吸血鬼

鑑賞から表現が生まれる時

一枚の絵につかまってしまう経験をしたことがありますか?『ムンクの絵に耳をすます一週間』というワークショップでそれを体験した。その一週間はこんな感じで始まった。第1日目:1週間おつきあいするムンクの絵を鑑賞してから選ぶ。(その絵につながる音、その絵から感じる音を採取し、1週間後にプレゼンするワークショップである。)私は、痛いくらい深い愛情を感じる「吸血鬼」を選んだ。

第2日目:義従兄弟の三回忌でお寺の池に降る雨音が気になり採集。二人のお坊様の声明を聞きながら、あの絵に割と合っているな、と思う。第三日目:あの絵が静かな場所を求めてくる。意外にない。世界は聞きたくない音に満ちている。おごそかだけど重くはない静かな賛美歌が似合うように感じる。第4日目:谷中の墓地で足音を取る。静かである。上野公園の落葉の上を歩いてみる。どれもピッタリこない。静かにして心臓音の録音にトライ。第5日目:地下鉄が通過した後、トンネルから聞こえる残響音が気になる。

第6日目:朝5時過ぎにあの絵に起こされる。ベランダにでると、この時間でも遠くの鉄道や室外機やその他の音が空で混じり合い、暗騒音となって耳に纏わりついてくる。耳が敏感になっている。昼、あの絵からスマホを持つよう要請される。どちらが主体なのかわからなくなる。市ヶ谷の土手を歩きながら水飲み場で水音を採取。第7日目:朝お風呂に水を張ろうとしたとき、あの絵につながる音のイメージがでてくる!水道栓を調節し水滴に強弱をつけたり、ゆっくりと落としたり、早く落としたり、手のひらで溢れさせたりしながら、蛇口から滴る音を採取!

第8日目に集まってプレゼン。それぞれが採取した音もさることながら、その音へのたどり着き方に個性が溢れていた。Kさん:「私は絵から音は聞こえない。友達5人に電話してみたが、聞こえる友達はいなかった。でも、もし、絵から音が聞こえたら怖い!と思い、その怖さを私の声で表現した。」 Iさん:「その絵からノコギリのギザギザした刃のような図形を感じた。その図形から想起される音を録音した。」 Sさん:「街なかで目をつむって、空で天使が踊っているような絵のイメージを思い浮かべながら録音した。」

 Tさん:「ムンクの自画像を見ていると、光る目線で見つめられているように思い、見つめ返す自分と行ったり来たりする感覚になった。ラジオをチューニングする時、音が近づいたり遠のいたりする。それがピッタリと感じで録音した。」 Oさん:「絵の題名の中に『蔦』という文字があった。その漢字から連想する音を録音した。」 kさん:「血が滴る音、息の音、心臓の音、この絵の中で聞こえている音を採取した。」 Yさん:「切り倒された木が黄金に光って生命を感じた。私の息の音を録音した。」

1週間という時間は、それぞれのイメージに、辿り着く方法を探すのに必要な時間だった。そしてそれぞれが感じた何かを音として表現した。私はといえば、ムンクの「吸血鬼」というワガママな絵に、似合いそうな音を持って行っては断られ続け、翻弄されフラフラになった一週間だった。鑑賞から表現が生まれることを確信した。



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