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しくじり先生 フレル

下記の配信で完成したフレ虐小説の全編になります。
ご査収ください。
フレルかわいそう・・・。

本配信
https://youtu.be/RHorLLoAk24


いつも通り配信をしていたフレル。
しかし、そんな彼女に予期せぬ出来事が起きる。
それは・・・突然の『BAN』だった。
「えっ!?」
身に覚えのない規約違反ということだった。
その瞬間、見計らっていたかのようにコラボ相手の上野ハヤテが言う。
『あー、今日はもう終わりな!お疲れ!』
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
上野ハヤテは早々に配信を切り上げると、通話からも抜けてしまった。
唐突にBANされた自分のチャンネルを見て呆然とするフレル。
何度呼びかけても相手からの反応はない。
「うそ・・・なんで?どうして?」
『今日の配信はここまでです!また明日ね!』
ほかにコラボしていた配信者たちも次々と配信を終わらせていく。
その光景を見ながらフレルは頭の中で様々な思考が駆け巡っていた。
(どうしよう、どうしたらいいんだろ?)
そうしている間にもどんどんと配信をしている人たちが減っていき、ついに自分だけが通話に取り残される。
「ど、どうしてみんな急に切るの?私何か悪い事したかな?」
そう思いながら慌ててSNSを開いてみると、そこには自分のアカウントに対する罵倒や批判の言葉ばかり。
しかもそれだけではなく、『お前なんか消えてしまえ』『ゴミクズ女』などの誹謗中傷のコメントまでもが大量に書き込まれていた。
「ひっ!!」
あまりの量の多さに思わず悲鳴を上げてしまうフレル。
そしてそのまま彼女は椅子に座っている事も出来ず、床へと座り込んでしまった。
「い、嫌だ、こんなの見たくない!」
恐怖からかスマホを投げ捨てると震える手で必死にパソコンを操作する。
しかしその手もやがて力なく垂れ下がり、ついにはその場で気を失ってしまうのであった。


