperture ScienceのCEOだ
Cave:この下だ!床だ。
(声のする場所に降りると場違いなキューブがある。キューブが喋りだす)
Cave:その通り!これぞ本当の私だ。私の全意識、永遠の、機械の中だ。

Portal 2 cut scene recreation - Cube Johnson - YouTube

 彼は加重キューブとしての生を終わらせてほしいと懇願し、プレイヤーはキューブに繋がれた電源ケーブルを抜くことで彼の哀れな人生を終わらせることができる(あるいはさっさとそこを立ち去ることもできるだろう……なんだかEpistle 3で語られるDr. Breenの末路みたいだ)。
 結果的にこのシーンを削除したのはValveの英断だったと言える。Cave Johnsonという魅力的なキャラクターはたった1作品だけ登場させてあっけなく死なせるにはあまりに惜しい。
 だから、Aperture Desk Jobでこのアイデアが再採用され、金属製のデカ頭と化したCaveに再会したことには驚きを感じ、同時にValveの開発陣に拍手を送りたくなった。地下深くで誰からも忘れ去られたCaveが、いつの日かGLaDOSに発見される可能性を残したからだ。GLaDOSは永遠に娘を失ったが、代わりに永遠に失われたはずのCaveを取り戻すことで悲しみを癒すことができるかもしれない。

 今後、Valveは最新デバイスやサービスをお披露目するとき、自社製とっておきコンテンツも併せて発表するだろう。その時こそAperture Scienceの新たな物語の1ページが刻まれる日、願わくばGLaDOSとCaveの再会の日になることを祈りたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?