新里碧:曳舟湯の神たちの引越、谷山恭子:いまココが大切というメッセージ

二人のアーティストと向島を歩くツアー(橋本誠コーディネート)に参加した。

新里さんは墨東まち見世100daysプロジェクト2012の招聘作家。曳舟の駅前再開発ですでに閉じられていた曳舟湯のたたずまいをみたとき、このお風呂屋さんを守ってきた凛とした気配たちを感じたという。その存在を「湯怪」と名付けた。このまま解体されると湯怪たちが棲むところがなくなってしまう。現在営業している向島のお風呂屋さんに棲み家を移すプロジェクトをしたい・・結果的には14軒のお風呂屋さんが応じてくれ、曳舟湯のタイルや木片を着込んだ新里さんの彫刻が風呂場の仕切の上部、番台、休憩スペース、庭、玄関などに設置された。(現在も5軒で作品を見ることができる。)都市開発で解体される前に、そこを棲み家としてきた八百万の神たちにも引越しして頂く・・長い歴史をもつこの町は人間のためだけの町ではないことを語るステキなプロジェクトであり、再開発をすすめるプランナーがあやかるべきプロジェクト・・・どこかで感じながら言葉にさえできなかったことを実体化したプロジェクトである。

 谷山さんは2011の招聘作家。後でわかったが、2014年の8月31日、彫刻の森美術館でお会いしていた。緯度と経度が切られている幅1m、長さ15mほどの鉛の板に1000人の名前と日付を掘り込むプロジェクトのアーティストだった。3.11の被災地に瓦礫撤去のボランティアに、はいった。根こそぎもっていかれてしまい、何もかも失ってしまったこの地で、自分のヨリドコロがなくなってしまう揺らぎを感じ「何ができるんだろう」と思った。そのとき自分の「今ここ」は、大地がもっている緯度と経度という数字で表現できる、と直感した。この向島にも彼女の作品が複数息づいている。京島3丁目の古民家を改装した喫茶店ブンカン。ここのブレンドのカップ&ソーサーにも緯度経度が刻まれている。お話を聞きながら珈琲をのんでいると、この7人の「今ここ」がとても大切なんだ、というメッセージが手元にくるように思う。キラキラ橘商店街の京島郵便局にも協力いただいたそうだ。ここの緯度経度を記した葉書に、ここの消印を押して「今ここ」を郵送するプロジェクトである。自宅に送った人もいたという。郵便局にとっては、本局でしか使われなくなった消印を一時的にでも復活させる「今ここプロジェクト」になった。GPSで切のいい緯度経度を探していたら和菓子屋さんに、はいってしまった。ここの女将にお話したら、80周年だから、「今ここプロジェクト」に協力してもいい、という。ここの緯度経度の焼印をつくってお届けした。どら焼きとみそあんに和菓子司埼玉屋のアイデンティティが刻印され、売られている。2011年には、計12箇所で同時展示された。お二人のお話でいくつかの共通点があった。一旦地元が理解してくれ「やろう」となるとみんなで応援してくれる。きっと半分以上は断られるだろうと頼めるだけ頼んでいたらほとんどOKで、同時に十数箇所以上のプロジェクトを動かすことになった、という点。それからお風呂屋さん。谷山さんは地元に入るときまず公衆浴場にいってお話をきき情報を集めるという。新里さんも「お風呂屋さんに棲む気配たち」がわかるほど、なのである。お風呂屋さんが、地域のリビングルームとして人々を支えてきた特別な存在であることを、肌感覚でわかっている。地元にとことん巻き込まれていくことを覚悟をした人たちであり、そしてその覚悟を廻りが応援したくなる人たち、なのである。

 39アートの参加拠点の中で印象にのこったいくつかを忘備しておく。

【犬屋敷】物干し台に設置された1.8m角のブルー・ウインドウ。ベンチのように腰掛け、周辺360度の街を見渡すと、「中心にいる」と思えてくる。風が気持ちよく通りぬける。アーティストの前田麻里さんは「ブルー・ウインドウは私のこころの形。あなたのこころの形は?」と投げかける。こんなにきれいな心なのか!と思ったあと、自分のこころの色のイメージがグッと湧いて来る。ほとんどの人がおもしろいといって絵筆をとって、その場で20cm四方の画用紙に描いてくれるそうだ。

【ウラダナ】角田晴美のアトリエ。古い民家の中にそっといれたような細部まで行き届いた改装がとてもなじんでくる。

【写真ギャラリーのリマインダーズ・フォトグラフィー・ストロングホールド】藤井ヨシカツがワークショップでつくった、両親が離婚するまでの35部の家族アルバム。真ん中から左右に分かれる形式は、幸せな時期と、関係が離れていく時期を思わせる。離婚まで彼に母から届けられたメールを手書きにして編み込み、両親の結婚式の古い写真に今の母を半分重ねた。ここに遺書のようなリアリティーとすごさがある。海外で評価されたのがわかる。

【爬虫類間分館】前出の「ブンカン」。珈琲は、取れる緯度が決まっている。この店が北緯36度であることにこだわっていたので、谷山さんとは初めから波長があったという。

【muumuu coffee】古い住宅を改装した1階の喫茶店と2階の木工職人の創意にみちた居住空間。2連の茶箱を横使いにして、壁に埋め込んだ押入のデザインなど、こだわりにあふれている。

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