翌朝、フレルは冷たい床の上で目を覚ました。
いったいどれほど眠っていたのだろう…。
時間を確認する気力もない。外の暗さを見るに、夕方ごろだろうか。
フレルは昨日のことが夢だと信じて恐る恐るパソコンを開いた。
だがそこに映るのは変わらず罵声を浴びせかけるコメント欄のみ。
それを目にしてフレルは再び絶望に打ちひしがれてしまった。
「もうヤダ……誰か助けて……。」
泣き崩れる彼女の耳に扉の鍵を開ける音が聞こえる。
「あなたにお客さんよ。」
その声に反応した彼女が顔を上げると、そこには母親と一人の男性が立っていた。
母親はその人を部屋へ通すと、リビングへと戻っていった。
男の年齢は40代後半くらいだろうか、髪には白いものが混じり始めているものの背筋はピンっと伸びており、体格もいい。
おそらくどこかの会社の社長といったところだろう。
なぜそんな人がこの部屋に…?
「おはようございますフレルさん。」
「あなたは……。」
「初めまして、私はこういう者です。」
そう言って男は一枚の名刺を差し出す。
その名刺を見た瞬間、フレルの目が大きく開かれた。
「『株式会社 黒金プロモーション』……あ、あの有名な芸能事務所の社長さんですか!?」
「えぇ、といっても今はタレントも少ないのですがね。」
「でも凄いじゃないですか!そんな方が私を知っていてくれてるなんて!」
「まぁ、一応趣味で始めたようなものなのですがね。それよりフレルさん、体調の方はいかがでしょうか?」
「あっ、はい!大丈夫ですよ!心配してくれてありがとうございます!」
男の言葉を聞いて笑顔を見せるフレルだったが、内心では冷や汗を流していた。
(あれ?この人なんでこの家が分かったんだろう?しかも私が『Vtuber』だって知ってるよね?)
黒金プロモーションといえば、モデルの『レイラ・レウィント・レオン』が所属していたことで有名だ。
彼女はその業界のトップであり、その知名度はかなり高い。
だが、いったいどこで私の住所を知ったのだろう?
たとえ、私の配信で特定したとしても、そこまで有名な事務所の社長が個人で運営しているチャンネルにまで目を通しているとは考えにくいのだが……。
そんな事を考えているうちに男の話は進んでいく。
「実はですね、あなたのお陰でうちもだいぶ利益が上がったんですよ。」
「えっ?そうなんですか?」
「はい、特に先日の『上野ハヤテ』さんとのコラボの件が大きかったようです。あなたのおかげで登録者数も増え、収益化の条件を満たしたことで一気に人気が出ましたからね。」
「そうだったんですか……。」
「それで、どうでしょう?あなたもうちと契約しませんか?もちろん契約料は払いますよ」
「本当ですか!?」
「えぇ、それに今後は趣味の配信ではなく、ちゃんとした仕事としてやっていただきたいと思っています。その分収入は多くなりますよ。」
「わ、分かりました!よろしくお願いします!」
(やった!これで生活できるぞ!!)
嬉しさのあまり飛び上がって喜ぶフレル。
しかし、男が次に放った言葉によってその喜びはすぐに打ち消されてしまうことになる。
「ただ、条件がありまして……。」
「じょ、条件ですか……それは一体どんな?」
「なに、簡単なことですよ。今後一切コラボ配信をしないというだけです。」
「えっ!?そ、それだけなんですか?」
「はい、それが守れるなら毎月これだけ振り込みましょう。」
そう言って男は指を一本立てながら笑みを浮かべる。
その額を聞いた瞬間フレルの顔色が変わった。
「ここここれって!?」
「はい、今までの収益の3倍ほどになるはずです。」
「ささささんばい!?」
3倍の月収と言われて一瞬目が眩むフレルだったが、すぐに冷静になって考えてみる。
確かに魅力的な提案ではあるが、それを実行するならば一人でチャンネルを盛り上げていかねばならない。
しかも、私のチャンネルはBANされたばかりだ。どうやって3倍もの収益を出すのか・・・?
そしてこの事務所といえば、黒い噂があることでも有名だ。
だがしかし、極度の貧困にあえいでいたフレルは3倍にもなるという収益の魅力に勝てなかった。
なぜならチャンネルを失った今、稼ぎを得ることは難しい。
ここでこれを断れば間違いなく自分は路頭に迷うことになるだろう。
つまり選択肢はないに等しいのだ。
「わ、わかりました……やります……。」
「ふぅ……よかった。もし断られたらどうしようかと思ってましたよ。じゃあ早速契約を済ませてしまいましょうか。」
「はい……。」
「そうだ、せっかくですし契約書を書く前に少し話しておきましょう。私の名前は黒金光と言います。」
「く、くろかねこうさん……あの、失礼かもしれませんけどなぜ私の住所がわかったんですか…?」
「そんな些細な事今はどうでもいいじゃありませんか。それと、もっと気軽に話しかけてくれて構わないよ。これから長い付き合いになりそうだしね。」
「はぁ……。」
(うーん、本当に大丈夫なんだろうか?……なんだろ、うまく丸め込まれている気がする……。)
「じゃあ話を戻そうか。君はどうしてVtuberになったのか教えてくれるかな?」
「えっと……実は……。」


