塾のアルバイトをしていて気づいたこと。

ちょうど一年前、塾のアルバイトをしていた。大手の塾である。塾の経営スタイルはよくわからないけれど、基本的にはどんな生徒でも受け入れて、たくさん入塾させる。その生徒さんのやる気など全く関係なし。親が入れたいから入れるのだ。親もなんとなく安心なのだろう。生徒さんも友達と夜になっても会えるから楽しいのだろう。塾もたくさん入ってくれたら嬉しいのだろう。WinとWinとWinが重なって、次から次へと生徒さんが入ってくる。

一方アルバイトの人数はあまり多くない。生徒3人に対して1人の先生が受け持つ。授業は90分。その時間内に進めるべきページが決められていて、生徒が時間内に終わらせられるように、きっちり教えるのが先生の仕事である。
生徒はわからないところがあったら先生に聞く。他の生徒に先生が捕まっている間は、生徒さんはとりあえずそこを放置して、次の問題に進む。先生には一人ばかり見ないように、と指示があるので、必ず3人を順繰りにみて回る。やってみるとひとりに90分付きっきりになる必要はないな、と思う。結果3人に対して1人というのは妥当だし、まあそれで回るよな、と思う。そんな風にしてのらりくらりとアルバイトをしていた。

そんなある日のこと、ある生徒が数学の証明について質問をしてくれた。この問題がわからない、と。証明の基礎の基礎のような問題で、これが分からないということはおそらく基礎もできていないんだろうな、と思って解き方はもちろんだし、できれば他の問題にも応用が効くように、数学の証明の仕方ってそもそもこうなんだよ、という話をした。生徒はわかったような顔をしている。そしてその問題を、その手順のようなものにのせて一緒に解いてあげたりもした。なるほど、とこう考えるのかと生徒はいう。じゃあこの問題解けるかな、と言って他の生徒さんのところに行く。

数分後にまたその生徒のところに行く。その生徒は僕が「解けるかな?」と促した問題にひとつも手をつけられていない。難しかったかーと僕はいう。わからないですと生徒は言う。何がわからないのかを聞く。何がわからないのかが分からないと生徒は言う。さっきの時間はなんだったんだろう?と僕は思う。そこで気づく。そうか、僕が思っているより、この子は勉強しようとしてないんだ、と。僕はできれば一つの問題だけではなく、たくさんの問題を同じ考え方で解けるようになってほしいと思っている。だから、証明の問題があったら、証明の組み立て方を教えるし、言葉の意味も教える。それを受け取れば次は別の問題で応用が効くのでは?と期待しているからである。でもそれは僕の目線。生徒目線で言うと、ただ目の前の「これさえ解ければいい」と考えている。だから、僕がいくら他の証明にも使えるような説明をしても、とりあえずその問題の答えが埋まればその生徒からしたら満足だし解決なのだ。

塾という場所をどう捉えるかはその子次第だ。僕はなんならその子のことを賢いなとすら思った。ここに答えを教えてくれる人がいる。自分が考えなくともやり方までおしえてくれるのだ。だったら半分くらいはこの人に聞いて埋めてもらって、あとは自分でやろうかな、などと考えてもいい。僕は根本的に理解したいし、そのほうが気持ち良くない?と思うのだけど、世の中にはそういう風に思わない人もいる。それがわかって、なんだかすごくおもしろいなと思った。10代の頃からこういう風に勉強だとか目の前の課題のことを捉えていると、けっこう楽になるだろうなと。

妻とも喋っていたのだけど、わかる人がいるのなら、その人にきいたほうが早い。社会の中では、自分で解く必要がないのだ。わかる人と一緒にその問題を解決する力の方が優先される。僕は割となんでも自分で解決したいと思ってしまうタイプだ。どこが分かってなくて、何につまづいているのかをいちいち把握したくなる。それがいきている場面ももちろんあるし、僕の考え方の根本ではあるのだけれど、社会をうまく生きるにはあまり必要ないのかもしれないとも思う。楽に対処してしっかり仕事を回していくには、集合知を優先するほうが得策だと思う。

その子が今後どういう人生を送るのかは分からない。でも、少なくとも今やるべきである「そのページの課題」を解決することには成功している。それはきっと社会に出たら褒められるものなのかもしれない。
そもそも、この課題を解く意味だったり、この問題を解く時間があったら、好きなことに時間を充てたいだったり、この問題だけじゃなくてもっと深く理解したいのだけど、だったり、そういう根本のことを考えるめんどくさい人間は、少数派なのかも。

どちらが正しいもない。僕は僕が正しいと思っていたところから抜け出せたので、とりあえずホッとしている。やっぱりどんなときでも自分が正しいと思っているときほど、自分は間違っていると思え、だな。

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