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90歳の隣の爺さんの話。

「あきおさん」というおじいさんがいる。隣人で、今年で89歳になると言っていた。雪が溶けてくる季節になると、朝5時くらいからカーンカーンと音が鳴り響く。僕はまだ起きていないけれど、たまに朝トイレに行った時などに聞こえてくるのだ。その音は「あきおさん」が薪を割っている音。灯油ストーブやら電気ストーブやらが主流な世の中だけれど(もっと最先端があるのかもしれないけど、いいや)、僕の住んでいる地域では昔ながらの薪ストーブを使っている家庭が多い。薪割り機なるものもあるけれど、あきおさんは斧でひとつひとつ割っている。

帰り道

朝何時からやっているんだろうか。下手をしたら朝4時くらいから黙々と割り続け、暑くなるまでのんびりゆっくり割り続ける。うさぎとかめの話ではないけれど、遅くともゆっくり進んでいればとんでもないところに行き着くわけで、僕が見に行った頃には、もうとんでもない量の薪が割られている。そういうじいさんやらばあさんが周りに溢れていて、ぼくの老人観のようなものは変わりつつある。90歳近くになっても人間は薪を割れる。それも1個や2個という話ではないのだ。

と、書いたけれど「あきおさん」今年から薪を割らなくなってしまった。その理由は腕を負傷したからだ。今年の冬に雪下ろしのために隣の人の家(僕の隣の隣の家)の屋根に登った。あきおさんは雪の時期になると自分の家の屋根にも登って、雪下ろしをする。僕もたまにその姿を見るけれど、命綱もなしでやっているので、ほんっとうに危ない。まわりの人や、「あきおさん」の奥さんも心配そうに屋根の上の「あきおさん」を見つめている。「あぶねえからおりてこーい」とかなんとか言ってるんだけど、仕事が終わるまで絶対に降りてこないので、何を言っても無駄なのだ。

で、ちょっと長くなったけど、その隣の人の家の屋根で雪下ろしをしているときに、屋根から落ちてしまったのだった。雪の上だったから死ぬことはなかったんだけど、右腕を複雑骨折するという大怪我を負って、1ヶ月近く入院することになった。退院した「あきおさん」の右腕は前みたいに動かせなくなった。それに伴って薪割りもやれなくなったし、車の運転免許も返納した(逆に今まで運転していたのがすごい)。でも当の「あきおさん」はあんまり落ち込む様子もなく、趣味の社交ダンスにも今まで通り通っている。1時間に1本の鉄道を使って、今まで通り週3でダンスの日々だ。しかもまた屋根に登って雪下ろしをしていた。やめれー。笑

近所を散歩

年をとると、身体が弱くなったりして思うように動けない、ということももちろんあるとはおもうけど、この地域の人たちはどうやら、そんなこと別の国の話みたいな感じで働き続けている。マタギも70代の人ばっかりだし、いろいろとおかしい。

この地域の厳しさがここに住む人たちを強くしたのか、強くならざるを得なかったのか。この地域以外にもきっと、「どうしてこんなところにわざわざ住んでいるんだろう?」みたいな地域もあるはず。もうなくなってしまった地域もあるのだろう。そういう地域の一つにこの阿仁という地域は入るのだろうし、きっといつかなくなるのだろうなあ、とも思っている。僕自身いつまでここにいられるのか正直わからない。

みんながどんどん同じところに集まってぬくぬくと暮らしているだけでは、人間としての強さみたいなものはどんどん失われていくだろうなあ。そんなことどうでもいいじゃんって思う人が多いかもしれないけれど、生まれた時からどこかの知らない誰かが作った電気と、ガスと、水で暮らすのが当たり前になっていて、誰かに頼ることが前提の僕は、ものすごく弱くて、ひとりこの世に残されたらすぐに死ぬだろうな。でも「あきおさん」はきっと生き残る。山から水を引いて、畑を作って、冬は自分が割った薪で暖をとる。右腕が使えない90歳のじいさんのほうが強い。
なんかそんなことをたまに考えます。自分ってめっちゃ弱いよなーと。

とまあこんな感じで今日は終わります。なんかとりとめもなく終わっちゃった。
また明日もやってます。

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秋田県の阿仁という地域の絵を「狩猟採集民の絵」として載せています。 さっと見ていってください。 6月16日〜7月15日まで、毎日朝7時更新…

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