それからフレルは自分がなぜVtuberを始めたかを黒金光に話し始めた。
極度の貧困にあえいでいたこと。そして、先日の衝撃的な出来事の後の大量の誹謗中傷まで…。
普段自分のことをあまり話したがらないフレルだったが、彼はとても話しやすく、すべてを話してしまった。
最初は驚いた様子を見せていた彼であったが、話の途中からはその表情は真剣なものへと変わっていた。
「なるほど、君がそこまで追い詰められていたとは…思い出させて申し訳ない。」
「いえ、いいんです。こうして新しい人生が始まるわけですから。」
「それも君が頑張ったからだよ。ところで、話は変わるが一つ質問をしてもいいだろうか?」
「はい、なんでも聞いてください!」
「では遠慮なく。君は、この世界で何をしたいと思っているのかな?」
その問いに対してフレルが出した答えは……。
「私は、この世界で沢山の愛に触れたいと思っています!」
そう言ってフレルは満面の笑みを見せた。
その顔を見た黒金は、満足げな笑みを浮かべると椅子から立ち上がる。
「では、契約の準備を始めよう。まずは、うちが用意する住居に移動してもらう。そこで引っ越しなどの手続きを終わらせたら今後の活動について詳しく説明しよう。」
「はい!ありがとうございます!」
「ああ、こちらこそ感謝している。君のおかげでうちもだいぶ儲けることができた。本当に助かったよ」
そう言うと黒金は握手を求めてきた。
フレルはそれに応じるように手を差し出し、二人は固い握手を交わしたのだった。
「では、また後で会おう」
「はい!よろしくお願いします!」
そして部屋を出て行く男を見送るフレル。
一人残された彼女はその場で大きく伸びをするとリラックスした表情でディスコードを開いた。
今日は仲間がフレルを心配して、通話をしてくれるという予定だった。
先日、私を見捨てた仲間たちとは違って、皆本当に私を心配してくれている。
フレルは通話を開き、先ほどの話を仲間たちに話した。
皆、素直に喜んでくれたことが何より嬉しかった。
「どうにかまたこの世界に戻ってこれそうだよ。皆ただいま!」
『よかった…フレちゃんおかえり〜!』
『おっ、帰ってきたな。』
『大丈夫だった?』
『心配しましたわ〜。』
「うん!みんなありがと!!ようやく一歩踏み出せそう、って感じ。」
『私たちも一安心だよ。』
「……でもね、契約の条件で今度からコラボ配信ができなくなるの。」
『ふむ、寂しくなるな…。てかその事務所大丈夫なのか?そんな契約条件聞いたことねえけど…。』
『確かに…。まぁ、でもフレちゃんの新しい門出だし応援しないとね。』
『わたくし、応援してますわ!』
「うん!みんなありがと!!私頑張るね!」
そうして仲間たちとの楽しい通話はあっという間に終わってしまった。
しかし、フレルは確かな充足感を得ながら、ベッドへと潜り込む。

こうしてフレルは新たな道へ歩み始めることができた。
彼女の夢を叶えるためにも、これからの活動に期待である。
しかし、この時のフレルはまだ知らなかった。
この選択が彼女にとって大きな後悔に繋がるということを……。


「どうやら、うまくいったようだな」
「えぇ、これで計画通りです。」
「それにしても、まさかこんな女を利用するとは思いませんでしたね。」
「別にいいじゃないか。所詮は他人だ。」
「それもそうですね……。」
フレルの家から出てきた黒金光とその部下たちは、そんな会話をしながらその場を後にする。
彼らの目的はただ一つ。
フレルを利用した大金稼ぎの計画の成功であった。


~おまけ~

黒金光(くろかね こう)
年齢:37歳
身長:172cm
体重:70kg
黒金プロモーション 公式チャンネル 登録者数 28万人
Vtuberグループ アルパ・マリの生みの親。
マネージャーも兼任しており、フットワークが軽い。


激動の一日から約一週間後…。
フレルは用意してもらった住居へと移動するため、荷物をまとめていた。
「よし、これでいいよね。」
新しい生活が楽しみで仕方ない。
山のように届いていた誹謗中傷のことも忘れるくらいには。
「さて、そろそろ行かないと……」
その時だった。
インターホンが鳴る音が聞こえてくる。
(誰だろう?)
何か宅配便が届く予定もなかったはずだが……。
不思議に思ったフレルは玄関へ向かい、扉を開ける。
するとそこには一人の男が立っていた。
「こんにちは。君が黒金社長の言っていたVtuberのフレルさんかな?」
「はい、そうですが……。どちら様でしょうか?」
「ああ、失礼した。私はこういう者です。」
そう言って男は名刺を渡してきた。
その名刺を見て、フレルの顔色が変わる。
「……黒金プロモーションのマネージャーさんですか!?」
「はい。実は、黒金社長からの命でお迎えに上がりました。」
「そうだったんですね、わざわざありがとうございます。」
フレルは頭を下げた。
そして顔を上げ、男を見る。
背丈は高く、年齢は50代後半といったところだろうか。
無精髭を蓄えており、どこか強面な雰囲気を感じる。
「それでは、早速向かいましょうか。車を用意しています。」
「わかりました!」
フレルはさっそく車に乗り込んで、これからの生活に思いをはせる。
だが、この時彼女は気づかなかった。
自分がもう引き返せないほどに深みにハマってしまったことに。

