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かつて野球部だから坊主にしていた俺へ

鴻上さんの「成人の日によせて」という文章を読んで「自分の頭で考える」ということについて、ぼやっと考えている。
高校生のころ野球部だったので坊主だった。「野球部だったので」というのが、既におかしいのだけれど、そのときは「野球部だから」坊主にしていた。何も考えずみんながそうしていたから僕もそうしていたのだ。周りの野球部のみんなは毛を生やしたそうにしていたけれど、僕は坊主が割と気に入っていたので野球部という理由で坊主になれることが少し嬉しかった。というか楽だった。「野球部でもないのに」坊主にすると、きっとなにかがあったんだと思われたり、言われたりするからである。
最後の大会に負け、みな各々毛を生やしはじめた。僕もやっぱり毛を生やした。坊主のことが好きだったはずなのに周りのみんなが毛を生やしているから、僕も毛を生やしてしまったのだ。坊主のままで居続ける、という選択はそのときにはなかったような気がする。僕は自分がどうしたいのか、どういう自分でいたいのか、全くわからなかった。そして考えることもしなかった。結果伸びてくる毛を親や周りに言われるがまま切ったような気がする。

大学受験くらいのころから、というより野球部を抜けてから僕は少しずつ「自分の頭で考えること」を覚えていったように思う。まず、自分から進んで浪人した。かなり多くの人が浪人なんてしたくない、と言っていたけれど僕は中途半端なまま、何も分かっていないまま進むのが嫌だったので(授業に全くついていけてなかった)、親に頼んで浪人させてもらった。そして行く予備校も自分で選んだ。自分で選んだ場所で死ぬほど勉強して、大学に入った。
でも、やっぱりまだ「自分の頭で考える」をやり切れてはいなかった。僕はとにかくレベルの高い大学を目指していた。それはなんでなんだろう?「偏差値の高い大学を卒業している人がより良い」というこれまたおかしな理屈を信じていたから。つまり自分の頭で考えていなかったのだ。そのときの僕は勉強に一心不乱だったのでそのおかしな枠組みのことまで自分の頭で考えることはできていなかった。結果、僕はそのときの自分がいけるマックスのところを受験して合格したのだけど、喜びも束の間、全く興味のない勉強が始まる。

それなりに偏差値のいい大学を苦しみながら脱出した僕だけれど、わかったのは「偏差値のいい大学を卒業したからより良い」なんて世界はどこにもなかったということだけだ。目的をもって大学に入ってきた友達もいた。彼がいまどこで何をしているかは分からないけれど、きっと今も研究をし続けている。彼は一度それこそ「自分の頭で考えずに」別の大学に入ってしまい、その大学をやめて、一年浪人して僕と同じ年に入学した。僕は当時19歳で彼は24歳。その時点で彼は「自分の頭で考えていない」選択が、どれほどきついものなのかを身に染みて理解していたんだろうな、と思う。

自分が「自分の頭で考えられている」のかどうかを判別するのは難しい。少なくとも僕は今でも自分が自分の頭で考えられているとは思えない。そうしようと努力はしているつもりだけど、周りの人の声や世間の声、暗黙のルールのようなものに縛られている。まだそれらが認識できているのならいい。いざというときには無視すればいいのだ。でも自分が認識すら出来ていないさらに外側に、見えない固定概念、秩序が存在する。それは知らず知らずのうちに自分の行動原理にまで侵食してくる。「野球部だから」を一切疑わない自分がかつていたのと同じように、僕がまだ認識できていない概念がそこにあるのだ。僕が内側にいる限りそれには気付けないし、きっとその殻の中で「自分は自分の頭で考えている」と思っている。

だからこそ、鴻上さんは「読書をせよ」と言っているのだろうな、と思う。内側にいる自分を外側から俯瞰したり、その殻を直接壊してくれたりする力が読書にはある。こんな生き方があって、こんな仕事があって、こんなことを考えている人がいて、あるいはこんな動物がいて、こんな植物がいて、こんなに小さな虫がいて。世界を破ってくれるラッシュが読書にはある。僕もそれを経験したし、今は大人になってから友達になった、かっこいい人たちからの生のことばを浴びて、世界がどんどんぶっ壊れていくのを感じている最中だ。

いま、僕は「自分の頭で考えて」坊主頭にしている。「野球部だから」でも「悪いことをしたから」でもなく純粋に「坊主頭にしたかった」から刈ってもらっている。でも、寒かったら毛を伸ばすだろうし、また刈りたかったら刈るだろう。その時その時で自分のしたい髪型は変わっていく。こうやって、「自分の頭で自分の頭のことを考えられる」ようになった自分、素晴らしいなと思う。乾杯したい。

幼い頃からより自由に考えることができ、より自由に選択できる人が増える世界になることを祈っている。

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