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猟記(一)

昨日、今期初の猟に行った。鉄砲を持って山に入るというのはやっぱり緊張感がある。猟に行く前日に自分が歩くコースを計画する。今はアプリでどれくらいの距離なのかもすぐにわかる。全長で3.5キロメートルくらいのコース。これくらいだったら午前中で歩けるし、万が一何かが獲れたとしても今日中に持って帰ってこれるだろう。何も獲れなかったとしても、この辺の植生やら舞茸が出てきそうな木をチェックすればおっけい。完全な空振りさえなければそれでいい、と思ってそこに決めた。

桧山沢という少し大きめの沢を渡って向こう岸に行く。見た目にはかなり急斜面に見える場所を、生えている草木を掴みながら少しずつ前進していく。いつもは持ち歩かない銃という荷物を持っているのでものすごく歩きにくい。銃がまだまだ自分の身体になじんていない。銃をバシバシと草や木に当てながら登り進める。

少し登っていくと大きなナラの木があった。昨日行ったこの場所は、きのこ採りの季節に誰かが入った形跡がある場所だった。きっとこの先にいいナラの木があるんだろうなあと思って入ったので、やっぱりそうだったことに少し嬉しくなる。すぐに携帯のアプリにナラの木の情報を打ち込む。来年からは僕もこの木の舞茸採り勝負に参加させていただく。ほんとうにすごい木だった。
少し険しいところを超えて緩やかな坂になった。杉の木が減ってだんだんとブナの木が増えていく。ここらへんから緊張感のギアがひとつ上がる。まだまだ葉が落ちきっていないとはいえ、かなり視界が広くなった。相手よりも先に見つける。そしてできる限り近づく。狩猟の鉄則を思い出しながら警戒しながら歩いた。銃を持つだけでかなり緊張感があるのに、自らさらにその緊張感のギアを上げているのだから、またさらに疲れる。地図のアプリをみるとまだ予定したコースの20分の1くらいしか歩けていない。これは予定通りには帰ってこれなくなる、と思い少しスピードを早めて歩いていった。

予定していた山の頂上まで辿り着いた。そこから稜線沿いに歩いて別の尾根を降りてくる予定だった。予定通りいきたいところだったが、頂上はものすごい藪だらけでもうほとんど前も見えないくらいだった。竹藪のなかをかき分けながら進んでいく。正直猟どころではない。なぞの苦行を自分に課していること、そしてもうここが引き返しようのないくらいに山の頂上であることに少し泣きそうになりながら進む。途中雨も降ってきた。じんわりと体が冷たくなってくる。もういやだもういやだと言いながら歩く。ここを歩いている間は猟ではなかった。
と、少し弱気になっているところで、突然鹿の声が聞こえた。キュッと甲高い鳴き声。頂上の向かい側、さらに奥山に鹿がいるようだ。もしここで捉えたとしても、持ち帰ることはできないだろう。撃って持って帰ってくることを前提にしたルート作りができていないことをそのときに初めて自覚した。山で一夜過ごせば問題ないのだろうけど、山にひとりで野宿する技術やら度胸が今の僕にはない。どこかにいるであろう鹿を見つけに鳴き声のする方に歩いたけれど(もちろん藪を掻き分けけながら)、鹿の姿はどこにも見えなかった。

予定よりも一つ手前の尾根でも帰れそうだったので予定を変更した。この時点ですでに帰宅しているだろうという時間だった。そこからさらに道を間違えたり、沼にはまったりしながら、ようやく元の場所に帰れそうな尾根まで辿り着く。超安堵して、ゆっくりゆったり帰った。帰りは特に動物のことを考える余裕がないくらい疲れていて、なにをしにきたのかわからない山行だった。

1年、2年と師匠に山を教えてもらって、ほとんどただついていくだけだった自分が、3年目の今年からは少しずつ自分で自分の「山の脳内地図」を作ろうと動いている。山菜やアケビや魚などはうまくいったけれど、猟はやっぱり相当難しそうな感じがしている。昨日行った山でも熊の痕跡ひとつ見つけることができなかった。絶対にあるはずなのに、だ。誰かに教えてもらって得られる情報は、もう一通り学びきったと思っているので、次は自分が誰かに教えられるようになるくらい、自分で気づいて、自分で探せるようにならないといけない。動く相手を見つけることがどれほど難しいのか、そしてまったく行ったこともない山に行くことが、どれだけ大変なことかを学んだ一日だった。

無事、車を置いた林道に帰ってきて、ずぶ濡れになった自分や銃をなぐさめながら車に戻った。山からおりると、遠くの森吉山には雪が積もっている。手前の山はまだ赤く染まっている。家に帰ると、隣の90歳のじいさんが高いハシゴに登って雪囲いをしていた。何気ない普段の日常がどっと押し寄せてきて、大袈裟かもしれないけど、生きて帰ってこれてよかったなあと思った。銃を持って、ひとりで山に入っている間、自分が自分でないような心地になる。自分の意識なのかどうかもわからなくなってくる。なんと表現したらいいのかわからない、この感覚。次はもっと伝わるように書ければいいけれど。

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