こうして、フレルの新しい生活が始まった。
チャンネルがBANされて、食い扶持を全て失った彼女は、これからどうやって生きていこうかと悩んでいた。
今回のお話はまさに渡りに船だったのだ。
でも少し、虫が良すぎる気もする。
そんなことを考えているうちに、車は新しい住居へと到着する。
「うーん、ここならいいかもなあ。」
とあるアパートの一室で、フレルは大きな独り言を言う。
彼女がこれから住む場所は、以前住んでいた場所よりも防音面でグレードアップしていた。
「ちょっと手狭だけど、十分暮らせるしね。」
以前の住まいも決して壁が薄いわけではなかったが、流石にVtuberとして活動していく以上、もう少し防音のしっかりした部屋に住みたいと思っていた。
「それにしても、これからどうしよう……。」
フレルは今後のことについて考える。
まずは新しいチャンネルの開設だろうか。
いや、炎上した理由がわからないとはいえ、次はもっと慎重になるべきだろう。
まずはマネージャーさんに今後のことを確認しなければ。
そして、幸いなことに、今の彼女には僅かばかりではあるが貯金があった。
これを使えば、しばらくは耐えられるだろう。
「よし、決めた!とりあえずしばらくの間は、ここで大人しくしてよう。」
こうしてフレルは当面の間、事務所の指示に従い、このアパートで生活することを決めた。
新しいベッドに横たわりながらリラックスした気持ちで瞼を閉じる。
地獄の足音がすぐそこに迫っているというのに…。


あれから数日後、フレルは再び黒金光からの呼び出しを受ける。
今度は何だろう?
「こんにちは、フレルさん。本日は急なお呼び立てをして申し訳ありません。」
「いえ、大丈夫ですよ。それで今日は何のご用件でしょうか?」
「はい、実はですね……。」
光はそこで一度言葉を止める。
「実は、アルパ・マリの新メンバーを募集しておりまして……。」
「え……?」
「フレルさんのチャンネル登録者数は20万人を超えていました。その知名度はまだまだ高いものと思われます。ですので、これを機にアルパ・マリの第二期生としてデビューされませんか?」
「それはつまり、転生しろということですか……?」
光はゆっくりと首を縦に振る。
「もちろん無理強いするつもりはありません。ですが、今のままだと、あなたは一生日の目を見ることはないでしょう。」
光の目は真剣そのもので、冗談を言っているようには見えない。
「どうしてそこまで私を買ってくださるんですか?」
「正直な話をしますと、可能性を感じるから、としか言えませんね。」
「私が、ですか……?」
「はい。彼女もこう言っていましたよ。あなたには才能がある、と。」
「彼女って?」
「レイラ・レウィント・レオンです。」
スターの名前のおかげか、急に説得力が増した気がしてきた。
「もしよろしければ、こちらの契約書をお読みください。」
光は何枚もの紙を取り出して、テーブルの上に置く。
そこには細かい文字がびっしりと書かれていた。
「ちなみに、サインした後のキャンセルは受け付けておりませんのであしからず。」
そう言うと、光は立ち上がって帰ろうとする。
「あの、一つ質問いいですか?」
「なんでしょうか?」
「私をスカウトしたのは、上野ハヤテのためでもあるんですよね?」
「…………。」
「このスカウトは上野ハヤテとのコラボで起きた炎上が関係していますか?」
「理由は二つあります。一つは、新たなファン層を開拓するため。もう一つは、友人であるレイラ・レウィント・レオンがあなたの才能を認めたからです。」
光はそれだけ答えると、そのまま帰っていった。
残されたフレルはしばらく考えた後、書類を手に取る。
「まあ、もういいかな……。」
フレルは最初のほうの文字だけを目で追った後、諦めることにした。
「これで私の夢が叶うかもしれないんだもん!」
フレルが契約書に名前を書くためにペンを持った瞬間だった。
軽快なマリンバの音が電話の着信を告げている。
「誰だろ?こんな時に……。」
画面を見ると、そこに表示されていたのは玖月琉だった。
突然電話をかけてくるのは珍しい。
フレルは慌てながら電話に出た。
「玖月琉!?︎どうしたの?」
「ちょっと話がしたいと思って……。ダメだった?」
「全然大丈夫だよ!でもいきなりかけてくるなんて珍しいね。」
玖月琉はいつもならメッセージを送ってくるはずだ。
わざわざ電話をかけてきたということは、何か大事な話なのだろうか?
「うん、どうしても直接言いたいことがあったの。」
「え、何々?」
「落ち着いて聞いてほしいんだけど……。」
一体何の話だろう? まさか、また問題が起きたとかじゃないよね?
「私ね、アルパ・マリに勧誘されたの……。」
「えぇー!?︎」


