ウィークリー〇ープ届いた日に食べ過ぎちゃうBのLの話
※このお話は、以下のツイッターアンケートを元に書いた、内輪で楽しむお話です。
夕方仕事から帰宅すると、玄関先で銀の遮熱カバーの直方体に囲まれた吉野が、涙目でドーナツを握りしめていた。
「松ぅ…どうしよ…僕、ぼく…。」
「ただいま。それ美味い?」
下駄箱の上に置かれた小さな段ボール箱には、小ぶりなドーナツが、1、2、3…
「うん…10個入りを二人で一週間かけて食べるつもりが、気がついたら4個も食べちゃって…。」
「これは?」
「これ、は、5個目…松、お腹空いてない?開けちゃったので悪いんだけど、良かったら食べてよ…僕は本当にどうしようもないヤツなんだ…。」
口の前に差し出されたそれを囓ると、柔らかく揚がった小麦粉の懐かしい味と野菜ジュースのようなまろやかな甘みが口いっぱいに広がった。二口で食べ切れるほど小さな子ども向けのドーナツが、男二人所帯に届けられているとは、製造元も思ってもみないだろう。
お互いに仕事が忙しくて、毎週食材の宅配を頼むようになって3ヶ月ほど。
吉野は配達日を楽しみにしているが、届いたものをその日のうちに食べ過ぎてしまう自分の悪癖に悩まされているらしい。
毎週のように冷蔵庫の前で悩ましげに溢れるため息を見かけているうちに、松にはそれが見慣れた光景程度の存在になっていたのだが。
「ちょっと夕飯セーブすれば済む話だろ。」
「そうだけど、新米と明太子も届いてるはずなんだ…。」
もじもじとこちらを窺う吉野は、気まずそうにも、怯えたようにも、どことなく嬉しそうにも見える。
思えば車通りのない赤信号の横断歩道を渡った時も、線香花火を5本いっぺんに着火した時も、真夜中にジェンガを始めた時も。禁断に触れる時の彼の表情はいつだって扇情的だった。
松は、夜には体重計の上に裸で立ち、後悔と羞恥に震える吉野を想像して、体中の毛が逆立つような強い衝動に襲われた。
「海鮮は冷凍だから日持ちするだろう。少しずつ食べるんじゃなかったのか?吉野は欲張りだな。」
「はい…その通りです…。」
伏し目がちな涙目の上に睫毛が揺れて、妙な色気を醸し出していた。血色のいい唇に、ドーナツの甘い油が反射して、こちらを誘うように光った。
「吉野、おねだりか?」
「え、そんなこと…松こそ、なんか距離、近いよ…。」
「正直に言えよ。」
「何勝手にスイッチ入れてるんだよ!僕は…。」
「スイッチ入ってるのは俺だけだって?見つけてやるよ、お前だけのやる気スイッチも…。」
「んっ!」
少し触れただけで、吉野の頬はほんのりと紅潮した。やっぱりその気じゃないか。
「なあ、ドーナツの食べカス、付いてるぞ。」
「こんな時に茶化さないでよ…。もう、仕方ないな。こんなんなっちゃってんだから、早くどうにかしよ?」
吉野は銀色に輝く断熱カバーに恐る恐る手をかけた。中から真っ白なポリスチレンが顕になる。
「綺麗だ…。」
「松も一緒に剥いで…。」
次々とカバーをめくり合い、あたりが真っ白になってゆく。
「もう、いいな…?」
そう言うと、松は意を決して握った手に力を込めた。
「あぁっ!」
吉野の吐息混じりの嬌声を聞きながら、白いもやがかかった箱の中からピンクに色づいた柔らかそうなそれを取り出す。
「これだろう?お前が欲しかったのは…。」
「そう、それっ…すき…明太子…。」
ドライアイスの煙越しに、恍惚とした表情の吉野が、期待に満ちた声色で手中の柔らかい塊を請う。
「早く欲しい?」
「ほしっ、めんた、こ、ほしいです…。」
「ご飯が炊けるまで我慢できたらな。」
「そんな、松、ひどいよ…。もう、ガマンできない…。お願い、松、はやくちょうだい…。」
息荒く上目遣いを駆使してくる吉野の求めにうっかり応じてしまいそうになる。けれど、ここで甘やかすと同じことの繰り返しだ。松は心の中で己を叱咤して、精一杯冷ややかな一瞥をくれてやった。
「待て、だよ、吉野。」
「うぅ…。」
白い箱の縁に手を掛けてしょぼくれる吉野に、呆れるようにわざとらしく大きなため息をつく。
「そんなに口寂しいならコレでも咥えてろ。」
「んむ、グッ…!?」
吉野の視界から外れた場所で何かを取り出した松の指が吉野の唇を性急に押し広げたかと思うと、硬く、つややかな塊が上顎まで押し込められた。むせ返るような生臭さと、塩味の効いたしょっぱさが喉の奥まで広がる。
「オエッ、うぅ…。」
吉野が息苦しさに耐えかねて塊を舌で押し戻すと、ザラッとした表面から苦味を感じると同時に喉奥から粘着質な分泌物がせり上がった。
「苦しいか?」
「ん…らいりょふ…。」
「好きだよな?こういうちょっと苦くて臭いやつ。」
「んう、おいひい…プハッ!なにこれ、こんなの、はじめて…」
「青カビのチーズだよ。チーズは血糖値が上がりにくい低GI食品だから、内緒で頼んでおいた。」
「松…頭良い…。ねえ、クラッカーも入れて…。」
「ダメだ。あれは炭水化物だからな。明太子ご飯、食べたいんだろう?我慢できたらご褒美に食物繊維たっぷりの生わかめの味噌汁もつけてやるよ…。」
「はあぁっ!!すき、大好きだよ、松ぅ…!!」
こうして松によって吉野の栄養バランスは徐々に整えられていったのだが、来月の引き落とし額と、吉野の悪癖が治ったかどうかは、また別のお話。
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