「どういうこと?説明して!」
フレルはつい声を大きくしてしまった。
「実は、数日前に事務所の社長から連絡があって……。」
「黒金プロモーション……?」
「それでね、ぜひアルパ・マリのメンバーにならないかって言われたの……。第二期生として…。」
こんな偶然あるだろうか。
偶然ではないとして、社長はなぜ言ってくれなかったのか。
今はとにかく情報が必要だ。
「実は私もさっき勧誘されたの……。」
「そうなの?」
二人はお互いの事情を話し合う。
「それじゃあ、フレルと私は同時期にデビューするってこと?」
「なのかな……。」
「そっか……、それならどうして言ってくれなかったんだろう。」
「そうだね……、私にもわからないや。」
フレルは、光の言葉を思い出していた。
『彼女の友人であるレイラ・レウィント・レオンがあなたの才能を認めたからこそ、こうしてスカウトしているのです。』
(私が才能のある人間だっていったけど、玖月琉もそうってこと…?)
もしかしたら、勧誘する人全員に言っているのかもしれない。
しかし、そんなことを考えても答えが出るはずもなく、二人の会話はそこで途切れてしまった。
「ごめんね、急に電話かけちゃって。」
「ううん、大丈夫だよ。」
「お互い、また何か進捗があったら話し合おう。」
「そうだね。」
フレルは玖月琉との電話を切ると契約書にサインを書いた。
夢をつかむためのチケットは、二人分も用意されていないのだ。

ついに黒金プロモーションと正式に契約する日がやってきた。
契約書を提出し、新しいチャンネルを作る。
アルパ・マリの知名度のおかげでチャンネル登録者数も上々だ。
フレルの新しい人生は順風満帆なように思えた。
がしかし、ここで予想外の出来事が起きる。
それは、事務所から呼び出された時のことだ。
「今日からアルパ・マリに加入することになった子がいるからよろしく頼むよ。」
「アルパ・マリに……?」
「ほら、入ってきなさい。」
部屋に入ってきたのは、よく見知った女の子だった。
「玖月琉…?」
「彼女は君の同期になる玖月琉さん。」
「よろしくね、フレル。」
「う、うん……。」
フレルが困惑していると、光が話しかけてきた。
「同じ仲間なんだ。仲良くやりたまえ。」
「はい……。」
フレルは、今の状況が理解できなかった。
「それでは、今日の配信内容についてだが…。」
あまりにも突然で、状況がよく呑み込めない。
その日は配信に集中できず、ミスばかりだった。
そのせいか、なぜかチャンネル登録者数が伸び悩む。
さらに、収益化まではく奪されるという始末。
理由は、またもや身に覚えのない規約違反だった。
何かがおかしい。
一度の配信ミスでそんなに伸び悩むだろうか?
収益化まではく奪されることも意味が分からない。
事務所からは、そんな状況であるのに相変わらず以前の3倍の給料をもらえていた。
普通ではありえない。
玖月琉に相談しようと思ったのだが、彼女に無断で契約してしまったこともあり、相談しづらい。
結局、何もできないまま時間だけが過ぎていった。


ある日、そういえば玖月琉のチャンネル登録者数はどうなんだろう、と思ったフレルはその数を見て目をむいた。
なんと、急激に伸びている。
しかも伸び始めた時期は丁度私のチャンネル登録者数が伸び悩んだ時期だった。
わずかばかりの対抗心を燃やして、フレルは事務所に今後のことについて相談した。
しかし、煮え切らない回答ばかりで求めているサポートは全然得られない。
そして、とうとう決定的な事件が起きる。
それは、とある雑談配信中のことだった。
いつもの調子で喋っていると、事務所の社長である黒金光が現れた。
何事かと思っていると、配信をやめるように指示される。
「そ、それじゃあみなさん、おつふれ~!」
突然の配信終了にリスナーも困惑している様子だ。
「黒金さん、いったいどうしたんですか?」
「いや、今日はもうやめておいたほうがいいだろうと思ってね。」
なぜだろうか。リスナーもたくさん来てくれていて、決して悪い配信ではなかったはずなのに。
案の定、突然の配信終了にリスナーたちは、怒り心頭だった。
『ふざけんな!お前のせいで俺の貴重な時間が無駄になったぞ!』
『今まで楽しかったのに、こんな終わり方あんまりだろ……』
久しぶりに浴びる誹謗中傷に心が折れそうになる。
「黒金さん、どうして止めたんですか?」
「うーんそれは…。」
いまいち煮え切らない。
その態度に納得がいかず、はっきりと答えるように迫る。
すると、黒金光は少しだけ口角をあげながら言う。
「あまり伸びてもらっちゃ困るんですよ。」
耳を疑うような発言だった。
普通は、伸びたほうがいいに決まっている。
なぜそんなことをいうのだろうか。
「あの、どういうことですか?」
「そのままの意味ですよ。」
「君はもう少し世間というものを学んだ方がいいですね。」
「はあ……。」
「君にはもっと活躍してもらわないといけませんからね。」
「頑張ってください。」
「はい……?」
「玖月琉さんのチャンネル登録者数は今100万人ですからね。」
あれから、玖月琉のチャンネル登録者数を見るのはやめていたが、もうそんなに増えていたなんて。
黒金光は続ける。
「君とは反比例の関係にあるというわけです。」
「はい……?」
「君が炎上すればするほど、玖月琉さんはのびる。」
うまく頭が回らない。
「玖月琉さんは今やVtuber界のトップと言ってもいいでしょう。」
「まあ、せいぜい頑張ってくださいよ。」
私は返事をすることもできず、呆然と立ち尽くす。
そういうことだったのか。
自分の失敗が原因で、玖月琉がどんどん有名になっていることに複雑な感情を抱く。
同時に、収入を得るために自分が玖月琉を利用しているのではないかという疑念も浮かぶ。
それに、こんなことに使われるなんて聞いていない。
そう黒金光を問いただすと、彼はいつぞやの契約書を出してきて、自慢気に説明する。
そこには、私が読んでいなかった数々の理不尽な契約事項があった。
その日から、私は黒金光の言いなりになり、ネットで徹底的に叩かれるようになった。
どんなに辛くてやめたくても、契約期間が終わるまでは働かなくてはならない。
それから、二年程経っただろうか。
ようやく契約期間が終わったフレルが事務所を辞めたいと申し出たところ、あっさり承諾された。
その数日後、事務所からは解雇されてしまった。
理由は、事務所のイメージを損なうような言動を取ったため。
解雇通知にはそう書かれていた。
確かに、私にも非があるかもしれないが、この仕打ちはあまりにひどいではないか。
結局、フレルは貧困からは脱することができたものの、ただただむなしく、心に深い傷を負ってしまった。
そして、今はコンビニバイトをしながら生計を立てている。
これが私の半生である。
Vtuberとしてデビューし、スカウトされてからのことを話したが、これで私の話は終わりだ。
長くなってしまったが、私が皆に伝えたかったのは、契約をする際は、決してめんどくさがらずに全文読むこと。
少しでも怪しいと感じたなら身を引くこと。
自分一人で抱え込まず、誰かに相談をすること。
私のような経験をする人が、もう二度と現れないことを祈っている。

ちなみに、黒金光は詐欺罪で起訴され、今は刑務所にいる。
玖月琉は今でもVtuber界のトップとして走り続けているようだ。
あれからあまり連絡は取らなくなってしまったが、配信をしているということは元気なのだろう。
またいつの日か、笑い合えることを信じてフレルは今日もレジを打つ。
「お箸お付けいたしますか?」

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